純潔の星   作:4kibou

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2/『刀角を顕す』④

 

 

 

 

 

 命を賭ける理由がどこにあるのか。

 人生を捧げる意味がなんにあるのか。

 

 その漠然とした疑問に、鮮烈すぎる笑顔で返した少女を美鶴は知っている。

 

『さあ、そんなのは知らないよ?』

 

 軽い口調で、晴れやかな表情で。

 あまりにもこの時代に似つかわしくない精神(ココロ)を持ちながら。

 

『大体、美鶴は深く考えすぎじゃない? その堅物思考は直したほうがいいナー。うん、だってそうでしょう? 最初からなにもかも答えが出るのなら、私たちが生きてる意味はまったくないワケなんだし?』

『……一言余計だわ。貴女こそ、その短絡的な思考はどうなのよ、境香(きょうか)

『私は私だからこれでいーの。そもそもアレよ、アレ』

『どれ?』

『世界は数学かって話? 公式とか方程式とかマジで意味分かんないよねって、あっはっは!』

『は?』

『おっとっと顔が怖いネ。体調不良?』

 

 くすくすと声を押し殺して笑う少女。

 その態度がどこか気に入らなくて――当時は本当に心底ムカついて――あまり好きではなかった。

 

『……貴女に相談したのが間違いだったようね。もういいわ』

『探せばいいんだよ』

 

 だから。

 その言葉に籠められた想いとか、それこそ重さとか。

 色んなものが溢れた音に、心臓を殴られた。

 

『……探す?』

『分からないのは仕方ないさ。だからって分からないままっていうのは、そうだねぇ……ちょっと違うんじゃない?』

『それは……そうかもしれないけれど』

『だから探そう。命の在処も生きる意味も、それこそ人生の使い道も! そのほうがきっと生きてて楽しいヨ? てか私はそうするナー』

『……しっかりしてるのね、貴女は』

『そうでもないそうでもない。この前とか下着忘れて戦ってたし! おっぱいちょう痛かった』

 

 彼女の個人的な(くそどうでもいい)話題を聞き流しつつ、美鶴は思案する。

 悩んでいたかどうかでいえば、間違いなく己の心情は翳っていた。

 それこそ生涯を賭しての命題かもしれないと思ったぐらいだったのに。

 

『……やっぱり、苦手だわ。貴女』

『え、ちょっ、マジ傷付く……なんで? 相性的な問題? というか部屋も同じで配属先も同じなのにそれ言っちゃうの? あっはっは、つらぁ……』

『…………』

 

 ……本当、なんなのだろう。

 

 ケラケラヘラヘラと笑うだけ笑っておいて、

 笑顔は絶やさないクセして声音に真剣味は乗せて、

 態度も気にくわなければその性質もちょっとアレだ。

 

 他人の悩みを、そこらの雲を吹き飛ばすように晴らしてくれやがった。

 

『……でもさ、ふふふっ』

『なによ』

『イイ顔になったじゃん美鶴。よかったよかった。――うん。そうだね、私、そういう人の顔は見ていたいよ。だから、それが私の探し物かもしれない』

『……貴女の? それって、どんな』

『えー、言葉にするのは難しいナー……あえて言うなら人? 会話? というか、こう、モノのつながりみたいな織物? イマイチピンと来ない……シンプルに、笑顔?』

『笑顔』

『まあ、そういうカンジ。なんて言う(ゆー)か、いいよね。誰かと話して、こうして繋がるワケよ、人間。私、それめっちゃ素敵なコトだと思うんだよね! あっはっは!』

 

 少女の笑い声は続いていく。

 ずっとずっと、彼女の中に響き続けている。

 

 とっくに終わった昔の夢。

 痛みと、心を折りに来た現実を前にそれを見た。

 

 ……本当、なんだったのだろう。

 

 こんな似合わない言葉遣いをして、

 こんな似合わない真似までして、

 もう何年も前に死んでしまった誰かの影を見続けている。

 

 結局彼女は、最後まで探し物を手に入れられなかったろうに。

 

『良いんだよ。私はもう、手にいっぱいだし? 先行くね? あーダイジョブ。心配しないでくれるカナ? これでも、心残りひとつないから! だってさ、こうして生きてきただけで、私の人生は満ち足りてたよ! うん!』

 

 その意味が、あのときはひとつも理解できなかったけれど。

 

 ――ああ、いまなら、すこし分かる気がする。

 

 彼女が求めていたコトも、自分が求めたナニカも。

 どこか遠くにあった願い星は、いつの間にかこの胸にするりと落ちていたらしい。

 だから、

 

「――私も、ようやく見つけたワケだ」

 

 きっとこんなのは自己満足。

 それでもいい、と美鶴は笑って瞼を開けた。

 

 失った足は安すぎる。

 この身体も、この命も、この瞬間に燃え尽きるために残っていれば十二分。

 

 なんでもない自分がそれをするに値する可能性を、この目で見たのだから。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 飛翔する少年に迫る木槍を、美鶴は鉄潔角装を投擲して撃ち落とす。

 

 片足でまったく力の入らないフォームでもなんとかなるのは耐久性の低下だ。

 無理な変化をしているからか、巨大花の枝葉は羽虫と比べて脆い。

 増しているのは質量と手数ぐらい。

 

 一回り以上に太い枝葉と、全方位へと伸ばされる無数の触手が接近を拒んでいる。

 

「――――ぐ、ふぅっ……!」

 

 が、それ以上の問題が撒き散らされる花粉だ。

 吸い込んだ人の肉体を苗床に成長する紫の花は、全身の至るところに咲き誇る。

 

 悠曰く純エーテルで〝燃やす〟コトは可能らしいが、彼女たちにそんな技術はない。

 おそらくではあるが、あの芸当は彼の適性の高さ故に可能な特権行為だろう。

 

 並みの域を出ない人間には再現不可能な代物。

 となると、この花に蝕まれた時点でやりようは決まっていた。

 

 ――彼に燃やしてもらう? ありえない。貴重な戦力だ。

 

 ――全員で生き残る? それも最早ありえない。なにせこんなにも身体はボロボロだ。

 

「……ッ、そう、ありえない、でしょう」

 

 大槍を構えて上を向く。

 

 生きるコトを諦める。

 それはきっと彼にとって、許しがたい選択だった。

 目の前の人間が関係の薄い誰かでも怒ってしまうほどに。

 

 だからこそ、彼女はその行為を良しとした。

 

 優先するべきものはなにか。

 命を賭ける理由はどこにあるのか。

 人生を捧げる意味がなんにあるのか。

 

 いま一度自分に問うて、間違いない答えを叩き出した。

 

 この場で守り抜くのなら、それはただひとつ――

 

「――全員ッ!! 流崎悠を援護!! 彼に枝葉一本触れさせるな!!」

「……ッ、オイオイマジかよ隊長ォ!! 本気なんだなァ!?」

「そうだけど!!」

「どうしてこうなるんですか!? ちょっと!? 説明してください妃和先輩!」

「私に訊くなッ! とにかく――流崎を()()のは、おそらくアリだ!」

「そういうコトッ!! いい!? 男とか女とか関係ないよ! あの子には生きてもらわなくちゃならない!! 絶対に!!」

「根拠はなんだァ!? そこまでやるワケは!?」

「私がそう思ったからネ!!」

「ふざけてんのかァ!?」

 

 声を張り上げながら、脇腹をおさえて立ち上がる竜乎。

 彼女の怪我はいまだ治りもしていない。

 

 わずかだが切られた箇所からまだ血が滴っている。

 おまけにもう紫色の花が咲き始めている始末。

 それは当然妃和と柚葉もそうだ。

 

 この場に於いて、あの怪物を打倒できる者は一人しかいない。

 

「だがよォ! あたしだって戦闘部隊の一員だ! しょうがねえから命ぐらい賭けてやらァ!」

「――――ッ、ああもう嫌ですよぉ! 死にたくないッ! 死にたくないのにッ!!」

「流崎が死ぬのはもっと駄目という話だろう! 大いに賛成だ!」

「そうッ!!」

 

 再生成した大槍をいま一度投げながら美鶴が叫ぶ。

 

 まともに動けるのが妃和と柚葉のふたり。

 そのうち万全の体勢で攻撃できるのは妃和のみだ。

 

 胸を刺されたのは重傷だが、急所を外れたのは大きい。

 残った蝋燭の数でいえば彼女がいちばん多いとも言える。

 

「竜乎はあたしと一緒にここから迎撃! 柚葉は鉄潔角装(ライフル)で狙って! 唯一の飛び道具だからね! 妃和はどう! 流崎クンについていける!?」

「少し厳しいかと! そも、あいつの速度には!」

「じゃあ花の(からだ)! 登れる!?」

「それは、なんとか!」

「よし、ならそのルート! 全員気合い入れていくよ! ここ、まず間違いなく正念場だから!!」

 

 美鶴の声に準じて各々が戦闘態勢に入る。

 

 個人個人の意思はともかく、第三部隊の面々が導き出した結論は同じ。

 守る対象としてではない。

 男だからなんて理由でもない。

 それは至極真っ当な、考えずとも分かるコトとして。

 

 たったひとりで羽虫を斃し、いまなお奮闘を続ける少年。

 

 それが人類にとってどれほど、

 反抗勢力(かのじょら)にとってどれほど、欲しいと願ってやまないものか――

 

「――ほんと、化け物だ」

 

 天才と呼ぶにはあまりにも失礼すぎる。

 神童だなんて言うにはなんとも悪魔的だ。

 

 なにせ彼の才能は真実常識を覆す類いのもの。

 あるべき現実を簡単にねじ曲げる祝福(のろい)の塊を、英雄(バケモノ)と呼ばずなんというのか。

 

 空を舞う純エーテルの翼。

 悠は刃を振り回して高みに鎮座する花へと向かっている。

 

「だからこそ、生きてもらわなくちゃしょうがない――!!」

 

 渾身の力で投げられる大槍。

 肩が壊れるのも、傷口が開くのも無視した捨て身の投擲。

 

 それしかできないからこそ、美鶴はその行為に自身のすべてを焼却する。

 

 生き残るなんて気は毛頭ない。

 ここで死んでも構わない。

 

 そのための命、使い道は揺るぎなくブレないままだ。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

「――――ッ、だああくそッ!! うぜえ! 死ねえ! テメエ何本腕があんだよバケモンか!? バケモンだったなそういやァ!!」

 

 枝葉を砕きながら悠は純エーテルを精一杯に噴かす。

 

 場所は地上およそ三十から四十メートル。

 ビルで言うなら十階相当の高さ。

 

 目的地である花はさらに百メートルほど上空だ。

 必死に飛び上がる彼だが、巨大花も成長を続けている。

 差はなかなかどうして縮まらない。

 

 と、

 

「うおッ!? ――ああ! 隊長サンか! よくやる! 片足ねえのにここまで届くかよオイ! とんでもねえな! 戦闘部隊ッ!!」

 

 真横を通り過ぎる大槍を見ながらニィと笑う。

 彼自身、己がこの場で一番未熟だと理解しているが故か。

 素人目には無茶でもできるものはできる、と強引に示された気がした。

 

「だったらこっちもやってやんよお! 任されたからにはなぁ!! だはははははッ!! もってくれよぉ身体ぁッ!!」

 

 どう考えても無茶で無謀。

 それでも勝手に焚きつけられた彼は止まらない。

 点いた火はなかなか消えてくれないのだ。

 

 ――六つでダメなら、その倍を。

 

 背中に意識を集中させて、純エーテルの発生源を拡張する。

 

「持ってけ十二だッ!! ははははははッ!! 飛べぇ――――!!」

 

 黄昏の空に広がる閃光。

 爆音を伴ってはじけた粒子が悠を押し上げる。

 

「お――――ごァ――――が、――ぎぃ、あ――――!?」

 

 バキバキと砕けていく全身の骨。

 粉砕骨折というのも生温い重傷は、けれども彼にとって掠り傷と変わらない。

 

 純エーテルの加護が壊れた箇所を治していく。

 治癒と破壊の痛みは連鎖的に。

 

 痺れる脳髄をどうにか正気のままにしながら、悠は意識を目前へと持ち直した。

 

「――――ッ、な、ろォ――――!!」

 

 押し寄せる枝葉を体当たりで砕く。

 ぐちゃぐちゃに潰れた肉体が水っぽい音を出して修復をはじめた。

 

 とにかく前へ。

 いまはそれだけでいい。

 

 余計なコトは考えず、あの花だけ目指していれば――

 

「ごッ――――!?」

 

 真横からの衝撃が走る。

 

 枝葉の槍だ。

 

 加速した悠の身体に合わせるよう、的確に位置を調整した一撃。

 ぐらり、と体勢が致命的に崩れた。

 

 それを、

 

「!!」

 

 ……大槍が、下から突き上げる。

 

「……ッ、ははははは!! 最高だよッ!! 隊長サン(あんたァ)!!」

 

 背中の純エーテルを再度爆発させる悠。

 

 こちらを向いていた枝葉のうち、三割が真下へと伸びていった。

 負傷した彼女たちはそれを防ぐ手段を持たない。

 おそらく防げるとしても悠の進路を確保するコトを優先する。

 

 気にするのはタブーだ。

 地上の被害に意識を向けていては、そのために切り開いた道が無駄になってしまう。

 

「は――ははは――――! ははは――はは――――ッ!!」

 

 進行方向から迫る木槍を槍が貫く。

 真横から伸びる触手を巨槌が押し潰す。

 背後に回った枝葉を弾丸が撃ち抜いた。

 下から追いすがる木々も二振りの刃が切り落としていく。

 

 ――悠の進む道に、邪魔なモノはひとつとして存在しない。

 

「見えたぜてめえ――――――ッ!!」

 

 視界におさまる紫色の花弁。

 見間違いはしない、それこそが彼の目標。

 常に思考を占領していた到達点。

 

 だからこそ反応は迅速だ。

 

「――――――――!!」

 

 構えた刃を大きく振りかぶる。

 渾身の力を込めた一刀。

 

 断ち切るのは花におさまらない。

 それは莫大な純エーテルを刀身に宿して、そのまま――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐちゃり、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伸びてきた細い枝葉が、ヒトガタを真っ直ぐ貫いた。

 

 ひとつはを。

 もうひとつは心臓を。

 

 赤い鮮血は花のように散って、ドロドロとした水滴をあたりへ撒き散らす。

 

 さながら太陽に近付いたヒトの末路。

 人工の翼は溶け堕ちて、愚かな男は真っ逆さまに。

 

 荒れ地の海へと、落下する――

 ああ、でも。

 でも、それで。

 そんなものでは、終わらないだろう――?

 そうだろう、ハルカ――

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