『ゆりキャン△』   作:ゼルダ・エルリッチ

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『恵那と桜、二人の未来―』

「あ、桜さん、いらっしゃい」

 

 いつものコンビニでのバイト中、また桜さんが来店する。私がここでこっそりバイトを始めてから間もないけど、家が近いこともあって、桜さんとはよくここで会っていた。

 

「あら、恵那ちゃん。今日も頑張ってるわね」

 

 挨拶を交わして、桜さんは店内へ入っていく。私はレジの中から、その姿をそっと目で追うのが好きだった。

 

 各務原桜さん。なでしこちゃんのお姉さんで、甲府の大学に通う大学生。リンと同じく、一人で旅行するのが好きらしい。以前、旅先で偶然鉢合わせたとリンが言っていた。

 

 同級生の友人の、お姉さん。普通だったら、ただそこまでの相手に過ぎないのだと思う。機会が無ければ、会うことも話すこともない相手。だけど……。

 

 私は、そんな桜さんに密かに、心惹かれていた。

 

 桜さんは美人で、スタイルも良くて、いつも冷静で、自分を貫いている感じがして。

 

 私の求めている理想の女性の姿、それが桜さんだった。

 

「お願いね」

 

 桜さんがレジに来る。買うのは大抵、惣菜パンと紅茶。それと時々、使い捨てカイロ。

 

「今日もお疲れ様です」

 

 桜さんの労をねぎらって、声をかける。

 

「恵那ちゃんも。いつもうちの妹の面倒見てもらって悪いわね」 

 

 この時間は比較的空いていて、レジもゆっくり対応できるので私としては嬉しい。その分、桜さんと長くおしゃべりできるから。

 

 それでも、レジでの会話時間なんてものは、たかが知れている。少し言葉を交わしたら、それで終わりだった。

 

「じゃあ恵那ちゃん、またね」

 

 桜さんが手を振って、帰りかける。

 

 だけど今日の私は、もう少し踏み込んだ。

 

「あの、桜さん」

 

「ん?」

 

 桜さんが振り返って、私を見つめる。

 

「私、学校の友達とかと、キャンプとか良く行ったりするんです。桜さんも、旅が好きだって聞いたから、その、良かったら、今度一緒にどこか行きませんか?」

 

 桜さんは少しキョトンとした感じだったけど、すぐに表情を和らげて応えてくれた。

 

「ああ、野クルだっけ? 妹がよく話してるわ」

 

 そう言って、少し微笑む。

 

「そうね。考えとくわ」

 

「はい、お願いします」

 

 思わずかしこまって応える。そんな私を見て、桜さんがまた笑った。

 

「じゃあ、私のアドレス、教えとくわね。なにかあったら連絡して」

 

 桜さんとアドレスを交換。思わぬご褒美をもらったみたいに、心が弾む。

 

「じゃあ恵那ちゃん、お休み」

 

「はい、お休みなさい」

 

 桜さんを見送ってから、スマホの画面をそっと確認する。

 

 桜さんのアドレスが、そこに登録されていた。

 

 思わず、笑みがこぼれる。

 

 宝物を抱きかかえるかのように、スマホを握って胸に合わせた。

 

 

 

 

 それから二日。昨日も今日もコンビニのバイトに入っていたけど、桜さんはこなかった。いつも来るというわけではなかったけれど、やっぱり寂しさはある。アドレスを教えてもらって、旅のこととかも少し話してみたいなと思っていたから、尚更だった。かといって、学校の同級生みたいに気軽にラインなんて送れるような相手でもない。

 

「お先に失礼します」

 

「恵那ちゃん、お疲れ様」

 

 勤務が終わり、いつもの引き継ぎのおばさんに挨拶をしてコンビニを出る。外はもう、すっかり暗くなっていた。冬の星座が夜空を埋め尽くしている。吐く息も白い。やっぱり、山梨の冬の寒さは身に堪える。

 

 手を擦り合わせて、家路を急ごうとした、そのとき、

 

 ヴ~~ヴ~~

 

 スマホが鳴る。

 

 確認してみたら、

 

「え? 桜さん?」

 

 桜さんからのメッセージだった。少し驚いて、慌てて確認。

 

『今度、出かけようと思ってる所があるんだけど、良かったら恵那ちゃん、一緒に行かない?』

 

 思わぬ旅の誘いに、心が浮き立つ。画像が添付されていたので開いたら、温泉宿の写真だった。笛吹川温泉、坐望の宿。名前は聞いたことがある。山梨では結構有名な温泉宿で、なかでも、個別露天付きの離れは最高のロケーションとのことだった。

 

 そんな最高のロケーションの宿に、桜さんと……。

 

 胸が躍らないはずもなかった。

 

『はい、是非行きたいです!』

 

 すぐに返信。そうしたら、

 

 着信音が鳴り響く。桜さんからの電話だった。

 

 逸る気持ちを抑えて、通話ボタンを押す。

 

「はい、もしもし」

 

『あ、恵那ちゃん。ごめんね、いきなり連絡しちゃって』

 

「いえ、全然大丈夫です! そ、それで……、あの……、坐望の宿、に、私と一緒に、ってことですよね?」

 

 すっかり緊張したまま、もう一度確かめてしまう。ひょっとしたら、何かの間違いなのかも。まだ信じられない気持ちだった。

 

『うん。その宿、前から泊まってみたいと思ってたのよ。一人で行くのもなんだし、良かったら恵那ちゃん、どうかなって』

 

 やっぱり、間違いじゃなかった。

 

「あの、他に誰か行きますか? それとも……」

 

 念のため、尋ねてみる。

 

『ううん、恵那ちゃんだけよ』

 

 天にも昇る気持ちだった。桜さんと出かけるだけでも嬉しいのに、二人だけで温泉宿に泊まるなんて、まるで夢みたいだ。

 

『来週の土日に行こうと思うんだけど、都合はどう?』

 

「は、はい! 大丈夫です!」

 

 例え都合が悪かったとしても、全部断って都合を付けるだろうけど。

 

 

 

 

 それから桜さんと、旅のことを色々話す。宿へのチェックインは午後遅くなので、その前に色々見て回ろうということになった。

 

 それと、当然泊まりになるから、親にもきちんと許可を取るようにと念を押される。その点については、多分問題ないと思う。場所もそんなに遠くなかったし、桜さんの同伴だから両親も許可してくれるだろう。なでしこちゃんのお姉さんということもあって、桜さんのことは両親も知ってたし。

 

 でも、二人だけで出かけるという点については、ちょっと伏せておいた方がいいかもしれない。私が未成年だということもあるし、変に追求されても困るし。他の友達も一緒だということにしておこうか。 

 

『じゃあ、よろしくね』

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 話がまとまって、電話を切ろうとしたら、

 

『あ、恵那ちゃん。このことは、なでしこには内緒にしといてね』

 

 桜さんの方も、私と二人で出かけることは伏せておきたいみたい。まあ、なでしこちゃんに知られたら色々言われそうだから、何となく分かる気もする。

 

「はい、内緒で」

 

『ありがとう。じゃあ、お休み』

 

「はい、お休みなさい」

 

 通話を終える。何だか大きな仕事をやり終えたみたいに、ふうと息を吐く。

 

 気が付けば、スマホを抱いて一人、笑みをこぼしている私がいた。

 

「桜さんと、お出かけかー。うふふふ」

 

 自然と足取りも軽くなる。さっきまでの寒さも、どこかに吹き飛んでいた。

 

 

 

 

 そして、当日。

 

 私は、いつものバイト先のコンビニの駐車場にいた。ここで桜さんと待ち合わせて、桜さんの車で出かける予定だった。まあ、自宅だと色々目に付かれそうだし、ここなら丁度よかったというのもあったから。

 

 約束の時間ちょっと前に、桜さんが来る。いつもの、青のラシーン。駐車場の隅に停めて、桜さんが降りてきた。

 

「お早う、恵那ちゃん」

 

 桜さんが笑って手を振ってくる。私の方は、なんだか変にそわそわしてしまっていた。

 

「お、お早うございます」

 

「車、乗ってて。ちょっと、飲み物買ってくるから」

 

「は、はい」 

 

 助手席に座る。桜さんの車に乗ったのは初めてだった。何だかいい匂いがする。桜さんの匂いなのだと思って、胸がドキドキと鳴り響く。

 

「お待たせ。じゃあ、行こうか」

 

「お願いします」

 

 走り出して、桜さんは早速、使い捨てカイロを手にしていた。なでしこちゃんにも聞いたことがあるけれど、桜さんは運転中に手が冷えるのでカイロをいつも使っているらしい。コンビニでも、桜さんは度々カイロを買っていた。

 

「恵那ちゃんも使う?」

 

 桜さんがカイロを渡してくる。でも私は、桜さんに貰った温かい飲み物だけで充分だった。 

 

「大丈夫です。これありますから」

 

 そう言って、貰った紅茶を両手で握りしめる。今は、無機質なカイロの熱より、桜さんがくれたこの温かさの方を感じていたかった。

 

 

 

 

 それから、身延線に沿うようにして北上。途中、休憩を兼ねて、道の駅富士川に立ち寄る。特産の柚子を使った商品を見て回ったり、ウッドデッキから周囲の山々を眺めたり。名物の馬肉うどんとかもあったけど、まだお昼には早かったので、ここでは我慢。

 

 それからまた北上して、今度は私と桜さん二人の希望もあって、甲府のエルクに寄った。山梨のキャンパー御用達の、アウトドア用品専門店。創業30年以上の老舗だ。

 

 店内に入るなり、その華やかさに目を奪われる。私はまだキャンプ経験は浅いけれど、やっぱりこういう店に来るとテンションが上がってしまうのは否めない。いつもは感情をあまり表に出さない桜さんの方も、やっぱり楽しそうだった。

 

 テントを見たり、ウェアを選んだり。気付いたら軽く30分は経ってしまっていた。これは、ちょっとまずい。ヘタしたら何時間も居座ってしまいそうだったので、切りを付けて店を後にする。

 

「やっぱりこういう所は、もっと時間取ってから来ないと駄目ね」

 

「ですね」

 

 二人で顔を見合わせて笑い合った。

 

 

 

 

 その後も、またずっと北上。一旦、坐望の宿からも北上して、今日の一番の目的地でもあった恵林寺に到着。武田信玄の菩提寺で、700年近い歴史がある。本堂裏の庭園は有名で、国の名勝にも指定されていた。

 

 入り口の山門に圧倒されつつ、本堂へ。中に進むと、まず、美しく輝く木の廊下に心を奪われる。光と影に彩られたその非日常の美しさは、まるで異世界へのトンネルをくぐってしまったかのようだった。

 

 それから、本堂をお参りして、うぐいす廊下を体験して、庭園でくつろいで。

 

 ひとしきり堪能した後、最後に、お守り選び。

 

「うわ、これ素敵じゃないですか?」

 

「あら、いいわね」

 

 一目で気に入った桜の模様のお守りを、二人で買う。桜さんの名前と同じ、桜の模様のきずな守り。まるで申し合わせたかのように、私にピッタリだった。

 

 桜さんとお揃いのお守り。

 

 私には、ただそれだけでも嬉しかったけど。

 

 

 

 

 それから、少し遅めの昼食。境内にある三休庵という店で、名物の精進料理を食べる。席からの眺めも抜群で、春には桜が咲き誇る名所としても有名らしかった。

 

「春になったら、また来てみたいですね」

 

「そうね。きっと素敵よ」

 

 桜さんと一緒に、お花見旅行……。未来に思いを馳せて、また嬉しくなる。

 

 

 

 

 昼食の後は、名物の武者団子と巨峰のソフトクリーム。まあ、甘い物は別腹だし。

 

「わ、これ凄く美味しいです」

 

 ソフトクリームを一口食べて、思わず唸る。さすが、専用のノボリが掲げられているだけのことはあった。

 

「こっちのお団子も美味しいわよ。恵那ちゃんも食べる?」

 

 桜さんが、お団子を私の口に運んでくれた。思わず顔を赤らめながら、それを頬張る。あんこのかかった、草団子。控えめな甘さが団子の香りを引き立たせて、思わず笑みのこぼれる美味しさだった。 

 

「よかったら、こっちも」

 

 私も真似て、ソフトクリームを桜さんの口元に差し出す。私が一口食べた後だったけど、桜さんはためらいもなく口に含む。その仕草に、ドキドキと鼓動が早まった。

 

「美味しいわね」

 

 桜さんがこっちを向いて言ってきたけど、私は胸の鼓動を押さえるのに手いっぱいだった。

 

「そ、そうですね」

 

 ごまかすように、ソフトクリームを口にする。

 

 何だかドキドキして、味もよく分からなくなっていた。

 

 

 

 

 そして午後遅くに、私達は坐望の宿に到着。緑に囲まれた静かなロケーションに、落ち着いた佇まいの宿。こんな機会でもなければ私なんかが泊まることなんてないだろう、しっとりとした大人の空間だった。

 

 チェックインして、予約した離れに移る。

 

「うわー、凄い!」

 

 部屋に入るなり、そのあまりの美しさに、思わず感嘆の声を漏らしてしまう。広すぎず、狭すぎず。丁度よい心地よさの空間に、気配りの行き届いた調度品が備え付けられている。二色の品の良い畳の輝きが、白い壁と、黒く重厚な天井によく映えて、まさに渾然一体といった感じだった。奥を覗けば、こちらもまた非の打ちどころのない寝室に、ベッドが二つ並んでいる。

 

 そして、何より……。

 

 テラスの奥にしつらえられた、専用の露天風呂。ウッドデッキの上に、白くて円形の湯船が備わっていて、透明な湯がかけ流されている。眼前には、美しい庭園。その景色を眺めながらの入浴なんて、まさに至福の時間だろう。

 

「素敵ね」 

 

 桜さんも、控えめに感想を漏らす。でも、とても満足しているらしいことは伝わってきた。

 

 

 

 

 荷物を置いて、しばし休息。景色を眺めて、お茶を飲んで。

 

「……何だか少し、冷えちゃったみたい」

 

 しばらくしたら、桜さんが腕をさすりながらそう漏らした。冷え症だと言っていたし、あちこち外を回って身体が冷えてしまったのだと思う。

 

「私、先にお風呂頂いていいかしら?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

 桜さんが席を立って、浴室へ。私はしばらく一人で座っていたけれど、何だかどんどん、気持ちが高ぶっていくのを感じた。

 

  

 桜さんに自分の気持ちを伝えるのなら、今だと思った。

 

 元々私は、今日のこの旅行で自分の想いを伝えるつもりでいた。

 

 そして、その時が来たのだと……。

 

 

 私の中の勇気が、私の背中を後押しする。

 

 

 

 

 脱衣所に入る。桜さんの衣服が、籠の中に収められていた。私は静かに、身にまとった衣服を取り除いていく。

 

 そして、浴室へ……。

 

 傾き始めた陽の光が、辺りを包んでいた。お湯の流れる音がする。ひんやりとした外気が、私の肌にまとわりついてくる。そして……、

 

 その先の白い浴槽に、桜さんが身を委ねていた。

 

「桜さん」

 

 意を決して、声をかける。桜さんが振り返って、私を見る。私の身体は、タオル一枚でかろうじて隠されているだけだった。

 

「恵那ちゃん?」

 

 桜さんが、驚いたような表情をして言ってくる。これが観光地の共同温泉とかだったら、裸同士での触れ合いも、普通のことなのだと思う。でも……、

 

 今回は、それとは全く違う状況だった。

 

「あの……、私も、一緒に入っていいですか?」

 

 正直、恥ずかしくて死にそうだった。でも、そんな私を見て、桜さんも次第に表情を和らげて、微笑んでくれる。 

 

「いいわよ。一緒に入りましょう」

 

 体を流して、そして、湯船の中へ。

 

 なんだか桜さんの方を見ることもできずに、かちこちに固まってしまっていた。

 

「どうしたの? 恵那ちゃん」

 

 私の挙動がおかしいのを見て、桜さんもさすがに尋ねてくる。肩の触れ合う距離に、裸の桜さんがいて、私も裸で……。私の胸は、ドキドキと鳴り響きっぱなしだった。

 

「あ、あの……」

 

 勇気を振り絞る。そして、桜さんの方を振り返る。

 

 桜さんの顔が、私の目の前にあった。

 

「私……、初めて会った時から、桜さんのこと素敵だなって思ってて……。コンビニで話すようになってから、余計にそう思うようになって……」

 

 桜さんは何も言わず、私の方を見つめている。顔から火が出そうだったけど、頑張って続けた。

 

「だから今日、二人でこうして旅行ができて、私、凄く嬉しかったです。桜さんと、特別な仲になれた気がして……」

 

 息を吸い込む。

 

 そして、私の中の酸素を全て吐き出してしまうかのように、言葉を紡いだ。 

 

「私……、桜さんのことが好きです! ずっと一緒にいたいし、もっと仲良くもなりたい。だから、私と……、お付き合いしてもらえませんか!」

 

 桜さんの方を見る。心は、怖さで一杯だった。桜さんが、私のことをどんな目で見てくるのか。気持ち悪がられてしまうのではないか。 

 

 でも、それらも全て含めて、私は私の想いを伝えたのだ。

 

 後悔なんて、したくはなかった。

 

 

 

 

 静かな時間が流れていく。

 

 桜さんの反応は、穏やかだった。

 

 そして、

 

「……ありがとう。私も、恵那ちゃんのこと好きよ」

 

 桜さんが、静かに微笑んで言ってくる。

 

 私の気持ちに、応えてくれたということなんだろうか?

 

「そ、それじゃ……」

 

 尋ねてみる。それに対して、桜さんは、あくまでも落ち着いていて、冷静なままだった。

 

「でもね、恵那ちゃん。恵那ちゃんは若いから、恋に対して、憧れのような気持ちを抱いているだけなのよ。私への想いも、その一部。いずれ時が経てば、その気持ちも消えていくと思うわ」

 

 え……?

 

 そ、そんな……。思いがけない言葉に、心が萎れかける。でも……、

 

 私は、自分の心に正直でありたかった。

 

「そんなことありません! 私、本気なんです!」

 

 思いもかけず、感情が溢れかえる。もはや自分でも、この想いを抑えることはできなかった。

 

 そんな私を、桜さんが見つめてくる。

 

 そして、桜さんが思いもよらない行動を取った。

 

 

 私の肩に手を当てて、くちびるを、私の口に……。

 

 キスされたのだということを悟るまでに、しばらくの時間がかかった。

 

 

「さ、桜さん……!?」

 

 呆然として、ただそう漏らす。桜さんは、ずっと真顔のままだった。

 

「恵那ちゃん。大人のお付き合いっていうのは、こういうことも含むの。それらも全部、ちゃんと受け入れることができる?」

 

「え……」

 

 言葉の意味を理解できないまま、桜さんの顔を見つめる。

 

「恵那ちゃん。恵那ちゃんには、話しておくわ。私のこと」

 

 それからの桜さんの話に、私は驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

「私ね、昔、高校の時だけど、同級生の女の子と付き合ってたことがあるの。本気だったし、幸せだった。でもね、ある時、彼女が言ったのよ。こんな関係を、ずっと続けていくことは難しいって……」

 

 桜さんの表情は、寂しげだった。私の胸が、きゅんと締め付けられる。

 

「彼女は、私の元から離れていった。聞いた所によれば、それからしばらくして、男の人と付き合い始めたらしいわ。私は、それっきり。どうすることもできずに、一人で泣いて、泣いて、泣きはらした……」

 

 桜さん……。

 

 私の瞳にも、涙が込み上げてくる。

 

「でも、彼女は彼女なりに、自分の未来を考えた結果だと思う。だから私は、彼女の幸せを願った。これは……、仕方のないことなのよ」

 

 桜さんが、静かに微笑む。そして、私の方を向き直る。

 

「だから、恵那ちゃん。恵那ちゃんは、恵那ちゃんの幸せを見つけるべきよ。私のようになっては駄目。恵那ちゃんだったら、私なんかよりももっと素敵な相手を見付けられるわ」

 

 …………

 

 胸に熱いものが込み上げてくる。

 

 私の幸せ……。

 

 私の幸せは……。

 

 答えは初めから分かっていた。

 

 私の幸せは、未来は、桜さんと共に歩んでいきたい。

 

 それが、私の幸せなんだ。

 

 その想いが溢れた時……、

 

 私は、桜さんに抱きついていた。 

 

 

 

 

 桜さんの肌の温もりが、私を包む。

 

 私の胸と桜さんの胸が、重なって溶け合う。

 

 私の身体と桜さんの身体が、絡まって一つになる。

 

「え、恵那ちゃん……!?」 

 

 私は、桜さんと二人で、同じ世界に生きていたい。

 

 ただ、それだけ。それだけで良かった。

 

「私……、どこかに行ったりしません。桜さんと、ずっと一緒にいます。私、桜さんと二人で、ずっと過ごしていきたい。二人で……」

 

「恵那ちゃん……」

 

 桜さんの腕が、私の背中に回る。その手は温かくて、力強くて、優しくて……。

 

「ありがとう……。私も、恵那ちゃんが好き……」

 

 私も桜さんも、大きな涙の粒をこぼしていた。

 

 

 

 

「実はね、恵那ちゃん。私も、恵那ちゃんのこと、前から好きだったのよ」

 

「えっ?」

 

 夜。同じベッドの中で桜さんが漏らした言葉に、思わず声を上げる。

 

「でも私は、誰かと幸せになる自信なんてなくて。だからいつも、一人でいた。私が、一人旅が好きなのもね、そのせいなの。高校の時のその彼女が、旅好きな子で、二人で色んな所へ行ったわ。私は、ずっと、彼女の影を追い続けていたんだと思う」

 

「……」

 

 桜さんが旅好きなことに、そんなわけがあったなんて……。

 

「この宿も、実は、彼女と二人でいつか行こうと約束してた場所なの。だから私にとって、ここは特別な場所」

 

「そうだったんですか……」

 

 ここは、桜さんの思い出の場所だったんだ……。

 

「でもね、恵那ちゃん」

 

 桜さんが、そう言って私の方を向く。私は思わず、ドキッとしてしまう。

 

「恵那ちゃんに出会って、私は、前に進まなくちゃいけないと思ったの。過去に縛られているままじゃ、駄目なんだって。だから……」

 

 桜さんが、そう言って微笑む。

 

「だから……、恵那ちゃんを誘ったのよ。いつか恵那ちゃんと二人で、ここに来たいって思ったから」

 

「え……?」

 

 突然の言葉に、頭が理解に追い付かなかった。だけど、次第に桜さんの想いが伝わってきて、思わず赤面する。

 

 桜さんが、思い出のこの場所に来るその相手に、私を選んでくれたのだと。

 

「恵那ちゃん……、好きよ……」

 

 お互いの手を絡め合う。

 

「私も……」

 

 そして、くちびるを重ね合わせる。

 

 そのまま、新たな思い出を上書きするかのように、二人、身体を寄せ合って、瞳を閉じた。

 

 

 

 

「あ、斉藤。ちょっと待て」

 

 学校の廊下で、後ろから声をかけられる。振り向くと、リンだった。

 

「今度、みんなでまたキャンプ行こうってよ。今、大垣が計画立ててるとこ。斉藤も行くだろ?」

 

 スマホのメッセージを見せながら言ってくる。だけど……、

 

「あー、ごめんね。私、しばらく都合つかないんだー」

 

「何だよ、私は無理矢理誘っといて」

 

「ごめんね、リン」

 

 

 

 

 土曜日。私は、いつものコンビニの駐車場にいた。

 

「恵那ちゃん、お待たせ」

 

 時間ちょっと前に、桜さんの車がやってくる。私は助手席に座ると、コンビニで買った温かい紅茶を差し出した。

 

「手、冷えてると思って。これどうぞ」

 

「あら、ありがとう」

 

 紅茶を受け取って、桜さんが微笑む。それだけで、私の心まで温かくなる。

 

「じゃあ、行こうか」

 

「はい」

 

 

 

 二人、桜さんの車で出かける。

 

 桜さんのこれまでを、取り返すかのように。

 

 

 私と、桜さん。二人の未来は……、

 

 ここから始まっていく――

 

 

 

                      終わり☆

 

 

 

 

 




『おまけ♪』

「え!? 坐望の宿……、大人二人で一泊、7万円!? ……私、バイトして返します……」

「いいのよ。私が誘ったんだから」

「でも……」

『そうね……。じゃあやっぱり、払ってもらおうかしら。恵那ちゃんの、カラダでね♪ うふふ♪』

「きゃー!! 桜さんのエッチ~♪」


 
「恵那ちゃん……、全部聞こえてるわよ……」

「はっ!? いつの間に背後に!?」


        注:『 』の部分は恵那ちゃんの妄想による、一人言です。

  
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