この話はツインターボが敗北してしまったルートの話ですが、忠実改変が若干入ってます。
フラットライド
『ナリタブライアン一気にスパート!
女傑ヒシアマゾンも来ている!
ツインターボの先頭はここで終わり!』
まあそうだろうなと思った。
しかしアイツはよくやったとも思う。我ながら「らしくない」感想だが、それでもアイツはバ群に呑まれかけながらも懸命に走り切り、
そう、七着だ。アイツは逆噴射を起こしながらも最後まで鍛え尽くした根性で耐え抜いたのだ。
今までのツインターボなら逆噴射を起こした時点でドンケツになるのは絶対だった。
とはいえどう言い繕ったところで負けは負け。リベンジは果たせなかった。
それでも不思議なことに、俺は気持ち悪いぐらいに満足していた。それはこのレースに限ったことではなくこれまでアイツと共に走ってきた流星のような日々に対しても、だった。
「う゛わ゛ぁ゛ああ゛ぁあ゛〜…………
負゛け゛ちゃっ゛た゛ぁあ゛ぁ゛ぁあ゛〜……」
レース後の帰り道、とうとう堪えきれなくなったのか両目から流れる大粒の涙で顔をくしゃくしゃにするツインターボ。
それを見ても俺は以前のように落胆や絶望といった負の感情を掻き立てられることはなく、どこか穏やかな気持ちでターボをなだめていた。
「え……今……なんて……」
「辞めます。トレーナーを」
ある日、男は唐突に以前からの友人である駿川たづなへそう告げた。
「そう……です、か……。
…………それって、ツインターボさんが──いや、ごめんなさい。忘れてください。私ったら──」
「いえ、いいんです。
それに俺、アイツは負けちまったけどこれでも結構満足してるんです」
「え……?」
「なんというか……俺は今までトレーナーやってきて正直な話どんなレースを見ても全く感動しなかったし一度だってこの仕事に就いたことを良しと思えなかったんですけど、アイツと出会って、有マのリベンジに向けて突っ走って、結局アイツとテイオーを
「悪くなかった」って」
「……」
目を丸くするたづなに語る彼の表情は憑き物が落ちたように爽やかなものだった。
「もう十分夢は見れました。
だから、もういいかなと」
「……トレーナーさんは、辞めた後は……」
少し出過ぎた真似をしてしまったかと思い、辞めた後はどうするのかと言いかけて止めるたづな。男が退職したとしても学園が何かしらの被害をこうむることはなく、また彼が路頭に迷うようなことは無い。
世帯を持たず、打ち込むような趣味も持たず、寮での生活を続け碌に担当を持たなかった時期があるとはいえど長きに渡り中央で働き続けた男には老後を過ごすには十分すぎる程のカネがあった。
しかしいくら財力があるとしても男は孤独。人生の大半をトレーナー業に注ぎ込んできた彼が辞めた先には何も無い。
彼とてそれは承知の上。たづなは
「あーいや、アイツの担当が終わるまでは辞めませんよ。というより、俺の最後の担当はアイツがいいんです」
「……分かりました」
ツインターボと出会い、あの頃の熱気がほんの僅かな間だけとはいえ戻ったのだ。その上で彼がそう決めたのならこれ以上何も言うまいと、たづなは思考を切り替えた。
「……まだ早いですけど、色々、
「────はい」
それに、彼がレースの世界から離れようとあの頃のようにはいかなくとも彼らが友人
「トレーナー、辞めちゃうの……?」
「どっから聞いたんだそんなこと」
平日のトレセン学園、昼休みともなればカフェテリアなどで思い思いに食事を楽しむ生徒が多い……のだがツインターボは一人学園端にポツリと構えられたトレーナー室に顔を出していた。
昼間は大抵そこにいる自身のトレーナーに尋ねる彼女の表情は不安げなものだった。それもそのはず、二人三脚でやってきたパートナーが突然辞めてしまうと聞けばどんなウマ娘だろうと余程嫌っていない限り落ち着いていられないだろう。
それに加え残酷な話になるが彼女は有マ記念を覇することができなかった。つまり出走前に交わした約束を果たせなかったということだ。その敗北は、彼女の中で大きな負い目になってしまっていた。
故に、彼女は「自分が負けたからトレーナーは辞めてしまうのでは」という不安と疑念に取り憑かれていた。
「で、誰から聞いた」
オロオロするツインターボに男は問い詰める。
まさか駿川たづなが、と一瞬疑ったがその思考はすぐに打ち切った。トレセン学園の理事長秘書とあろうものがそんな情報を易々と零すわけがないと踏んだからだ。
事実それは正しかった。たづなはツインターボどころか理事長である秋川やよいにすらそれを伝えようとはしていない。
では誰がという話になるが────
「テイオーのトレーナーから……」
「…………そうか」
苦虫をまとめて噛み潰したような顔をして宙に視線を泳がせた。「あの野郎」と男は内心毒づくが、トウカイテイオーのトレーナーはそのことを彼女に
数日前、「一応奴にも言っておくか」と彼は辞める節の話をトウカイテイオーのトレーナーに伝えた。携帯電話の音声通話で。
その時たまたまテイオーの元に来ていたツインターボが物陰に隠れて通話をしていた様子を目撃し好奇心の赴くままに盗み聞きをしてしまい、現在の状況に至ったというわけだ。
そんな事情も露知らず、男は天井を見上げながら特大のため息をついた。しかし彼の脳内を占めていたのはバラされたことへの怒りではなくどうやって言い聞かせるかという面倒事へのけだるさだった。
そしてどうするかと考えた結果、
「俺まだ飯食ってないんだよ。
外行ってくるからこの話は後にしろ」
今のところは逃げようと決心した。が、
「ターボも行く」
「は……お前午後の学科はどうすんだ」
「サボるからいいもん」
「……………………………」
早くも二度目のため息をついた。
「おいターボ、ラーメンは食えるか」
「…………うん」
学園をこっそり抜け出し外を歩く二人。空は青く澄み渡り、心地よい風が吹いていた。
男が食事を摂っていなかったことは事実だ。だからといってそれが担当ウマ娘をサボらしていい理由にはならないが、元々彼はサボりを引き止めるような生真面目さなど持ち合わせていない。
特に会話もせずたどり着いた先は商店街。
彼がここで過ごしてきた年月はとても長いものだ。商店街などのトレセン学園付近ではそこそこに顔見知りも多く、ツインターボのような少女と連れ歩いていても「ああ、あのトレーナーさんか」と別段怪しまれはしない。
そうして
「お、トレーナーさん。久しぶりだねぇ」
「どうも」
たった一言のみ交わし、席に座る。
ツインターボは初めて来た場所に慣れていないのかキョロキョロと店内を見回している。
商店街に鎮座する、かなり年季の入ったラーメン店。彼が比較的若かった頃には常連客とも肩を並べていたものなのだがここしばらく暖簾をくぐることは無かった。
「塩で。追加でニンニクとニラを。
お前は、どうする」
「え、えっと……じゃあターボは醤油ラーメン!
ネギ少なめ!」
「あいよー」
慣れた様子の彼──麺の硬さなどについては何も言及していないが──に対抗するかのように態々ネギの量を減らしたツインターボを微笑ましげに眺め、店主は厨房に向き直った。
男は若かりし頃から度々健康志向とは程遠い食生活を送っていたこともあり、老いたとはいえラーメンの一杯や二杯は余裕で片付けられる。体質が合っているのか激務に追われていたからかこれまで生活習慣病には奇跡的にかかっていない……健康診断結果の善し悪しは別として。
ウマ娘と言えばかなりの大食らいなイメージがあるが、ツインターボは比較的少食な部類に入る。小柄なこともあり、ラーメンの一杯や二杯で一食分に収まる程度だ。それでも同年代の少女の中ではよく食べる方だが。
二人して黙々と麺をすすり、店を出た頃には午後の授業が開始する時間となっていた。
「あ〜……もうこんな時間か。
今からでも戻った方がいいんじゃないか」
「いい。今日はトレーナーとサボる」
あくまで辞めることについての話をするまでは頑なに離れようとしないターボの強情さに、彼は半ば諦めが混じった本日三度目のため息をついた。
「じゃあ、今日はちょっと付き合え。
帰ったら怒られる覚悟はしとけよ」
「……?どっか行くの?」
「さあ、どうだろうな」
いきなり歩き出した男におずおずと彼女はついていった。
そうしてやってきた先は河川敷。
男はおもむろにその斜面へ身を沈ませた。
整えられた草の上にどっかりと寝転ぶ姿は、いい歳して変な大人でありながらもどこか少年のようだった。
驚愕し声も出せないツインターボに投げかける声は一言のみ。
「寝る」
それだけ言って目を閉じてしまったものだから、彼女も必然的に隣で寝ることしかできなかった。
「俺は後悔してない」
眠るのも突然であれば、話すのも突然だった。
「もう満足だ。
俺は今まで、つまらない
酷い時は本っ当にゴミみたいな状態だった。
お前が担当になった頃にはトレーナーなんてどうでもいいと思ってたぐらいにはな」
「……」
静聴するツインターボ。当然眠れてなどいなかった。
「だが……まあ……その、なんだ。
…………とにかく、俺はもう十分ってことだ。
お前の……レースは…………あー……、良かった。
久々にお前と俺で本気で格上どもに挑んで………………、だから、あれだ。
俺の人生最後の担当ウマ娘はお前がいいってことだ」
素直に感謝を伝えればいいものを、変に育った羞恥心が邪魔をする。そういうところも少年のようだった。
「それじゃあやっぱり辞めちゃうの……?」
「辞める。俺にとっちゃ今が辞めるのに一番いい最高の時期だ。
一応言っておくがお前の面倒は最後まで見るぞ。
だからそんな心配することでもないだろ」
「違う……違う……!
そういうんじゃなくて……!」
説明のしようがない感情を抱えてかぶりを振るターボ。それを伝えるには彼女はまだ若すぎた。
「ホントに辞める……?
絶対に辞める……?」
「……ああ」
男の無慈悲なまでの肯定の前にストン、と彼女の表情に陰が落とされる。
「やだやだやだー!トレーナーがトレーナーやんなくなるなんてやだー!」
「…………」
横で駄々をこね出した彼女にイラつかせられ……ることは無く、男は黙ってそれを聞いていた。
ひとしきりいやだいやだと騒いだ後に、半べそをかきながら草の上で彼女は丸まった。
そうしてまた小一時間程度が過ぎた。過ぎてからまたポツリポツリと会話が始まった。
「ごめん。ターボのトレーナーはすごいんだって、みんなに見せられなくて」
「あ?」
その言葉に彼は今日初めて怒りを覚えた。
「お前、二度とそんなことで謝るなよ」
「…………」
剣呑さを増した声色に思わず威圧されるが、彼女の中にある反抗心は収まらない。
「だってトレーナー、まだ夢叶えてない!
ターボが勝ってないのに、満足したなんて嘘だもん!だからトレーナーが辞めるのだって嘘だ!」
悲痛さすら感じさせる訴えに今度は彼が黙る番だった。
「ターボのトレーナーはすごいんだ!
テイオーのトレーナーだってたづなさんだって言ってたもん!
本気のトレーナーとターボならどんなレースでも大逃げできるって、ターボ思ってるもん!
だから────」
けれども負けてしまった。それはどう足掻いても覆せるものでは無い。だからせめてと、彼女は必死に訴える。
「ターボのトレーナーは絶対諦めない!
ターボがいなくなってもトレーナーはターボのトレーナーなんだ!」
それがワガママであることはツインターボも自覚していた。けれども願わずにはいられなかった。
勝てなかったけど満足して、それで終わってしまうなんて、悲しすぎるから。
「おいおい勘弁してくれ……俺みたいなジジイをこれ以上働かせるなって。いい加減休ませてくれよ」
「やだ!」
何故か半笑いでおとぼけたような口調の男にツインターボは容赦しない。
実際、男はそれほど仕事を辞めたいという確固たる意思は持っていない。しかし働き続ける矜恃も無ければ理由も無いので、最も気分がいい時──ツインターボを最後に辞めようと思っていた。
だが彼に未練が無いと言えば嘘になる。ツインターボを有マ記念で勝たせることができなかった未練、地方にいた頃に誰にも中央で勝たせてやれなかった未練、今まで受け持ってきた彼女達への未練など、数え出したらキリがない。
それでも尚諦めるなと言うのは酷な話だ。一時的に熱が戻っただけの枯れ果てた心で夢を目指すというのは、途方もなく長い道を暗闇に包まれながら歩き続けるようなことだ。
夢を諦めないでほしい。
そんな純粋な願いは、呪いにも等しいことを彼女は知らない。
しかし、
彼のトレーナーとしての魂の奥には、まだいつかの少年が辛うじて残っている。
「──────分かった。俺の負けだ。
じゃあ卒業した後もしっかりレース見とけ。
俺が、今度は有マ……違うな。観客の度肝を抜くような三冠ウマ娘をこの世界に送り出してやる。
お前のトレーナーがどれだけ凄い奴かってのを、中央の奴らどもに教えてやるよ」
その為にゃまず髭剃んなきゃな、と付け加えて。
それはカッコつけであり、意地だった。だとしても啖呵を切った手前、彼が退くわけがなかった。
虚勢でも彼が再び立ち上がったことは事実。
そのヤケクソじみた返答を、ツインターボは待ちわびていたかのように立ち上がる。
「ん」
「…………あ?」
「ん!」
差し出されたのは右手小指。ちゃんと約束をしろ、ということなのだろう。
彼はのっそりとゴツゴツした皺だらけの手を伸ばし、互いの小指を組んだ。
気づけば空は赤くなり始めている。
「もうこんな時間か。
…………夕飯はハンバーガーにでもするか?」
「うん!」
半分ふざけた俺の問いにすっかり元気を取り戻したターボはいつもと変わらない威勢のいい返事をする。
ハッキリ言って面倒だ。何より疲れた。トレーナーを引退するには今この時期が一番良かったんだが…………あんなこと言われたら引くに引けなくなってしまう。
オールカマーの前の日とは違って約束してしまった以上、俺はどうせそれを果たす為に足掻き続けるんだろう。
アイツの足取りが昼よりも明らかに軽くなる。こっちの気も知らないで陽気なもんだ。
これからもいつか見た夢に呪われながら
まあでも、不思議なことだが。
存外、悪くなかった。
二人で飯食ってるところは20世紀少年のケンヂとカンナがラーメン食ってるシーンをイメージしてます。てかビジュアル的にはまんまそれです。
ツインターボ勝利ルートは気が向いたら書こうと思います。