藤野朱里との邂逅から、一週間が経過した。
あの後、渚は律儀に午後から登校し、教師に心配されながらもいつも通り授業を受けた。
朱里と出会った事以外は普通の一日だったのだけれど、渚にとっては特別な一日だった。魔法少女の知り合いが出来たのは、実はこれが初めてだったのだ。
連絡先すら交換せずに別れてしまったので、彼女が何処でどうしているのかは分からない。少なくともあの日以降、渚が朱里を見る事は無かった。
そもそも、最近は魔女とも戦っていない。 普段は少なくても一週間に一度は戦っているし、使い魔ならそこら辺にいるのだが…不思議と遭遇する事は無かった。
グリーフシードのストックが心許ないので、また魔女を狩らなければいけないのだが…現れて欲しい時に限って現れない。
仕方ないか…と思いつつも、何処かで漠然とした不安を抱えていた。
*
ある夜の事。
渚が風呂に入り終え、自室で読書をしていると、不意に誰かの視線を感じた。
窓の方へ目を向けてみると、窓の外にキュゥべえがいるのを見つけた。窓を開けるとキュゥべえは部屋の中に入ってきて、とことことこちらに歩いてきた。
「キュゥべえ…どうしたの?」
「特に理由は無いんだけどね。もしかしたらキミが朱里の事を知りたいんじゃないかと思って立ち寄っただけだ」
キュゥべえがこんな事をするのは初めてだったので、渚は少し驚いた。
それに、どうしてキュゥべえは渚が朱里の事を知りたいと分かったのだろう。
「どうしてそう思ったの?」
「キミも朱里も、他の魔法少女と一緒に戦うという事を中々しないからね。ふたりで協力してみたらどうだい?」
答えになっていない様な気がしたが、キュゥべえの言う事は最もではある。
「藤野さんもひとりで戦っているの?」
「知らなかったのかい?彼女は陽ヶ鳴では有名な魔法少女だけど」
「そうだったんだ…」
全然知らなかった。
もう少し他の魔法少女に興味を持った方がいいのかなぁ、と軽く反省する。
「朱里は『吸血鬼』という二つ名を持つ魔法少女だ。キミも彼女と一緒に戦った事があるのなら、その理由が分かるんじゃないかな?」
「吸血鬼…」
先の戦闘の際、渚の躰から溢れた血を飲んだ朱里の姿を思い出す。
確かに、あの時の彼女は吸血鬼と呼ぶに相応しいものではあった。
「キミもやっとひとりで魔女を倒せる様になったんだろう?そろそろ仲間を作ってもいいんじゃないかな?」
「確かに…そうかもしれない。だけどわたし、藤野さんの連絡先知らないよ…」
「ボクが朱里に言っておくよ」
キュゥべえは無表情だったが、その言葉は有難かった。渚は携帯端末を持っていない為、いつでも連絡出来るとは限らないからだ。
「ありがとう、キュゥべえ」
「どういたしまして。じゃあボクはもう行くよ」
そう言うと、キュゥべえはまた窓の方へ歩いていこうとする。
その時、ある事を思い付いた渚はキュゥべえに言った。
「キュゥべえ、お母さんには会っていかないの?」
「お母さん…?それはキミの母体の事かい?」
「そ、そうだよ。反町海乃って魔法少女…」
海乃の名前に反応したのか、キュゥべえがこちらに振り返る。
「反町海乃…?何を言っているんだい、彼女はもう……いや、
キュゥべえは感情の見えない目で渚を見ると、首を横に振った。
「今日はもう行くよ。ボクも暇という訳では無いからね」
そう言うと、キュゥべえは今度こそ振り返らずに渚の部屋を出て行った。
去り際にキュゥべえが呟いた言葉が少し気になったが、考えても仕方が無いと思い早々に離脱する事にした。
ベッドに寝転がり、目を閉じる。
少しだけ、頭の奥の方が軋む感覚を覚えた。
*
朱里と再会したのはその二日後の事だった。
学校帰り、いつもの様に歩いていると突然頭の中で声が聞こえた。朱里からのテレパシーだった。
朱里は近くの公園にいるというので向かってみると、ブランコに座って携帯端末を弄る姿を発見した。
「藤野さん!」
渚が駆け寄ると、朱里は顔を上げて、
「反町さん、久しぶり…でもないか」
携帯端末を制服のポケットにしまい、微笑んだ。
「キュゥべえからきいたんだね、私の事」
「はい…二つ名持ちなんて。凄いです」
大体の場合、二つ名とは周りが付けるものである。自分から名乗ってそれが定着するケースもあるが、そういった事はあまりない。
二つ名持ちの魔法少女は周りよりも飛び抜けた実力を持っている者が多い。だからこそ、時には憧れの、そして時には恐れられる存在となる。
朱里は後者だった。
「吸血鬼なんて…気持ち悪いよね。他人の血飲んで強化するとかさ…人間じゃないし、人格変わっちゃうし…」
朱里は自嘲する様に笑い、そう呟く。
いつもそうだ。自分の固有魔法を見た魔法少女は気味悪がり、それでチームから追い出された事もあった。
きっと、渚も同じ態度をとるのだろう。余計な事をしてくれたキュゥべえに舌打ちしたくなった。
「…いえ、全然そんな事はありませんよ」
そう言われて、渚の方を見る。
彼女は穏やかな微笑みを浮かべていた。
「藤野さんには実力があるし、何よりそんな事で気持ち悪いなんて思いませんよ。それを言うなら…魔女を殺しているわたしだって、客観的に見たら気持ち悪い存在です」
「反町さん…」
「藤野さんはわたしを助けてくれたし、そんな人に気持ち悪いなんて言いません。だから…自分を卑下しないでください」
穏やかだけど、はっきりとした言葉だった。
何処かで気弱な人格だと思っていただけに、朱里は少し驚いた。
…それと同時に、渚の言葉を純粋に嬉しいと思った。
「ありがとう、反町さん」
朱里は自然な笑顔で、そう言った。
渚は安心した様に息をついてから、急に緊張した様な表情を浮かべた。
「そ、それで、あの…」
「ん?どうしたの?」
「も、もし良ければ…わたしとチームを組んでくれませんか?」
渚は恥ずかしそうにそう言うと、赤面して俯いた。
なんだか告白されたみたいだ。というかある意味告白なのだろうけれども。
朱里はそれがおかしくて、笑ってしまった。
「反町さん、面白いね…」
「ぅ…で、でも、ひとりで戦うのは大変だと思います…」
「あ、いや…別に断ろうと思っている訳じゃないよ。むしろ私なんかでいいの?」
「ふ、藤野さんがいいんです…」
やっぱり告白だ、と思ったが口にせず。
少しだけどきどきしながらも、朱里は笑顔で頷いた。
「私も、反町さんと一緒に戦いたいな。だから…よろしくね」
「…!はいっ、よろしくお願いします!」
渚は勢いよく頭を下げた。
やっぱり、面白い子だなぁと思った。
*
チームを組んでまずやるべき事は、お互いの特性を知る事だと朱里は力説した。
ふたりが共闘したのは一回だけだった為、その考えには渚も異論は無かった。そこで、戦闘を通してお互いの事を知ろうという事になった。
戦闘といっても、むやみやたらと魔女を狩るのはまずいので、使い魔を相手にしたり、魔女を狩るとしても一体に留めた。
そんな感じで戦ってみて、それを朱里が分析、ふたりの役目を決めたのだった。
「反町さんは後方支援向きだね。固有魔法は応用が効くやつだから前線でも活躍出来そうな気がするけれど、武器が接近戦に向いていないから…」
「え、えっと…ごめんなさい」
「なんで謝るのさ…私は武器も固有魔法も前線向きだし、ちょうどいいと思うよ」
結界での戦闘を終えた頃には日が傾いていた。
ふたりは帰路を辿りながら、戦闘での役目について話し合っていた。
「反町さんの幻覚魔法で相手の動きを止めて、その隙に私が突貫するのでもいいかも。私の固有魔法は自分の血液だと発動しないし、どの道接近する必要があるからね」
「で、でも…それだと藤野さんの負担が大きくなるのでは…」
渚が心配そうに意見を述べる。
前線で戦う魔法少女は消費が激しい。特に朱里の場合はひとりで前線に出る為、敵の攻撃が渚に向かないようにする為のヘイト管理や、純粋な火力仕事をこなす必要がある。
どう見ても渚より朱里の負担の方が大きい。
だが、朱里は首を振って「大丈夫だよ」と言った。
「反町さんの支援があれば楽になるし、それに私はこれしか出来ないから…」
適材適所、だよ―そう朱里は言って、渚の顔を見た。
「もちろん、状況に応じて臨機応変に動く必要はあるけれど…それでも、自分が出来る事を精一杯やればいいんだよ」
「自分が出来る事を、精一杯…わたしに、出来る事なんてあるんでしょうか…」
思わずそんな言葉が漏れる。
渚は経験が浅いし、朱里の役に立てるとは思えない。先程自分を卑下しないようにと言ったのにこんな思考に陥るのは馬鹿らしいとは思うが、それもこれも全て自分が悪いのだから仕方がない。
朱里はそんな態度を怒る事はせず、少し考えてから口を開いた。
「…じゃあ、そこから始めようか」
「…え?」
「反町さんが出来る事を見つける事から始めよう。それを見つければ、そんな弱音も吐けなくなるからさ」
朱里は微笑み、確固たる意志を込めて言った。
「私は絶対に否定しない。反町さんを…渚さんを、もっともっと成長させてみせるから」
「藤野さん…」
「いつでも頼ってよ。私達、チームなんだから」
渚は少し逡巡しながらも、頷いた。
朱里はうむと頷いてから、何かを思い出した様にハッとなった。
「あ、ごめん…無意識に名前で呼んでた」
「え?あ、全然大丈夫ですよ。藤野さん、わたしより歳上ですし」
「そっか。じゃあ渚さん…いや、渚ちゃんって呼ぼうかな。そっちの方が可愛いし」
「わたしは…藤野先輩って呼びます」
「いや、別に先輩呼びを強制するとかそういう事はしないから…もし良ければ、名前で呼んでくれると嬉しいかな」
「は、はい…朱里さん…」
慣れないからか、小さな声で呟く渚。
その様子がどうにも可愛かったので、朱里は無意識に渚の頭を撫でていた。
「わっ…あ、朱里さん!?」
「前から思ってたけど、渚ちゃんってやっぱり可愛いね…ああ、髪サラサラだ…羨ましい…」
朱里は渚の頭を撫でながらうっとりした声で呟く。
渚より朱里の方が背が高いので、渚は普通に撫でられていた。嫌では無かったし、気持ちよくすらあった。
そうこうしているうちに渚の家に着いた。朱里は駅に向かう為、ここでお別れとなる。
ちなみに、ここでようやく朱里は渚の頭から手を離した。
「それじゃあ渚ちゃん、またね…あ、そういえば携帯の番号交換しなきゃ」
「あ…わたし、携帯持ってないんです」
渚の言葉に、朱里は少し驚いた様に目を丸くした。
「この時代に携帯持ってない子っているんだ…じゃあ、一応電話番号渡しとくよ。公衆電話とかで掛けてくればいいからさ」
「ありがとうございます…わたしも家の電話番号渡しておきますね」
ふたりは電話番号を交換した後、明日また会う事を約束して別れた。
*
数時間後、渚は母親に今日あった事を話していた。
朱里の事や自分の役目の事…いつもより声が弾んでいたかもしれない。
母親は渚が話し終わるとそこ頭を撫でて、「今日もいい日だったんだね」と微笑んだ。
いつもの光景だ。だけど何故か…違和感を感じた。
(…お母さんの手って、こんなに冷たかったっけ)
朱里の手のひらはとても温かかった。
母親の手のひらも同じ温もりを宿しているはずなのに…何故か、いつもより冷たい気がした。
「お母さん、寒いの?」
渚の問い掛けに、母親は無言で首を振る。
どうしたんだろう…何かあったのかな。
不安に思っても、それを確かめる術は無かった。