悠の治癒は常人と比べて異常なほどの再生力を誇る。
手足の欠損、肉体の破損程度なら十秒とかからず戻せるだろう。
が、それでも彼は生きている人間だ。
急所を突かれれば動きは止まるし、細胞の一つも残さず消されれば再生もできない。
万物にありふれた死。
動いているもの、成長しているもの、そこにあるものはいつか必ず破滅する。
彼が人間である以上、絶対的なそのルールからは逃れられない。
「――――――流崎!!」
落ちる悠の身体を、茎を登っていた妃和は咄嗟に抱きとめた。
背中の翼は霧散して純エーテルの色も消えている。
潰された胸と頭は不気味に蠢くものの、すぐには治りそうもない。
当然だ、なにせどちらもヒトにとっては急所も急所。
肉体への電気信号と血液の循環機能。
そのどちらも強制的に停止させられた肉体は、驚くべき速さで
「流崎! 流崎ッ! しっかりしろ、頼む! 流崎ッ!!」
返事はない。
脳もなければ口もない彼に答える術はない。
ゴポゴポと血泡を立てながら変形する傷口が妙に不安をかきたてた。
……まさか、とは思うが。
彼はこのまま、治癒と崩壊のバランスを崩して死ぬのではないかと――
「――妃和ッ!! そのまま流崎クンを守って! それ以外は全員触手の迎撃!! これ以上傷を増やされたら本気で手遅れになるッ!!」
「……ッ、りょ、了解……ッ!!」
すかさず悠を片手で抱いて、空いた手で剣を構える。
巨大花の追撃が止んだワケではない。
落ちる彼の身体目掛けて、トドメと言わんばかりに枝葉を伸ばしてくる。
「させるかよォ!!」
縦回転を加えて投げられる竜乎の巨槌。
伸ばされる触手が攻撃が防御かなんて関係ない。
枝葉を巻き込んだ神秘の鋼鉄は、ごしゃごしゃと木材を轢殺しながら進んでいく。
「ひひひっ……いッ――あぁッ……やべ、やっぱイテェ……! クソ、マジで、よぉ」
「竜乎ッ!!」
「あぁ!?」
「上!」
〝――――!!〟
咄嗟に頭上を睨む。
視界が切り替わるコンマ一秒。
景色のなかで鋭く尖った枯れ木色はなんとも目立った。
『あ、まじぃ。コレ』
思考はあまりにもシンプルにまとめられた。
余分はものがなさすぎる。
そのせいで身体は指一本として動かない。
だって、視認したせいで気付いてしまった。
――コレは、無理だ。
「――――ハ」
少女の身体が〝く〟の字に折れ曲がる。
羽虫に蹴られた有理紗の比では無いヒトガタの崩壊。
千切れた下半身が力なく地面に落ちた。
それでも彼女は、ざまあないとニヒルに笑みを浮かべて。
〝――――――あたし狙うなんざ、ヒマだねェ。なあオイ。どうにもよォ〟
人体が千切れる。
内側から破裂した枝葉が周囲へ伸びていく。
石榴を思わせる惨殺死体。
腹を突き破った触手はそのまま彼女の全身から姿を現した。
呆気なく、それこそ悲しむ余暇もない。
「――――――ッ」
ぎり、と歯を食い縛る音は誰のものか。
地上からの妃和への援護はまだ残っている。
投擲される大槍と、狙いをつけて撃ち抜く弾丸。
――今度の標的は、飛び道具を構えた彼女へ。
「ひッ――ちょ、うち、ですか――!?」
瞬間的に飛び退って柚葉は回避する。
片腕は失っても両足が無事なのが不幸中の幸いだった。
傷は痛むけれど、動けないわけじゃない。
「あああッ! 嫌だ! 嫌です! 死にたくない! 死にたくないよぉ! なんでぇ! どうしてこうなるんですかぁ!? ヴッ!!」
必死に枝葉から逃げ回る柚葉。
心も身体もすでに限界。
ため込まれた疲労がなだれ込んできて目眩を起こしそうだ。
それでも死にたくないから走る。
情けない声をあげながら荒れ地を駆けていく。
「あぁあぁぁあ――――――――ッ!!」
……なのに。
ああ、自分は今にも足を止めれば死んでしまいそうなのに。
竜乎の二の舞になりそうだというのに。
肝心な場面で、見えてしまった。
落下するふたつの影。
大槍はその少し上を木片と共に進行中。
そこに、剣を構えた妃和の死角から迫る触手が――
「なんで――――ッ!!」
身体を反転させて
「――――――」
……びっくりした。
枝葉はすぐそこまで迫っていたらしい。
眼前には視界を埋め尽くすほどの枯れ木色。
一秒後の未来があっさりとシミュレートできる。
ダメだ、死ぬ。
これは死ぬ。
逃げないと死ぬ。
間違いなく死ぬ。
死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ――――
「いやぁぁぁああああああああぁぁぁああぁぁああああ!!!!」
断末魔をあげながら銃口を空へ向けた。
怖い。
片手で持ち上げる鉄潔角装の重みを耐える。
嫌だ。
狙いは一点、すでにスコープの内側へ。
だめ。
引き金は軽いもの、あとは撃つだけ。
逃げないと。
――撃鉄の落ちる音。
「ぁ――――――――」
なにせ命は鉄砲玉。
放てば一度。
二度とは戻って来ない。
〝――――――――いや、な、のに――――――〟
後悔を引き摺る。
思い出が痛みに焼かれていく。
声なき身体の悲鳴を彼女は聞いた気がした。
手足も、頭も、胴体も。
みんながみんな、枝葉に貫かれて離れ離れに――
「ッ!!」
ふと、妃和の腕に微かな反応があった。
緩慢だが痙攣する悠の指先。
どくん、と熱を持った脈動の音を聞く。
「流崎、おまえ、心臓が――――」
生きている。
彼はまだ生きている。
死の淵に瀕しながらも、まだまだしがみついてくれている。
それは、なんて。
「――――ああッ…………!」
なんて、救いのあることか。
「あぁあッ……!!」
片手の剣を振りかぶる。
背後では炸裂する柚葉の弾丸。
前方の枝葉の追撃を無理やり砕く。
下がっていく
繋いだ希望は胸の中に。
彼を最後まで守り抜けば、勝ち目はあると信じて。
――枝葉と打ち合った腕の骨が、おかしな方向に曲がった。
「……ッ、頼むぞ、流崎……!」
剣を握っていた手が千切れていく。
一瞬の隙を巨大花は見逃しはしない。
だからこそ、抵抗は最後まで。
妃和は抱えていた悠の身体を、残った力を総動員して放り投げた。
「おまえが、私たちの――」
顔を爆ぜさせる枝葉の刺突。
血液を垂れ流して少女の肢体が空を舞う。
さながら糸の切れたタコのように。
〝――――――――〟
一方、放られた悠の身体は猛スピードで地上へ落下する。
勢いをつけたのはこれ以上ない判断だった。
枝葉の速度は追いつかない。
追いつく前に、最後に残った美鶴の大槍が打ち砕く。
『笑えない犠牲! いやほんと笑えない! でも――――』
土煙が高くあがる。
少年の身体は高度から落下しても原形を留めていた。
致命的ではない傷は直ぐさま治っていく。
完璧に塞がった胸の傷と、いまだ蠢く潰れた頭部。
――あと、少し。
「この――――邪魔――――ッ!!」
鉄潔角装を振り回して美鶴は駆け出した。
なんでもいい、とにかく今は目の前のコトが全てだ。
走れ、ただ走れ。
後先考えずとも結果は目に見えている。
流崎悠を、切り札として残せ――
「ッ!!」
途端、足が止まった。
前に進めない。
踏みだした足とは反対側、後ろに持っていった足を狙っての一撃。
降ってきた枝葉の触手は杭のように、美鶴を地面へ縫い止める。
「こ、のォ――――!!」
空から落とされる死の槍。
それは美鶴の頭上と、悠の直上に構えられた。
この拘束から逃れている暇はない。
優先順位はすでに明確だ。
美鶴だけ助かるコトなんて簡単。
だが、己が助かったところでその後なんになる?
――答えは、なんともつまらない。
「らぁああァ――――――!!」
大槍を彼のほうへ投げる。
待ち構えていた枝葉が見事に散っていく。
そして、彼女は。
「――――――――、」
最後に、誰かの影を幻視して。
「――――あはっ。……待たせたわね、境香」
その枝葉を全身で受けて、沈黙した。
◇◆◇
「――ふ、ふははっ――ははは! あははははは!!」
「――――素晴らしい!!」
「誰もがおまえを望んでいる!!」
「誰もがおまえを生かしている!!」
「これ以上はない、ああ最高だ、素敵だよ。流石は私の
「だから、さぁ――目覚めておくれ。愛しいハルカ」
「そのために、私は待っていたのだから――!」
◇◆◇
――頭痛がする。
ぼやけた意識は泥の中で眠るようだった。
覚醒と気絶を繰り返しながら空を見ている。
砕け散った木片と、空を翔る大槍。
「――――ぅ、あ…………ッ」
降ってくる枝葉の残骸に驚きつつ、悠は即座に思考を回す。
……なんだか、おかしい。
頭のなかに致命的な違和感を覚えた。
――頭痛がする。
なんだ、なんだろう。
どこかのネジが外れたか、歯車がひとつ欠落した感覚。
なにかがおかしいのに、どこがどうやっておかしいのか全く理解できない。
――頭痛がする。
身体が動かない。
ダメージは回復しきっていなかった。
肉体は修復できても完全な復帰までにはあと一秒かかる。
――頭痛がする。
そして、一秒もあれば。
「――――――ッ」
いま一度その肉体を射止めんと枝葉を伸ばす、巨大花の追撃が。
『なん、だ――――…………!』
なのに頭痛がおさまらない。
流崎悠という人間において決定的だった
どうして、ああ、こんなに、なんで――――
「!!」
乱れかけた思考を正気に戻したのは目前の危険だった。
鋭く尖った枝葉の触手。
いま一度振るわれる木造の槍は悠目掛けて一直線に走る。
防ぐ手段はない。
第三部隊は壊滅した。
彼自身の手足は動くまでもうしばらく。
間に合わない。
大質量の枝葉が、
枯れ木色の触手が、
極太の槍となって、彼女たちと同じように少年を潰した。
その、直前。
「――――ふふふ」
彼はたしかに、傍から響いてくる大気を裂く音を聞いた。
「ふふふっ! おーっほっほっほ!!」
地面が渦巻く。
土砂が逆巻く。
それは枝葉を粉砕して、地上に絶大な唸りを上げる。
螺旋を描く鋼の色。
嵐のように吹き荒れるそれは。
「ビンゴォ、ですわねぇ――――ッ!!」
姿を消していた彼女の。
砂にまみれた金髪をなびかせる、有理紗の
「――あ、んた……! 生きてたのかよ……!」
「驚きました!? 地面にもぐって回復に専念してましたの! 途中酸欠で何度か気を失いかけましたが、見事舞い戻ってこられましたわ!! 流石わたくし!!」
えっへんと胸を張る彼女の言は本当なのだろう。
それを証明するかのように全身砂だらけ、土汚れだらけだ。
口調はお嬢様でもまったくお嬢様っぽくはないド根性精神。
「だが助かった。お陰様でな。マジにサンキューだよ、アリサ」
「いえいえそれほどでも! なにせわたくしはわたくしの心に従っただけ! 大人しく死ぬぐらいなら泥水啜って土や石を投げてでも生き足掻くのが心情ですので!!」
「そうかよ、最高だな! あとは俺に任せとけッ!!」
「あらまあ、そうはいきませんわよ?」
「は?」
ぐるり、と有理紗が周囲を見渡す。
つられて悠も辺りへ視線を向ける。
それで、気付いてしまった。
「……おい」
「わかっていますわよ。みなさん、奮闘された結果でしょう?」
「違え。なにが分かってんだてめえ。俺は――……俺はよォ」
「生かされた。そういうコトですわね。大方、隊長の判断だとは思いますが」
「――――ッ、ああ当たりだ。そうだなぁ、そうだ。そうだぜ、本気でッ」
知らず、拳を握り締める。
直視できないはずの光景を目に焼き付ける。
嗚咽も悲観も胸には浮かばない。
ただ心臓が焼けるような熱さを持った。
……
どうにもいま、
「でしたら、わたくしがどうするかも分かるでしょう?」
「マジかよ」
「マジですわ。これでも部隊の一員。遺書は常に更新しておりますの。任務一回ごとに」
「準備万端だなァおい!」
「それにピンピンしてるのはフリだけで身体は本調子とは言えませんし」
「――――…………そう、かよ」
こうして立っていられるのも奇跡だと、彼女は自慢げに言った。
……何を以て基準とするかは疑問だけれど、彼自身でいってしまえばそれはほど遠い。
なにせ流崎悠の適性は逸脱している。
他人と隔絶した才能は時として周囲との齟齬、軋轢さえ生む劇物だ。
「――――、一回」
「……いっかい?」
「一回だけ、わたくしの全てを振り絞って道を作りますわ。ですから悠さん、貴方が決めてくださいまし」
「はぁッ? なんだよッ、どいつもこいつも正気じゃねえぞ。どうしてそんなに命を捨てたがる。自殺願望でもあんだろやっぱよォ! そんなのは――」
「隊長の指示は地中からでも聞こえていましたもの。従うのは当然ですわ」
「てめえ!!」
胸ぐらを掴もうとして、悠は逆に引き寄せられた。
無理やり崩される体勢と、一瞬の不安定さ。
ズドン、とつい先ほどまで己が立っていた場所に枝葉が突き立てられる。
……本当に、間一髪で。
「悠長に喧嘩している場合ではないでしょう。即断、即決、即行です! 構えてください悠さん! わたくしのドリルでッ!!」
「――――ッ、ああもうッ! なんだってんだお前らッ!! 会ったばかりの他人をどうしてそこまで信じ抜く!? おかしいだろうが常識的に考えて! そこまでの価値が俺にあるって本気で思ってんのかァ!?」
「さあ、どうでしょうね」
「あァ!?」
鉄潔角装を掲げながら、くすりと有理紗が微笑む。
「そこまでの価値があるかどうか、なんてわたくしちっとも分かりませんし、知りませんわよ。とんでもなく短い付き合いですから。ああ、いえ、男性が貴重なのは分かっていますけど」
「だったらァ!!」
「ですから、見せてください」
「――――――あ?」
大気が鳴き声をあげる。
鋭い鋼が渦を巻く。
気流はどんどんと広がって、ついぞ二人の身体すら覆い尽くした。
「――見せろって、なにをッ!!」
「決まっていますでしょう!!」
「だから、なんだそいつはッ!!」
正真正銘、全身全霊をかけた一撃。
その威力に耐えられず身体が自壊するコトも受け入れて、彼女は腹を括った。
掲げたのは自らが是とした自慢の一品。
荒れ地に生まれた神秘の嵐は枝葉を弾いていく。
彼女がここまでする理由。
こうまでしてしまえるワケなんて、ひとつ以外にありえない。
「――――意地、ですわッ!!」
鉄潔角装が振り上げられる。
少女の身体は千切れるように破裂した。
だが武器は下ろさない。
最後の最後、道が開けるまではこの力を絶やさない。
「――――ッ、証明を! 貴方こそが相応しかったのだと! 私たちが命をかけた意味があったのだと! その証明をしてくださいな! 悠さん!!」
「そのために意地を張れってか!?」
「ええッ! その通りッ!! 貴方にだってあるでしょう!? 譲れない気持ちが! 負けられない部分がッ!! だからこその意地を!! 勝利を!! そして、私たちの犠牲に価値を付与する証明をッ!!」
「狂ってんなァ!!」
「そうでなくてはこんなことできませんから!! さあッ!!」
嵐の中央、台風の目。
そこにできたのは、枝葉ひとつ存在しない隔離空間。
「見せてくださいな!! 流崎悠!!」
「――――ああくそッ!! しかと瞳に刻めやァ!!」
羽をつくる。
空を飛ぶ。
純エーテルの噴射は十二。
かかる負荷の全部を無視して高みを目指す。
その先に。
「今度こそ潰すッ!! そのご立派な花弁ごとォ――――!!」
二度目の対峙。
正面切って向かいながら、悠は剣を手に純エーテルを噴かした。
次回、決着です。長え。