「――すまない。酷いところを、見せた」
「気にすんな」
焚き火に薪をくべながら、悠がわずかに頬を緩める。
なんとなく腹に一物抱えているのは彼でも分かっていたからか、驚きは少ない。
「人それぞれ、って言ったろ。俺は俺で厄介な事情だって持ってて、ヒヨリはヒヨリで色々とあって当然だしな。そのあたり責めるのは違うだろうぜ」
「そう、か。……強かだな、流崎は」
「サンキュー。そう言われて悪い気はしねえ。まあ、実力が伴ってなくちゃ負け犬の遠吠えだろうけどな」
「……そんなことは、ないだろう」
「羽虫一匹片手で払えないようなヤツだぜ、俺は」
……その羽虫はそもそも数十人でようやく安全に倒すコトができる奴等なのだが、そのあたり彼は分かっているのだろうか?
妃和はちょっとだけ心配になった。
初めての戦いで常識を覆した少年に、正しい知識があるとは考えづらい。
「……五年だ」
「? なにがだよ」
「私が鉄潔角装を出せるようになったのは、それだけ訓練してからだった。一朝一夕で出来るものじゃない。ましてや、見様見真似では」
「それがどうしたってんだ」
「それが出来たおまえは、十分凄いと言っているんだ」
「偶々だろうよ。俺には出来た。ヒヨリには五年かかった。そんだけだ。きっとそれ以外の部分で比べりゃ劣るトコロのが多いぜ」
「…………、」
自虐交じりの言葉は、けれど不思議と自信に満ちていた。
足りない部分を嘆くのではなく、足りないからこそやりがいがあるという気勢。
くつくつと笑う姿は落ち着いた雰囲気とはまったく別だ。
その身体の奥で一体どんなものが煮えたぎっているか、想像できないぐらいに。
「……そういえば、流崎。どうしておまえ、北極に行きたかったんだ?」
「ん? いや、いるんだろ、北極に」
「なにが……、え、待て。おまえ、まさか」
「
「しょ、正気か?」
こくり、と頷く純朴少年。
無知とはこれほどまでに恐ろしいのか、と戦慄する妃和だった。
「……流崎は、この前の遠征を知らないんだな……」
「ああ。なんだそりゃあ」
「戦闘部隊をあげての大規模作戦だ。……北極に突き立つ氷の十字架、それを倒すために多くの人員が集められた。結果は……惨敗だが」
「へぇ。てことはめちゃくちゃ強いんだな、そいつ」
「強いというより、相手にならない。冷気を操るせいで近寄るのも一苦労だったらしい。私たちの総司令でさえ重傷を負って退却を余儀なくされた」
「……ああ。たしかに美沙もそんなコト言ってたな……」
曰く、絶対零度の世界を広げる死の十字架。
そこに在るだけで生物を死滅させる殺戮の権化。
近くの地域はその余波だけで住めるモノではなくなっているという。
例えばウォッカの国とか。
「……先ほどからちょっと気になっていたが、ミサ、というのは……」
「収容所で俺の担当だった職員だ。口うるさくていつもこう、目の端をピンって吊り上げてやがるヤツ。良い人なんだけどな。なんだかんだで」
「仲が良かったのか。その、居心地が悪いから出て来たとかではなく」
「それとこれとは別だろ。あそこは嫌いじゃねえよ。ただ、俺が生きていくのに我慢ならなかったってだけで。……美沙も、まあ、姉貴みたいな感じでよ。気に入ってた」
その姉貴分がまさか脱走したショックで「エッチしたい」とか言っている事実を悠はまだ知らない。
というか夢にも思っていない。
悲しいかな、彼女にとっては大好きな異性でも彼にとっては大事な家族枠である。
年齢の壁は想像以上に厚かったようだ。
「――と、そういや思い出した。たしかここに……」
「?」
「……あった。ほい、土産だ。なにも食ってないから腹空いてるだろ?」
「みやげって……流崎、おまえこれ」
「ひひ、抜け出すときにちょっと拝借してきた。貴重な食料だぜ」
そう言って渡してきたのは、どう見ても備蓄用の保存食だった。
妃和たち戦闘部隊の面々も時折お世話になる任務のお供である。
「良いのか……ぎんばいじゃないか、そういうの」
「食料庫の見張りとは仲良くてな。いまから逃げるって言ったら無言でポケットに詰めるだけ詰め込んできやがった。サムズアップ付きで」
「めちゃくちゃ仲良いじゃないか……」
「頬に口付けてきたのは意味分かんなかったケドな!」
『あっ』
それはつまりそういうコトでは? と察してしまった妃和だった。
いや、別に、だからどうというワケではないけれど。
そも彼の事情なんて気にするようなものでもないのだし。
「いただきます。ほら、ヒヨリも食えって」
「……いただきます」
ぴり、と包装を破いて中身を取り出す。
スティック状の簡易食は匂いも見た目も彼女が知っているのと同じものだ。
少なくとも先ほどのお茶と違って警戒するような要素はない。
「……うわ、これ味気ねぇな……」
「そんなものだろう。……大体、普段はどんなものを食べてたんだ、流崎は」
「フツーに。なんだ、野菜とか。たまに魚とか肉とか。あと米な」
「普通じゃない! めちゃくちゃ贅沢じゃないか!」
「だよな。戦えもしねえ男どもにそんな資源割いて良いのかね」
「……男というだけで価値はあるだろうが……」
まだ怪物たちも来ていない昔の話。
人類は未来に起こる資源不足を危惧していたという。
その当時の人間たちですら想像しなかったであろう。
まさか、資源を消費する前に人間たちがこんな形で数を減らすなどと。
「……ん? 待て。ということは流崎、そのコップも収容所から?」
「いや、これは俺がつくった」
「つくった」
「そこらの適当な倒木削り出して」
「けずりだして」
「いや、だから、ほら」
びゅっ、と空色に光って五指から放たれる純エーテル。
その破壊力は妃和も間近で見ている。
だから驚くべきはそれが出来た威力より、そこまで細かく扱えた彼の器用さだ。
「……本当に、純エーテルの扱いは巧いのだな……」
「だろ? 俺が女なら天下取れてたかもな?」
「本気でそう思うよ。……私からも、これ」
「? ハンカチ?」
「血だ」
「なるほど」
口の端からつぅっと垂れる血を、妃和から受け取ったハンカチで拭う。
平気な顔で居られるのは真実彼の適性と性根によるものだろう。
純エーテルに苦しめられたコトが無い妃和には想像もできないけれど。
飄然とした顔色の下がどうなっているかは、ちょっとだけ気になった。
「……やっぱり、辛いのか」
「どうかな。なんか分かんねえ。辛いような気もするし、いつものコトと言やあそうだ」
「……どうして外に出たんだ。ずっと収容所にいれば、おまえは」
「だから言ったろ。それじゃあ我慢ならない。似合わない。俺の気持ちの問題だ。……なにより、男は隔離されて安全に暮らせってのが気に喰わねえ」
「それが普通だろう。なにをそんなに」
「普通だからなんだ。いや、普通だからこそだ。そんなの、腹が立ってしゃあねえだろ」
「……ワケが、分からないな」
「持病みてえなもんだ。気にすんな」
ボリボリと携帯食料を囓りつつ、悠はそう吐き捨てた。
……まったくもって分からない。
その才能も謎なら思考回路まで摩訶不思議だ。
流崎悠という異質。
およそ自然発生したとは思えない人間。
そこに、なにかしらの影を垣間見た気がして――
「「!!」」
不意に。
がさり、と背後の茂みに動く気配があった。
「――――っ、誰だてめえ! ツラ見せろォ!」
「落ち着け流崎! 羽虫の場合、戦闘はッ」
「ああ!? 構うかよ!
「あ、それじゃあやっぱり、アレ、貴方がやったんだ」
「「!?」」
ばっと、ふたりして声のほうを振り向く。
木々の隙間、悠たちから少し離れた場所にその影はあった。
身長はだいたい百四十ぐらい。
歳はまだ十二ほどだろうか。
背には大きなバックパックを背負っている。
亜麻色の髪を青い大きなリボンで後ろにまとめた姿。
そして、なにより一番目についたのは――
『…………ありゃあ、刀……か……?』
基本兵装が鉄潔角装となった現代ではまったく見ない手持ちの武器。
「はじめまして……で、いいのかな。お若いふたりで楽しんでいるところごめんね」
「
「おい、流崎。まだ小さいんだぞ。そういう言い方は……っ」
「ふふっ、大丈夫です。これでも還暦はとっくに越えてるおばあちゃんだから」
「「!?」」
驚いていま一度その姿を目におさめる。
じっと、頭の天辺から足の爪先まで。
じぃっと、じぃぃっと。
何度も何度も、たしかめるように見続ける。
「――いやどう考えても
「そ、そうだな。その意見には、私も同意する」
「ちょっと事情があって。でも、あなた達の何倍も生きてるのは本当」
くすくすと笑いながら、少女はこちらに歩いてきた。
見れば見るほどにその格好は幼い子供そのもの。
本人の言といえど、おばあちゃんだなんて欠片も思えない。
「わたしは
「……流崎悠だ」
「巴、妃和……で、す」
「そう。なら〝はーくん〟に〝ひーちゃん〟だ」
「は?」
「え……?」
そうして彼女はニッコリと、見た目相応な笑みを浮かべて。
「よければちょっとだけお話しない? 夜は退屈でしょう?」
そんな風に、切り出してきたのだった。
「あ、ちなみにこのヒトは〝いーくん〟ね。今は眠っちゃってるんだけど」
「……誰をさして言ってんだ、あんた」
「え、だから。このヒト」
かちゃり、と刀を揺らして少女は答えた。
真顔で。
冗談ひとつ無い顔色と声音で。
……これは、ちょっとやばいかもしれない。
もちろんアタマが。
ロリババア(ガチ)
刀に名前つけて話しかけてる痛い子に見えるだけのめっちゃ優しい人