反町渚の希望と絶望   作:転寝

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第5話「休日の出来事」

 三日後。

 今日は日曜日で学校は休みだ。いつもは早起きする渚も、今日は珍しく少し遅めに起きた。

 リビングで朝食をとった後、森岡夫妻は買い出しに行くとの事で外出した。家で母親と話していようかなと思ったが、天気もいいし、急ぐべき課題は既に終わらせているので外出する事にした。

 身支度を整え、母親に「行ってきます」と声を掛けてから家を出る。行く宛ては特に無かったので、とりあえず馴染みの本屋に向かう事にした。

 のんびりと歩き、十五分程度で目的地に到着する。「凪坂(なぎさか)書店」という小さな書店で、渚がよく通う場所だった。

 店内に入ると、入口近くにあるレジで暇そうにしていた女性がそれに気付いて、「渚か。いらっしゃい」と薄く笑みを浮かべた。

 

「こんにちは、未来(みき)さん」

 

 渚も挨拶を返し、本棚を見て回る。ひとつめの本棚をざっと見た所で、レジから「もうすぐ咲が来ると思うぞ」と声が掛かった。

 

「琴音先輩が?」

「ああ、アイツも暇なんだろうよ」

 

 未来は気だるげに言うと、火をつけていないタバコを咥えた。

 凪坂未来はこの書店の店主であり、琴音咲の叔母にあたる人物である。勤務態度は若干不真面目ではあるが、この街にある唯一の本屋なので重宝されている。田舎の本屋でありながら、最新の小説や漫画雑誌などを取り揃えてくれているので、大変ありがたい存在だといえるだろう。

 渚はこの本屋の常連だが、もちろん他にも常連と呼べる客はいる。

 例えば、ちょうど店内に入ってきたふたりの中学生―安藤樹と小鳥遊浩平がそれにあたる。

 

「安藤くん、小鳥遊くん…珍しいですね。休日に来るなんて」

「反町さんも来ていたんだ。今日は部活が無いし樹が暇してたみたいだから来たんだ」

 

 小鳥遊は微笑みながらそう言った。その横にいる安藤は特にリアクションを示さず、スタスタと本棚の方に歩いていってしまった。

 先程、小鳥遊は「部活が無い」と言ったが、これは事情があっての事で、たまたま部活が休みになった訳では無いようだった。

 現在、吹奏楽部は活動を停止している。朱里と協力して魔女を倒した後、そういった判断が下されたらしい。普通の人には魔女の姿は見えない為、当然といえば当然の処置ではある。

 あと少しすれば全国吹奏楽コンクールが開催される為、ここで活動停止になったのは痛い。だが、コンクールメンバーは諦めず、活動再開まで自主練を続けているという。

 大変だなぁと渚が思っていると、また新しい客が入って来た。咲ともうひとり、黒髪の少女だった。咲は渚たちを見つけると笑顔で挨拶してきたので、渚たちも頭を下げた。安藤も会釈をしたのには驚いたが。

 

「ったく、ここは集会所じゃねぇんだぞ」

 

 未来がぼやく。それを受けて、咲が「いいじゃん」と少し砕けた口調で言った。

 

「それより、詩季(しき)ちゃんいる?」

「詩季ならまだ寝てるぞ。起こしてきてやろうか?」

「あ、寝てるんだ…なら大丈夫」

 

 詩季というのは、未来の娘である。咲の従姉妹にあたる少女で、まだ小学生ではあるが渚たちとも面識があった。

 咲と一緒に来た少女は、黙って本棚を見ている。小鳥遊が彼女に挨拶をしたが、無視されていた。

 渚はこの少女とは面識が無かったが、名前は知っている。吹奏楽部きっての問題児で、咲しか制御出来ないときいた事があった。確か、名前は―

 

「…こんにちは、吹綿(ふきわた)先輩」

 

 渚が挨拶するが、少女―吹綿(しいな)は無視したままだ。渚は少し傷付いたが、これが秕の基本的な対応なので仕方が無い事ではある。

 

「秕ちゃん、ちゃんと挨拶しなきゃダメだよ」

「…必要ない。関わりが薄い人間に挨拶をする必要が何処にあるんだ?」

 

 咲が話しかけると、やっと秕は口を開いた。その言葉はかなり棘のあるもので、渚はまた傷つきそうになったのだが。

 秕はこの短時間で興味のある本棚を見終えた様で、「…帰るぞ、咲」と言うとさっさと店から出て行ってしまった。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!わたし、詩季ちゃんに会いたかったんだけど…まあ、仕方ないか」

 

 咲は諦めた様な表情を見せた後、「じゃあみんな、またね」と言って本屋から出て行った。

 その背中を見ながら、未来が「忙しいヤツらだな」と呆れた様に呟いた。

 

「あれ、樹ももう見終わったのかい?」

 

 小鳥遊が突然そう言ったので、安藤の方を見てみる。彼は文庫本を手に持ち、レジカウンターに置いていた。

 

「ああ。…会計を頼む」

「あいよ。また小説か…たまには別の本も読んだらどうだよ」

「…余計なお世話だ」

 

 未来の言葉に、安藤は仏頂面で返す。

 可愛くないヤツとボヤいてから、未来は会計を済ませて安藤に文庫本とお釣りを渡した。

 

「小鳥遊と渚はどうする?なんか買ってくか?」

「僕はいいかな…学校で借りた本が読み終わってないし」

「うーん…わたしも大丈夫です。この前買ったばかりだし…」

「あそう…ま、特に用がないなら帰りな。それとも上がってくか?」

 

 未来が店の奥にある居住スペースを指し示す。

 それを固辞して、渚たちは店を出た。

 

 

「うーん、これからどうしようか」

 

 宛もなくぶらつきながら、小鳥遊がそう言った。

 

「まだお昼には早いですよね…」

 

 渚は腕時計を見ながらそう呟く。百円ショップで購入した安いものだが、 幸い止まってはいないようだ。

 

「反町さんは何処か行きたいところある?」

「特には…小鳥遊くんは?」

「僕も特にないね…カラオケなんか行ってもアレだし、ゲーセンに行くのもお金使わないとだからなぁ…」

 

 中学生は金欠だから行ける所が無いよと小鳥遊はボヤいた。それに関しては渚も同感ではあった。

 

「樹は?何処か行きたいところあるかい?」

「…帰る」

 

 安藤は短くそう言うと、さっさと歩き出してしまった。

 小鳥遊がため息をつき、「もうちょっと協調性があればいいんだけどね…」と呟いた。

 

「まあ、お金が無いのも事実だし仕方が無いか…あ、ちょっと待てよ」

 

 そこで何かを思い付いたのか、小鳥遊が安藤を無理やり呼び戻した。

 

「どうしたんですか?」

「行く宛てがないなら、僕の家で勉強会しない?まだ中間試験には少し早いけど…実は、分からないところがちらほらあってさ」

 

 なるほど、と渚は思う。確かに、中間試験に備えて勉強した方がいいかもしれない。

 安藤の方を見てみると、露骨に嫌そうな顔をしていた。

 

「わたしはそれで大丈夫ですけど…安藤くんは?」

「おれは帰る。ふたりだけでやってくれ」

 

 そう言って歩き出そうとした安藤を、小鳥遊が制止する。

 

「ダメだよ樹、どうせ課題もやっていないんだろう?また先生に怒られるよ?」

(うるさ)い、放せ」

「煩くなって当然だよ。このままじゃ君、部活にも出れなくなるよ?」

「やかましいぞ小鳥遊。お前はおれの保護者か何かのつもりなのか?」

「誰のせいだと思っているんだ?大体、この前だって補習すっぽかしてたじゃないか」

「それはおれの問題であってお前の問題ではない。いいから放せ」

 

 ふたりは言い争いを始めてしまった。といっても安藤はそれなりに苛立っているようだが、小鳥遊は別に怒っている訳では無いらしい。たまに彼の人格が把握し切れなくなる渚である。

 止めなきゃと思ったその時、安藤に言うべき事を思い出したので渚はおずおずと口を開いた。

 

「あ、あの…」

「だから君は陰口を叩かれるんだよ樹……って、反町さんどうしたの?」

「琴音先輩が、安藤くんに宿題をちゃんとやる様に言ってくれって…」

「…………」

 

 咲の名前が出ると、安藤は急に黙り込んだ。

 ため息をつき、髪をぐしゃぐしゃと掻き回してから気だるげに言う。

 

「……分かったよ。やればいいんだろ」

「最初からそう言ってくれればいいのに」

「煩い。とっとと行くぞ」

 

 安藤はまた歩き出した。その背中を追いかけながら、小鳥遊が「ファインプレーだよ反町さん」と微笑んだ。

 

「樹は琴音先輩の言う事だけはまともにきくからね」

「琴音先輩、やっぱり凄い人なんですね…」

 

 安藤の弱みでも握っているのだろうか。といっても咲がそんな事するとは思えないし、そもそも安藤に弱みがあるのかどうかも分からないのだが。

 渚もふたりの後について行こうと歩き出す。その時―唐突に頭の中で声がきこえた。

 

(…さ、渚!)

(キュゥべえ?どうしたの?)

 

 彼が連絡してくるとは珍しい。渚が驚いていると、キュゥべえはいつもの調子で言った。

 

(今から見滝原に来れるかい?朱里がキミの事を呼んでいるのだけれど)

(藤野さんが?)

 

 渚は携帯端末を持っていないので、朱里がキュゥべえにメッセージを託したのだろう。

 見滝原は隣の市なので電車があればすぐに行けるのだが…渚は迷った。

 もう小鳥遊たちと約束をしてしまっているし、朱里が自分を呼ぶ用が思い付かない。だがその一方で、もし朱里が強い魔女と出くわしていたらという想像が頭を過ぎり、震える。

 数秘の思考の後、渚は安藤と小鳥遊を呼び止めた。

 

「どうしたの?反町さん」

 

 不思議な顔をする小鳥遊に、何と話したらいいのか分からず…渚は曖昧に頭を下げた。

 

「わたし、用事があるのを思い出して…すみません!」

 

 そう早口で言ってから、駅の方へと走る。

 後ろから小鳥遊の声がきこえてきたが、渚が振り返る事は無かった。

 

 

 渚が走り去ってしまった後、小鳥遊は「どうしたんだろう」と安藤を見た。

 

「反町さん、何かあったのかな」

「さぁ…いずれにせよ、おれたちが関わる問題ではないだろう」

 

 安藤はいつもの調子でそう言った。

 

「確かにそうかもしれないけどさ…でも、力になってあげたいじゃん。反町さん、両親が居ないみたいだし」

 

 噂だが、渚の父親は既に死亡しており、()()()()()()()()()()()()()との事だった。小鳥遊はそれに同情してしまっているのだ。

 勿論、それだけで渚と友達になったという訳では無いのだが。

 

「その時は向こうから切り出してくるだろう。おれたちに出来るのは、ただ見守る事だけだ」

 

 それじゃあな―最後にそう挨拶をしてから、安藤は立ち去ろうとした。

 それに応じそうになってから慌てて我に返り、安藤を呼び止める。

 

「…樹、どさくさに紛れて逃げようとしてない?」

「バレたか」

「…………」

 

 安藤の態度に、小鳥遊は本日何度目かになるか分からないため息をついたのだった。

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