――かつて、まだ人間という種族が生まれてもいなかった頃。
地上を覆い尽くした植物は、今以上の大きさを誇って茂っていたという。
そんな時でさえこんなモノはなかっただろう。
身体を構成していた枝葉をぐるぐると伸ばして、地中に根を張りながら肥大化する花。
一昔前の特撮作品もかくやという不気味さは言葉にしがたい。
高さはすでに五十メートルを超えている。
ちょとしたビルぐらいなら追い抜いてしまえるほどだ。
頭に特大の花を乗っけて、無数の
「……しかし、でかくなっただけか? 些かつまんねえなッ!!」
純エーテルの羽で飛び上がる悠。
狙ってくださいとばかりに飾られた
なら簡単な話、それをぶった切ってしまえばいい。
少し前までなら位置が高すぎてどうにもできなかっただろうが、純エーテルによる飛行を覚えたいまなら楽勝で潰せる。
「――――って、やっぱそうくるよなぁ!!」
即座に迎撃態勢に移行する木の枝。
ぐねぐねうねうねと曲がりながら、羽虫の腕と同じ要領でそれらが射出された。
「そいつは見切ってらぁ!!」
我武者羅に刃を振り回して悠が枝葉を凌ぐ。
今更な話、彼に戦闘経験というものはない。
得物の扱いだけで言えば第三部隊の面々に手も足もでないド素人。
そんな彼が戦えているのは偏に才能・素質の暴力だ。
余りある純エーテルとその扱いだけで少年は一時的な強者として君臨している。
「――ッ、おい! またかよ
だからこそ搦め手にはめっぽう弱い。
というか搦め手に対する手段がごり押しという時点で絶望的に弱い。
ちょっと伸ばす枝葉の数を増やして手足を縛れば三秒、五秒――長くて十秒間、彼はその位置から動くことができなくなる。
敵のほうもそのあたりをきちっと学習したようだ。
ぐるぐると全身を縛られて「ふんぬぐぎぎぎぃ」と剣を生やす悠。
そして、それだけの時間があれば向こうも追撃を仕掛けられる。
「ごッ――――!?」
土手っ腹から貫くような衝撃が走る。
巻き付けた枝葉もそのままに殴りつける
飛翔時よりも数倍速いスピードで吹き飛ばされた悠は、とんでもない轟音と共に地面へ叩きつけられた。
「ばッ、ご、ばぁ――!? ……ッ、おぼっ、ごぼぉ……!!」
大地に亀裂を走らせる二個目のクレーター。
中心には蓑虫みたいにピクピクと痙攣する男子の姿がある。
羽虫の時より何倍も強い力は彼自身想定もしていなかったろう。
……まあ、単純な話。
色々な理屈とか理論とか様々な観点からそうとは言えない場合も多いのだが。
めちゃくちゃシンプルな考え方として、でかい奴は強いのだ。
「りゅ、流崎――――!? ちょっ、大丈夫かおまえ!? なんか凄いことになってないか? ああもうほら、ハンバーグとかつくれそうだぞおまえの肉で!」
「か、ぁ――――ヒ――ヨ、リィ! おかしな、コト、言ってんじゃねぇええッ!! というか、てめえのほうが無事かよちくしょうッ!! ムネぶっさされてたじゃねえか!!」
「ああ! なんとかっばぁ!? ――――なんとかッ、いける……!」
「いけねえよッ!! 怪我人は大人しくしてな! どいつもこいつも!! でもって!」
「なんだッ!?」
「離れとけ! コレ、解くからよぉ!」
「! わ、わかった!」
さっと離れる妃和を確認して、悠がぐっと全身に力を込める。
「――――ふんぬッ!!」
バギン! と剣山のごとく突き出る刃。
バラバラと断ち切れる枝葉を見る限り、強度のほどはそこまで変わっていないようだ。
これならまだなんとなる――と、悠はいま一度飛び立とうとして。
「……あ?」
剣を握った手の甲に、見慣れないモノをみた。
できものだろうか。
蚊に刺されたときのような腫れ物。
サイズは大きい、というかむしろどんどんと大きくなっている気がする。
「――違ぇッ! これ蕾か!? いや蕾だな!? 間違いねえ! なんでか分からねえが確信できるぞこいつ!!」
その推測通り、腫れ物は肌色から紫色へと変色していく。
人体から生えて異様な膨れ方をする花の蕾。
どういうコトか、と空を見上げれば一目で理解した。
遠く天辺に鎮座する開いた花弁。
そこから垂れ流されている、なにやら大気を曇らせるものは――
『――花粉だと? それでヒトに? いや待て。んなもん植物じゃ……ああいや違う、植物じゃねえ! 化け物だもんな! なんでもありかッ!!』
「――――が、ごほっ! げほっ、えほっ!!」
「! ヒヨリ!」
「りゅ、流崎。なんだか、気分が。というか、息が、できな――くるし――」
「……あのくそ
見れば彼女の身体にはすでに紫色の花々。
ちっ、と舌打ちしながら悠は全身に純エーテルを巡らせる。
普段から
多少の気分の悪さ、頭痛、吐き気、目眩、手足の痺れなんて男にとってはいつものコトだが、純エーテルの悪影響を受けていない少女たちからすれば異常でしかない。
「――――が、コイツもアレだろ。ちょっとばかし別物だが、身体にとっちゃ毒だ」
ごう、と悠の身体から炎のように空色の光が立ち上る。
射撃、噴射の応用で全身から放出した純エーテルは、瞬く間に手の甲の蕾をかき消した。
ついでに、傍で倒れていた妃和の身体からも。
「――す、すまない」
「いいやまぐれだ。気にすんな。悪い。てめえ以外にも効果あるってコトはそういう認識じゃねえな。単純に純エーテルの出力で無くなっただけみたいだ」
「……? 解毒効果ではなく、ということか……?」
「だな。試しにやってみろよ、ヒヨリ。こう、全身からばーっと。出せるだろ?」
「で、できないぞ私。そんなの。というか、そんな使い方聞いたコトもない!」
「諦めんなよ
「無茶だ!」
「無茶じゃねえッ!!」
「いやちょっと二人ともなにイチャついてんのかナァ!? 上ッ! 上ーッ!!」
「「!!」」
見上げた視界には
落雷じみた攻撃は一直線に悠たちへと向かってくる。
「こ、こなくそォ――――!」
「えッ、ほぁあっ!?」
咄嗟に妃和を抱きかかえて地面を蹴った。
背後からは爆発でも起きたのかという衝突音。
ぐらぐら揺れる大地を全速力で駆け抜けていく。
「りゅ、流崎っ、あの、なんだ、あの、あれ」
「あぁ!? なんだよ! はっきり言えはっきり!」
「いや、これ、あのっ、その、流崎? 流崎??」
「それだけじゃ分かんねえ! 俺ぁ馬鹿だからよぉ!」
「――――――っ、いや! なんでも、ない!!」
「そうか!!」
「う、うんっ!!」
特に他意とかはない。
ない筈である、だって落ちない為であるのだし――などと自分に言い聞かせて。
ほっぺたとか耳たぶとか赤いのはちょっとした体調不良だ、たぶん。
「――っとぉ! おいおい! 揃って元気な顔してるよてめえら!」
「皮肉カナー、流崎クン? 私の足見えない? ぶった切られてるんだけどぉー? てかそれお姫さまだっこ?」
「あたしなんざ腹ァ開かれてんぞ……くそがよォ……つうかなんだ、妃和、おまえそれェお姫さまだっこかァ?」
「私も腕ないですよぉ……うぅ……泣きたい……というか、妃和先輩なんでお姫さまだっことかされてんですか……?」
「いや、これは、だって、その。……流崎、が」
ぽつぽつとこぼす妃和に、悠が「うん?」と首を傾げながら彼女を下ろす。
「あん? なんだよ、抱き方が気に入らなかったのか。悪い、急だったからそこまで考え回んなかった。そうならそうと言やあいいのに」
「そ、そういうワケでは、ない、と……思う、んだが」
「?? 歯切れ悪ィな」
「私も、なんだ。ちょっと分からない。なんでだろうな。ほんと……なんだろうな……」
「あっはっは。ギャグかな? でも非常時だもんネー。気持ちはちょっと分かる」
いまや絶滅危惧種を通り越して神話か幻に片足つっこんでいる男女関係だ。
美鶴だってあと十歳若いか、一般隊員のままだったら危なかったろう。
なにが起こるか分からないのが恋愛、青春、果ては人生というもの。
うんうんと何やらのほほん頷く美鶴だが、その足は当然失われたままだった。
色々とヤベえな
「ケド、今は先にやるコトあるのも事実だよ。でしょう、流崎クン?」
「……アテにしてんのか? 言われなくてもぶっ潰せるぜ、あんなの」
「そりゃ頼もしー。でもさっき叩き落とされてたでしょ。あれじゃいつまで経ってもダメだと思うヨ。なにしろあいつ、移動砲台じゃなくて固定砲台に変化したみたいだし?」
それつまり迎撃特化ってコトじゃないの? と美鶴は人差し指を立てて悠に説く。
「……ああ、そういう。すげえ、隊長サン、頭めちゃくちゃ回るんだな」
「お世辞はいいってー。これでもめちゃくちゃガンバッて考えてるの。――でもってぇ、その防御性能をガン上げした相手をどうにかするって場合、ひとりだと単純に分が悪い」
「つまり、なんだ?」
「私たちで露払いしてあげるから、その隙に本体ぶっ叩いてほしいんだよ、男の子」
「正気かよてめえ」
「正気だよ。うん。全然正気。というかこれ以外にないから、可能性とか?」
ギッと悠の視線が鋭くなる。
対する美鶴の様子はからから笑うだけで変わらない。
……その笑顔の奥にとんでもないモノが渦巻いているとしても、表面上は朗らかだ。
「てめえ自分の体のコト分かってんだろ。死ぬぞ」
「そうだね」
「そうだねじゃねえッ! なんだ、自殺願望でもあんのか!? いいから怪我人は大人しくしてろッ! むざむざ命を使い捨てる必要がどこにある!」
「アレを倒せるならお釣りがくるケド、流崎クン?」
「ざけんなッ! やっぱ〝なし〟だ! 頭悪ぃのかてめえ! 俺ひとりでいいッ!」
くるりと背を向けて歩き出す悠。
話にならないと眉間にシワを寄せる姿はなんとも分かりやすいことこの上ない。
言い方の問題はあれ、そこにあるのは彼なりの気遣いだ。
けれども、そんなものは今更すぎる。
彼女たちにとってしまえば余計なコト。
「ふぅーん? 君が四苦八苦してる間眺めてろって言うんだ。酷いナー」
「なんだよ」
「どのみちそれ、私たちは死ぬからね。こんな体であの
「…………あんた」
ひらひらと美鶴が右腕を軽く振るう。
乱雑に破かれた黒い制服の下。
露わになった血液交じりの白い皮膚には、群生するように咲く紫色の花が見えた。
……本当に、正気じゃない。
彼女の顔はすでに真っ青で、気分の良いところなんて声色ぐらいなものだった。
「これ、どうも生気を吸い取ってるみたい。養分にされちゃってるワケだね。あっはっは、植物人間……はまた意味が違うから、人間植物? いやあ、新人類だねぇ」
「アホ言うな。無理してんなよ
「いいよ、どうせ純エーテルのお陰で死にづらいから。それに――――」
「!!」
美鶴が槍を出すより早く、言葉の端から察した悠が後ろを向く。
振り抜かれる鉄潔角装。
木片を散らす剣閃は誰にも阻まれない。
最初は羽虫の槍ですら反応できなかった少年が、いまではこの有り
荒々しいだけの太刀筋に泥臭いド素人の戦闘技術はともかく、呑み込みはとんでもなく良いほうだろう。
だからこそ、美鶴としてはこの人材をここで失うなんてありえない。
「――それに、時間もない。大丈夫、安心して。道はちゃんと拓くから」
「うるせえ、安心なんざできるかよ。……全員守りながらアレ叩きゃ済む話だろ」
「それこそ無理だよ。いまの流崎クンにそこまでの技量はないと思うな? いくらキミが化け物じみた人間だとしても」
「………………、」
「……あとはまー、もーちょっと色々、理由とかあるんだけども? まあ、その辺はね」
口にしたところでつまらない、と美鶴は軽く微笑んだ。
こんなご時世、確固たるものとして頼りたい概念もあれば、すでに風化した知識の類いもごまんとある。
男だから、なんてのは古すぎたらしい。
故にきっと、それは彼が彼であるために。
「――適当な墓しかつくってやれねえぞ」
「いや、それで結構。ほんと十分。最高だよ。ふふ、お姉さん年甲斐もなくちょっと胸がドキッとしちゃった。あっはっは」
「お姉さん?」
「まだ二十一歳だからネ! 私! そんなに老けて見えるカナ!?」
「違えよ。なんならもっと若いと思ってた」
「そっかー! うんうん! いいね! よし! 張り切って死ねそう!」
「……ほんと、正気じゃねえ……」
はあ、と大きく肩を落とす悠。
浮かない表情はそのままに、彼の視線はすでに鋭さを増している。
研ぎ澄まされた五感が伸びていく。
握り絞めた剣の柄がギリギリと音をたてた。
……決断は、きっとそうなる前、彼女との問答を終えた瞬間から。
「あらら、命を賭ける女の子は嫌いかな?」
「馬鹿言え、大好きだ。覚悟があんなら尚更良い。ただ目の前で人に死なれるのは嫌だろ」
「慣れるしかないよ、そのあたりは」
「慣れたくねえな。絶対に」
「そっか。――――預けたよ、流崎クン」
「持っとけ」
「ふふっ、いや。やっぱりいいね。なんとなく妃和の気持ちも察する」
「ああ?」
「なんでも?」
お互いに首をこてんと傾げながら向き合うふたり。
噛み合っていないようで絶妙に噛み合っている話の不思議さか。
――作戦は決まった。
これからの問題はその成否。
遙か上空で咲く巨大花は、当然そんなコトを知らずにゆらゆらと揺蕩っている。
そんな暇が続くのもここまで。
「――んじゃあ、なんだ。正直長ぇし、十二分に
くつくつと、花を見上げて悠は笑った。
「そろそろ
空色の羽を広げて少年が空を翔ける。
ほどなくして訪れる終わりを予感しながら、彼はいま一度笑みを浮かべた。
カーテンコールは遠くない。
どちらにせよ、決着がつくのなら短時間のうちに。
「さぁ――ぶちかますぜッ!!」