DIOの父親に転生したけど幸福に生きてみせるぞ 作:紅乃 晴@小説アカ
時は流れ1867年。
その日は雨が降っており、痛ましい馬車の滑落事故はイギリスの郊外で起こった。
「へへへ!見ろよ!事故だぜぇ」
崖沿いに伸びるその道は、雨の日には足場が緩み幅の広い馬車が滑落してしまう事故が多発する場所でもあった。そして足場が取られるほどの幅を持つ馬車を有するのはごくわずか。貴族か、または莫大な資産を持つ資本家くらいだ。
その日、運悪く滑落したのはジョージ・ジョースター1世とその家族が乗る馬車であった。ジョージは運良く馬車から投げ出されて一命を取り留めていたが、頭を強く打って意識を失っていた。そして、馬車に取り残されたジョージの妻は生まれたばかりの赤ん坊を庇って死亡していたのだ。
ジョージが気絶しているのを良いことに身なりのいい彼らや、妻の死体から金目のものを攫おうとするコソ泥たち。
雨が降りしきり、雷が轟く悪天候の中で彼らの非情なる行動が目撃されることなど無かった。少なくとも、彼ら自身はそう考えてこの場所で哀れな獲物が餌食になるのを待ち構えていたのだ。
ふとコソ泥が横たわるジョージの元へと近づき彼の手にはめられる指輪に目をつけた。
「へへへ、この指輪は高く売れそうだ……」
汚い笑みを浮かべながらジョージの指から指輪を引き抜こうとするコソ泥。止める術などない。止められるはずもない。そう考えていた彼を横合いから差し込まれた手が掴み上げた。
咄嗟に掴み上げられた方へとコソ泥は目を向ける。そこには雨を防ぐためにマントを羽織った一人の男が立っていたのだ!!
「……汚らしい手でその人に触ってるんじゃあねぇぜ」
「な、なんだテメェーはよぉ!!」
力任せに掴まれた手を払いのけて、コソ泥は距離をとった。確か仲間が近くにいたはずだ。相手は一人だ。2人がかりで袋叩きにすれば何も問題はない。そう思って周りを見渡すが、意外!さっきまで共に馬車の残骸を漁っていたはずの仲間はどこにもいなかったのである!!
「人の弱っている部分に付け込もうなんてな、ゲスな男がやる最低な真似なんだよ」
「ギヒッギヒヒヒッ!どうせテメェーも事故った貴族の金品を掻っ攫うために来たんだろうがよぉー!だが、お前はダメだぁ!俺がもうこいつの死体を漁ることは決まってるんだからヨォ!!」
仲間がどうなったのか。ひとまずどうでもいい。コソ泥は懐からナイフを取り出してマントを羽織る男へ向けた。相手は丸腰だ。警官という風体でもない。命知らずの馬鹿が俺に喧嘩を売ってきたのだ。なら、ナイフさえ見せれば相手は怯むのだとコソ泥の男は考えていた。
だが、事態は真逆の方へと進む!!
「……どうしても立ち去らないと言うか」
マントを羽織る男はなんと、逃げるどころかナイフを構えるコソ泥と相対するように拳をかまえたのだ。革手袋で覆われたそれは骨ばってゴツゴツした拳のように見えた。だが、なんら問題ない。
コソ泥は汚い笑い声を上げた。
「ギヒヒッ!!お前の手で退かしてみろってんだ!できることならよぉ!!ウボッシャアアア!!」
奇声のような雄叫びをあげ、ナイフの切先を正面に構えて走り出すコソ泥。それを目の前にして、マントを羽織った男は呆れたようにため息をついて、拳を構えた。
「やっぱり、ゲス野郎には何を言っても無駄なようだ……無駄、無駄無駄……」
飛びかかってきたコソ泥のナイフの切先がマントの男の心臓目掛けて振り下ろされた瞬間。
目にも止まらぬ速さで放たれた拳が、コソ泥のナイフを握っている手を変形させたのだ。
最初は何が起こっているのか分からなかった。
だが、鏡に反射する光のように手から痛みが広がった。ナイフを握ることすらできずに金属音を立てて手から滑り落ちる。
マントを羽織った男は痛みに硬直するコソ泥を前に深く息を吸い、両手の拳を炸裂させる。それはまるで機関銃、いやガトリングのような暴力の嵐であった!!
「無駄無駄無駄無駄!!」
ドコドコドコッ!!体から凄まじい打撃音が響き、コソ泥の顔も体もみるみると変形してゆく。
「無駄ァッ!!」
「アビェエエーー!!」
最後に渾身の右腕を振りかぶった男はドバァンッという打撃音をかき鳴らしてコソ泥の体を吹っ飛ばした。虫けらが捻り潰された時に出すような断末魔をあげて崖下へと転落してゆくコソ泥を見下ろし、マントを羽織った男は小さくつぶやく。
「人の弱みに付け込む程度……そんなちっぽけな悪などその程度だ」
ダリオ・ブランドー。
弱冠20歳という若さで波紋呼吸法を習得し、その後は波紋の修行を続けながらブランドー家が所有する会社をイギリス有数のゼネコンへと成長させた男である!!
その会社は食品製造はもちろん、彼と技師が開発した小型蒸気機関を足掛かりに自動掘削などの土木建設業界にも進出!影響力を広げ続けてきた!!
だが、そんな肩書きなどダリオにはどうでもよかった。どうでもよかったのである!!それらはひとえに、彼の持つ信念と運命に抗うための意思が為した副産物でしかないのだから!!
「本当の悪人とは、勝ちを磐石なものにし、その結果に笑う勝者のことだッ」
悪は悪、正しいことの白!その二分された感覚よりも複雑に入り込んだ境地に彼が見た悪人の本質はあった!
彼は嘯く。
真の悪人とは本質的な善人であり、強者であると。力で望むものを奪えばそこには無駄な争いが起こる。ならば、望むものを手放すよう相手を仕向ければいい。相手が納得して手放したものを手に入れればいいのだ、と。
そして、その信念は彼の数奇なる運命に立ち向かうための原動力に他ならなかった。
「ダリオ様!」
コソ泥たちをぶっ飛ばしたダリオの下へ傘をさした令嬢がやってくる。
セシリア・ブランドー。
彼女はダリオの妻であった。ついてくるなと言っていたが居ても立っても居られなくなったのだろう。近くに止めている馬車から降りて、彼女はダリオの下へとやってきたのだ。
「セシリア、ここは危険だから待っているように伝えただろ?」
「貴方が心配で……それにこの事故は……」
セシリアがいうように、ダリオがいた場所は悲惨そのものだった。セシリアは馬車の中で赤ん坊を庇って亡くなっている女性に手で十字を切って安らぎを願った。
「きっと、赤ん坊を庇ったのね……立派な母親よ」
赤ん坊を抱くセシリアを横目に、ダリオは横たわるジョージ・ジョースターの元へと向かう。近くに屈んで彼の状態を見る。息はあり、脈もしっかりとしていた。するとジョージはハッと意識を取り戻したのだ。
「こ……ここは……馬車が落ちて……どうなったのだ……」
「意識が戻られたのですね」
かけられた言葉にジョースターの視線が傍で介抱するダリオに向けられた。
「き……君が介抱してくれたのか……つ、妻と……子供は……」
「御子息は無事です。しかし……奥方は……」
そのダリオの言葉に、ジョージは何が起こったのかを理解した。そして雨に打たれながら静かに涙を流したのだ。だが、その悲しみを抑え込んで、彼は自身の紳士な心と貴族としての役目を優先させた。
「恩人である君の名前を聞かせてくれないか……?わ、私は再び……意識を失うだろう……」
「ブランドー。ダリオ・ブランドーです」
「そ、そうか……ブランドー殿。この恩は必ず……」
そこで彼は再び意識を失ったのだった。
ダリオは気絶したジョージを担ぎ上げ、セシリアと共に待たせている馬車へと戻った。そして2人を病院へと運び、ことの顛末をスコットランドヤードへと説明することになる。
ジョースターとブランドーの出会い。
運命の夜はこうして、終わりを告げた。