―二ヶ月後
少し前まで綺麗な桜が咲いていたが、今は葉桜が目立ち始めている。ただ、暖かく穏やかな日々は変わらず続いていた。
五月になり、この春に中学校に入学した新入生は新しい生活に慣れ始めていた。
反町渚もそのひとりだ。中学校に入学した時は緊張で倒れそうだったけれど、直ぐに友達も出来て、毎日充実した生活を送っている。
これも全て、キュゥべえに出会って魔法少女になったからだ―そう渚は思っていた。
魔女退治は未だに慣れない。命の危険を伴い、醜悪な外見の敵と戦っているのだから当然といえば当然だが、最近になって漸くひとりで魔女を倒す事が出来てきた事を考えると、成長スピードは遅い方だといえる。
ただ、魔法少女になった事を後悔した事は無かった。魔女を討伐する事で誰かの役に立てている事を実感出来たし、何より平和な日常が戻ってきたのだ。渚にとっては喜ばしい事ばかりだった。
今日も学校が終わると図書室に寄ってから帰路についた。
渚は部活には所属していない。この学校は強制入部制では無いので、部活をやっていない生徒も少ないがいる。ただ、殆どの生徒は高校入試の為に何かしらの部活に所属している。何でも、面接できかれた時に答えやすいからとの事だった。
渚は魔法少女の活動が忙しいので部活は断念せざるを得なかった。といってもこの学校は文化部が極端に少なく、渚が出来そうな部活といったら吹奏楽部と美術部しかない。一応体験入部はしてみて、やってみたいとも思ったが…それでも、魔法少女の事を考えるとやらなくて正解だったなと思う。
家に帰る途中、魔力探知をして魔女の魔力反応があった場合は現場に向かうが、そうでない時は真っ直ぐ帰っていた。キュゥべえの話によると、街によっては強い魔法少女のテリトリーがある場合もある為、あまり魔女を狩りすぎるのはよくないらしい。
この街は魔法少女や魔女の数が比較的少なく、治安も保たれているので魔法少女同士の争いは皆無に近いが、だからと言って狩りまくっていいという訳では無い。その為、渚もある程度は自制していた。
今日は魔力反応を見つけられなかったので、真っ直ぐ家に帰る事にした。
*
暫く歩くと、やや古びた家が見えてきた。渚は「ただいま帰りました」と言いながら家の中に入り、靴を脱いでリビングへと向かった。
リビングでは恰幅のいい女性が雑誌を読んでいた。渚を見ると「お帰りなさい」と笑顔になり、立ち上がる。
「ただいまです、おばさん」
渚も笑顔で言って、それから鞄を持ったまま洗面所に向かった。
現在、渚は親戚の家に引き取られて生活している。母方の親戚で、とても渚によくしてくれていた。
親戚―
渚は洗面所で手を洗うとそのまま二階にある自室に鞄を置いてから、自室の隣にある扉をノックした。
「入るよ、お母さん」
そう断ってから部屋に入る。
部屋の中は殺風景で、ちいさな机と椅子、そしてベッドがあるだけだった。椅子にはひとりの女性が座っていて、机に向かっている。渚が入ってきたのに気付くとこちらを向き、笑顔になった。
「ただいま、お母さん」
渚の言葉に、母親―反町海乃は笑顔で「お帰り」と言った。
その言葉をきくだけで、心の中にあたたかいものが生まれる。
自分たちは本当に救われたのだ…そう、実感出来た。
*
渚がキュゥべえに願って魔法少女になった事により、いくつかの変化が起きた。
まず、叔父について。契約した後何とか家に帰ってみると、叔父は行方不明になっていた。
家にはエプロンを身につけた母が居て、ボロボロになった渚を見ると「大丈夫!?」と心配してくれた。
「おかあさんは…大丈夫なの?」
震える声でそうきくと、母は「何が?」と首を傾げた。
「だって、叔父さんが暴力を振るって…」
「…?叔父さんなんてうちには居ないけど…何か、悪い夢でも見たの?」
…どうやら、叔父の存在は最初から居なかった事になっていたらしい。
それを実感して、躰の力が抜けた。
良かった…。
願いは、ちゃんと叶ったのだ。
安心のあまり、渚はそこで倒れ、眠ってしまった。
翌朝になって見たものは、ソファに寝かされている自分の脇で居眠りをしている母の顔だった。
こうして、渚の願いは叶えられたのだった。
その数日後、渚と母親は森岡夫妻に引き取られ、暮らす事になった。
そしてこの四月から中学校に入学し、今は平和な生活を送っているという訳だ。
*
渚は母に学校であった事を
その後は自室に戻り、学校の課題に取り組む。集中して手早く終わらせた後、明日の教科に合わせて鞄の中を整理して、学業関連のやるべき事を終わらせた。
ちょうどその時、階下から「ご飯出来たよー」という声が聞こえてきた。
渚は一階に降りていき、仕事を終えて帰宅していた哲夫に「お帰りなさい、おじさん」と挨拶してから手を洗い、食卓に着いた。
食事は渚と森岡夫妻で食べる。何故か、母はその輪に加わろうとしない。それはお風呂も同様で、入るのは一番最後―それも、皆が寝静まった後にひっそり入る様なのだ。
何故母が人目を避けるのか渚には分からなかったが、何か理由があるのだろうと思い深くは追求しなかった。
食事を終え、風呂に入ると自由時間となる。自室で本を読んだり、母の所へ行って話をしながら過ごしたりした後、夜十時には歯を磨き、ベッドに入って眠る。
今日も楽しかったなぁ…そんな事をぼんやり思いながら、渚は夢の中へと落ちていった。
*
翌朝。
家を出て学校に向かっている途中、後ろから声を掛けられた。
「反町さん?」
振り返ると、そこにはふたりの男子生徒が居た。ひとりは眼鏡をかけた童顔少年で、もうひとりはボサボサ髪に眠そうな目をした少年である。
「
「おはよう、反町さん」
「………」
渚の挨拶に、眼鏡をかけた少年―小鳥遊
このふたりは渚のクラスメイトである。入学した時にとあるトラブルに巻き込まれ、そこを助けて貰った事がきっかけで友達になった。
叔父との一件もあり、渚は男性が苦手になっていた。だからこのふたりは気兼ねなく話せる貴重な存在だった。その割には敬語が抜けていないのだが、これは渚の癖なので仕方がない。
他愛ない話をしながら歩く。会話の中で宿題の話題になり、安藤が宿題をまだやっていない事が発覚した。基本的に彼はずぼらなのだ。
「樹…ちゃんと自力でやらないとダメだよ?」
「仕方が無いだろう。忘れてしまったんだから」
「全く…もう写させてあげないからな。さすがに頼りすぎだよ」
「あの…じゃあ、わたしのを写しますか?」
「いいのか?」
安藤の目が少し開かれた。その様子を見て、小鳥遊が慌てて言う。
「見せる必要なんてないよ、反町さん…コイツ、すぐ甘えるんだから」
「で、でも宿題をやっていないと怒られますよ?」
「いいんだ。そろそろ怒られておいた方がいい」
小鳥遊は笑顔でそんな事を言う。彼と安藤は小学校からの付き合いらしく、何事にも興味が無い安藤に小鳥遊が振り回されているというのがいつもの流れらしい。いいコンビなんだなぁ、と羨ましくなる。
…そういえば、自分にはそういった友達は居なかった。小学校の頃の友達とはたまに話したりはするけど仲がいいかと言われるとそうは言いきれないし、中学で出来た友達は安藤と小鳥遊だけだ。
穏やかで人当たりがいい渚は周りに好かれやすく、話す人は沢山いるのだが…友達というと思い浮かばない。部活をやっていれば何か変わったのかもしれないが、今更どうにもならない事だ。
そんな感じで学校に向かっている途中―不意に、魔力反応を感じた。
渚は立ち止まり、辺りを見渡す。
ソウルジェムの指輪が熱くなっており、躰に電流の様な奇妙な感覚が走る。どうやら、かなり強い魔女が近くにいるらしい。
「…小鳥遊くん、安藤くん、ごめんなさい…わたし、行かなきゃ!」
「え!?ちょっと反町さん!」
背後から小鳥遊の声が聞こえたが、それに応じている暇は無い。
渚はソウルジェムを卵型に変化させると、魔力反応を追いかけ始めた。
*
元来た道を逆走すると、前方から杖をついた老人が歩いてきた。目には光が無く、ぶつぶつと
渚は老人の前で止まる。すると老人は光の無い目をこちらに向け、ついていた杖を振り上げた。
振り下ろされた杖を躱すと老人の顔色が変わり、ばたりとその場に倒れ込む。
瞬間、世界が変貌し、無数の杖が天井からぶら下がった和風の部屋が現れた。
狭い部屋の中には渚たちの他にもうひとつ異質な存在があった。二足歩行の亀が杖をついていたのだ。
亀の顔はのっぺらぼうだった。目などないはずなのに、じろりと見られた感覚を覚えて渚はぞっとした。
直ぐに気を取り直し、魔法少女へと変身する。
ピンクを基調とした衣装。頭に付けたリボンの中央には桜色の宝石が嵌っている。
武器である魔法の杖を握り締め、渚は目の前の敵を見据える。
恐らく遅刻は確定だろうが、早く終わらせるに越したことはないだろう。
そう思い、渚は杖を振り上げた。
それと同時に、のっぺらぼうの亀―使い魔が襲いかかってくる。
そして、戦闘が始まった。
キャラクター紹介①
反町渚
本作の主人公で、中学一年生。とある願いでキュゥべえと契約して魔法少女となった。穏やかな性格で、契約したてという事もあり魔女退治にはそれほど慣れていない。
武器は魔法の杖で、魔力弾を飛ばして戦う。服装はピンクを基調とした可愛らしいもので、頭に付いているリボンにはソウルジェムが嵌っている。ソウルジェムの色は桜色で、シンボルは円。
固有魔法は「幻覚」
相手に幻覚を見せて動きを封じたり自分に幻覚を掛けて強化したりと、中々便利な魔法。
見た目のイメージ(Picrewの「量産め~か~強」で製作)
【挿絵表示】