――何かと言う訳ではないが、可笑しいと思っていたのだ。
曲芸じみた動きをさも当たり前ように出来る人間。チャクラなんていう不可思議な力。
5歳だの6歳だのの
引っかかるキーワードに、首を傾げながら生活をし――階段を転げ落ちた衝撃で、とんでもない世界に『転生した』という事実に気がついた私は、文字通り呆然とし、高熱を出して寝込んだ。まあ、数日して回復したけど。
くい、と引っ張られる服の裾。どうやらよそ見していたのがご不満らしい。ぐりぐりと押し付けられる子供の頭に、苦笑いしつつ、肘を掠めた癖の強い黒髪を撫でた。膨れっ面になっていた幼い顔に笑顔が咲く。
――くそう、可愛い。
思わず私が笑顔を作ると、『彼』は、真っ黒な瞳を弓なりにし、三角の積み木を無遠慮に私に押し付けてきた。「ねーちゃん、コレ」と無邪気に笑い、まっすぐに此方を見つめてくる。
私の腕に引っ付きながら積み木をするそんな幼子を見て、今世の『父』はハハハと笑った。
「ねーちゃん、コレはこっち!」
「あーもー、コイツは…。――本当に姉ちゃんの事が好きだな、『オビト』」
「おう!」
目じりの皺をさらに皺皺にして、表情の崩れている穏やかな祖母。
『
(あー可愛い……)
まあ、死亡フラグなんだが。
目はニコニコと幸せそうに笑いながら、可愛いと弟を愛でながら、――心のどこかではヒイィィイイと悲鳴を上げる、黒髪の少女。
『うちはホノカ』。それが今世の『私』に付けられた名前であった。
――『NARUTO』。私の今住んでいる世界は、どうやらこの物騒な少年誌らしい。
はっきり言って。――今世の『私』は詰んでいるんじゃないだろうか。色んな意味で。
まず世界観からしてヤバイ。世界各国の子供から大人たちまで虜にしたこの漫画は、超魅力的でロマンに溢れたファンタジーである一方で、現実になった途端、超物騒な死の世界へと早変わりである。
なんせ、忍んでいない超人的力を持つ『
膨大なチャクラさえあれば、簡単に人を虐殺することなら勿論、上忍になってしまえば、地形を変える事も朝飯前だ。そしてその上、各国が、そのとんでも人間でも敵わない『
そして、今は、その超物騒な世界のうちの、時代としてもそこそこヤバかった。主人公のうずまきナルト――彼の生まれる十数年程前。第3次忍界大戦開幕直前であるからだ。第2次忍界大戦は終えたものの、五大国統治が揺らぎ、小国を巻き込んだ小競り合いが長期化。日常的に戦闘が勃発することで次々と忍を失い、どの隠れ里でも人手不足に金銭不足というじり貧の消耗戦を繰り広げ、大国すら追い詰められている時代である。
人手不足の深刻化は、比較的余裕があるとされる木ノ葉隠れの里でも例外ではなかった。実際、ここ数年で、
忍の死傷者の増加に伴い、末期では8~10歳なんて言う、両手の指で数えられる年齢の子供が下忍として駆り出されていた筈だ。勿論の事、そんな年齢の子供の大部分が生き残れる訳がなく、結果としてゴミの様に命を散らし、平均寿命の引き下げに一役買っていた。一般家庭の子供でさえそれなので、勿論、忍の名家や才能ある子どもはもっと幼い頃から、――下手したら5歳なんて言う年頃から戦場に向かっていった。これでも第1次忍界大戦時代に比べればマシとされるのだがら恐れ入る。あの時は、平均寿命は30歳、――苦無を持っていれば、赤子でも殺していた、文字通りの戦国時代だったからだ。
道徳、倫理、何それ美味しいの、という世の中。幼稚園生が里の命令で人殺しをし、殺されている――マジで世も末の時代が『今』だった。
そして、最もヤバイのは私の出自だ。
背中に背負う家紋は、かわいらしい
うちは一族――三大瞳術である
原作では、優秀な忍が多い一方、性格は、内向的かつ閉鎖的。忍術、体術、幻術というどの分野でもぬけがなく、大規模戦闘から破壊工作まで卒なくこなす――一応一般的には、初代火影となった千手一族と共に、木ノ葉隠れの黎明期から支え続けたとされるエリートな一族である。
(まあ、族長が離反したけどな……)
勿論、その族長様とは、みんな大好き柱間大好きおじいちゃん――本名、うちはマダラである。
うちは一族は、忍として下手に
そもそも写輪眼の開眼条件が条件だ。大きな愛の喪失や自分自身の失意にもがき苦しんだ際なんていう超物騒なものである。二代目火影からは『悪に憑かれた一族』とまで言われたが、実際に、動体視力の底上げ、忍術、体術、幻術の習熟のサポート、ブーストしてくれる変わりに、その特殊なチャクラの副作用で精神に変調をきたす者も多い。開眼と同時に力を暴走させ、性格が急変する者も多く、原作でも強者の多くがメンヘラかつヤンデレ化していたりする。マダラとか、サスケとかがそうだ。
しかも闇落ちした多くが急激に強くなり、確固たる信念のもと動くものだから、他人の言葉が届きにくい。闇落ちしたら一直線のやベー一族、それがうちは一族であった。諸刃の剣なんてもんじゃない。
勿論のこと、そんな一族の行く末も碌なものではなかった。その特性を危険視された里の上層部からは、大部分を警備隊という名目で隔離。エリートとして一時は里の者に羨望視されるも、志村ダンゾウによって九尾の事件の際に嵌められ、里の忍たちからの信頼も失墜。――そして、最終的には、拗らせた不満を爆発させクーデターを画策し、里を愛した
この時代の忍里に、『うちは一族』として生まれ落ちた以上、忍以外の
故に、ある程度強くならなければ、――待つ未来は『死』である。
そして、ある程度強くなっても、任務の相性次第では死ぬこととなり。
戦場で生き残るために何とか写輪眼を開眼しても、うちは故に闇落ちフラグが立ち。
闇落ちせずこの戦禍を乗り越えたとしても、――
どうにかそこを生き延びたとしても、木の葉崩し、暁の襲撃、第4次忍界大戦と死亡フラグはハリセンボンのように立っている。
(なにこれ、人生超ハードモード…)
内心頭を抱え、白目をむく。弟はそんな私を気にせず、鼻歌を歌って積み木を弄っていた。
「~♪」
花丸満点の笑顔で笑う弟はマジでかわいい。かわいい、のだが。――コイツの名前は『オビト』だ。
うちはオビト。トビ――そして、うちはマダラとして暗躍した暁の影のリーダー。NARUTOの終盤で正体が明かされる、火影の夢をあきらめてしまった少年。
詰みである。
読んだことのある他の転生小説のような主人公のように、
時系列も一部は曖昧だし、そもそも原作自体がジ●ンプの看板作品である。アニメやゲーム、小説、映画――メディアミックス媒体は多岐に渡り過ぎていて、その全部を網羅出来ている訳がない。原作ですら
メインイベントはなんとか覚えているが、敵味方どっちか怪しいキャラクターも多い。この世界の基本常識も正直朧気だ。隠れ里の名前すらも危うく、周辺地域の小国の知識も含め、今の知識の殆どが『うちはホノカ』となってから身に着けたものだった。
――原作知識が役に立つかどうかは、かなり微妙な所だ。
NARUTOの世界など、妄想するから楽しいのであって、現実になるなど全くのノーサンキュー。生き残れる未来が見えない。
「……はあ」
今後の展望が暗すぎて溜息が漏れてしまう。
生まれ変わって早5年。ヤバイ世界で、どれほど人生ハードモードだとしても、私はやっぱり死ぬのは怖かった。前世でどのような死に方したのか、というか何歳まで生きたかすら曖昧であったが、やっぱりのんびり老衰で死にたい。
(とりあえずは、忍界大戦、か)
突出しすぎず、最前線に飛ばされない程度の立ち位置を目指す。……うん、こんな感じでどうだろう。
幸いな事に、お先は暗そうではあるものの、『今の』うちは一族は、忍の才に恵まれた、木ノ葉隠れの代表する名家の一族だ。プライドが高く、扱いにくい人種が多いのも事実だが、基本的には身内には優しいし、情も深い。組手や実践経験などの稽古だったら、頼めば相手になってくれる人も多いだろう。『
――人は、これを
「ねーちゃん?」
「ああ、ごめんね。だいじょーぶよ、オビト。……こっちだったっけ?」
「そう!」
手が止まっていたからだろう。不信そうに袖を引かれ、慌ててオビトに向き直る。積み木遊びを再開し、同時に視界に入った幼いしかめっ面にくすっと笑ってしまう。今挑戦しているのは火の国城だ。
むっといっちょ前に額に皺を寄せるオビトは本当にまっすぐかつ真剣だった。時折満足気に、にかっとした笑顔を見せる時もあり、その屈託のなさに、私はいつもまあ、いっかーとほのぼのとしてしまっていた。――いや、だってこんなに可愛いんだぞ。
勝手場の方から、仲よさそうな姉弟の様子に、こっそりと笑う父親の姿が見えた。玄関脇の仏間には、母親と祖父の写真が並んでいる。そこの掃除をする祖母も、時折穏やかな目で私たちを見ていた。
まあ、何というか。
母はいないものの、仲の良い姉弟。優しく穏やかな父と、ここぞとばかりに私たちを甘やかす祖母と。――そう考えると、色々問題は山積みなことを除けば、悪くはない来世だろう。そう思う私は、大分この家族に絆されていた。
「あー! ねーちゃん! そこはコッチ!」
「ごめんごめん」
私が適当に置いた積み木がお気に召さなかったみたいで、オビトチェックが入った。作り終えた割とと力作なお城の周囲には、今は、建設中の城下町がちらほら展開している。――うん、コイツ、割と才能あるな。
勝手場から来た父も、その出来上がった作品を見て驚くように目を丸くした。そして、満面な笑顔で自信満々に胸を張るオビトの頭を優しく撫でる。
「どーだ、とうちゃん!」
「これ凄いな……流石だな、オビト! ――ホノカもありがとう」
私の頭もぐしゃっと撫で、父はニコニコと楽し気に笑う。父が此方に来たという事は、夕飯の時間か。父の手を引き、自慢げに解説をしているオビトの頭をつん、と小突いた。
「ほら、オビト。そろそろ片付けの時間よ」
「えー!! あんなにがんばったのにィ!?」
「ごめんごめん。――でも、いいの? 今日はたぶん……カレーよ」
「!!」
好物に興味がうつったオビトを尻目に、そそっと積み木を片付けだす。私の手の上でコロコロと転がされているオビトを見て、父は可笑しそうに笑った。
「本当に、いつもすまんなホノカ。――この調子でオビトを頼むぞ? お姉ちゃん」
「はは……」
喜怒哀楽のはっきりしている、元気玉みたいなオビト。ずっと一緒にいるのは、楽しいけど偶に疲れるんだよなァ――そんな何とも言えない顔をしていたのだろう。再度、くすっと笑いながら私の頭をツンとつついて、悪戯っぽく笑った。
「勿論、修行もな」
「あー…」
勿論生き残りたいから、やっていない訳ではないのだが。正直好きではなかった。だって、普通に痛いし、――そもそも人を殴ったり叩いたりするのは嫌いだ。
微妙に視線を逸らし顔を顰める私に今度は苦笑いをした所、父はくしゃりと頭を撫でた。絶妙な力加減だった。
一通り撫でて満足したのか、父は祖母を呼びにいった。
(――――あー、もう)
大きな優しい手だ。『私』は、いつもコレに絆されてしまう。
……ほんとうにもう、しょうがない。
「なんじゃ、もう! ご飯くらい用意したぞよ!」
「まあまあ、息抜きくらいさせてくれよ、母さん」
「お前は本当に手をかけさせてくれない」「やりたくてやってんだってば」……。今日も我が家は平和である。
父と祖母の定番の掛け合いをBGMに、片付けに飽き始めたオビトをなだめながら、私はもくもくと積み木を片付けていく。
夕方の6時。明日も私は
まだ、戦場に出ていないから、という事もあるのだろう。今は穏やかな日常を、ただひたすら謳歌していた。
父が時折纏う、血の汚れや、死臭。定期的に買う、線香の束や花。忍具の調達。
身近にある戦の気配は確かに感じる。ひたひたと背後に迫るその存在に怯えつつも、私はこの『NARUTO』世界に少しずつ順応していっていた。
(そういえば……)
ふと、こんな疑問を抱く。なんてことない、疑問だった。
――――原作で、うちはオビトの親の描写ってあったっけ?
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