――――今思い返すと。泣きたくなるほどの、平和な日々だった。
弟と、父と、祖母と。暖かな手で慈しまれ守られていた、優しい思い出。今でも心の大切な所にある、在りし日の記憶。
鳥のさえずる声がする。心地良い風が頬を撫でていく。
ふかふかの布団に包まれ、夢と現をふらふら行き来する。実に至福の時である。
(あー気持ちいい…)
このまま此処でいつまでも寝ていたい。
ムフフと半分覚醒しつつも、布団と戯れていると、不意に背筋に寒気が走った。チャクラでブーストしながら慌てて転がる。
―――ボフッ!
「――おっはよう!ねーちゃん!」
あーあ、よけられちった、と残念がるのは、可愛い弟。その後ろでは、悪戯成功とばかりに笑う父。
先ほどまで自分が寝ていた所に、特に腹の部分あたりに座るオビトにギョッとする。仕掛け人たちはニッと笑うと私の手を取って、起こした。
「おはよう、ねぼすけ。――朝ご飯無くなるぞ?」
皆で手を合わせ、朝食を食べる。ご飯にお浸し、卵焼きにワカメのお味噌汁だ。
半分寝ぼけながら食べる私と、朝から元気溌剌のオビト。こっそり私のオカズを奪おうとするオビトを小突いたあと、父は今日の予定を聞いてきた。
「今日は、普段通りかな。6限だし……――あ、5.6限が屋外授業だから、帰るのが遅れるかも」
「ほー、頑張れよ」
「ねえちゃんねえちゃん! オクガイジュギョーってなにやんの?」
「組手とか、手裏剣術とか…。今日は、
「トラップ! なんか、かっけェ!」
すごいすごいと目をキラキラさせるオビトに、苦笑いする。言うほど面白くないぞ、オビトよ。
それに、実は私はそこまで屋外授業が好きじゃなかった。――特に班分け。
飛び級入学かつ、うちは一族である私は、ぶっちゃけ、あまり同年代に友達がいない。嫌われている訳ではないのだが、遠巻きにされているのである。一緒に弁当食べる同級生はいるが、そんな彼女らも、前世の事を思い出して以降、ノリが悪くなった分余計に距離が開いてしまっていた。
いや、あのテンションに合わせ続けられない私が悪いんだけど――正直きつい。
後、性格的に落ち着いた分余計に、猪突猛進なタイプと組まされる事が増えた。別に、お目付け役として彼らを止められる訳じゃないんだが。結論、普通に講義を受けている方が気楽である。
飛び級組には私と同じように、若くして悟っちゃっている系男子や女子がそこそこいるから、そういった点では楽だった。今日も変な班分けじゃないといいなァと、軽く溜息をつく。
うちは特有の黒い首回りの広い服に着替える。グレーの七分丈のズボンを履いて、ホルスターを装着した。
毎朝の恒例行事だ。
「あーあ。……あーあーあ! オレもはやくアカデミーにいきてェなー!」
「急がなくてもいずれ通うんだから大丈夫だって」
「ちっがーう! わかってねーな! ねえちゃんといきたいの!」
バッテンをびしっと作るオビトに思わず笑ってしまう。
遊び相手がいなくなるので、退屈なのだろうという事は解っているけど。ここまで慕われて悪い気はしない。
「また後でね」と小突くと、口をへの字にした後、ニッとオビトは笑った。――くそう、可愛い。
ニコニコとしている私に、父さんは弁当を渡してくれた。風呂敷には団扇のマークがデデンと主張している。
「はい弁当。今日は手伝いは無しでいいぞ。
帰ったら組手するから、しっかり食べて、授業を受けてくるように」
「はい。――って組手かあ…」
「そこ、嫌な顔しない! ――オビトは、父さんが帰ってきたら修行つけてやるからな。良い子にしてろよ?
友達と遊ぶのはその後な」
「マジで! やった!」
口をへの字にしていた所を、オビトと一緒にわしっと頭を撫でられた。大きな手の優しい温度を感じて、くすぐったくなって笑う。オビトも同じように笑っていて、何か気が抜けてしまった。
しょうがない。まあ、気は進まないが頑張るか。
「――――行ってきます!」
場所が変わり、忍者学校。
4限まで終わり、今は一番眠たい時間だ。昼ごはん後に、私たちは演習場に集められ、
「今日は、予定通り罠の解除の授業を行う。
下忍になって戦場に出たら、最初の頃につく任務は、何だと思う?――はい、出雲キツネ」
「うぇ!? ……えーっと、敵との戦闘とか?」
「違います。――はい、日向ヨウ」
「物資の補給や調達」
「正解だ。良く勉強しているな」
外に持ち出したホワイトボードに“物資の補給、調達”と書き、先生は此方を振り返った。
「下忍になって任されるのは、CランクやDランク。敵の忍と戦うのは、Bランク以上――もう少し経験を積んでからだ。
基本的には裏方仕事だな。味方への物資の補給、または調達などの役目を、皆は任されることになるだろう。
じゃあ、物資の受け渡しについては、何処でやる?――はい、油目シンヤ」
「…………うーん、安全な
「正解だ。――所謂“拠点”だな。
作戦規模が大きくなるほど、
じゃあ、その項目について書いてくぞ」
キュッキュと鳴るホワイトボードを見ながら、溜息をつく。
(……ていうか、この世界の子供って地頭もいいけど、基礎学力が高いよな)
兵站なんて言葉、この世界に来て初めて知ったぞ。
予習復習をしっかりやって、かつ、前世の知識があるお蔭で、先生の話についていけているが、――普通にこの世に生まれたら、余裕で授業から落ちこぼれた自信がある。ナルトはよくやっていたものだ。
そう思って、こっそり周囲を見渡すと、半分くらいは寝落ちていた。――まあ、だよねー。と思いつつ、先生の方を向く。
先生は、調達の下に拠点と書き、横に求められる機能を書き足していた。
安全性、隠蔽性、衛生管理、物資の保存――そこまで書いて、安全性と隠蔽性以外の項目に、先生は
「物資補給の時に、一番大切となるのは拠点づくりだ。見つかりやすい場所や、罠が
大規模作戦だと、衛生病院や長期戦用の物資の保存などの、必要な機能が増えるため拠点の規模も大きくなるな。
―――が! 下忍の任務で、まずそこまでの場所に
これは大事だからなー、と、水無月先生は簡単な罠をいくつか図式にしたプリントを配布した。
物資運搬の任務でないにしても、怪我している時や、野営中に、きちっと罠を張れるのも忍には必須の
「今回は対忍想定はなし。今日の課題は、野生生物や夜盗を想定して、最低限身は守れるように、先生が土遁で作った洞穴に罠を仕掛けること!
よーし、じゃあ班分けするぞ。おいそこ、起きろー」
寝ている子供を叩き起こしつつ、先生は班を3つに分けた。
不貞腐れる少女、ギャーギャー言っている少年が其々別れる。
そして、「開始!」の合図と共に先生が消えると、騒いでいた少年たちは、懲りずにワイワイ集まりだし、「よーし、じゃあ先生もいなくなったし、遊びにいくか!」と元気な声が響いた。
「缶蹴りは?」
「いや、隠れ鬼やろうぜ!」
「コタロウくーん! 私も入れてー!」
「オレもー!」
ガキ大将のような少年を中心にどんどん人だかりが出来上がる。彼らは此方を向いてニヤリ、と笑った。
「じゃあ、真面目な優等生諸君! あとヨロシクなー!」
(ええー……)
蜘蛛の子を散らすように消え、一部の真面目だったり、大人しかったりする生徒だけが、その場に取り残される。
居残り組である、先程、先生に指名されていた、日向一族の少年――
「はァ……おい、ホノカ。やるぞ」
「……そうだね」
残された面々は、それぞれ憮然とした顔をしながら、班ごとに散らばった。苦無やワイヤーをそれぞれ取り出し、淡々と課題に取り組み始めた。
罠の相談とともに、ぽつぽつと雑談をする。
「ねーねー、ヨウくんは、向こうに行かないの?」
楽しそうな鬼ごっこの声が遠くで響き、何人かの子供がそわそわしている。
日向ヨウ――原作のサスケポジションのような少年は、フンっと鼻で嗤った。
「いかない。僕はアイツらみたいな
それに、物資調達の任務って、けっこう死人が出てるんだろ?
できなくて困るのは未来の自分だし、――――後は」 不意に言葉を区切って、日向少年は真面目な顔をする。
「今回の先生、あの、水無月先生だぞ?
絶対今の状況を、どこかで見ている筈だ。
採点なんか勿論甘くしてくれないだろうし――――時間内に出来なきゃ居残りは確実、追加の課題も出るだろうな。
僕はそんな面倒なのはゴメンだ」
「「「…………」」」
皆押し黙る。どちらかと言わなくても、火の粉なんて被りたくない。
さっさと片付けて帰ることにしよう。皆さっくり、お馬鹿共を見捨て、課題に取り込むこととした。
組みあがっていく、罠の数々。日向くんが白眼で位置をチェックし、さらに微調整を重ねていった。私も複数のワイヤーを光沢を変えて塗装し、光の反射具合を微妙に変える。最終的な予想図は二段階トラップだ。ワイヤーの両先端に毒を塗った千本を設置して、
そして、洞窟の内部に、変わり身用の丸太を複数設置し、入口と反対側に起爆札を数十枚張り付けた。――いざと言う時の脱出用だ。
普通の人間や、動物ならここには無傷で入って来ることは困難だろう。
班員皆で仕掛けた位置を確認し、罠から十分距離を取る。――そして。
動作確認の為に、変わり身用に飼育されていたウサギを貰い、入口の罠に向けて放った。訓練されたウサギはしっかりとした足どりで、私たちの指示通りに土遁で作られた洞窟へと向かっていく。
敢えて見えるように、地面から浮いた位置で反射する一本目のワイヤーを、ウサギは軽々と避けた。そして、その付近の地面に張り巡らした、光沢を落としたワイヤーに引っかかり――予定通りに発動した沢山の千本をその身に受けた。ピクリ、ピクリ、と少し痙攣して、そのまま動きを止める。
「…………」
成功、と皆が挙げた声が、どこか遠かった。
「どうした、ホノカ?」
「ううん、――何でもないよ。何でもない」
しっかり罠は作動した。
課題としての出来は及第点だろう。
敵を串刺しに出来るように設置したのは、自分たちだ。
でも、――やっぱり屋外授業は、嫌いだなと思う。
皆が解散した後、許可を貰って、――こっそり、私は亡くなったウサギを供養した。
日が沈むか沈まないかといった頃。そんな中、苦無を片手に、私は父に向って行っていた。
朝予定していた組手だ。武器は苦無一本のみ。フェイントを混ぜ込みながら、素手でも苦無でも、父に一本入れれば終了だ。
二合、三合と打ち合う。
父の動きは随分と余裕を残していた。その証拠に、開始してから数十分は経過しているのに、殆ど立っている場所から動いていない。
(くっそ、――――!)
目を凝らし、足にチャクラを練りこんだ。地面を蹴り、父の頭よりも上に飛びあがる。
身体を鞭のようにしならせて、遠心力を付け、上から苦無を振り下ろした。ヒュッと鋭く息がもれる。
が。
父の頭上に自分の苦無が差し掛かった瞬間、私の手の動きが鈍った。手が震え、振り下ろせなかったのだ。
それを見逃す父ではない。苦無を持たない左手が綺麗に右肩に入り、苦無を取り落とした。
そのまま受け身を取り損ね、尻もちをついた私に、父が苦無の先を向け、――すっとその先端を下ろす。
気が付けば日が山へと落ちていた。組手終了だ。
「父さん、……貴重な時間を――ありがとうございました」
荒く乱れた呼吸を整え、深く一礼をする。親子でも、修行中は師と弟子だ。
父も、この時ばかりは普段の穏やかさを潜め、ゆっくりと頷き返した。
包帯や、薬を手に、父は手慣れた様子で、私の擦り傷となった部分を処置していく。
優しいが、無言で治療をしていく父に、――その厳しい横顔に、心が落ち込んだ。
(……またやっちゃった)
振り下ろせなかった苦無。止まった手。
父が避けられない訳がないのだ。上忍と忍者学校生。それだけの実力差があるのだから。――けれど。
消毒された部分が染みる。ひりっとした痛みに顔を顰め、そんな私の様子を見て、――ぽつり、と父は問いかけた。
「修行は嫌いか?」
「……うん。好きじゃない」
「面倒だから? ……って訳じゃなさそうだよなァ」
組手の型の習得そのものは早かったもんな。
そう、苦笑する父の瞳の中に、真剣さを感じ取り、私は言葉につまった。観念したように軽く息を吐き、少し目を伏せる。
「……だって、当たったら痛いよ。相手も…自分も」
忍としては甘ったれた言葉だという事は解る。
それでも、殴るのも、殴られるのも。切られるのも、切るのも、痛いのだ。
私の返事に、父は少し目を見開いた後、少しだけ黙り、わしわしと私の頭を撫でた。
「お前は優しいな。……ちょっと父さん心配だ」
きゅっと巻き終えた包帯を結ぶと、父は私をすっと抱き上げた。
最近ご無沙汰だった解りやすい子供扱いに、顔を赤くして暴れる。そんな私を見て、父はクツクツと笑った後、朝日の指す方に視線を向けた。
「……万人を倒せとは言わないさ。それにまだお前は、
ただ、きちんと生き残れるように。大切な誰かを守れるように。――自分で道を選べるくらいには、強くならなきゃな。
いざと言う時に、後悔するのは、死ぬほどしんどいぞ」
「うん…」
少し目を伏せる。解ってはいるのだ。黙った私に苦笑いして、父は空を見上げた。
「まあ、それでも。忍って、しんどいことも、後悔することも多いからな…。
じゃあ、ホノカ! そういう時の、父さんのとっておきを教えてやるよ」
「とっておき?」
「そう、とっておき。とっておきのとっておきだ。――それは」
もったいつけながら、父は指をピン、と立てた。こくり、と息を飲む。
「――――皆で下らないこと話して、笑って、美味しいもの食べて、寝る事だ!
そうすれば、人間、幸せだからな!」
「………………………………」
いやまあ、楽しそうだけど。
思わず胡乱気に父を見上げると、父は穏やかに笑いながら、私の鼻をツン、とつついた。
「そのうち、ホノカにも解るさ。
それに結構難しいぞ? なんせ一人じゃ出来ないからな!
友達、仲間、家族、…まあ、恋人も。――ホノカもちゃんと作れよ。そういう大切な人をさ」
そのまま、父と一緒に外を眺めていると、バタバタバタと、賑やかな音が響いてきた。
我が家の猪突猛進少年、オビトが帰ってきたようだ。「ただいまー!」と全力で叫ぶ声は相変わらず、落ち着きがない。そのままドタン!と音がし、「いってー!」と呻く声がする。玄関の段差にでも躓いたんだろうか。
(――――ああ)
なんか、あの元気な声を聞いたら、ほっとした。
思わず父と顔を見合わせ笑った。よっと勢いをつけ、地面へと跳んで、母屋へと向かう。
「ホノカ、――オビトを頼むな」
背中から、かけられる言葉に振り返った。「うん」と頷き、家の中に入る。
直ぐに、ダダダダダ、と走る音に引き続き、ガシャーン、と勢いよく何かが割れた音がした。「オビト大丈夫!?」「ねえちゃん! ヤベェ、コップわっちまった!」「あーホントだ…」……。
「――――相変わらず賑やかだなァ……」
しょうがないなあ、なんて雰囲気でぼりぼりと。
頭を掻きながら、父は笑った。また、一日が終わっていく。
――ポツリ、ポツリ。
昼間は晴れていた空には、いつの間にか、黒い雲が広がっていた。
始まったのは、雨の季節。梅雨が到来していた。
9/7 修正