フラットアウト   作:散髪どっこいしょ野郎

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正真正銘これが最後です。












オーバーテイク

全てを賭けた有マ記念が始まった。ターボはいつも通り初っ端から飛ばしに飛ばしている。

 

第一コーナー、第二コーナーを回る。ここまでは順調だ。レースが始まれば俺には祈ることしかできない。

 

観客や解説の奴らどもはナリタブライアンに少なからず注目を向けているが……ハッキリ言って、少し癪に障る。

 

しかしそれも当然と言えば当然。三冠ウマ娘であるナリタブライアンは、今回のレースを制すれば五冠というとんでもない偉業を達成する。そんな奴を相手にしてツインターボが逃げ切れるかと聞かれたら難しいところだ。

 

とはいえ、今回ツインターボは二番人気。アイツがそこまで得意としない長距離(2500m)で、かつてない難敵とかち合いながらも、だ。

 

 

「…………クク」

 

 

やはりあの大逃げに酔わされた奴らは多いということか。まあ確かにアイツ程見てて楽しい走り方をする奴はそうそういない。

 

逆噴射を起こそうが最後まで逃げ切ろうが見てる分には面白い。おおよそ今回も刺激的な爆走を求めて二番人気という破格の期待を寄せられたのだろう。

 

だが、無礼(ナメ)てもらっては困る。アイツは俺が手塩にかけて育てた────俺の愛バだ。

 

今までのアイツなら急激に失速を起こし呆気なくバ群に飲まれ最後尾に叩きつけられていたことだろう。俗に言う逆噴射を起こしそれでも見る者を楽しませていたことだろう。

 

それでも今回は違う。この為だけに、俺達はとことん鍛え上げてきた。

 

 

『各ウマ娘、向こう正面へと入りました』

 

 

周囲がどよめきだす。ツインターボは今のところ後続を圧倒的に突き放している。

 

もしかしたら、また、という期待が僅かに膨れ上がるが俺からすればまだ油断はできない。ここからでも体力を切らしてしまえば最下位落ちは必至。

 

 

『大逃げのツインターボ、後続を10バ身以上突き放して独走体制!これは暴走か、それとも作戦か!』

 

 

俺達に作戦なんてものは無い。ただ鍛え、愚直に走り抜くことしかできない。お互いに。

 

戦略(かしこさ)練る(伸ばす)余裕は無かった。その分掛かり気味になりやすく動揺しやすいという不安分子があるが、そもそもアイツの走り方自体戦術もへったくれもない。

 

 

「……マズイな」

 

 

来る。怪物が、いよいよターボを捉えにかかる。

 

ナリタブライアン。奴の実力は底が知れない。他のレースも見たことがあるが、強さだけで言えば俺がこれまで見てきた奴らの中でもトップクラスだ。

 

────それがどうした。

 

酔っ払い(ロマンチスト)が簡単に引き下がるか?違う。断じて違う。

 

見せてくれよ、ツインターボ。

 

お前はどんな時でも諦めなかった。この俺を再び引っ張り上げてさえみせた。そんなお前を、今更信じないわけがないだろ?

 

コイツらに見せてやれ。俺達の……いや、お前だけの可能性を────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……ッ!」

 

 

第三コーナーに差し掛かる頃、ツインターボは既に息を切らしていた。

 

このレースに向け、彼女は長きに渡り長距離用の肉体を作り上げてきた。しかし有マ記念という大舞台ではやはり力不足な点も否めない。

 

 

「ハァ……ッ、ハ────」

 

 

スタミナが切れるとペースも落ちる。そうなれば後はバ群に飲まれるのみ。理解しているからこそ焦りは増し、冷静さを失っていく。

 

彼女のトレーナーは元よりこうなることを承知の上で身体(フィジカル)のみを徹底的に磨かせた。が、この極限状態の中、ツインターボは限界を迎え始めていた。

 

 

「は────ぁ、は────」

 

 

もはやツインターボには約束を思い出す余裕すら残されてはいない。

 

しかし尚、胸に滾るものが一つ。

 

それは絶対に勝つという比類なき闘争心。たとえ共に目指した夢を忘れようとも、完全に力尽きて倒れることになろうとも、これだけは決して消えることなく輝き続ける。

 

 

「────────」

 

 

体力は底を尽きかけている。脚も頼りなくグラついている。

 

だが、

 

 

「ッ───────!」

 

 

それが歩みを止める理由になどならない。この程度の障害が、先頭を譲るきっかけ足り得る筈がない。

 

彼女は逃げ続ける。走り続ける。その闘志は潰えることなく彼女の心に火を灯し続ける。

 

そうして一人の少女は運命を振り払い、いつかの自分(競走馬ツインターボ)を超えていく。

 

彼女は逃げているのではなく、自分自身を追い抜いていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────はっ、」

 

 

やってくれる。まったく、本当にお前って奴は。

 

 

『ナリタブライアン一気にスパート!

女傑ヒシアマゾンも来ている!

しかし、しかし……ッ!』

 

『────ツインターボの先頭は終わらない!』

 

 

第三コーナーに差し掛かり、第四コーナーを越えてもなおターボは先頭に立ち続けていた。

 

観客席は狂気的なまでの熱気に包まれている。まさか、またしてもやってみせるのか、ナリタブライアンにまでも勝ってみせるのか。

 

期待は希望へ、希望は確信へと変わり、歓声とどよめきが会場を支配する。

 

 

「ハハハ────」

 

 

最後の直線。追い上げるシャドーロールの怪物(ナリタブライアン)女傑(ヒシアマゾン)漆黒のステイヤー(ライスシャワー)

 

限界を超え吠えるターボに奴らが迫る。残り一ハロンもない。

 

「いけ」「逃げろターボ」そんな声が飛び交っている。そうだ。やってしまえ。お前が有マを制するんだ。

 

そして、そして──────

 

 

 

 

 

 

『アクセルはベタ踏みのまま!エンジンは最後まで唸り続けた!』

 

「フハハ……ハーッハッハッハ!」

 

 

ああ。最高だよお前は。

 

 

『ツインターボ、一着はツインターボです!悲願のGⅠレース勝利を、この中山にてとうとう成し遂げました!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レース後の地下バ道、迎えに来た男の元へツインターボは頼りない足取りで歩いていた。

 

 

「あ……トレーナー?ターボ、ホントに、」

 

「ああ、しっかり見てたぞ。お前が一着になるところを、ちゃんと」

 

「…………、〜〜〜っ」

 

 

そこで完全に緊張の糸が切れたのか彼女は顔をくしゃくしゃにして、

 

 

「ターボ、ターボね、も゛うダメ、かな゛って、おも゛っ、て、それで、でも゛、ほん、ホントに゛……」

 

「……ああ。よくやったなターボ。お前が一着だ」

 

「や────っ、や゛ったぁ゛ああ〜……か゛ったよ゛、ターボホン゛トにかった゛んだ゛……っ」

 

 

歓喜の涙で頬を濡らすツインターボを男はあらかじめ用意していたタオルで乱雑に拭き回す。それはまるで不器用ながらも孫を撫でる老爺のようで、勝利を飾った担当ウマ娘を祝福する「トレーナー」のようで。

 

 

「……おい。鼻をかむな鼻を」

 

 

しかしティッシュが入用になることは想定されていなかったようで。

 

……こうして、ツインターボのトゥインクルシリーズはこの大番狂わせを最後の晴れ舞台にしてひっそりと幕を閉じていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三年間に渡るトゥインクルシリーズは終わりを迎えた。あれからGⅡのアメリカジョッキークラブカップや重賞である帝王賞にも出走したが、あの有マを最後に大舞台で輝くことは二度と無かった。

 

今まで”可能性”など存在しないと思い込み散々落ちぶれてきたが、いざ勝ったとなるとなんとも言えない感覚に襲われる。

 

あの未練が、煩悶が俺の全てだった。長きに渡り俺を支配し続けていたそれからいきなり解放され、なんだか夢を見ているような気さえした。

 

これで俺の(のろい)は終わった。そう実感すると同時にこれからの生き方というものが見えなくなった。

 

────いや、今はそんなことを考える時ではないな。

 

今日は俺の教え子であるツインターボが学園を卒業する日だ。アイツにはなんやかんやで色々と助けられた。

 

もう会うことは無いだろう。そう思いながら正門にてアイツがやってくるのを待っていたが、なかなかどうして悪くなかった。

 

 

「あ!トレーナー!」

 

 

俺を発見し駆け寄ってくるターボ。もう卒業する歳だってのに、初めて出逢ったあの時とあまり変わっていない気もする。

 

 

「今までありがと!……それじゃあね!」

 

 

元気よくそれだけ言ってのけると、こちらに握り拳を突き出してきた。俺は躊躇うことなく右腕を掲げ────互いの拳を突き合わせた。

 

 

「バイバーイ!!トレーナー!!」

 

 

手を振りながら学園を去っていく”元”担当ウマ娘。

 

 

「………………よし、辞めるか、仕事」

 

 

その姿を眺めてから踵を返し、ふと決意した。

 

 

───────────いや、それは明日のことだ。……そうだな。()()()()()任せておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

去り行く背中。二人はそのまま別々の道に歩き出す…………筈だったのだが。

 

 

「────ちょっと待て」

 

「あれ?どうしたのトレーナー?」

 

 

別れた筈が何故か男はツインターボを呼び止めた。そこに深い意味も理由も無く、彼はいつものように言葉を紡ぎ出す。

 

 

「卒業祝いだ。ラーメンでも食い行くぞ」

 

「……うんっ!」

 

 

とりあえずそれからだ。それから決めてみても悪くないのかもしれない。男はそんなことを考えていた。

 

彼がどんな道を選択するか、彼女がどんな道を行くか、それはお互いに知るところではない。しかし二人は並んで歩き出した。

 

これから先、二人の道が交わることは永久に無いのかもしれない。それでも、あの思い出だけはターフ(記憶)に刻まれた蹄鉄の轍と共に、確かに残り続けることだろう。

 

 

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