フラットアウト   作:散髪どっこいしょ野郎

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カウンターステア

ツインターボは一つの走り方しかできない。あの有マ以降、アイツの戦法はすっかり見破られてしまい中々勝ちを拾うことができなかった。

 

それは仕方のないことだ。逃げに徹することしかできない限り、それを突かれてもどうしようもない。

 

あの選抜レースの日に誰からもスカウトされてなかった以上こうなることは目に見えていた。一回重賞を勝てただけでも御の字だ。

 

仕方ないと切り捨てるのは何度目か。数え切れない程繰り返してきたことなのにそうやって何かを諦める度、自分に嫌気がさす。

 

何度負けて悔しがっても折れないアイツを見ているとその姿がやけに誰かに似ている気がして、それも無性に気に障る。

 

 

 

 

 

 

「感心ッ!精が出るなトレーナー!」

 

「……理事長」

 

 

芝のトレーニング場でツインターボに軽い走り込みをさせていると突然背後からかけられた声。

 

初めこそはその口調と風貌に驚いたものの、今となってはすっかり慣れたものだ。

 

トレセン学園理事長、秋川やよい。

 

コイツはまだガキと言ってもいい歳だというのに実力で理事長の座まで上り詰め、先代に負けず劣らずその手腕を発揮している。

 

俺は先代理事長の時からここにいるが、コイツに対して不満を感じたことはない。……俺はここの重役でも何でもないから理事長というものがどんな職務か知る由もないが。そもそもコイツと学園内で遭遇したことがそれほどあるわけでもない。

 

 

「どうしたんですか理事長。こんなとこに来たって大したものは見られませんよ」

 

「なに、たまには学園を見回るのもいいと思ってな!」

 

 

意図せず嫌味ったらしい質問になってしまったが理事長は全く気に留める様子もなく快活に話す。年下に敬語を使うことに抵抗感は無いがコイツと話すのはどうも慣れない。

 

 

「上々ッ!キミの担当は中々に根性が付いている!」

 

 

トレーニング場反対側のコーナー、俺らが座っている所から丁度対角線上を走っているツインターボを眺めて秋川理事長はそんなことを言った。

 

 

「そうですか」

 

 

並んで座っている俺と理事長は親と子、下手すれば孫とジジイにも思われそうな釣り合いのない外見をしている。その奇妙な空気感に耐えかねて適当な返事しかできなかった。

 

そうして暫く無言の時間が続く。

 

 

「たづなから聞いて少し心配していたが、今のキミなら大丈夫そうだな」

 

「……まさかそんなことの為にここに来たんですか」

 

 

いくら学園内ではそれなりの年長者だとしても俺は一介のトレーナーに過ぎない。最近まで仕事も取らず落ちぶれていた男に学園の理事長とあろう者が気を削ぐ筈が無い。

 

 

「学園を回りたかったのは本当だ。

それとこれはここだけの話としてもらいたいが、キミについてはたづなと私が個人的な会話をした際に耳にしただけに過ぎない」

 

 

理事長秘書──たづなさんが何を話したというのか、それも気になるが今は黙って聞いているしかない。

 

 

「無念なことだが、流石に私もトレーナー一人一人に目を運んでいられる程有能ではない…………が、一度キミと話をしたかったのも事実。

ただ今のキミならその必要もなさそうだ」

 

「?それはどういう」

 

 

今の俺と以前の俺は何も変わらない。ターボが担当になったところで立ち直ったわけでもない。今とつい数ヶ月前の俺が、なにが違うというのか。

 

 

「私が理事長になる前のキミについてはあくまでたづなから聞いた話でしか知らないが、昔のキミと彼女(ツインターボ)は────「うおおぉぉぉおおおおおお!!走ってきたぞトレーナー!」

 

「─────あ──あ。……まだだ、もう一周走ってこい」

 

「よぉおし!ターボ爆発ー!」

 

 

理事長の言葉は一周走り終えたツインターボの叫びにかき消されてしまった。再び走り出したターボの後ろ姿が遠のいていくのを眺めながら理事長の言葉にもう一度耳を傾ける。

 

 

「……私はそろそろ戻るとしよう。これからも引き続き頼むぞ、トレーナー」

 

「……………………はい」

 

 

それ以上聞く気にはなれなかった。聞いたらどうしても否定したくなってしまうような気がして。しかしそれでも言葉の続きを待ち望んでいる自分がいた。

 

 

「────提案ッ!折角だ。

そこの()()()も誘ってみてはどうか!」

 

「……はい」

 

 

それについては賛成だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろいいでしょ〜。ターボは大丈夫だって」

 

「むーん……でもやっぱり心配だよ〜。

ネイチャだってそう言いながら私達がいない時もあの人とターボを見てたじゃん」

 

「う……。まぁ……正直アタシもターボが心配だけどさ……わざわざ三人で見る必要もなくない?」

 

「いやいやいや!いざと言う時に三人いないと大変だよ!あのトレーナーさん力強そうだし!」

 

「あの(かた)と私達には大きな力の差があります。

多少体を鍛えていようと人間(トレーナーさん)にターボさんが負ける要素はありません」

 

「……でもやっぱりイクノも心配なんだね。マチタンに言われてからずっとアタシ達に付き合ってるし」

 

「それはそれ。これはこれです」

 

 

トレーニング場の陰で話し合っているのは三人のウマ娘。マチカネタンホイザ、イクノディクタス、ナイスネイチャの三人組だ。

 

ツインターボと彼女達の四人は仲が良く、ツインターボに関しては三人とも友人兼姉のように接していた。彼女が得体も知れないトレーナーと組んだと聞き、なにかされていないかと偶にこうして陰から見守っていた。

 

 

「あ、それより今ターボ何やってる?」

 

「普通に走り込みしてるみたいだね。……やっぱり私の思い過ごしなのかなぁ……?」

 

「いえ、まだ判断は下しかねます。先程からトレーナーさんの姿を確認できません」

 

「そういえばさっきからいないね。

どこに行っちゃったんだろ……」

 

 

 

「おい」

 

 

 

「「ひゃあっ!?」」

 

「────」

 

 

突如背後から声をかけられ飛び上がるナイスネイチャとマチカネタンホイザ。イクノディクタスは表情こそ冷静に保っているものの尻尾が若干張り詰めている。

 

振り向くとそこにいたのは先程まで彼女達が見張っていた男。

 

 

「あわ、あわわわわ……!」

 

「えーっと、えっと……その……」

 

「──────」

 

 

動揺を全く隠そうとしない三人。男は特に気にすることなく、

 

 

「お前らどうせ見てるなら一緒に走れ。

その方がアイツもやる気が出るだろ」

 

 

そう言ってみせた。

 

 

「「…………ふぇ?」」

 

「────」

 

 

イクノディクタスは尚も無言を貫いていた。

 

 

 

 

 

 

「あれ?ネイチャにイクノに……マチタン!?

一緒に走ってくれるの!?」

 

「あ、あははは……」

 

「まぁ……ちょっとね」

 

「お昼ぶりですねターボさん」

 

 

その日のトレーニングは開放時間ギリギリまでとにかく走り込むことに決まり、仲睦まじく走る四人を男は日が暮れるまで一人座って眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トレーニングや体調管理は問題ない。あの三人が偶にターボの練習に付き合うようになって前よりも効率は良くなった。

 

それでもアイツは中々勝てない。手の内が完全にさらけ出されているのがかなり大きな理由だ。だからといって今更他の走り方に変えるのはリスクが高い。

 

そうしてこれといった解決策もないまま二つのレースを終えた。

 

 

「くやしいくやしいくやしい〜……こんなんじゃテイオーに勝てないよ〜……!」

 

 

ターボは二連敗してもめげなかった……というわけでもなく、ここのところトウカイテイオーの所へ行く頻度が増えた。

 

トウカイテイオー。近頃は破竹の勢いで勝ち進み頭角を現しているウマ娘。ターボは奴を一方的にライバル視しているようで、しきりに勝負を持ちかけようとしている。

 

向こうから拒絶されている様子も奴のトレーナーに文句を言われることも無く、トレーニングを疎かにすることも無かったので咎めはしなかった。

 

それと個人的な理由でトウカイテイオーのトレーナーとは関わりたくなかった。俺はソイツをよく知っている。ソイツなら仮に問題があったとしてもこちら側が文句を言われはしないだろうと踏んで放っておいた。

 

率直に言うと、トウカイテイオーとツインターボはモノが違う。これまでの戦績を比べたら一目瞭然。勝つどころか同じ舞台に立つことすら危うい。付いているトレーナー的にも選手としての能力的にも奴に勝てる要素は見つからない。

 

しかしながらターボはトウカイテイオーに勝つことを諦めようとしない。そんな現実を知らない筈もないのに決して意志を曲げようとしない。

 

たとえ負けても努力が実らなくてもツインターボは諦めない。

 

そんな姿を見ていると意味不明な苛立ちが募る。それを見ていると何かを思い出さずにはいられなくなる。今のみすぼらしい自分を鏡を眼前に突きつけられて見せつけられているようで説明のしようがない感情がはらわたを煮え立たせる。

 

その落とし所を見つけられないまま三つ目のレースに望んだ。

 

 

 

 

 

 

三つ目のレース、新潟大賞典を敗北で終えアイツはこれで三連敗。

 

観戦して気づいたことだが、アイツは今までのような大逃げができていない。柄にもなく体力の温存なんかをしようとしてペースを落とし、逆にアイツの持ち味を消している。

 

敗北を恐れてあんな戦法をとったのか。だとするとアイツは負けを気にしてないように見えてしっかりプレッシャーを背負っていたということか。

 

 

「次はぜぇーったいに勝つ!

もう絶対に負けてやるもんか!」

 

 

レースを終え、アイツはいつものように意気込んでいた。表では気丈に振る舞っていても半ば無意識に自分の走りに怯えている可能性がある。

 

少し面倒なことになった。

 

 

 

 

 

 

「そこは『見』じゃなくて『美』。

そこも『が』じゃなくて『我』だ」

 

「あ……間違い間違い……」

 

 

次のレース、七夕賞を控え残り数日のこと。

 

その日が近づく程集中力が欠けてきていた。あの三連敗が中々堪えたのか緊張しているようだ。

 

正直俺はターボを見誤っていた。どんなことがあろうと能天気に流しているものかと思っていたが、コイツも普通に年頃の子供だった。悩むこともあれば傷つくこともある。

 

ただ諦めようとはしない。目の前のレース()に目を背けようとはしなかった。やはりと言うべきか何故かと言うべきか、それがいやに引っかかっている。

 

 

そしてレース当日。

 

地下バ道にてやはり緊張した様子のターボにいつもなら黙って見送るところを面倒ながら声をかけることにした。

 

 

「おい」

 

「……なに?」

 

 

声をかけられると思っていなかったのかやや遅れて反応が返ってくる。

 

 

「体力を温存しようとしなくていい。

お前の走り方で全力でいけ」

 

「で、でも……そしたらまた」

 

 

いつものコイツらしくない後ろ向きな態度。それを見ていると何故か苛立ち、顔が熱くなりかけた。

 

諦めないコイツを見ていると癪に障り、諦めかけているコイツを見ていると腹が立つ。

 

この感情の落とし所が分からない。毎日ターボを見ている度にそんな感情が脳髄に溜まっていく。

 

 

「何度も言うようだがとにかく好きなように逃げろ。飛ばせ。それ以外考えるな」

 

「そしたらホントにターボ勝てる……?」

 

「それはお前次第だ。

お前が逃げれば勝てる。

逃げ切れなければ負けだ。

ただ初めっから怯えてたら話にならない。

いいか、まず()()()()

 

 

そう言った瞬間喉を掻きむしりたくなるような焦燥感、強烈な圧迫感に襲われた。

 

自分がたった今吐いた言葉なのに真っ先に否定したくなる。激情に思考回路が支配されていくようだった。

 

 

「…………行ってこい。そろそろ開始だ」

 

「…………うん!」

 

 

アイツが地下バ道を出ていったのを見送る。

 

姿が消えたのを確認してから壁に倒れるように手をつき、ようやく特大の溜め息をこぼした。

 

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