生命活動の危機の様な極限状況に置かれた生物は、何時だって通常時ではありえない力を見せる。その力は単純な筋力だけでは無い、知力や行動力など様々である。しかし、もし仮にどの様な状況下でも一切生命活動の危機に侵される事のない生物が存在したとしよう。その生物は限りなく完璧に近い、それこそ生き物としては最大レベルの完成形であり、生物の限界点である。
完璧に近い。それは逆説的に捉えたら、完璧ではないということでもある。
「今日もいい天気だね!」
もう、私には何も見えない。空も太陽も光も、
「──────。」
もう、声も聞こえてこない。
じき意識も消えてしまうだろう。完璧な生物というのは何者にも命の危機に犯されず、力を出すこともない。それは通常の力さえも出さないという事であり、出す必要もないと言うことである。
生物は必要ない事柄は全て排除する傾向にある。人体から老廃物が排出されるのを想像してもらったら分かりやすいかもしれない、もしくはライオンなどの動物社会で雌の取り合いに負けた雄はひとり孤独に死んでゆくのを想像したほうが分かりやすいかもしれない。厳密にはそのどちらも見当違いなのかもしれないが、大まかな見解は変わらないだろう。ここで一番重要なのは『必要なければ消えてゆく』、それだけなのだから。
完璧を持つ生物には目も耳も、果ては考える事さえも必要としない。そのどれも生き物が自身の生存のために生み出したものであるから。
そういえば漫画やアニメなどに出てくる悪役はこぞって最強の存在になろうとしていたが、本当の頂点は自意識過剰で自己中心的な悪者がなるべきではない。これは別に彼らの野望を否定しているのではなく、心から心配しての言葉だ。
私のようにはなるなよ、後世の人間達に伝えたいだけなのだ。
チートも行くところまで行けば面白くなくなる。もしゲーム等であらゆるチートが許されていた場合、最終的行き着くチーミングはフルオート化だろう。
人は眠るが機会は眠らない、眠っている間にソシャゲの周回をコンピューターが勝手にやってくれたら、また時間がない時もログインだけでも勝手にしていてくれたら、その程度なら可愛いものだ。それが何時しか自分は別の事やってゲームはコンピュータに任せように変わり、最終的どんどん記憶から薄れていき、完全に忘れてしまう。
それでもコンピュータはゲームにログインをし、周回を続ける。完璧なチートは人から忘れられてしまうほど、面白くないものである。
チートも生物も、完璧にまで到達してしまったら何も残らない。一応コンピュータが周回したデータも残るかもしれないし、生物でもそれまで生きた痕跡は残るかもしれないが、それもいずれ廃れていき、後には何も残らないのだ。
ここまで言ってしまえば何も隠す必要はないので述べさせてもらうが、私は完璧だ。誰がなんと言おうと、私が今までに述べた事柄に当てはまる部類の完璧だ。正確には完璧に成りつつある不完全な存在であるが、いずれ完璧に至るのなら誤差の部類だろう。どうせ完璧に至ってしまったら、意思を持って何かを語ることもできないのだから。何者にも脅かされない完璧とは、何もなさない無と同義であるのだから。
今はまだ、私の意識がある。先程述べた通り完璧でも、チートならデータが残るし生物なら痕跡が残る。なら私は痕跡を残させてもらおう。私の意識が生きている内に、私の経験したことを語らせてもらおう。
これから私が語るのは、不完全の物語。
不完全ながらに努力し、力を見せ、やがて完璧に至る物語。
何時まで私の意識が続くかは謎だが、続く限りは物語を『紡』がせてもらおうか。
□■□
生きていても無駄なんて思うことが時々ある。昔も今もその思いが心の奥底から浮かび上がってくることがあるのは変わらないし、実際に無駄だったこともある。
しかし最近は無駄だと思うことはあっても、それで諦める事はしなくなった。諦めず、再び立ち上がって前を向いて進むようになった。きっとこれも、彼のお陰なのだろう。前を向いて進めと言ってくれた、彼の──
開始早々唐突であるが、私は転生者である。読んで字の如くの転生者。私の転生は宗教的な意味合いを持つ輪廻転生や神様転生では無いと明言しておこう。死神を名乗る者による魂の遊戯は決して許してはいけないものであり、そもそも自称死神なら相手が神などと証明することができないのだから。
自分の転生は一切宗教とは関係ない、死神を名乗るも者は神などではない。私はその事だけを断言したのであって、神の存在を否定しているわけではない。どちらかといえば、神とは身近な存在であったと言える。過去、それこそ転生前は数多くの神に囲まれて生きていたのだから。
まあ、既に過去など語る意味もないし、自称死神以外は一切の関係が絶たれてしまったのだがな。それに、唯一過去で関わりのある自称死神にしても、本当に関係があったのかでいうと謎が残るのだ。本当に残っていたのは謎ではなく、矛盾だったのかもしれないが。
それも全て今語る事ではないのだがな。
蛍の光を夜空に見立てて感動するのは人間の発想力の賜物だ。何事も別のものに例え、より良い結果を求めていく志には好感が持てる。
点滅する光。常に揺らぐ光。何時までもずっと奥で輝き続ける光。
最後のは蛍ではなく、本物の夜空の星だった。何処までも青白い光を私の網膜に届けてくれる若い恒星だ。何時かは潰えるかもしれないが、それは私の感覚では考えられないような膨大な年月をその身に宿していた。
私は今、輝く星を背負った夜空の下、数多の蛍の中が生息する川辺に足を運んでいる。
切っ掛けは高校の友人から『村の山奥の蛍川には河童が出るらしいよ』と根も葉もない噂を聞いてからだ。勿論小学生じゃあるまいしその噂は一瞬の内に多数のクラスメイトによって否定された。しかし頑なきに『河童がいる』と言って聞かった友人に、根負けした私は自信が確認してくると提案し、現在に至る。
昔語りは意味はないと先ほど述べたが、このような河童探しは転生前に彼女とした学校の七不思議探求をどうしても連想してしまう。実際その時も七不思議は実在していたし、何処にいるかは別として河童が存在しているのは疑ってもない。
本当にこの世界に存在しているかは別としてだが。
河童の存在には諸説ある。頭に皿を乗せているだったり、相撲好きだったりだ。しかし、この場では河童についての噂の発信源である友人の説を尊重して確認を進めていこう。
「河童は蛍川周辺に生息していて、蛍を主食として生活している。その為、昼間は人目のつかないように隠れている河童も夜になれば蛍を食べに現れる、ね」
何とも面白おかしい内容だ。
これだけでも友人の語った存在は河童と言っていいのかどうか疑問に思う。もういっそ別の妖怪であると言われた方が納得できる内容だった。
それでも一応確認に行く私は他人から見たらお人好しなのだろうか、それとも滑稽な道化か。確実に断言できることは、私は現在友人の為に行動しているのでは無く、自分の欲求を満たす為に行動しているという事だ。只々自己中心的な思いからの行動という事だ。
何も私は慈善事業で行動する聖人君主では無いし、どちらかと言えば先を見据えたメリットデメリットで物事を判断する現実主義者だと自負している。まあ、こんな事ばかりを言っていれば『君は何も見えていないし、何も判断できていない。先を読んで行動する天才を騙っていたとして、どこまで行っても天才になりきる事のできない凡人さ。それこそ君は自分を大きく見せる小動物の様に強がっているだけだよ』と本物の天才に長々と述べられてしまうだろうが。
夜の川への外出に当たってクラスメイトは勿論の事、家族にも咎められることは無かった。クラスメイトと余り深い友人関係は無いし、家族に当たっては全員が放任主義である。父も、母も、姉も、弟も、皆揃って私に対して一切の興味を示すことはない。何が起きようと関わりという関わりが私の家族間で起きることは、これまでもこれからも無いと断言できよう。
それに山中にある川など誰も立ち寄るまい。警察が見回りに来ないのも確認済みだ。
ふと、このまま自然に帰りたいと考えてしまう
自然に生き、自然に帰り、自然と過ごす。
青白い蛍と夜空の星の光。その中に包まれる自分を想像すると何処までも美しいものか。
カシャ、と写真を撮る音が夜の川辺に響き渡る。
カメラは所持していないが、今時写真など携帯電話で解決する。まあ、私はそのどちらも所持をしていないわけなのだけど。
「お嬢ちゃん、それ以上行くと戻ってこれなくなるよ」
私の右隣から聞こえてきた自分以外の誰かの声。残念ながら声で性別を判別できないほど嗄れており、唯一声の主が老人であるとだけ判別できた。
人がいる。先程誰も立ち寄らないと述べたが、早速撤回しなければいけないようだ。私の様な物好きが他に存在したとは世界は広し。このままいくと早めに捜索は打ち切らないといけなくなる可能性も出てき始めた。まだ河童の存在も確認できていないのにそれは御免被る。
私は蛍の光に目を向けたまま口を開く。
「私は友人より河童の存在の合否を確かめに来たものですが、あなたはこの先に何がいるかご存知なのですか?」
「早く戻ってきなされ」
「あの、知っていたら教えていただけないでしょうか?」
「早く、早く」
「あ、あの──」
「早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、手遅れになる前に早く、
生きている間に早く、死ぬ前に早く、早く、早く、早く」
嗄れた声がだんだんと耳障りな甲高い声に変化する。
「早く、早く、早く、濃い魂を早く、複数の世界を生きた者よ早く、達観した者よ早く、人間よ早く、美味そうな匂いよ早く、毒々しい程甘い者よ早く──」
「…………」
異常だ。常識的では無い程異常だ。
「──喰う前に早く、喰われる前に早く」
咄嗟に私は声の方向に振り返る。
「…………」
そこには誰もいなかった。
まるで予定調和の様な、示し合わせていたかの様な終わり方。こんな物を怪談などと宣って良いのかどうかわからない代物であったが、私の中では怪談の一つとして処理しておこう。
それよりも、これで私の目的が達成された。もともと河童の存在の合否など私の目的の正当化に過ぎなかったのだ。本来の私の目的は、この世界での妖怪やそれに準ずるものの存在の合否。結果は、それらの者たちは確実に存在する事がわかった。それを知れただけで充分だ。
この世界が常識外の存在と共に動いている。ならば、常識外の存在であろう死神への対抗手段はきっと存在する。
──今回こそは、お前を倒す。何度も願い、誓い、時に挫けたこの思いは、再度の燃焼にも関わらず勢いが増すばかりだ。
ふと、先程の声の主がいたであろう濡れた地面に、一枚の写真が落ちている事に気づく。
蛍と夜空、そして私の横顔が写っている。とても綺麗に撮れている写真だ。もしこれが妖怪が撮影したもので無ければ絶賛していた事だろう。
濡れた地面に近づき、写真を手に取る。写真をキーにして襲われる事も想像していたが、どうやらそんなB級映画張りの脅かし要素は存在しないみたいだ。
写真をスカートのポケットにしまい込む。
一瞬、もう一度綺麗な川の景色を目にしたい衝動に襲われたが、それをぐっと堪えて家路につく
その後、私は二度と川に目を向けることは無かった
■□■
翌日の話だ。
一応前日は河童の調査という名目で蛍川に出向いた事もあり、私の心情を除いて昨夜あった事を全てクラスメイトに話す。勿論証拠である写真も一緒に皆に見せるのも怠らない。
結局、あれが本当に河童かどうかはわからない。伝承通りの頭に皿があり、相撲好きで、きゅうりが好物の河童だったのか、それとも友人の言うとおり蛍を主食として生活している河童紛い存在だったのか今の私では判別がつかない。ただ一つ、わかる事があるとすれば__
「キャアアアアァアアアアアアッ!?」
クラスメイトの一人が写真を手に持ったまま悲鳴をあげる。
「ちょっと何これ!? 合成にしては綺麗すぎるし、一体何なのよこの心霊写真は!」
声を張り上げて捲し立てる彼女の指先は、写真内の私の周りに漂う蛍を指さしていた。
嗚呼。そういえば思い出した。
「私達は夜の蛍川で河童の真偽を確かめてこいと言っただけで、こんなおかしな写真を持ってこいなんて言ってないわよ!」
この村は昔、大正時代から昭和時代への変換機に大量の工場が建てられ、その影響か村中が工場排気ガスなどで充満していた時期がある。人は公害に犯され、ここでは病気になるのが常日頃だと村人に思われ、次々と村人が村から消えていくのもそう遅くは無かった。勿論人でさえも住めなくなる村に野生の動植物が生息するのはもってのほかだ。動植物が死に絶え、そこら一帯から絶滅した種族もいる。その一つが蛍というわけだ。
蛍川に蛍はいない。もっと早く気づいていても良かった事柄だ。これでは本当の天才が言っていた『君は何も見えていない』が事実になってしまうではないか。いや、そもそも事実であったのかもしれないが。
「ねえ! 聞いてるの!? 返事をしなさい!」
本当に怖かったのは声を発した何かではなく、常に川辺を飛行していた蛍と思われた青白い光だったのかもしれない。今考えれ、ば蛍が青白い光を発する事自体常識では考えられない異常な事だったのだから。
声の主が私を助けたのかもしれない、もしくは違うのかもしれない。
全ての真実は蛍川に置いていったままなのだから。
もしかしたら続きの話よりも、過去談を先に投稿するかもしれませんが、その時はその時でお願いします。
また、感想等を頂けるとこれからの作品向上にも繋がるので嬉しいです。