オスのオークがいることに興奮したり、上級魔法で農業して宇宙を背負わせたり、リムルがイングラシアにいる時に紅魔族流の時候の挨拶を書いた手紙を送ってブチ切れられたり、そん感じのネタ集。
我が名はねむねむ。紅魔族随一の天才であり、いずれ最強へと至る者。
里での私の日常は、酷く退屈だった。代わり映えのない生活はつまらないし、皆が私を天才だと褒め称える。そんな事は言われなくても分かっているのだ。
紅魔族随一の魔力量。上級魔法だって連発してもガス欠にならないほどで、将来は最強のアークウィザードになる事は確定している。
まったくもって、面白くない。
外の人は紅魔族よりも弱い人が多いようだし、私の人生はセピア色以外に染まる事はないのだろうな。
ああ、私の人生を色鮮やかにしてくれるような、そんな人と出会えたなら――
「――と、そうして出会ったのが見通す悪魔こと吾輩である」
「いやあ、昔のことを話されると少し恥ずかしいね」
「へえええー? ねむねむにも、そんな恥ずかしい過去があったんだなあ? いやー、会う度にからかってくる癖にお前の方が随分拗らせて、」
「かっこいい!」
「……え?」
ウィズ魔道具店。
友人を訪ねて行った先では、先日紅魔の里に旅行に来ていたサトウカズマと、天才の名を譲った愛弟子めぐみんがいた。
バニルと知り合いだという事に驚いて、友人であることを明かせば妙に納得していたサトウカズマに『パラライズ』を仕掛けたところでめぐみんに止められた。
そうして、何故バニルと友人になったのかと聞かれたので誇張ありの大盛り上がりの舞台をバニルが演じたというわけだ。
その結果、私はめぐみんにキラキラした瞳で見上げられることになった。
「かっこいい、かっこいいですねむねむ! 紅魔族の琴線的にビンビン来ますよ! 流石は我が天才の二つ名の前任ですね……!」
「ふっふっふ、そうだろうとも。何せこの私は、紅魔族随一の考古学者であり、かつての自分を打ち破りし者だからね」
「あ、うん。紅魔族的にこの痛々しい過去は全然アリなんだな、わかりますん」
何故か梅干しを食べたような、しわくちゃの顔をしたサトウカズマ。まあ外の人にこのカッコ良さが分かるとは思っていないさ。
里の人達と外の人達の認識の差というものは、ちゃーんと理解しているとも。何せ私はかつてバニルと共に世界を駆け抜けたんだ、それくらい熟知しているよ。
やれやれ、このカッコ良さが分からないなんて、外の人は人生の半分くらい損してるよね。
「ま、それはともあれ。バニル、約束の物は何処に?」
「うむ。忌々しい水の女神と物騒な幸運の女神を目を掻い潜るのは苦労したので、是非とも成果を出して欲しいものであるな。ほれ、これが例の神器だ」
「おお、持ち主を失って尚感じるエネルギー……うん、間違いなく神器だ。よしよし頂いていくよ」
銀色の懐中時計は、注文通り時空間系統の力が込められているはずだ。この世界の成り立ちなどはもはや既に理解出来ているので、異世界人と思われるニホンジンの残す神器はとても有意義な玩具だ。
神々について知ることができるし、こうして神器を蒐集していると、コンタクトをとってこようとする異世界人も現れる。その人物から異世界のことも知ることかできる、一石二鳥だ。
「え、それいいのか? というか神器はそれを貰った人にしか使えないはずじゃ?」
「私は神器の調整が可能でね、調整すると持ち主でなくても神器を使えるようになるんだよ」
「は? チートじゃねえか……あっ、それってもしかして俺にも……?」
何処か期待するような目で見てくるサトウカズマには残念だが、期待には応えられない。
「当然、調整すれば基本誰でも使えるであろう。こやつが持つ神器コレクションはそれはもう冒険や旅を便利にする物が沢山ある。もはや今までのような生活には戻れない! という悲鳴まで上がる程であるな」
「お、おおお!」
先程のめぐみんのような瞳の輝き具合に、バニルが愉快そうに口を歪ませる。私は優しいので、友人が面白いことをしようとしてるのを察知して、黙って待ってあげることにした。
「が、俺TUEEEを期待する小僧は筋力も体力も使用制限には全く届いていないので、今回はご縁が無かったということで……」
「ここまで期待を持たせておいて!?」
「君のような体の弱い人が使うと腕の一本や二本が簡単に吹き飛ぶからね。他でのご活躍をお祈りさせて貰おう」
「ち、チクショー!!」
涙目で怒るサトウカズマを指さしてゲラゲラ笑うバニルを微笑ましく眺める。友人が笑顔だと私まで嬉しくなるね。
めぐみんが呆れた顔でこちらを見ているが、まあバニルも私もこれがいつも通りなのだ。めぐみんもそれを理解しているからか、ため息を吐くだけだった。
「さて、もう少し遊んで帰りたい気持ちは沢山あるんだけれど……こう見えて忙しくてね」
「いやお前里のニートと同じで普段仕事してないって聞いたけど」
「し、失礼な! 天才で最強な頼れるアークウィザードと名高いこの私を里のニート共と一緒にするな!」
復活したサトウカズマがとんでもなく失礼なことを言ってきたために憤っていると、ウィズ魔道具店の扉が勢いよく開かれた。
「賞金首のねむねむだな! 詐欺行為、悪魔に与する行為、名誉毀損、王侯貴族への度重ねる不敬行為、その他余罪により――」
「――では私はこれで失礼する!!!」
「ああっ、また逃げられた!」
神器をうっかり暴発させてしまった。
それは覚えていたので、そこが自分の家ではなくご近所の家の中だったとしても驚きはしなかっただろう。
しかし、目の前に上半身裸の男がいれば話は別だ。
「助けてえ! 犯される!」
「ええっ!?」
当然、大声で助けを求める。
子供でも知っている、変質者への対処法である。
「どうしたっ!?」
が、慌てた様子で入ってきたのはスライムだった。
何故里の中にモンスターが? しかもスライムなんて近くに生息していないはずなのに。
「町中にスライムとは……芳しくない状況だね……」
スライムといえば、物理攻撃が効かず魔法耐性もある厄介なモンスターだ。正直、耐久戦になるため相手にしたくない。
しかし、このスライムが変質者の仲間である可能性が否定出来ない以上、無視する訳にもいかない。なんて運が悪いんだ。
「ちょ、ちょっと待って。俺達は意識をなくして倒れてたのを保護しただけだから! だから落ち着け、な?」
「……保護? 君達が私を?」
ふむ、状況を整理してみよう。
スライムが人間を保護すること自体、にわかに信じられないが……それは置いておくとして。
よく見れば、私が眠っていたところはサバイバルなら普通の草のベッド。傍には研究中の神器。あと、つい先日怒ったバニルがまとめ買いしろと迫ってきたので買い上げたマナタイトを一纏めにした袋。
テントのような質素な住まいからして、かなり貧乏というか、余裕のない生活をしているのだろう。
……上半身裸なのも、そんな単純な理由だった?
「理解した。どうやら勘違いしていたみたいだね、ごめん。起きてすぐ男の裸が目に入ってきたから、寝込みを襲われているのかと」
「あー、スマンな。もうすぐ服が出来上がると思うんだが。しばらく我慢してくれ」
「うん。こちらも恩人に『インフェルノ』を撃つところだった。いや、説明してくれて助かったよ」
「そっか………ん? 『インフェルノ』?」
何故か不思議そうに首を傾げる……傾げているのか? スライムだから表情というか仕草が分かりづらいな。
表情というとバニルもそうだけれど、彼は口元が見えるからまだ分かり易いのだ。しかしスライムと会話するとなると……まあいいか。うん、気にしない方針でいこう。
「それで、ここは紅魔の里からどれくらい離れているんだい? 出来れば早く帰りたくてね」
「紅魔の里? いや、聞いたことないな。というか、あんた日本人……だよな?」
「……まったく、私を黒髪黒目のへんてこな名前の連中と一緒にしないで欲しいね。見たまえ、この赤い目を! どこからどう見ても紅魔族だろうに! 随分な節穴……あっ、目がない。ごめんね、普通に見えなかったんだね」
「いや見えるけども」
「は??」
ちゃんと見えてその勘違いなんてあり得ないだろう。
サトウカズマのように言うなら、君の目には随分と良いビー玉がついているようだ。
「えっ……いやほら、紅魔族? とか聞いたことないし? だよね、リグルド君!」
「は、はい。そのような種族は聞いた事がありませんな」
「どれだけ常識がないんだ君達は……。ところで君、何で肌が緑色なんだい? 何か変な物でも食べたのかな?」
「いえ、種族的な特徴ですが……ホブゴブリンですので」
「私の知っているゴブリンと違うんだが?」
こいつらは一体何を言っているんだ。
人間と同じ大きさで、こんなに流暢な言葉を喋るゴブリンって何だ。
私の知らない事が目の前で起こっているなんて……考古学者としてアガるな!
是非詳しく聞かせて貰おうじゃないか!!
「あー……何を興奮してるのか分からんが、とりあえず話を聞いてくれるか?」
「うん? どういう経緯でこんなゴブリンが出来上がったのか聞かせてくれると約束してくれるなら、大人しく聞こうじゃないか」
「それくらい別に良いよ。驚かずに聞いて欲しいんだけど、ここは多分お前が元いた世界とは違う世界なんだ」
………………んんん?
………………………………ふむ。なるほど。
「よろしい、理解した。心当たりはある。実は君が突然変異した初心者殺しなんじゃないかと疑っていたけれど、うん。なるほど、異世界か――テンション上がるな!!」
「そ、そうか。思ったより元気そうだな。……初心者殺しって何?」
まず間違いなく、私がこの世界に来たのは神器が原因だ。あれの基本機能は時空間系統。時間に干渉するのはかなり高度だから、今は機能していないだろう。発動したのは恐らく転移タイプのものかな。
しかし、持ち主が死んでしまった事と、私が調整に失敗……いやちょっと突つきすぎたせいで、その機能が暴走して世界を超えて移動できる代物に激変してしまった、というのが有力な説かな。
うん、だが問題ない。
異世界だなんて、私の知らない物で溢れかえっているに違いない。既に私の世界の歴史は全て解き明かしてしまったので、割と暇だったのだ。
ゆんゆんとめぐみんが修行にいったアクセルの街へ遊びに行って、バニルと一緒に住民をからかうのが最近の楽しみだったくらいなのだから。
「おーい、聞いてる?」
「ん、ああごめん。考え事をしていたみたいだ。それで、……何だっけ?」
「いや、ここは魔物の村で人間には多分住みにくいと思うんだが……もし出ていくなら、俺達近々ドワルゴンに行く予定だから送っていくぞ?」
「えっやだ。ここにいる。喋って意思疎通出来るモンスターなんて研究のしがいがあるじゃないか! 嫌と言われても居座るからね」
近くにいたムキムキのゴブリンが怯えたように後ずさった。何故だろう?? 別に危害を加えようなんて思ってないのに。
首を傾げると、目の前のスライムくんはぷるぷると体を震わせて、
「僕は悪いスライムじゃないよ……」
「スライムは凶悪な魔物だから割と悪いモンスターだと思うよ」
「どの世界の話?」
「私の世界の話だけど……魔王軍の幹部にもいたなあ、スライム」
「マジで?」
ぽっかーん、と驚いた様子のスライムくん。
いたよ、デッドリーポイズンスライムが。即死級の毒持ちだから絶対に戦いたくなかったよね。まさかサトウカズマが倒すとは驚いた。まあ指揮官としては優秀だよね、彼は。
魔王軍幹部のスライムについて話すと、スライムくんは感心したように呟いた。
「世界は広いなあ……」
「リムル様も負けず劣らずお強いですぞ!」
「あ、うん。ありがとね」
ムキムキゴブリンくんがスライムくんを持ち上げる。慕われてるらしい。いや、それにしても……。
「……ふーん、リムルっていうんだ。いい名前だね」
紅魔族の琴線的にビンビンくる。
誰に付けてもらったんだろう、紹介して欲しい。
「はは、ありがとう。そういえば自己紹介してなかったな。俺はリムル。リムル=テンペストだ。よろしくな」
「よろしくね、私は――」
ん? んん?
……おおっ、これは、久し振りに名乗れる絶好の機会じゃないか!
最近は名乗る相手もいなかったし、これは久しぶりの名乗り。やっぱり異世界は最高だ! 異世界での初めての名乗りだ、カッコよく名乗らないと!
私は顔の前に右手を構え、目を紅く輝かせてマントをばさっと翻すと――
「――我が名はねむねむ! 紅魔族随一の考古学者にして、この世界の全てを解明する者!」
「…………。……馬鹿にしてんのか?」
「最近の外の人は、紅魔族の挨拶にそうやって返すのが流行っているのかな? ちょっと傷付いた……」
森にオークの軍勢が襲ってきているらしい。新しく仲間になったオーガの六人は既に里が襲われ、生き残っているのは彼等だけとのことだ。
なんて可哀想に……特に男四人は凄惨な現場を見てきただろうに気丈に振舞っている。健気がすぎるね、涙が出そうだ。
オークに襲われて服を剥かれて精根尽き果てるまで搾り尽くされる知り合いを見て来たというのに……。よく頑張ってるよね、本当。
軍勢と呼べる数のハイブリッド雌オークとか悪夢でしかないだろうに。よく発狂しないでいられるね、サトウカズマですら襲われた直後は大分大人しかったと聞くのに。
「それにしてもよく無事だったね、捕まらなかっただけ儲けものだよ」
「いいや、俺達だけおめおめと逃げてきて……あの豚共は、必ずこの手で殺してやらないと気が済まない」
殺意高いぞベニマルくん。
しかしレイプ現場を見たはずなのによく戦意喪失どころか殺意を研ぎ澄ませられるね? むしろ逃げられただけでも褒められていいと思うけどなあ。
対オークの作戦会議に向かう道すがら話しかけたベニマルくんは責任感の塊だったようだ。
作戦会議が始まってオークの出方などを話し合い、意見を出し合って、そしてこちらが出す戦力の話に変わった時、思わず口を出してしまった。
「は!? 何を言ってるのか分かってるのかな? こんな戦力でオークと戦うつもりなんて……!」
「少数精鋭だよ。負けそうになったらすぐ帰ってくるし、女子供は留守番――」
「バカを言うんじゃない! 男が留守番で女が出るべきなのに、何でこんな馬鹿な布陣を考えたんだ」
「いやいやいや、ねむの方こそ何を言ってるんだ?」
「だから! 男だけで戦おうなんて無謀だって言っているんだ! しかもこんな数で! ハイブリッド雌オークに押し倒されて死ぬまで精子搾られるに決まってるじゃないか!!」
「なんて???」
背後に宇宙を背負ったリムルがそんな事を言うので、懇切丁寧にオークについて説明した。
オークは性欲旺盛で、雌オークに精子絞られて既に雄オークは全滅していること。そのため雄を求めて雌オークが他種族を襲うようになったこと。それにより雄の取り合いが起こり、様々な種と交わったがためにとんでもなくハイブリッドな雌オーク個体が現在に残っていること。会えば最後、死ぬまで雌オークの性処理に使われるだろうということ。
リムルは真っ青になっていたし、場の空気も凍って会議メンバーも今にも吐きそうな顔色でぎゅっと股間を抑えていた。
オークの脅威を理解してくれたところで、戦力の変更を……。
「ま、待ってくれ。ねむ殿の世界のオークはそうかもしれないが、この世界は違うんだ。そんなオークはいないから」
「そんな訳ないだろう、オークだよ?」
というかさっきまでねむで呼び捨てだったのにいきなり殿を付けられたんだが。
ベニマルくんが真っ青な顔で必死で首を振って説明してきた。
曰く、オークだけではなく普通のモンスターも男女同程度が基本であり、そんな末恐ろしい種族はいない。戦うというのはシモの意味ではなく普通に戦闘的な意味であって変な意味は無い。
「そ、そうなの? 本当だな? 信じるぞ?」
「本当ですから信じて下さいリムル様!」
青い顔で言い募るベニマルくんの様子に、リムルはようやく私の世界のオーク像を捨てたらしい。ほっとした様子でベニマルくんが胸をなで下ろした。
「……いるのか? 本当に、雄のオークが」
「あ、ああ勿論。なんならねむ殿に、ソウエイと一緒にこっそりオークの進軍の様子を見てもらっても……!!」
「欲しい」
「……え?」
ベニマルくんが何か言っているがどうでもいい。
私は机を強く叩いて立ち上がる。そのまま机の上に乗り出し、この場の最高責任者であるリムルの肩を掴んだ。
「私は!! 雄の!! オークが!! 欲しい!!」
「えっ、う、うん」
「戦争だから捕虜は必須だ!! 必要だろう、活きのいい雄のオークが!! 私のために連れてくるんだ!!!!」
「え、いやそれは、」
「――『インフェ』」
「分かった分かった! 出来たらな!?」
「へええええ! これが雄のオークか! 逞しいねえ、かっこいいね! まずは君はどんな事が出来るのか教えて貰おうか!!」
「すまん。すまんゲルド……ねむの気が済むまで付き合ってやってくれ……」
「これ、人手が足りないんじゃないかな」
「……分かる? ちょっと広く確保し過ぎたんだよな」
食料は国として必須だ。
それにしてもこの広大な土地を耕して農作物を育てるのはかなりの人手がいるだろう。土地建設している最低限の人員を引いて全員でやっても、なかなか難しいはずだ。
人力っていうのは効率が悪いから仕方がないとは言えるのだが。
「……人手が足りない部分は私がやろうか? 魔法を使えば簡単だよ」
「え、農作業に使える魔法があるのか?」
「当然だとも。紅魔の里は皆が上級魔法を使うアークウィザードだよ? 農家だってアークウィザードなんだから」
「そういえばそうだったな。うーん……じゃあ、頼んでいいか?」
「どーんと任せておくといいよ」
胸を張ってそう言えば、リムルが「早まったかもしれない」という顔をした。なんだその顔は、どういう事なのか詳しく聞こうじゃないか。
不満げに唇を尖らせると、リムルは苦笑した。
次の日。
農作業をする日になって、皆が忙しなく働き始めた。そんな彼らを眺めて、私は木陰でのんびりとお茶を飲む。
しばらくすると、麦わら帽子を被った呆れ顔のリムルが近付いてきた。
「うん? どうしたんだい、もう終わったの?」
「終わってねーよ。お前なあ、皆働いてんのに一人でお茶飲んで……魔法使って作業してくれるんじゃなかったのか?」
「だってすぐ終わるし……。ちょっと派手だから、作業する皆の迷惑にならないように、君達の仕事が終わってからやろうとしてるんじゃないか」
サボってると思われるのは心外だ。
じとりと睨むように見上げると、リムルは疑わしげな顔でこちらを見てきた。
「何かなその顔は。もしかして疑ってる? だったら今すぐやってあげてもいいんだよ、事前準備もバッチリだからね」
「…………ほんとにすぐ出来るんだろうな?」
「出来るよ、当たり前だとも。私がやり終えた後は作業が出来ないだろうけどね」
リムルは少し悩んだ後、何かを確認しに私から離れていった。
その時間、私は日向ぼっこをして迫り来る眠気と戦いつつ気持ちよく微睡む。里でもよく家の中に籠っていたけど、たまに外で太陽を浴びるのは悪くないかな。
「あ、こら、何寝てるんだ。皆いい所まで終わってたから、今からねむが作業するんだよ!」
「む……わかったよ。もう退避してくれたんだったら、すぐにでもやるさ」
リムルに肩を掴まれて揺さぶられ、私は欠伸を噛み殺して立ち上がった。と言うか判断早いなあ、まだ時間そんなに経ってないのに。
こっちが私の作業範囲だと、リムルに手を引かれて連れていかれると、……うん大分大きいね? これだけの広さで人手が足りなかったのか。ちょっと広くとりすぎだよ。
「じゃ、始めようか。種はこれでいいのかな」
「ああ。いけるか?」
「問題ないさ」
リムルを後ろに下がらせて、杖を片手に詠唱を始める。まあ、そう時間はかからないけど。
「我が魔力を糧に、この地に大いなる豊穣を与えよ! 『アース・シェイカー』!」
魔力を込めて発動したその魔法は、大地をうねらせる。私の前には、耕された土地が広がった。
「大気よ、風よ、荒れ狂え! 我が意のままに! 舞い上がれっ! 『トルネード』!」
空を震わせ、ぶわりと吹き付ける風は種を空に舞い上げて地面へとシュートしていく。ダイナミック種まきである。この快感、たまらないな!
「我が全能なる力はこの世の摂理すら曲げ、天候をもこの手に収める! 『コントロール・オブ・ウェザー』!」
事前にあらかじめ雨雲を呼んであったので、上手いこと、というか思った通りになった。しとしとと雨が降り始め、畑に水がまかれる。
これにて農作業は完了である。いやあ、いい仕事した。笑顔で後ろを振り返ると、訳が分からないといった風でこちらを見る、宇宙を背負ったテンペストの住人達。
そして、頭が痛そうな顔で私を見るリムルがいた。
「お前みたいな奴は、絶対に農家じゃない。魔法使いだ……」
「? そりゃあ、アークウィザードだからね」
「そうじゃない。そうじゃないんだよ。あと、お前もう農作業手伝うの禁止な」
「こんなに役に立ったのに???」
「世界に……拒まれた……」
「元気出してくださいっす、ねむさん。自分もよくやる失敗っすよ」
「私が凡人と同程度だというのか……? このっ、刀の鞘の分際で、身の程を弁えるがいい!」
「何で今自分のこと貶したんすか???」
「何やってんだあいつら」
地球ではない世界の異世界人、ねむ。本名はねむねむとかいう正気を疑うような名前なのだが、本人はその名前をカッコいいと思っている節があるので反応に困るのが正直なところだ。
そんな彼女は、アークウィザードを生業としている者達が暮らす集落、紅魔の里からやってきた。紅魔族とは、その血筋から魔法使いとしての才能を持つ者だけが生まれる強者揃いの一族だ。ただ謎が多く、興奮したり本気になったりすると目が紅く輝いたりするし――何よりセンスが謎である。
芝居がかった言動が常だし、1番に気にするのがカッコ良さ。ねむが着けてる眼帯のくだりでは妙に凝った設定にちょっと興奮していたら、実はただのオシャレだとか暴露された時は軽く耳を引っ張ってしまったが叩かなかっただけ我慢した方だと思う。
そんな彼女は、今現在ゴブタの持つ刀に躍起になっていた。鞘から出るビームに紅魔族の琴線的に引っかかったらしい。
わあわあ一頻り騒いだ後に自分でやってみたくなったそうで、ゴブタに借りて使おうとしているのだが、……あの様子から見るになかなか上手くいっていないようだ。
「しかし世界に拒まれたって……カッコつけるにも盛りすぎだろ」
「いえ、リムル様。いつもの言動から勘違いするかもしれませんが、かなり正鵠を射ていますよ」
執務室の窓で頬杖をつきながら二人のやり取りを眺めていると、シュナが苦笑混じりにそう言ってきた。
どういう事かと視線を向ければ、シュナはねむを掌で指し。
「ねむ殿は異世界人であり、魔法使いでもあります。ですから、彼女には彼女の魔法理論があるのです。しかし、それはこの世界の魔法とは全く異なる体系の理論術式です。魔力はこの世界でも取り入れられるようですが、その出力方法は全くの別。要するに、この世界の魔法とねむ殿は、すごーく相性が悪いということになります」
「あー……なるほどな。つまりねむは、この世界の魔法と関わる物は扱えないってことか」
「そうですね。ですから、位の高い魔法使いであるのにこの世界の魔法には全く触れられない。魔法使いにとってそんな状態では、世界に拒まれたといっても過言ではないのでしょう」
なるほど。そういう事なら、ねむの発言にも納得できる。そんな状態でも諦めずに挑戦する姿勢は、尊敬出来るものがあるな。
シュナに向けていた視線をねむとゴブタに戻せば、ねむは鞘を地面に叩きつけているところだった。
「我が力とならぬ鈍に用はない。鉄屑は鉄屑に還るがいい! 『カースド・ライトニング』!」
「わああああああ!! 何するんすかああああ!?」
「…………何やってんだあいつら」
二度目になる言葉に、シュナから返ってきたのは苦笑だった。
この手紙が届く頃には、既に私はこの世にいないだろう――
そんな言葉から始まった手紙は、俺を動揺させるには十分な威力を持っていた。
紅魔族は性格はともかく能力だけは非常に優秀な一族なのだ。ねむに里の人達の話を聞いたところ、ほぼ百発百中の凄腕占い師がいたとか。ならば、ねむにだって占いくらい出来ても有り得なくはない。
ならこの手紙は、未来を予知してそれを変えることは出来ないと悟ったねむからの、緊急事態を告げる手紙なのではないか?
既に教師としての仕事はほぼ終わっている。残りの仕事は後任に投げ出し、子どもたちへの挨拶も簡単に告げ、俺はテンペストへ急いで戻る事にした。
「……ねむ。今、なんて?」
「うん? だから、その手紙はただの近況報告を記しただけだよ?」
テンペストはファルムスの襲撃を受け、俺が帰った頃には仲間は大勢死んで、ねむも重傷を負い意識不明の1人だった。
俺が魔王に進化して、目覚めたねむの元に駆けつけたらこれだ。
「いや……いや、見ろよこれ! 手紙にはちゃんと、『この手紙が届く頃には、私はもうこの世にいないだろう』って書いてあるし、現にお前は死にかけで」
「いやそれ紅魔族の時候の挨拶なんだけど……しかしまさか時候の挨拶が現実になるとは。驚いたなあ」
「お、おま、おまえ、俺がどれだけ――」
「……? どうかしたかな?」
「反 省 し ろ!!!」
「な、何でそんなに怒ってるんだ……」
ベッドの上で、困惑気味に俺を見上げるねむの頬をぺちりと軽く叩いて、睨みつける。
あんな手紙を送り付けられて、俺がどれだけ焦って、心配したと思ってるんだ。死に体のねむを見て、今まで通りには戻れないと、どれだけ無力感と絶望に襲われたと思ってる。
……あんな思いは、もう二度と御免だ。
「ふーん、正統派の宗教なのか」
「ねむの世界は宗教に正統派とかあるのか?」
「うん。アクシズ教といってね、マイナーなのに知名度は国教レベルだったよ」
「マイナーなのに……?」
マイナーなのに。
ルミナス教という宗教団体と和解し、酒の席が落ち着き始めた頃、縁側に並んで座って、私とリムルは話していた。
後ろの方ではまだワイワイ騒いでいるが、何名かは既に寝落ちしている。こうしてリムルと話していても誰も奪いに来ないあたり、騒ぎ具合がよく分かるというものだ。
「アクシズ教は変人奇人が多くて、並のチンピラやモンスターよりも恐れられていてね。『機動要塞デストロイヤーが通った後はアクシズ教徒以外、草も残らない』と言われているほどだ」
「いや、例えがイマイチ分からん。機動要塞デストロイヤーってなに?」
あ、そっか通じないのか。
説明が難しいなあ、この世界の風に言うならどう言えばいいんだろう。
「デストロイヤーはデストロイヤーだ。八本足のワシャワシャ動く、子供に妙に人気のあるやつだよ。うーん、そうだなあ。意思なくて、大地を動き続けて、通る道に居るものを全て蹂躙する魔王、みたいな感じかな」
「アクシズ教ってそんなに強いのか?」
「アクシズ教はプリーストが多いから、対アンデットならともかく通常は別に強くはないよ」
じゃあ何で? という顔をしているリムル。こればっかりは直接会ってみないと分からないかなあ。とにかくアクシズ教徒は強烈な人が多い。
印象に残りすぎるというか、うん。
「魔王軍すらアクシズ教徒には手を出さないという噂もあってね。強い弱いというよりも、性格が死ぬ程面倒というかなんというか」
「何? アクシズ教ってそんなやばい宗教なの?」
「やばくはないよ? ただ……アクシズ教は全てが許される教えだからね。同性愛者でも、人外獣耳少女愛好者でも、ロリコンでも、ニートでも、アンデッドや悪魔っ娘以外であれば、そこに愛があり犯罪でない限りすべてが赦される。という教えが基本でね」
「とんでもない宗教じゃねーか」
まあね、普通の人はそう思うだろうね。当事者ではなく、傍から見てる分には面白くて好きなんだけど。
バニルとつるんでいるからか、いっつもアクシズ教徒には出会い頭に『セイクリッド・エクソシズム』をかけられる。その後にあれっ? という顔をされるのが常だった。いやもう慣れたけどね。
「あはは。まあでも、君には居心地が悪い宗教だろう」
「俺だけじゃなく普通の人には皆が居心地悪いと思うけど?」
「アクシズ教の教義にこうある。『魔王殺すべし、悪魔しばくべし!』」
「…………悪魔はしばくだけなのに、魔王に対しての殺意高くないか?」
複雑そうな顔をする新人魔王くんは、ルミナス教の筆頭聖騎士をちらりと見てからそっと距離を取っていた。
別に彼女はアクシズ教徒じゃないだろうに。
「まあねえ。アクシズ教の総本山であるアルカンレティアに行ったら、さしもの君や魔王でも無傷ではすまないだろうね。もしかしたら殺されちゃうかも」
「物騒な話をしておるな、妾も混ぜよ」
「おっと、気に障ったかな」
「いいや、随分と興味深い話よな。最後まで話すが良い」
魔王ルミナスまで来てしまった。
というか、彼女だけじゃなく意外と皆聞いてるんだね。興味深い、というかリムル様やルミナス様が簡単にやられるわけが無いだろう、という不満げな顔が多い。
ううん、じゃあとりあえずアクシズ教徒がどんなものか、例を上げた方がいいかもしれない。
「ふむ。じゃあ、アルカンレティアでよくある事を話そう。リムル、君の前で幼い女の子が転んで、持っていたリンゴを道にぶちまけたとしよう。君はどうする?」
「そりゃ、リンゴを拾って渡してあげるだろ」
「うんうん。そうすると彼女は感激して、君に名前を聞いてくる。文字ではどう書くのかと聞いてきて、彼女は持っていた紙とペンを差し出す。君はどうする?」
「名前を書く」
「ちなみにその紙はアクシズ教の入信書となっています。おめでとう、晴れて君はアクシズ教徒の仲間入りだ」
「は????? なんで??????」
「次に、ルミナスさん。君はアクシズ教徒ではなく、国教のエリス教徒だとする」
「ふむ」
「君はアルカンレティアに着くと、君がエリス教徒だと知らないアクシズ教徒に熱心に入信を勧められる。『アクシズ教に入信しませんか? アクシズ教に入ったら恋人ができた。宝くじがあたった。などなど嬉しいことがたくさん起こります! どうですか? 今なら入信するだけでこの石鹸洗剤を差し上げます! どんなステータス異常だって治りますし、それに――食べられるんですよ!』さて、君はどうする?」
「石鹸が食べられる訳があるまいに。エリス教徒だと名乗って散ってもらうわ」
「エリス教徒だと名乗った瞬間、彼等は唾を吐いてスタスタと去っていきました」
「はぁ???」
「アルカンレティアでエリス教徒と名乗ると、そういう対応をされるんだよね。ちなみに飲食店に入ると特別サービスで犬の皿に骨をのせたものを床に置かれる」
「何じゃそのイカれた街は。滅ぼせ」
異世界の魔王にすら滅ぼせと言われるあたり、アクシズ教徒っていうのは罪深いなあ。
「ふはははは! 魔王になって異世界の魔法も軽く捻れるだろうと慢心していたかな? 残念、私も日々進化していたのでした!」
「な、なにそれ……今まで見たことない威力だったんだけど……」
「ふっ。これこそが、人類最強の魔法――爆裂魔法さ。この世界に合うように改良したこの魔法、君に防げるかな……?」
「………………カッコつけてるところ悪いんだが、なんで地面に伏せたままなんだ?」
「爆裂魔法は最強の魔法。それ故に消費魔力も甚大であり、要するに魔力不足で動けない。抱き上げて連れて帰ってくれ」
「ダッッッサ」
「だ、だだだダサくなんかない!!!」
魔王城の近くへピクニックに行って騒いだ後に魔王城にバカスカ魔法撃ち込んで、魔王軍が出てきた瞬間に『テレポート』で里に帰る話とか
里では魔王の娘の様子が見れる観光スポットがあって云々とか
ダンジョン創る時はねむが「安楽少女を設置しよう!」と言い出すとか
またはダンジョンのラスボスであるヴェルドラに「バニル式ダンジョン愉悦攻略(される側)」を布教してやってもらおうと計画するとか
入れようと思ったけど断念したネタ。