フラットアウト   作:散髪どっこいしょ野郎

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今回は半分最終回みたいなものです。

ものすごく難産でした。








イン・イン・アウト

「そう、ですか……トレーナーさんがそんなことを……」

 

 

日が落ちかけた時刻、トレセン学園内の廊下にて、駿川たづなは泣きじゃくるツインターボの話を静かに聞いていた。

 

トレーナーが担当ウマ娘の夢を否定するようなことは決してあってはならない。たとえ現実的ではなくとも、トレーナーはそれを支え見守り続ける義務がある。

 

かつて、彼は駿川たづなにそう語りかけた。

 

そう、あの頃の彼はどんなに無謀な挑戦でも諦めようとはしなかった。周りに差をつけられようと力を尽くし、担当が悩んでいたら真摯に寄り添いいついかなる時も相談に乗り、ひたむきに栄光の勝利に向かって進み続けていた。そんな彼を信頼して教えを乞う選手も多かった。

 

それが今はお前じゃ勝てない、いい加減現実を見ろと、担当ウマ娘を信じることすらしなくなっている。

 

このままではライセンスを剥奪されてしまう。とにかく選抜レースを見るだけでも。

 

トレーナーとして全く働くことは無くなり、ありとあらゆる気概を削がれたような表情をしていた彼にそう言ったのは間違いだったのだろうか。

 

しかし、と駿川たづなは熟考する。

 

トレーニング場で彼と会話を交わした秋川理事長は今の彼なら心配はいらない、と断言までしてみせた。

 

事実、彼は無気力だった時期と比べ感情を表にハッキリと出すようになった。ツインターボに怒鳴りつけたというのがその証拠だ。

 

思えば以前の彼は一切の弱音も吐かず仕事に打ち込んでいた。そうして負の感情を抱え続けた反動であのような状態になってしまったのだろうかと当初は考えていたが、それでもこの子──ツインターボに本音をさらけ出したということは、それは────

 

 

「……ツインターボさん。

少し話を聞いてくれますか?」

 

「うん……」

 

 

目を赤く腫らしたツインターボの頭を優しく撫でながらたづなは噛んで含めるようにほんの少し昔の話を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話すって、俺とお前の間に何を話すことがある」

 

 

目の前で息を切らしているトウカイテイオーのトレーナーに俺は早くも不快感を隠しきれずにいた。

 

この男とは長らく会話らしい会話をしていない。第一今更何を話すことがあると言うのか。

 

 

「っ、それは……」

 

「帰ったらどうだ。

俺といて得られるものなんてないぞ」

 

「───!ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 

ドアを閉じようとすると無理矢理足を割りこませられ阻止された。

 

 

「お前────「お願いします!一回話をさせてください!お願いします!」────分かった。分かったからさっさと入れ」

 

 

追い返そうと思ったが部屋の前で騒がれてはたまったもんじゃない。とりあえず適当に聞いて満足させればコイツも大人しく帰るだろう。

 

そう考えて渋々ながら散らかった部屋にこの男を入れることにした。

 

 

おずおずと部屋に入ったこの男は床に散らばった空き缶とテーブルの上に無造作に置かれているアルコール飲料の缶を交互に見比べて変にギクシャクしていた。反応する気にもなれなかったので俺は適当に座った。

 

 

「あ、あの……」

 

 

何かを言いかけて言葉を詰まらせ黙りこくる。

 

 

「言いたいことがあるならとっとと言え。

三冠ウマ娘のトレーナーとあろう者がこんなところに長居するもんじゃないだろ」

 

 

どこか自嘲めいた皮肉に奴は驚いたように目を見開くと、おもむろに中身の入った缶に手を伸ばした。

 

 

「────すみません、失礼します!」

 

 

虚をつかれてひるんだ俺に脇目も振らずこの男は一気に一本飲み干した。その勢いで空になった缶がテーブルに叩きつけられ、間の抜けた甲高い音が部屋に響いた。

 

 

「オレ、貴方が一人も担当を持たなくなってしまったって聞いて、それからずっと『一体どうして、何があったんですか』って聞こうと思っていたんですけど結局一度も言い出せなかったんです。

でも貴方は誰とも関わろうとしなかったから言わない方がいいのかな、なんて勝手に決めつけて楽な方を選んでたんですけど……やっぱりどうしても気になってしょうがなかったので聞かせてもらいます!

どうして今はそんなふうに……何が貴方をそうさせたんですか!?

─────貴方は、以前オレにトレーナーはどうあるべきかと何度も語ってくれました。貴方が抱えていた熱い思いはオレがよく知っています。

新しく担当の子ができたって聞いて少しだけ安心してました。

それでも今の貴方を見ていると……とてもじゃありませんが()()()と比べてこれっぽっちも熱意が感じられないんです。

どうしてそんなふうに──っ、答えてください!

()()()()()()()()()()()()()()()()()()って言葉は、嘘だったんですか!」

 

 

コイツは思い過ごしをしている。俺に熱があったのはもっと前のことだ。新人だったコイツをサブトレーナーとしてチームに迎え入れた頃にはとっくに「仕方ない」を繰り返すようになっていた。

 

確かにあの時はまだ自分を諦めようとはしなかった。しかしそれはただの空元気、こけおどしの理想像を薄っぺらい自分に投影しているだけだったのだから。

 

あの時から俺はトレーナーでいることに意味を持てなかった。

 

思い返し、そう確認するとアルコールで火照った頭が急速に冷えていくような感覚に陥った。

 

何はともあれコイツが言いたかったのはそれだけだ。後は適当にあしらって追い返せばいい(コイツが俺の何を知っているというんだ?)

 

 

「お前は自分の夢に殺されたことはあるか」

 

 

──────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうずっと前のことになっちゃいましたが……トレーナーさんは何度も言ってました。

俺がアイツらの夢を叶えさせるんだー、って。

ふふ、私がここでお仕事させていただくことになったばかりの時からトレーナーさんは私によく色々なことを話してくれたんです」

 

「前はって……今は違うの?」

 

「……ええ」

 

 

寂しそうに微笑みながら駿川たづなは以前の彼について語っていた。暑苦しいぐらいのやる気に満ち溢れていた頃の彼。それも今は見る影もない。

 

 

「ある時期からトレーナーさんはあまり誰かと話そうとしなくなってしまいました」

 

 

彼が無気力になったのは突然のことではなく、徐々に様子がおかしくなり始めそれが積み重なった結果今のようになってしまった。

 

まず初めは口数が少なくなったことから。

 

 

「なんで?なんかあった?」

 

「いえ……私にはどうにも分かりません」

 

 

ツインターボが疑問に思うのも当然のこと。彼は、一度たりとも誰かに悩みを打ち明けようとはしなかった。理想の自分を思い描く内に弱音や愚痴を吐いたりするといった人として当然のことを避けるようになってしまっていた。

 

トレーナーとはどう在るべきか、自分はどんなトレーナーになりたいか。

 

自らの器に合わない(憧れ)に執着するあまり人として大事なものを失いかけていた。そして無理をした分当然負担が溜まりやがて現実を思い知り、蓋をした。過去の自分から目を背けて考えることを止めてしまった。

 

 

「……それから、担当の子がレースで勝ってもあまり喜ばなくなってしまいました」

 

 

駿川たづなとて彼と密接な関係であったわけではない。レースの度に彼がどんな表情をしていたかなど、知る由もない。

 

それでも重賞を勝ち取ったともなれば学園内でもその情報は瞬く間に広がる。彼の担当ウマ娘がGⅠなどの大きなレースを一着に終えたといった吉報は彼女の耳にも入っていた。

 

しかし彼は担当ウマ娘がどれだけ好成績を残そうと特に喜ぶ様子は無かった。

 

笑いもせず、泣きもしない。唯一のアイデンティティかつ誰にも負けない長所だった彼特有の明るさは消え失せていた。

 

 

「後は少しずつ何もしなくなるようになってしまいました。

ツインターボさんの担当になるまで私が何を言っても反応もしてくれなくなってしまって……」

 

「え────」

 

 

感情を表に出さない人だとは思っていたがツインターボはその話をどうにも信じきれなかった。普段の彼からそんな無気力な姿は想像がつかなかった。

 

 

「え、でも、トレーナーターボに色々教えてくれたよ?」

 

「……はい。トレーナーさんは普段学園内では誰とも関わろうとしなかったのですが……ターボさんに対してだけはあの頃みたいにはいかなくても普通にお仕事を頑張っていました」

 

 

それがどういうことを意味するのか。

 

 

「あの人はこれまで滅多に怒ったり誰かに当たり散らしたりしてきませんでした。

……どんなに上手くいかなくても、どんなに悲しいことがあっても明るくしていようって、誰にも自分の気持ちを伝えようとはしませんでした。

だから、もしかしたらトレーナーさんはターボさんになら自分を出してもいいって……分かってもらいたいって思っているのかもしれません」

 

「で、でも、それじゃターボどうすればいい?」

 

 

それはあまりにも身勝手な話だ。

 

自分は突き放しておきながら自分のことは理解してほしい。そんな傲慢な欲求が、いい歳をした大人が求めることが許されていい筈がない。たづなとてそれは重々承知している。

 

 

「ターボさんは何もしなくても大丈夫。

それにどんな理由があってもトレーナーさんがお前じゃ勝てない、なんて言うなんて本当にいけないことなんですよ?

元々悪いのはトレーナーさんの方です。

正直私、今すぐにでもトレーナーさんを叱りに行きたいってぐらいには怒ってます。

……でも、多分トレーナーさんも、本当はターボさんにレースで勝ってもらいたいって思ってる筈なんです。

────だから次のレース、思いっきり逃げ切ってトレーナーさんをギャフンと言わせてやりましょう!」

 

「…………なーんだ!そんなことでいいんだ!

よーし見てろトレーナー!

ターボがギャフンって言わせてやるからなー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は自分の限界に気づいたことはあるか」

 

 

俺は何を言っているのだろう(この際もうなんでもいい)

 

 

「何やっても越えられない壁ってもんがあるんだよ。お前がどうかは知らんが俺にはあったんだよ」

 

 

よりにもよってこの男に言うことになるとは思わなかった。今まで誰に言う気にもなれなかったものだから。

 

コイツに言おうと理解されることは無い。

 

 

「お前はトウカイテイオーの担当だよな。

今は無敗の三冠達成間近だったか?

若いのに大したもんだよお前も、トウカイテイオーも」

 

「…………」

 

 

この、俺よりもずっと若いこの男は、俺が血を吐く思いでそれでも掴めなかった中央への切符をなんなく掴み、俺が長い時間をかけて選んだ最適解を嘲笑うかのように最高の選択肢を選んでみせる。

 

才能を見出す眼も、選手を導く指導力も、他者を惹きつけるカリスマも、俺がコイツに勝てるモノは一つとして無かった。

 

 

「お前がこれまで担当してきたやつの中で怪我した奴は一人もいないってな。学園の奴ら(トレーナー)共がよくべちゃくちゃ噂してたもんだよ」

 

 

どんなに才能があろうと怪我のリスクは常に付きまとう。怪我が理由で引退に追い込まれた選手も珍しくはない。ただこの男が担当した奴らを除いて。

 

 

「ああ、確かに俺はお前に色々語ってきたな。

身も弁えずにそれはもう偉そうに言ったもんだ。

『どんなに素質が無くてもトレーナーとウマ娘が共に努力し続ければ輝くことができる』とかなんとか。

俺はそれを支えにして中央に来る前から生活の殆どをトレーナー業に捧げてきた。

そんな俺を信じてついてきてくれたのもいたよ。それでも勝てない奴らだの引退に追い込まれた奴らだのはゴロゴロいた。逆に(トレーナー)を必要としなくても勝てる奴もいた。

そのどちらでもない、才能があって向上心もあって俺の指導を必要としてくれるウマ娘も当然いたさ。俺は死にものぐるいでソイツの面倒を見たよ。

……ソイツはかなりの結果を残した。

GⅠもいくつか獲った。

ただそれ止まりだった。

例えるなら()()()()()()()()()()()()歴史に名が残る選手は生み出してやれなかった。

分かるか?分からないだろうな。

俺は、トレーナーになってから一度も、夢を叶えたことがなかったんだよ」

 

 

俺は担当ウマ娘をそれ相応の選手にすることはできる。ただそれだけしかできない。

 

つまるところ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………」

 

 

俺のなりたかった姿をした奴が何かを言おうとしている。

 

なんだか色々とどうでもよくなってきた。

 

酔いが回ったのか、頭に血が上っているのか思考も投げやりになってきている。

 

 

「すみません……いくらなんでも不躾でした。

貴方の気も知らないでずけずけと聞いてしまって……本当にすみません」

 

 

何か言っている。どうでもいい。

 

今まで誰にも言ってこなかった悩みとも呼べない何かをこの男に全てぶちまけて、気分は晴れやかになるわけでもなく虚無感がいっそう増しただけだった。

 

 

「だとしても、オレは貴方が自分で見定めているよりもずっと凄いトレーナーだと思ってます。

新人だったオレにトレーナーとして多くのことを教えてくれたのは貴方だったし、他のトレーナーさんよりもたくさんのウマ娘を最後まで見捨てず育てきったのも貴方です」

 

 

誰が当たったとしてもコイツは大成しているだろう。俺が面倒を見たことに大きな意味は無い。

 

俺は無駄に選手を潰してきただけだ。経験が無駄にあるだけで、アイツらの夢を叶えさせてやることなんて何もできなかった。

 

 

「それに、オレはそんな大したトレーナーじゃないんです。今まで貴方や、色んな人達に助けてもらってやっとここまでやってこれただけで」

 

 

それが間違いだと言うんだ。俺は自分と自分の担当のことで精一杯だった。お前のように誰かと高めあえるような人間じゃない。

 

もう黙っていてくれ。

 

 

「でも、今貴方の話を聞いて分かりました。

貴方とあの子──ツインターボなら、大丈夫だなって」

 

「……あ?」

 

「あの子、昔の貴方とそっくりなんです。

たとえどんなことがあってもひたむきに前に進み続ける所がとても」

 

 

ああそうだ。ツインターボを見ていると嫌でも昔の俺を思い出す。だからこそ余計に否定したくなってたまらなかった。

 

 

「……どうせアイツも同じだ。

これ以上大した成績は出せない」

 

「いや、大丈夫です。

うちのテイオーと一緒にいる時に見て分かりました。

あの子なら大丈夫だって。

それに貴方も、本当はあの子に勝ってほしいと思っている筈なんです。

だったらもう平気だなって」

 

 

平気。平気って、何が。

 

 

「失礼しました。

それと、ごちそうさまでした」

 

「おい、待────」

 

 

飲み干した缶を掲げて奴は出ていった。

 

 

「…………なんだってんだ」

 

 

理事長との会話から相変わらず解けない疑問を抱えながら、四本目のプルタブを引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

産經賞オールカマー一ヶ月前、

トレーナー室にて。

 

 

「トレーナー!いるー?」

 

「……何の用だ。

今はまだ昼だぞ。

練習は放課後からだ」

 

 

ドアを勢いよく空けたツインターボに男は平坦な声色で返す。怯むことなく彼女は言葉を続けた。

 

 

「そうじゃなくって……ええっと───」

 

 

懐から取り出されたのは一枚の半紙。そこにはえらく達筆な字で『()()』と書かれていた。

 

 

「ターボ次のレースで一着になるから!

それでトレーナーにギャフンって言わせてやるからなー!覚悟しろー!」

 

「……」

 

 

それはツインターボからトレーナーへの、確固たる宣戦布告だった。

 

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