DIOの父親に転生したけど幸福に生きてみせるぞ   作:紅乃 晴@小説アカ

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ジョースターとの出会い(2)

 

 

 

 

「ダニーって言うんだ。大丈夫、人には絶対噛みつかないよ」

 

 

馬車をシャン、と降りてきたディオ。

 

それを目の当たりにしたジョナサン。

 

2人の自己紹介が終わるや、玄関先を走り回っていたダニーが新たに来た客人の前へとやってくる。だらしない顔をしてジョナサンに擦り寄るダニーという犬に、ディオは少し顔を顰めるが、それを悟らせないうちに屈んでダニーの前へと手を差し出した。

 

途端、人懐っこさがあったダニーの表情が硬く締め上げられた。恐怖!差し出された手の先にあったのは名状し難い恐怖だった!

 

 

「さぁ、おいで。ダニー」

 

 

ディオの差し出した手には何かがある。動物の勘というものは時には人間に認識できないようなものを感じ取ることがあった。

 

ダニーの恐怖はまさにその感じ取った勘の中にあった。

 

気がつけば、ダニーは牙を剥き、差し出されていたディオの手に噛み付いた!それは動物の本能!危険に対する自己防衛に他ならない。愛犬の異常な行動にジョナサンは顔を青ざめさせた。

 

 

「ダ、ダニー!?な、なんてことをしてるんだ!?大丈夫かい!?ディオ!!」

 

 

牙が食い込み、血が滴る。その姿を見て動揺するジョナサンに、ディオは痛みに顔を一切歪めず人差し指を口元に当ててジョナサンに落ち着くよう言葉を吐いた。

 

 

「シーッ、あんまり騒ぎ立てるんじゃあないぜ?ジョナサン」

 

 

まさに今、犬に噛みつかれているというのにディオは驚くほど冷静であった。恐怖心からの自己防衛で噛み付いたダニーの体は震えていた。その震えを逆撫でするようにディオは何と、噛み付く犬の頭を撫でたのだ!

 

 

「大丈夫だ、ダニー。安心しろ。安心しろよ、ダニー」

 

 

底から響くような声がダニーの脳髄を刺激し、恐怖は薄れた。いや、恐怖よりも強い何かがダニーの抱いた恐れを凌駕したのだった。噛み付いていた牙を緩め、ダニーの顔が手から離れる。それは周りにはあたかも警戒心の強い犬と和解した瞬間のように思えたが、事実は逆である。ダニーの犬の本能がディオを前にして屈服した瞬間なのであった!

 

 

「はははっ、いい子だなぁ。だが舐められてもバイ菌が入るかも知れない。ジョナサン、悪いが清潔な水とタオルを貰えないか?」

 

「す、すぐに持ってくるよ!!」

 

 

飼い主であるジョナサンに悟られぬよう、噛み付いたことに申し訳ないような顔をするダニーを撫でるディオ。

 

血が滲む手を目にして、ジョナサンは血相を変えて使用人にタオルと水を用意するように言うために屋敷へと駆け込んでゆく。恐怖に慄く犬を見下ろすディオ。その表情は優しげなものであったが、内情は優しさとは逆、怒りに満ち溢れていた。

 

 

(こ、このクソ犬がぁああ……よくもこのディオに噛みつきやがってッ!)

 

 

噛みつかれた手は想像を絶するほど痛い。だが、その痛みをディオは精神力でねじ伏せていた。その怒りのまま、このバカ犬を蹴り飛ばすことも可能ではあったが、そうはしない。その程度で綻びが出るほどの悪にディオは興味を示さなかったのだ。

 

 

(ぐおおぉ……くっ。だが、まぁいい……ここで感情的になればご破算。俺の忍耐力はこの程度では一片たりともぐらつきはしないのだッ)

 

 

怒りを制御し隠す。それこそがディオが生まれて両親の下で育ってきた上で最初に学んだ事であった。怒りのままに力を振るえば、それを上回るものに押さえつけられることをディオは父に体で教え込まれていたのだ。故に、彼は怒りをコントロールする術を学んだ。10歳前半にして、怒りよりも相手の感情を絡め取って、操ることに重要性を見出していたのだ。

 

駆けつけたジョースター家の在宅医に噛みつき痕を治療されるディオ。

 

書斎でダリオと話していたジョージ・ジョースターが怪我を負ったディオに謝罪するために医務室に訪れたのはそれから間もなくしてからだった。

 

 

「ディオ君、無事かね?すまないことをした……」

 

「いえ、問題ありません。ジョースター卿。それにあまりジョナサンやダニーを責めないでやってください」

 

 

隣で項垂れるジョナサンとダニーを一瞥したジョースター卿は、わずかにため息をついて共にやってきた父へと頭を下げた。

 

 

「すまない、ブランドー殿。この償いは必ず」

 

「そのお言葉だけ受け取っておきましょう。それでいいな?ディオ」

 

「ええ、構いません」

 

 

ここで何かを要求するのも格好がつかない。ディオも、ダリオもその程度の常識は持ち合わせていた。その水面下でディオは心の内でニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

(ふん。この借りはきっちりと利権関係で支払ってもらうからな)

 

 

父の話では、ジョースター卿と運河の利権関係があるため、工事時の拠点はこちらになると聞いている。最初は近くの宿を押さえるつもりだったのだが、ジョースター卿の計らいで工事期間中、ディオはこのジョースターの館に世話になることになっていたのだ。無論、父も共にいるだろうが基本的に仕事で飛び回っているのだ。実質的にジョースター家に身を置くのはディオ1人となる。

 

 

「さて、我々は書斎で今後の話がある。ジョナサン、ディオ君を案内してあげなさい。しばらくウチにいてもらうのだからな」

 

「わかりました、父さん」

 

 

そう言い残して書斎へと姿を消してゆく2人を見送った後、階段上の客間にディオを案内しようとしたジョナサンが、彼の鞄を持ち上げようとした。すると、横合いからディオが引ったくるようにその鞄を持ち上げる。

 

 

「ジョナサン。僕のカバンは自分で持つ」

 

「え、でも……」

 

「僕が持たなくっちゃあならないんだ。このカバンも、僕に与えられた役目も」

 

 

ディオはジョナサンと馴れ合う気など一切ない。ここにきたのはブランドーの名に恥じぬ働きをし、父から託されたプロジェクトを完遂させるため。そして、ジョースター家との親交を深めた上でその資産と利益を自分の都合の良いように利用するためのパイプを作るためであった。

 

故に、ディオはこの屋敷内でジョナサンや他の誰かに頼るような真似などしようとは考えなかったのだ。

 

 

「与えられたもので満足するような者に僕はならない。敷かれたレールを自分で敷き直す。そういった男に僕はなるのだ、ジョナサン」

 

 

そして全てを上回り、父を見返し、その全てを奪い取るのだ。その壮大な野望を胸に秘めたディオはカバンを持ったまま階段を一段一段踏みしめながら登ってゆく。

 

そしてその背中を見たジョナサンは、一種の感銘をディオに感じ取っていたのだった。

 

 

(な、なんて高潔な精神をしているんだ。僕とは……大違いだ)

 

 

ジョースター家という名の下で甘えてきたジョナサンと全く異なるタイプの同年代の子供。その信念と在り方に衝撃を受けた様子になるジョナサンを盗み見て、ディオは計画通りとほくそ笑んだ。

 

 

(ふん、これで格付けは終わったな。せいぜい俺の邪魔をしてくれるなよ、ジョナサン)

 

 

その日から、ディオはジョースター家へと身を置くようになり、そしてそれはジョナサンにとっての辛い日々の始まりを意味していたのだった。

 

 

 

 

 

 

ブースボクシングという遊びが当時のイギリスの子供達の間で流行っていた。

 

それは杭とロープが張り巡らされたリング内で、簡素なグローブをはめてお互いに殴り合う簡易的なボクシングといったものだった。

 

腕自慢を見せ合うことが当時の子供達の遊びの価値観であったため、当然ジョナサンもそのボクシングには何度も参加していた。そしてその日もグローブを身につけてジョナサンはリングの中にいた。

 

今までの戦績は十戦中、六勝三敗一引き分け。順調に力を蓄えてきたジョナサンの戦士としての頭角が現れ始めていた時期だった。

 

 

「今日のブースボクシングはジョナサン・ジョースターだ!!ここ最近、彼は力をつけてきました!!そして対戦相手は……!!」

 

 

真ん中に立つ審判と司会解説を務める青年が指を差すその先を見てジョナサンはハッと息を飲む。そこにはグローブを身につけるディオが立っていたのだ。

 

 

「この街に突如として現れた異彩の青年、ディオ・ブランドーだぁ!!」

 

 

軽快にリングへと飛び込んでくるディオを見て、ジョナサンは一瞬たじろいだ。だが、彼はジョナサンを侮蔑するでも卑屈に見るわけでもなく、正々堂々とグローブを出して礼をしてきたのだ。

 

 

「ディオ……」

 

「まぁ親睦を深めると言う意味合いで。よろしく頼むよ、ジョナサン」

 

 

ファイティングポーズを取りながら、あくまでオリエンテーションのようなものさと言うディオに戸惑いながら、ジョナサンは彼と同じく戦う準備をした。

 

 

「それじゃあ互いに顔面に一発もらったら終わりだ。レディ……ファイ!!」

 

(相手がディオだからと言って手加減をする必要はない。彼もそれを承知でこの戦いの場にやってきたのだからッ)

 

「うおおおおーーっ!!」

 

 

真っ先に飛び込んだのはジョナサンであった。両手を鋭く、交互に突き出す連打、連打、連打!だが、その砲弾のような攻撃をディオは素早くウェイトコントロールを行い、上体をそらすスウェーバックのみで掻い潜ってみせた。

 

 

(あ、当たらない!?なんて動きをするんだ!?)

 

(なかなか鋭いパンチをするな、ジョナサン・ジョースター。だが、所詮は浅知恵のボクシングの真似事)

 

 

連打は確かに強力であるが、それはある意味無酸素運動のように体の疲労を蓄積してゆく。ディオの予測通り、砲弾のようだった拳が勢いを落とし、その連打のスピードを落としてゆく。そこがジョナサンの隙だ。

 

 

(ジャブとはこうやって打つのだ!!)

 

 

下ろし気味に構えていた左手拳にクンッと反動をつけたディオは、疲労で油断したジョナサンの顔面に一撃を放った。

 

だが偶然。打ち出そうとした拳が顔を守る形となってディオの一撃を防いだのだ。その鋭すぎる一撃にジョナサンは焦った。

 

 

(な、なんて早いパンチなんだ!?偶然ガードしていなかったらやられて……)

 

「咄嗟のガードで腹がガラ空きだぜッ!」

 

 

一呼吸の安心も束の間、頭部のガードに手が上がったのを見計らって、ディオは強烈なボディブローをジョナサンの鳩尾に叩き込む。あまりに無防備なところに攻撃を受けたジョナサンの体がくの字に折り曲がった!

 

 

「うごぇ……!?」

 

(し、しまった……油断して腹に)

 

 

瞬間!閃光のようなディオのアッパーがジョナサンの顎を捉え、吹き飛ばした!なす術なし!ジョナサンは顎を撥ね上げられ、無様に横たわるしかなかった!

 

 

「ガハッ」

 

「しょ、勝負あり!!」

 

 

顎先から脳を揺らされ、視界と頭がぐらぐらするジョナサン。尻をついたまま呆然とする彼に、グローブを取ったディオは、なんと、手を差し伸べたのだ!

 

 

「立てるかい?ジョナサン」

 

 

差し出された手に戸惑いながら、ジョナサンはディオの手を掴んだ。そのまま引っ張られる形で立ち上がるジョナサンは一瞬ぐらつくが、ディオが隣で支えてくれたのだ。

 

 

「な、何という心意気!敗者にも礼節を重んじる紳士さだ!」

 

「ディオ!さっきの攻防は一体なんだったんだ!?」

 

 

わぁっと周りに人だかりが出来るほど、ディオにはカリスマ性があった。人を惹きつける匂香のような才能が、その時のディオにはすでに備わっていたのだ。そしてディオは、分け隔てなく誰にも優しかった。自分を殴り飛ばしたと言うのに、ディオはジョナサンにも優しく接したのだ!

 

その行動全てがジョナサンのあり方を上回っていた!!

 

 

(す、すごい。僕とは……まるで何もかもがちがう……何もかもが……)

 

 

そして、それこそがディオの目的でもあった。力でねじ伏せ、言いくるめ、彼を孤立させる方法もあったが、その程度のものではジョースター家の……ジョナサンの持つ全てを奪い取れないと確信していたのだ。

 

故に、ディオはジョナサンに優しく接し、共にいたのだ。優劣が見えるように、自分よりもこのディオが優れているように見せつけ、その心をへし折るために!!

 

ジョナサンは自身の能力がディオに劣るという先入観を刷り込まれ続けた。それこそがディオの目的であるとも知らずに!

 

彼の計画はうまく進んでいるように思えた。

 

だが、ジョナサンは再び運命と向き合う。それこそが、ジョナサンとディオの運命を決定づける事とも知らずに!!

 

 

 

 

 

 


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