純潔の星   作:4kibou

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2/『刀角を顕す』⑥

 

 

 

 空を見上げて、手放すように有理紗は腕を下ろした。

 もう力は一ミリだって残っていない。

 

 正真正銘、己の全てを賭して開いた勝利の道。

 そこを登っていく影を見送って、満足げに倒れこむ。

 

「ああ――――まったくなんてコトでしょう。我ながら勢い任せの、でたらめ具合……」

 

 はあ、とこぼれた溜め息は自分に向けてのものだ。

 誰かに願いを託すという行為。

 その珍しさ故にぶっちゃけてしまったが、それもちょっとやり過ぎた。

 彼にとっては荷物以外の何物でもなかったろうに。

 

「……ふふっ。でも繋ぎましたわよ。わたくし、少しは頑張りましたから」

 

 誰に言うでもなく呟く。

 遠く、耳鳴りの向こうから死の気配を感じた。

 ぼやけた視界には枯れ木色のナニカ。

 

 ……だから、そろそろ。

 

「わたくしたちの、勝ちですわ」

 

 泥のように。

 今度こそ砂に埋もれて眠るとしよう――――

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 痺れる脳髄と焼き切れる神経細胞。

 一秒ごとに停止と蘇生をくり返す心臓。

 折れた骨の数なんていちいち覚えてもいられない。

 内臓は一通り潰れて口の中は血の味でいっぱいだった。

 

 ――それでも翔(はし)る。

 

「――――――ッ、――――!!」

 

 握り絞めた剣の柄に力を込めながら、悠は眼前を睨んだ。

 花はすぐそこにある、辿り着くのに苦労はしない。

 なにせここまで運んできてくれたのが有理紗の功労。

 

 地上で咲いた枯れ木色の花を他所に集中する。

 ……気にとめてはいられない、気を削がれてはいけない。

 そも、彼に他人の心配をするほどの余裕はない。

 

「――――ァ、あァああぁアああ――!!!!」

 

 気を抜けば不調の洪水に溺れそうだ。

 意識はまともに保っているだけ奇跡。

 理性が残っているのはそれを通り越して異常だろう。

 まともじゃない、でもなければ間違いなく狂っている。

 

「邪魔だァ!!」

 

 ――火花が散る。

 

 剣を振っただけで全身に激痛が走った。

 

 枝葉が砕かれる。

 速度、威力、ともにこんな絶不調で申し分ない。

 

 それもそのはず、彼の身体が悲鳴をあげているのは身に余る素質によるもの。

 激痛は同時に歓喜の雄叫びとなって肉体を支配する。

 

「くそが――くそ、くそ、てめえちくしょう、クソ野郎がよォ!!」

 

 ――目眩がする。

 

 幾度も伸ばされる枝葉を、

 四方八方から蠢く触手を、

 彼は手に持つたった一振りの剣で切り裂いた。

 

 痛みを凌駕する感情に火が点く。

 頭が燃えるように熱い。

 

「俺はッ!! 俺はよォ!! 俺はなァ!!」

 

 誰に向かってなにを言うのか。

 その判断すら正常ではない。

 だからこれは宣言にも似た自己の暴露で、

 

「――俺はッ! てめえらみたいに大層立派な志(こころざし)なんざねえ!!」

 

 そして、今は亡き彼女たちに対する明確な意思表示だった。

 

「誰かのためだとか未来のためだとか! そんなン微塵も考えたコトすらねえ!!」

 

 ひときわ大きな頭痛が襲う。

 

 血を吐き散らしながら吼える少年。

 顔面を苦痛に歪めながらも、彼の訴えはおさまらない。

 

「ああそうだ! 我儘で身勝手で、そのくせ馬鹿でおさまりつかない!! 救いようがねえよこんなのは!! 自分で自分が嫌になる!! だがなァ!!」

 

 積み重なった疲労が刃を鈍らせる。

 体力の低下が判断力の甘さに直結する。

 

 時間が経てば経つほど彼にとっては不利な状況に追い込まれる状況。

 

 だというのに、未だ剣閃は歪みながらも圧倒的だ。

 枝葉を打ち砕くスピードは落ちない。

 

「だからこそォ!! 俺の人生ッ! 俺の行く道!! 俺の生き方をォ――――!!」

 

 花まではあと五メートル。

 棒振り剣術もヒト相手でなければ何ら問題ない。

 枯れ木色の脅威を弾いて空色が線を描く。

 

 

「そいつを邪魔する奴はッ!! もっと許さねえぇぇえぇえええええええッ!!!!」

 

 

 

 

 ――バキン、と砕ける音。

 

 割れるような頭痛。

 重なって手元の感覚が軽くなる。

 

 初めての顕現、初めての構築。

 それで今まで良く保った方だろう。

 

 

 

 鉄潔角装(やいば)が、折れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――いいやッ」

 

 

 半ばから欠けた剣を捨てて花を鷲掴む。

 正気なんて残っていないハズなのに、頭の回転はやけにスムーズだ。

 余計なものがなくて平時より何倍も心地いい。

 

 両手に馬鹿みたいな力を込める。

 そう、なにも武器は鉄潔角装に限らない。

 あれは単純に都合がいいから使っていただけで、そこに拘る必要は皆無だ。

 

 

 

「まだだァ!!」

 

 

 

 べりぃ!! と千切れる紫の花。

 

 渾身の力で引っこ抜いた花弁がひらひらと舞う。

 切るよりずっとしんどいが、わざわざもう一回鉄潔角装をつくるより速い。

 なら、やるべき解答(こたえ)は明白すぎた。

 

「おぉぉおおおぉぉおおおおぉおおおぉお――――――――――!!!!!」

 

 千切る、千切る、千切る。

 

 さながら巨大な花占い。

 キランソウに似た紫の花が見る見るうちに削れていく。

 

 枝葉はやってこない。

 花と密接した彼に攻撃をすればどうなるか、本能で察している。

 最終手段である花粉の放出も悠にとってはどうということもない。

 

 まさに独壇場、これ以上はない蹂躙の仕返し。

 巨大花は触手(ムチ)をのたうちまわらせながら、花弁を散らしていって――

 

「仕上げだァッ!! てめえよくもッ!! ああそうだ!! は(・)じ(・)め(・)はよくも平気な顔して受けてくれやがったなァ!? だったらよォ!!」

 

 振り上げた拳には空色の燐光。

 

 小細工なんて今更しない。

 一点集中も推進力としての利用も頭蓋の外へはじき出された。

 

 これより行うは脱走(はじまり)の再現。

 施設の壁と水槽を一撃でぶち破った――馬鹿の極みじみた神秘の奔流。

 

「食らって弾けろォ!! 中身ごとォ――――!!」

 

 悠の拳が突き刺さる。

 放出される純エーテルはそのまま花の内側へ。

 茎を通って、枝葉をなぞって、まるで、血管を浮かび上がらせるごとく。

 

 ――膨れ上がって、破裂していく。

 

 

「あぁああぁあぁあぁあああああぁあああ――――――ッ!!!!」

 

 

 爆発は連鎖的に。

 

 花は散って、枝葉は砕けた。

 風船を割るみたいに弾ける巨大花。

 

 ……空色の閃光が地上に咲く。

 

 断末魔はなく、ファンファーレは鳴り響かず。

 

 枝葉の怪物。

 木々の羽音。

 そして、変貌した枯れ木の|紫花。

 

 数多の人類を殺戮してきたその異形は、ここに腐り落ちた。

 〝窶補?輔ワ繝ォ繧ォ縲√¥繧凪?補?〟

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

「――――――はは」

 

 墜落の衝撃で五体を投げ出しながら、悠は思わず笑みを浮かべた。

 

 手足にはまったく力が入らない。

 度重なる純エーテルの使用はここまで続いた時点で奇跡だ。

 

 身体の容量、器の限界はすでに超えている。

 

「どうだ、見たか……やったぞ、オイ」

 

 息も絶え絶えにぽつりとこぼす。

 血と砂埃と花粉に塗れた少年の身体。

 中も外もボロボロで、無事な部分なんて殆どない。

 

 それでも自慢げに笑う彼に、傷の度合いなんて関係ないのだろう。

 なんならむしろ勲章だとでも言いたげに。

 

「勝てないなんて、決めつけてんなよ。……誰の勝手か知らねえケド」

 

 思えばそれは、無意識のうちに沸いた衝動だった。

 言ったのは美鶴だったか。

 

 たった五人で戦うなんてありえない。

 

 事実、羽虫の時点でヒトと比べるのも馬鹿らしい戦闘力があった。

 だからそれは、なんらおかしい思考でもない結論。

 誰もがそうだと信じて止まない現実。

 

 ……結局のところ、彼はそんな当たり前に「ふざけんな」と言いたかっただけかもしれなくて。

 

「だから、そうだ。ああ、そうだぜ。見ろよ、見てみろ。ホラ、どうだ――」

 

 咳き込みながら拳をあげた。

 歓声はない。

 祝福は真実静かに、密かに。

 

 

「――――俺の、勝ちだ」

 

 

 ……ぱたん、とあげた腕をおろす。

 なだれ込んできた疲労が気絶まがいの眠気を誘発させる。

 今夜はとんでもなくぐっすり眠れそうだ。

 

 ――が、その前に。

 

『……墓、つくってやらねえとな。口約束でも、守らねえと格好つかねえ』

 

 最後の気力だ、と悠は睡魔を振り払って立ち上がった。

 無茶なのは承知していたが、こんなのは化け物と戦うのに比べればなんてコトもない。

 歩くのも、息をするのも、気持ち前よりずっと楽である。

 

 ……腐り落ちた枝葉は細かな粒子となって風に流されていく。

 彼女たちの遺体には無惨な傷跡だけが残って、取り扱うのに苦労はしなかった。

 

 ひとり、またひとり。

 

 できるだけ丁寧に、慎重に、これ以上傷付かないように運び出す。

 

「……悪い。ごめんな。でもって、ありがとうよ。感謝してんだ、心底」

 

 失ったものは彼の目で見ても大きい。

 もっと広い視野から見てみればどうだろう。

 

 男一人が生き残って、戦う人員である彼女たちが息絶えて。

 だからどうかなんて、まったく分からないけれど。

 

「…………」

 

 と、

 

「………………、ぁ」

 

 そこで、ひとつだけ。

 

「――――ぉ、い」

 

 たったひとつだけ、消える前のモノを見つけた。

 

「おい、おい……! なあ、もしかして、だけど。おまえ――」

 

 抱きかかえた格好は奇しくも同じだった。

 本日二度目の体験は意識のないうちに。

 微かな温もりと断続的な吐息を洩らしながら、その命はまだ燃えている。

 

「――――んだよ。はははッ……あーちくしょう。おかしいな、やっぱ。おかしいぜ俺。なんでこう、安心しちまうかなァ」

 

 知らず、ぎゅっと抱き締める。

 空中で攻撃を受けたのが奇跡的に即死を免れたらしい。

 目覚める気配はまだないけれど、今はただそんな事実に感謝した。

 

「――――さあ、どうしたもんかな」

 

 見上げた空は変わり映えのしない黄ばんだ色。

 それでも心はこれ以上ない晴れ間を垣間見た。

 明けない夜はないように、止まない雨はないように。

 

 ――腕のなかで眠る少女(ヒヨリ)は、未だその結末を知らずにいる――

 

 

 

 

 




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