純潔の星   作:4kibou

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3/『はぐれもの』②

 

 

 ――夢を見る。

 

 空を飛ぶ鳥を眺めて、

 

 ――夢を見る。

 

 地を駆ける野良猫を追って、

 

 ――夢を見る。

 

 水を泳ぐ魚をつかまえて、

 

 

 ――いつかにありふれた、もう戻れない過去(ユメ)を見る――

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 父親の顔は知らない。

 母親の愛も知らない。

 けれど、人の温もりは知っていた。

 

 怪物たちの襲撃から逃れた小さな村。

 辛うじて現代に残る人の住処。

 そこで生まれた、たったひとつの小さな命が彼女だった。

 

『妃和、元気かい?』

『どうしたの。なにか困ったことでも?』

『妃和ちゃん! ほいこれ、果物! 美味しいぞ!』

『大丈夫か、妃和。怪我は、していないか?』

 

 減るばかりだった人類にとって、生命の芽吹きはなにより尊い。

 誰もが彼女を気遣った。

 生活は決して楽とは言えなかったけれど、周囲の環境には恵まれた。

 

 なによりみんな良い人だったし。

 辛いコトも苦しいコトも、みんなが居ればぜんぜん気にはならない程度で。

 だから。

 

『嫌だ! 嫌だっ! 助けて、誰か、助け――』

『ああっ……あぁあっ……終わりだ、もう。俺たちは……』

『お願い、許して! ああ! あああ! 死にたくないっ、死にたくないよぉ!』

『待って! 待って!! わたしっ、わたし……! ひぃっ、あ、あぁあぁ――――』

『ひ、より。ひより、ヒヨリ、妃和――――』

『たす、け』

 

 〝――――――――――〟

 

 そう、だから、彼女は。

 

『すまない。だが、これしかなかった。……許してくれ。君の大切なモノを――』

 

 そのとき、太陽に抱かれて。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 ――パチパチと、なにかの燃える音がする。

 

 鼻孔をかすめる煙の匂い。

 ほのかに伝わる火の温度。

 熱には一倍敏感な彼女の身体は、それであっさり眠気を手放した。

 

 ……瞼を持ち上げる。

 鮮明になっていく視界のなかで、見慣れた姿をひとりみつける。

 

 喉は、微かに震えてくれた。

 

「……りゅう、ざき……?」

「ん、起きたかよ、ヒヨリ」

「…………ここ、は」

「さあ。知らねえ。どっかの森だ。それよか、身体は平気か?」

 

 横になったままの彼女の顔を、じっと悠が覗きこんだ。

 

 ……驚きから固まって、しばらく見つめ合う。

 身体は平気かと聞かれたが、そんなことをたしかめられるワケもない。

 

「……顔色は良さそうだが。ヒヨリ、これ何本に見える?」

 

 言って、彼は人差し指をぴんと立てた。

 当然それ以外の指は下ろされている。

 

「……一本」

「おっけぇ。目はいいな。頭も大丈夫か? ……まだ痛むなら寝てていいぜ」

「……いや、動けはする……と、思う」

 

 怠さの残る手足を引き摺って起き上がる。

 潰れた右手は半ばから千切れて戻ってはいなかった。

 悠とは明確に違う才能の差だ。

 おそらくは一生涯完治しまい。

 

 とはいえ、痛みはたしかに残っていたが、我慢できないほどでもない。

 これなら問題ないだろう、と妃和はそのまま立とうとして、

 

「……制服?」

「布団代わりだ。ちょっとは違うだろうと思ってよ」

「そうか。……その、助かった。ありがとう。流崎」

「礼には及ばねえよ。拾いモンだしな。なんならそのまま貰ってくれてもいいぜ」

「私だって制服は持ってる……」

「そういやそうだったな」

 

 くつくつと笑う悠。

 その姿がどうにも記憶とブレて、「うん?」なんて妃和は首を傾げた。

 

 ……なんだろう、姿形は一切変わらないのに、猛烈な違和感を覚える。

 思わずそれまでの出来事を走馬灯のように思い返してしまうほどに。

 

「……そうだ。みんな。流崎っ、他のみんなは」

「死んじまったよ」

「――――――――、」

「全員、死んじまった。生き残ったのは俺とおまえだけ。それはもう確認した」

「…………そう、なのか」

 

 ぐわん、と頭をハンマーで殴られたような衝撃。

 足元がおぼつかない。

 急に視界が揺れて、彼女は力無く地面にへたこんだ。

 

「私と……流崎、だけ」

「ああ」

「そう、だったのか……みんなは。流崎は……、……わたし、は」

「――ヒヨリ?」

「…………いや、そうだな。仕方のない、コトなんだろう。それは」

 

 ぐっと拳を握り込む。

 

 ぐちゃぐちゃに乱れそうになった思考を瞬間的に引き締める。

 心臓を冷やすために細く息を吐いた。

 

 そうでもしなければ、今すぐにでもこの胸を裂いてソレを取り出しかねない。

 

 だから、細く、冷たく。

 吐く息は白く、夜闇に消えていく。

 

「……夜」

「ああ。もう夜だ。あれからぐっすりだったよ、あんた」

「それは……そうだろう。なにせ、あんな無茶をした後だ」

「だよな。とんだ無茶だ。全員が全員、命を投げ捨てやがって」

「……だが、私はこうして生き残った」

「なんだよ、嬉しそうじゃねえな」

「嬉しいものか。私は――――……ああ、いや、なんでもない」

「……ふーん」

 

 なにか言いたげな悠は、けれど結局そのまま口をつぐんだ。

 

 どこかも知れない森の中。

 木々の開けた広場で、密やかな沈黙が舞い降りる。

 

 ふと、妃和は気まぐれに顔を上げた。

 見上げた空は夜の色。

 紫がかった空は昼間と違ってまだ自然みが溢れている。

 星は一切見えないけれど、たしかにそれは夜空らしい。

 

「……ああ、でも」

「? なんだよ」

「いいや。その、流崎が生きていてくれたのは、良かった。そこは素直に喜べる」

「――――じゃあ、なんだ。てめえが生きてるのは喜べねえってか、ヒヨリ」

「そういうワケじゃない。私は……私だからな。自分が生きてるのは、普通、嬉しがるものだろう」

「そんなに苦虫噛み潰したような顔してんのにか」

 

 鋭い切り込みに言葉が詰まった。

 まったくよく見ている。

 

 沈みきった妃和の表情は死人を連想させる白(・)さ(・)だった。

 青を通り越して表情に色がない。

 どころか、放っておけばそのまま壊れてしまいそうなほどで。

 

「違っ……そんなんじゃ」

「なにが違う。なあオイ、ヒヨリ。誤魔化すんじゃねえ」

「ッ……ちが、うんだ。だって、私は。……私、は……」

「………………、」

 

 はあ、と思わず溜め息をつく悠。

 必死に否定しようとしているも、言葉が出なくては意味がない。

 そも、沈黙は肯定とも取られる。

 

 意外だったのはそれを見た己の心境だ。

 はっきりしなくてモヤモヤして、普段ならイライラするコトこの上ないハズなのに。

 まるで迷子になった子供みたいにうつむく彼女は、ちょっと放っておけなかった。

 

「……ほらよ」

「…………? なん、だ。これ……?」

「お茶。そこらの草からつくってみた」

「……すまない」

 

 そっと手渡されたコップにはなにやら薄緑色の液体が入っている。

 ほかほかと上る湯気に、ツンと鼻をつく青臭さ。

 こんなご時世に茶葉なんて取れるワケもなし。

 はたしてそれをお茶と呼べるのだろうか、なんて考えながらコップを傾けた。

 

「――――まずッ!?」

「だろ」

「えほっ、うぇっ……流崎、なんなんだ……これ……!」

「だからその辺の草すりつぶしてお湯と混ぜたお茶だ」

「それは……! お茶と言わない……!」

 

 どちらかというと草汁である。

 

 というかまずい。

 死ぬほどまずい。

 感傷的になっていた気分がどっかにいくぐらいまずい。

 なんだこれ味覚をピンポイントで潰す大量殺戮兵器かなんて思うほどまずい。

 

「良薬は口に苦しってな。これでも栄養とかいっぱい出てる証拠じゃねえか?」

「……そうだろうか……?」

「こんな時代に自生してる植物だぜ? すげえに決まってらあ」

「そう言われると……まあ、たしかに……」

 

 ずず、ともう一回口に含んでみる。

 

「えふっ」

「あ、オイもったいねえぞ吐くなよ」

「やっぱりまずいよ流崎……っ」

「ゼイタクめ。あるだけ良いだろ、あるだけ」

 

 ふん、と鼻を鳴らして悠は妃和からお茶モドキを受け取った。

 ちょびっとしか飲んでいないのか、中身はそれほど減っていない。

 余程彼女の口には合わなかったようだ。

 

「ったく……」

「ぁ…………」

 

 そのままコップに口をつけてひと息に嚥下する。

 

「――――くそまじぃ」

「だ、だから言ってるじゃないか……」

「……? なんだよ。なんか変だな、ヒヨリ」

「へ、変、か?」

「いや、変だろ。なにをそんなに動揺してんだ」

「べ、別に、なんでも。……なんでも、ないん、だろうけど……」

 

 赤くなった頬をかきながら、妃和はそっと視線を逸らす。

 

 まったく気にしていないのか、それとも気付いていないだけか。

 こてんと首を傾げる少年の態度は依然として平常そのもの。

 

 ……間接キス(さっきの)で意識してしまったのがちょっと恥ずかしい。

 

「ああ、それと。まあ……なんだ」

「……?」

「てめえがどう思ってるかはともかく、俺はけっこうオマエに救われたぜ」

「……わたし、に?」

「おう」

 

 驚いて、恐る恐る彼のほうを見る。

 少年はふらっと夜空を見上げていた。

 気遣うでもなく、怒るでもなく。

 ただその横顔に浮かんだような、らしくない心の平静さに吸い込まれる。

 

「全員死んだと思ってたからな。息があるって気付いた時はビビった。……でもよ、そうだろ。無くしたもんは多いけど、ちっぽけだが守れたもんがあったってコトだ」

「……それが、私なのか……?」

「そうじゃなくて何になる。いや、誰かを守りたくて戦ったワケじゃねえけどな? 俺は俺のために戦ったんだし。でも……いや、だからかな。残ってるもんがあるコトに、感謝したのは間違いない」

 

 その理由は未だに分からない。

 解答欄は埋まらないまま。

 それでも彼は単純故に、感情に従う己の素直さを発揮して、

 

「だから、俺は良かったぜ。あんたが生きていてくれて。そこは素直に喜べるってな」

「――――――――」

 

 それは。

 ああ、それは、とんでもない一言(いちげき)で――

 

「……って、オイ。なんだ。ヒヨリ。まさか、泣いてんのか」

「……ぇ……? あ…………ちがっ、これ……」

 

 ずるい、ダメだ、反則だ。

 

 言いたいことは山ほどあった。

 言えることはなんだって思いついた。

 

 でも、どうしてか涙が止まらなくて。

 

「いい。落ち着けって」

「っ」

 

 ぽん、と手のひらを頭の上に置かれる。

 

 ほんとに、いけない。

 こんなのは耐えられない。

 

 もう、なにも。

 

 

 ――なにも、言えない。

 

「ガキの頃は美沙によくされたんだ。わりと効くだろ?」

「…………っ、ぁ……ぅ……ッ」

 

 わからない。

 どうしてこんなに。

 なんであんなに。

 

「――――――ッ」

 

 ああ、嫌だ。

 とんでもなく嫌だ。

 

 心臓にのし掛かる重苦しさを、

 頭を締めつける茨のような痛みを、

 妃和は歯を食い縛って無理やり想起する。

 

 こんなので。

 こんな、あまりにも理由のない優しさで揺れるなんて――

 

 

 ――許せなくて、嫌だ。

 

「……なん、なんだ……!」

「なにがだよ」

「男の子って……みんな、そうなのか……!?」

「人それぞれだ。男だ女だと括っても意味ねえぞ」

「流崎……っ」

「なんだ」

「わたし、これ、いやだ……!」

「……そうかい」

 

 そっと手を離して息を吐く。

 そういう意味ではないとしても、悠自身いまの妃和に触れるのは違うと思った。

 

 シンプルな直感だ。

 きっと泣いているのは悲しいのとは違う。

 本来なら心の奥底に眠っていたなにかが、ちょっと出てきてしまっただけ。

 

「こんな、わたし。――こんな幸せ(気持ち)に、なりたくない……っ」

 

 それこそが、救いようのない彼女の本音なのだろう。

 

 

 




あッ(幸福)ウッ(死にたくなる)系ヒロイン
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