DIOの父親に転生したけど幸福に生きてみせるぞ   作:紅乃 晴@小説アカ

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宿命と運命と人間の賛歌

 

 

 

ブリッジウォーター運河の改造工事。

 

イギリス有数のゼネコン会社であるブランドー家に依頼されたその工事はイギリス政府は勿論、施工企業や資本家、果てはイギリス貴族すらも介入を企てる大きなプロジェクトであった。

 

一区画の水量調整用ポンプの敷設工事と、内容としては全長46キロにも及ぶ運河規模からすれば大した工事ではないように思えるが、侮ることなかれ。

 

ダリオから言付けられた内容は単なる水量調整ではなく、今後の雨量増による運河内の河川氾濫はもちろん、異常気象による干ばつなども視野に入れたプロジェクトであり、その改修工事には現在価格として数十億規模の費用が投入されることになっていたのだ。

 

河川の横合いにポンプを設置するなんて工事ではない。運河の横に水量調整用の溜池を数カ所設置し、そこへ地下水道パイプを設置。ポンプ機構を地下に埋め込み、制御室は地上に敷設する。それに加えて、溜池との隔離水門も設置し、それも水蒸気機関で自動開閉する機構にすると言うのだ。

 

投入される技師も、人員も、それに絡む利権や利益関係も膨大となるし、溜池という新たな水源を狙って農地誘致を画策する資本家たちも跋扈している。

 

ディオの役目は、それらプロジェクトの統括。

 

そしてジョースター卿は利権や農地利益を狙って暗躍する貴族や資本家たちのストッパーとして協力してもらうことになっていたのだ。その見返りとして、ジョースター卿の持つ運河の利権の保護や、懇意にしている業者や人員の採用なども優先的に行うことになっている。

 

プロジェクトとしては10年規模だ。

 

最新の掘削機器(これもダリオが主導して開発したもの)を使用してもそれほどの歳月が掛かる。運河の改造がどれほどの規模かディオは理解していた。

 

敷設場所はウォリントンのマージー川の近くだ。

 

リバプール郊外にあるジョースター邸からも馬車で一日ほどで着く距離で、ディオの最初の仕事はジョースター卿が懇意にしている技師や作業員たちに仕事の内容を説明し、スケジュールや流れを教え込むところからだった。

 

無論、そこには懇意にしているジョースター卿も同行する。そしてジョースター卿の一人息子であるジョナサンも、後学のために2人に同行する事となったのだった。

 

そこで、ジョナサンはディオの真価を目撃した。

 

土木関係の技師や作業員たちは一見、荒くれ者揃いにしか見えない。父であるジョースター卿の護衛で来た者ですら臆するほどの威圧感を出す相手に、自分と歳が変わらないディオは、なんの躊躇いもなく挑んだのだ!!

 

技師や仕事人としてプライドを持つ彼らと話し、彼らの感情や考え、思考、プライド、その全てを考慮した上でディオはプロジェクトに必要なものを彼らに要求し、飲み込ませたのだ!!それも、ディオが彼らと接して僅か2日足らずでだ!!

 

近くの宿で父と共に休んでいたジョナサンであったが、その間もディオは彼らと交渉を続けていたのだ。共に酒場に行き、安酒を飲み、腕っ節をくらべ合い、全てにおいてディオは彼らの得意とするものを上回る度量と知識と腕っ節を見せたのだった。

 

後に、荒くれ者たちのような作業員を束ねる男はこう答えた。

 

〝資本家の連中はただ金の力だけで偉そうにするが、あのディオっていう男には従ってもいいぜ〟と。

 

その言葉が、ディオ・ブランドーというビジネスマンの全てを表しているように、ジョナサンには思えたのだった。

 

 

「ディオは本当にすごい……誰にでも優しいし、この僕にだって意地悪の一つすらしない……彼の父も、僕が理想とする紳士を体現してる……」

 

 

荒くれ者を束ね、スケジュール通りにこなすその仕事ぶりもさることながら、ディオはジョナサンに対して邪険にすることも除け者にすることもなかった!

 

仕事でついていけないことについては作業員ともども、ディオはジョナサンにも説明をしたし、休みの日にジョースター邸で共に過ごした時も、ディオはジョナサンを連れて近隣の若者たちとも交流を深めた。

 

遊びはなんでもした。トランプや劇、体を使った運動や川遊びや釣りも!

 

楽しい日々のはずだった。少なくともジョナサンは悪い気分はしなかった。仲間外れだとか、周りから陰口を叩かれるような真似もなかった。楽しい日々だったはずなのに。

 

その心には常に、劣等感があったのだ!

 

 

「ディオに比べて……この僕はッ!何もできていないじゃあないか!!なんて情けないんだ!!こんなことじゃ、本物の紳士になんてなれるはずがない!!」

 

 

父は、ディオや彼の父を見て色々と学びなさいと言っていた。だが、自分はいったいどうすればいいのか、ジョナサンには分からなくなっていた。知識も度胸も経験も何もかもが、ディオに自分は劣っているという結果を刷り込まれるような感覚で。

 

気がつけばジョナサンは愛犬のダニーを連れて屋敷を飛び出していた。優しいディオの隣にいるのが……ただ辛かったのだ。

 

河川敷の淵で青空を仰ぎながらジョナサンは自身の中にあるディオを羨むというやましい心と向き合っていた。

 

確かにディオはすごい。

 

自分にはないものをたくさん持っているのも事実だ。だが、それを見せつけられた自分はこのままディオには勝てないのではないか?そんな劣等感を抱え続けていくのだろうかと、ジョナサンは子供ながらにして漠然とした不安感を抱いていたのだ。

 

事実、その不安感は的中していた。

 

ディオはジョナサンやジョースター卿に紳士な青年を演じつつも、裏側では自身のコネクションを広げるために暗躍をしていたのだった。

 

ジョースターという貴族を目の敵にする商売敵や、今回の利権に便乗できない資本家たち、それらにエサを吊り下げディオは着実に自身の手駒を増やしつつあったのだ。いつか、ジョースターという貴族が持つ財産や資本を奪い、そしてその一人息子にはディオには絶対敵わないと言う劣等感を与える。

 

それはまるで芽を埋め込むような所業。

 

埋め込められたら最後、その芯は自身の存在にまで食い込み、決して離すことない枷として穿たれる軛となるのだ。

 

だが、その寸前にジョナサンは運命の出会いをするのだった。

 

 

「ん?あれはなんだ……?」

 

 

目に入ったのは、土手の上に伸びる街路樹。自生したものだろうか、その折れた枝にはバスケットが引っかかっていた。ジョナサンは土手を上り、その中を覗き込む。そこには山盛りの葡萄が入っていた。綺麗に洗われたジョースター家の家紋が入ったハンカチと共に!

 

 

「なんでこんなところに山葡萄が……あっ!これは僕のハンカチ!!じゃあ、あの子はあの時の!!」

 

 

ハッとした。ジョナサンが土手の反対側へ視線を向けると、あの時助けた少女がこちらを窺っていた。

 

 

「おおーい!ぶどうありがとう!!君も一緒に……」

 

 

彼女はジョナサンの視線に気づいたようで、少し恥ずかしげに顔を伏せてから彼から背くように走り出した。声が聞こえていないだろうか。そんな思いが一瞬よぎったが、ジョナサンは構わずに大声で叫んだ。

 

 

「僕は明日もここにいるからおいでよ!!そしたら一緒に遊ぼう!!」

 

 

すると、その声に反応したのか。少女は少し振り返って手を振って答えてくれた。

 

それこそが、ジョナサン・ジョースターと、エリナ・ペンドルトンの運命の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ブランドー!石仮面がそこにあるなら……今ここで破壊するべきだ!!」

 

 

ジョースター家から離れたマンチェスター市街地にある小さな酒場。そこは表向きは酒場であるが、裏側はブランドー家の会社から出資して作った波紋戦士向けの拠点の一つだった。

 

夜が更けた頃。人目を避けてこの店に入った俺は、本来ならこの時期にイギリスに来ることはないダイアーとストレイツォとの話し合いの場を設けていた。

 

議題はもちろん、ジョースター家にある石仮面だ。

 

 

「柱の男たちが作ったとされる石仮面は、我々波紋の戦士とは切れぬ因縁がある代物だ。もしアレが何者かの手によって悪用されれば……」

 

 

ストレイツォが危惧するのは尤もだった。あの石仮面は単なる骨董品として屋敷の壁に飾っておくにはあまりにも危険すぎる。ほんのわずかな血液が付着すれば、仮面の縁から骨針が伸び、人間の脳を刺激。たちまち人は理性を失った屍人……あるいは吸血鬼へと変貌してしまうのだから。

 

だが、俺は石仮面の破壊に踏み切ることができなかった。ジョースター卿がいるとはいえ、長年波紋戦士たちが探し回った石仮面を目前としておきながら、その破壊をためらったのだ。

 

 

「ダリオ、何故お主はあの石仮面を破壊せずに静観をしておる」

 

「……それは、貴方もよくわかっているはずだろう?ウィル・A・ツェペリ師」

 

 

シルクハットがよく似合う紳士。

 

ジョナサンの過酷な運命の一翼を担い、その生涯を波紋の宿命に捧げることが決定づけられた男でもあるツェペリ師とは、長い付き合いがあった。

 

考古学者である彼の父が石仮面によって怪物にされた時から、ツェペリ師はあの怪物と仮面に対抗できる力を探し求めていて、波紋の呼吸、その戦士たちへと単独で行き着いた。

 

その時、トンペティ師の下で修行を行っていた俺は偶然にも這々の体でチベットの修練場にたどり着いた彼と出会ったのだ。彼とは兄弟弟子として五年間互いに高め合った言葉では言い表せない信頼がある。

 

それと同時に、俺は知っていた。ツェペリに宿命づけられた運命を。

 

 

「トンペティ師に予言された……死の予言か……」

 

 

神妙な面持ちで言うダイアーの言葉に、俺は頷く。トンペティ師が予言したツェペリの死と、そこから紡がれる希望。その先に待つさらなる脅威と運命。

 

全ての形、全ての行い、全ての流れが決定づけられている運命の流れ。それこそが、あの石仮面にあると俺は無意識に感じ取っていたのだ。

 

 

「あの石仮面は、今は破壊してはならない。破壊すれば、取り返しのつかないことになる。全人類が支配され、滅びるような……そんな恐ろしい予感が俺にはある」

 

 

ジョースター家が、あの石仮面と共に波紋の流れに組み込まれることはすでに決定づけられている。我々には、それを導く使命と宿命、そしてその行く末を見定める義務と責任もあるのだ。

 

 

「……それでは、我々はあの親子を見捨てると言うのか。石仮面の運命の前に!!それでいいのか、ダリオ・ブランドー!!」

 

 

ダイアーの激昂が波紋を通して俺に伝わってきた。拳を叩きつけたテーブルが凹み、彼の正義感からくる怒りを如実に表している。

 

 

「納得するしかない」

 

 

俺はそう答えることしかできなかった。

 

 

「……っ!巻き込まれた尊き人の命はどうする!!」

 

「その定めを俺たちは背負うしかない」

 

「残された人の気持ちは……!!家族の痛みは……!!」

 

「それでも、我々は来るべき戦いの時のために魂を継いでいくことしかできない!!」

 

 

ダイアーの言葉は、確かに大切なものだと思う。できることならあの石仮面を今すぐにも破壊したい。それで救われる命がいくらあるというのか。自分の息子も……いずれ何らかの罪には問われるかもしれないがあのような化け物になることもないのかもしれない。

 

だが、それでもあの石仮面を破壊するわけにはいかない。言葉や論理ではなく、運命がそれを定めているのだから!!

 

 

「その全てを納得した上で、君たちは波紋の戦士になる道を選んだのではないのか?」

 

 

その言葉に、ダイアーは言葉を失った。ツェペリは注いだワインを静かに口に運ぶ。

 

 

「俺も、そして俺の息子も、共に宿命を定められた存在だ。そしてその全てが……どうしようもなく虚しくて無意味でちっぽけなものだったとしても、その道は決して、間違いではないのだ」

 

 

その運命に立ち向かうために、俺は波紋を学び、その断ち切れない宿命に気づかされた。ならば、自分がすべきことはなにか?

 

運命を変えるために争うことか?それとも運命から逃れるために遠くへ……どこか遠くへ逃げ延びることか?

 

いいや、そのどれでもない。その答えは波紋を学んだ時からすでに得ているのだから。

 

 

「その宿命を前に恐怖せず、立ち向かうことが人間の勇気の賛歌なのだよ」

 

 

たとえそれが、自分の息子と対決するような……イバラの道であったとしても。

 

 

 

 

 

 

 


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