――ふと。思う事がある。
幼い頃の記憶というのは、どの程度まで残るものなのだろう。
人によって様々であることは解っている。
どれほど鮮明か、どれほど信頼性があるか。
基本的に確実なものではないと、――そう唱える人もいる事は知っている。
自分のために、――そして、人のために、××してしまうのが、人間だ。
けれど。
――されど。
意味のない、自問。でも繰り返さずには、いられなかった。
これは、私の最初の後悔の話。
”あ・うんの門”が目にはいった。複数の人影も視界に入ってきたので、チャクラを目に集め、視界を強化する。
「!」
門から少し離れた所で、父親が木ノ葉の忍と話しているのが見えた。少し離れた所には、木ノ葉の上忍に引きずられた
(――父さんの目が
一旦走る足を止め、雨を避けるために、近くの木に飛び乗る。状況を、確認しよう。
太い枝に腰を据え、一度、小包を横に置く。顔の水滴を拭い、門の周囲を見渡した。
鎖でぐるぐる巻きになった霧隠れの忍のすぐ脇で、押さえつけ、刀を突き付けている木ノ葉の忍が一人。細身の刀に不健康そうな青白い顔――月光一族の女性だろう。その二人を囲むように三人の中忍が配置され、そこからさらに少し離れた場所に父と、もう一人の中年の上忍が並んでいた。
全員門の外で万全の警戒体制をとっている。門番もいつも通りに立っているように見えて、得物の刀をいつでも振るえるように握りしめていた。
父は捕虜から一定の距離を持って、高速かつ複雑な印を結んでいた。推測するに、写輪眼――洞察眼を通じて敵のチャクラの流れを読み取り、仕込み術の有無を確認しているのだろう。
父は普段の私たちに見せる顔とは異なる表情を浮かべていた。眉間に皺を寄せる父は家と正反対の雰囲気を醸しており、表情も寧ろ無表情に近い。その赤い視線は睨みつける様に鋭く別人のようだ。
視線の先の敵忍は、生気の乏しい顔で視線を虚空に向けていた。ピクリとも動かないその姿は人形のようで、ただただ不気味だ。
父は印を結びながらも、隣にいる上忍――白雲一族の家紋を背負う男性――と、器用に会話をしていた。
静かに会話する二人の言葉を聞くために、手印を切りながら耳にチャクラを集めてみる。うん、この距離ならいけそうだ。
「妙だな……。術にかかっていない訳ではないと思うが…。
何かに覆われている、のか? チャクラの乱れ方が不自然だ。
万が一を考えるならば、里には入れない方がいいでしょうね……」
「やはりか。結界の内に入れる前にも、一度確認したんだがな。やはり応援を頼んで正解だったな。
……外れを引いたか、それとも…。ぱっと拾えた情報も、微妙な類だ」
「山中一族はどうしたんです?」
「里内で手の空いているヤツは
……折角サクモさんが身体張ってくれたんだ。中途半端な状態で、廃人にするのも申し訳なくてよォ」
「……それは、間が悪いですね」
よくよく見ると、敵の真下には四象封印によく似た紋様が刻み込まれていた。3人の中忍のうち、赤毛の青年が地面に手をつき、敵を睨み付けている。青年の身体からは、鎖に似た形のチャクラが伸びており、敵を縛り上げていた。
警戒体制にあたっている中忍の三人をもう一度よく見てみる。
犬塚一族の少年と忍犬に、赤髪と特徴的な封印術――うずまき一族の青年だろう。そして、もう一人は身体に多くのホルスターを付けていることから、おそらく近接タイプの忍具使いの少女。忍具使いの少女の直線上に、
捕縛を考えると、想像以上に豪華なラインナップ。
それなのに、彼らは警戒態勢を緩めていない。
(……落とし切れていないのか? 確かに、
覚醒している忍特有の、勢いの良いチャクラは確かに感じない。
ただ、これが実際に、幻術によるものなのかどうかは、私には判断できなかった。
(――――)
一度、帰った方が良い気がしてきた。
下手せずともBランク任務にもなりかねない現場に、
小包を持ち直す。その場から離脱するため、木から降りようとすると、敵の虚空を見つめる瞳と目があった気がした。雨に濡れた生気を感じられない瞳に、ぞっと背中が寒くなる。
まるで此方を覗きこまれているような。深い何かを覗き込んだような。意思の感じられないガラス玉。どうやら、その瞳は左右で色が違うようで――――。
重たい霧が立ち込めた気がした。視界がぼやけるのに、やけに寒い。
持っていた小包を抱きしめた。縫い留められた足を動かそうと身体に力を入れるが動かない。
木の上で動けずに震えていると、その雰囲気が突然ぶち壊された。
遠くから顔に包帯を巻きつけた男――いや、少年が走ってきていたのだ。
『みーなーさァーん! ちょいとお待ちをーゥ!!』
「――――へ?」
思わず二度見する。
やっぱり顔を包帯でぐるぐる巻きにした、忍の少年がこちらに向かっていた。
『ウゲホッ、ゴホォッ……! ヒュー……やっぱり苦しっ……! 息つっら……!
え、っと……、サクモ
「「「……………」」」
現場の人間が無言で、包帯少年を見る。
ゲホゲホゴホゴホヒューヒューと大きく肩で息をするどうやら味方――のような少年に、月光一族の女性が呆れたように首を振った。
「――その声に刀、……貴方、
猪の面はどうしたの。まさか、任務に忘れたなんて阿保な事していないでしょうね?」
『忘れる訳ないでしょ! そこまで
少年はコミカルな動きで手をあげた。
確かに、よくよく見ると、肩が出ている服に黒い手甲。左上腕に渦を巻く刺青。――少年の首から下は、木ノ葉隠れの暗部の恰好と同じだった。背中に背負う刀は、目の前の月光一族の女性と似た系統のものだ。まあ、身振り手振りが大きいので、二人から受ける印象は正反対だが。
ひとしきり、ギャーギャー言った後、少年の声の質が少し変わった。
――何となく、霧が立ち込めてきている気がする。聞こえにくくなった会話に対して、
『…………だーかーらー。……ってば。
あー、でも、……とは言うものの、仮面がなくなったっという点は同じですかね。
恥ずかしながら、少し、帰り道で色々ありまして。
――仮面、割られちゃいましたぁ』
『何とか撒いたんですけどね』と頬――と言うより、頬の部分の包帯を掻く少年に目を向ける。
落ち着いてみると、少年の包帯は顔面だけではなかった。肩や腕にも雑ではあるが
「――特徴は?」
『使用忍術は、土遁。雷遁も少しですかね』
「何処の忍かしら?」
『……額当ては“草”っす。一応。
これ以上の情報は
「…………」
(草隠れ?)
今回の作戦の
黙る周囲の忍の前に、
『……今回の件自体、違和感しかないっすよ。
そもそも、何で“草隠れ”で“霧隠れ”の中隊と殺り合ったのか。
霧隠れの奴が
「…………」
「それは、俺等が
今回の件だけで“草”と“霧”が手を結んだと考えるのは、余りにも短慮だろう。
軍事力、位置……、霧隠れの奴等は、“草”と言うよりは寧ろ……」
中年の忍――白雲一族の上忍は、「まあいい」と言葉を切った。
それに対して、包帯少年もわざとらしく声を明るくする。
『まあ、ヒノエちゃんは、最近暗部入りした
追加の情報待ちしか出来ない、ぺんぺん草ですから。もしくは路傍の石ころさん。
包帯はあれですよ、心遣い。暗部でのボクの方向性もどうなるのか決まってないんで、一応顔は隠しとかないとマズイっしょ。
なんせヒノエちゃん大人気なもんで。好かれたくない土の下の連中にも、好かれちゃったみたいで困っちゃうんですよねー』
「八方美人もほどほどにしないと、何時か刺されるわよ。
それで、……その恰好なのね。変な所で雑と言うか、マズイのは貴方の頭かもとは思うけど、まあいいわ。
サクモ隊長はなんて?」
『相変わらずの毒舌!
容赦ないなあ、
……とまあ、軽口はここまでにしておいて。
サクモ隊長からは、これだけです。――“偽装ノ可能性浮上、深追イ禁物”との事』
「「「!」」」
皆の瞳が鋭くなる。
「どういうことだヒノエ。向こうで何か解ったのか?」
『その問いに対するボクの持っている答えは、“知らない”、です。
鷹便は多少の暗号化はされていましたが、端的な言葉のみでした。
――それに。ボクも、元々任されたのは別の任務なんですよ。たまたま手が空いた所を助っ人要請されただけ。やった事と言えば、向こうの部隊と合流した後の
寧ろ、そんな助っ人要員が、帰り途中に
「なるほどな…」
『それと』
ヒノエは言葉を区切った。少しだけ躊躇ったあと、『これは敵の情報じゃないし』と頷いた。独り言だと前置き、声を低くする。
『――――ボクが襲撃を受けたのは、鷹便が届いた直後です』
それはまた、何と言うか。タイミング的に出来過ぎている。
沈黙が横たわった。白雲上忍が溜息をつく。
「――――。任務ご苦労。伝言、確かに受け取った。しっかり身体を休めるように」
『はあい』
「あと――俺も独り言だが。情報提供感謝する」
『…………ボク、耳悪いんで。何言っているか全然聞こえねーや』
じゃあ、報告があるんで、と言い、
白雲上忍に、皆の視線が集まる。
「どうしますか」
「………。
大した情報が出なかったのは惜しいが、一旦終了とする。――
次の集合先は、里外拠点――南西部ノ伍。
それまでは
「了解」
白雲上忍はそのまま、父にも任務の継続を依頼した。
快く肯定する父に、安堵の息を漏らす。
「すまないな。木ノ葉警備部隊の方にも此方から連絡はしておく」
「ありがとうございます。――ここまで乗った船です。最後までやりますよ。
…………ただ」
父は写輪眼を解除せずに、敵の忍を見据えたまま、ぽつりと呟いた。
「背後で私欲を抱えた、変な鳥が飛んでなければいいんですけどね」
「ああ、――全くだ。鷹なのか、鳩なのか。それとも大穴で
やれやれ、怪しいのは里の外だけで十分なんだがな」
ハア、と白雲上忍がついた溜息は、やけに重く私には聞こえた。
父たちは、暗部の少年を見送ると、場所を移動するために、それぞれ月光上忍を中心に準備を行い始めた。
白雲上忍が里の中に戻っていく。その姿は、直ぐに霧の中に見えなくなった。
自分を落ち着かせるため、ほう、と深く息をつく。中上忍たちの警戒による周囲の緊張した空気に中てられてか、やけに小寒く感じた。身体には、鳥肌がたっている。
よし、私もその場を離れよう。少しは身体の強張りも解けた。木を降り、里の方に向かおう――として、何故か”あ・うんの門”の方へ足が向かっているのに気が付く。
(……なんで?)
私の身体は勝手に動いていく。
――そうだ、父に、小包を届けなくては。
出来るだけ足音を立てず、門番の男に近づいた。皆の任務を邪魔しないように、気配をできるだけ殺す。うん、いつもより、
――小包を届けなくては。
そのために”あ・うん”の門に来たのだ。
度重なる手伝いで、顔なじみとなっていた門番は、驚いた顔をしたが、それだけで要件を察したんだろう。近くにいる父を見た後、私の手から風呂敷を受け取った。
――小包を、届けたんだ。
(――ああ、これで私の仕事は終わった)
帰ろう、こんな
私は、何をしているんだ。
どうして、こんな――自分の身の丈に合わない
急に震えが身体を駆け巡った。
妙に上手にできた隠形が解ける。突然存在感を増した
「!」
写輪眼を発動し続け、敵に幻術をかけ続けていたからだろう。その時、父だけが動けた。皆の注意が
一瞬の事だった。幻術にかかり気絶していたと思われた忍が、突如覚醒したのだ。
「秘術――氷遁・
片手印が繰り出される。瞬き一つも立たない間に、数百個の氷の刃が形成され、
「土遁・土竜壁!」
カンカカンカンカン!
父の声が響くと共に、三つほどの土壁が出現し、数百もの氷の刃を遮断した。氷の刃の先にいた中忍部隊も壁の後ろに飛び、安全圏に入る。うずまき一族の青年が動いた事で封印術が緩み、敵の拘束の一部が外れてしまった。
――ニヤリ。
霧の忍は口元を歪ませ、片手印をそのままに、手を横に振った。途端に放射線上に飛んでいた氷がその進路を急転換する。
一部は曲線を描き、さらに一部は折れ曲がり、土の壁の側面を飛び越え――木の葉の忍に襲い掛かった。
「ギャアアアアアアア―――ッ!」
叫び声が木霊する。中忍たちが赤く染まり、倒れていく。そして、恐ろしい事に、倒れた忍たちは、その後次々と氷化していった。
「あ……!」
ぞくり、と背筋が粟立つ。目の前の光景が理解できなかった。
深い霧の中に、氷像が出来ていく。倒れるその中に、混じるのは血臭だ。
重い、冷たい。そして、息をするのも苦しい。身体が震えて、自分でコントロ―ルが出来なかった。
敵は、幽鬼のようにゆらゆらと身体を起こした後、私を見て口元を歪ませた。片手印が組みあがると同時に氷が浮かび上がり、数十もの破片はそのまま目に見えないスビートで私に飛んでくる。
勿論の事、私は反応出来るはずもない。自分に吸い込まれそうになる氷のつぶてを見切る事も出来ず、ただ、死が迫っている事だけ辛うじて感じ取り、硬直する。
その時だった。――“何か”がもの凄い勢いで、私と霧隠れの忍の間に入り込んできたのだ。
ぴちゃり、と音がなる。
生暖かい何かが頬を滑る。
「――だいじょうぶ、か? ホノカ」
私を抱きしめるようにして、父が苦しそうに微笑む。
見知った匂いと、見知った体温を、錆びついた臭いが浸食していく。
――少し遅れて、父の背中から、血飛沫が舞った。
立ち込めた重い霧の中。見えたのは、赤黒い血の雨だった。