純潔の星   作:4kibou

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3/『はぐれもの』④

 

 

 

「よいしょっと」

 

 どさり、と少女――麻奈は荷物を置いてひと息ついた。

 自分の背丈の1.5倍ほどもある巨大なバックパックである。

 中はぎっしり詰まっているようで、見るからにぱんぱんだ。

 

「……話っつってもよ、一体なにをどう話すっていうんだ。あいにくと子供に話すようなコトなんざ無いぜ、俺ぁ」

「だから、流崎……」

「そんなこと言わないで。……そうだね、ちょっと気になる部分から」

「なんだよ」

「ふたりは恋人なのかな」

 

 ばくん! と跳ねたのはどちらの心臓か。

 

「――違え。命を掛け合った仲だ」

「なるほど、シンプルだね」

「…………、」

 

 さっぱりとした悠の返答は決して間違いではない。

 間違いではないのだが……いや、うん、間違いではないので。

 

 なので、とくに、こう、思うところとかあるワケもない妃和である。

 

 ないったらない。

 そんなのはまったく、これっぽっちも、小指の先ですらない。

 

「……がんばって。ひーちゃん」

「な、なにをですかっ」

「なんでもないよ?」

「――――ッ、だったら。その、違いますから。……本当」

「? どういう話だよあんたら」

「な、なんでもないッ!」

「??」

 

 思わず怒鳴ってしまった妃和だった。

 

 いや本当ないから。

 こんなのは一時の気の迷いというか周りに彼しかいない弊害みたいなものだから。

 

 ……などと、自分に言い聞かせてみたりする。

 意味があるかどうかは、彼女のみぞ知るだろう。

 

「ふふっ。まあ、この話はそれぐらいにしておいて」

「どのぐらいだよ」

「本題は、さっき言った通りかな。君がアレをしたのかってところ」

「羽虫か」

「そう。開花までしたアレを倒したのは間違いないんだね?」

「俺ひとりでやったコトじゃねえけどよ。……あぁ、仕留めたのは俺だな」

「そっか」

 

 にこりと笑いながら、麻奈がうんうんと頷く。

 どこか納得いった、とでも言いたげな様子で。

 

「どうりで。ああ、でもそうだね。君があの〝奔星(はしりぼし)〟なのかな」

「あ? なんだそりゃあ」

「え、知らないの?」

「知らねえ。意味も分かんねえ」

「………………そう」

 

 その回答は正しく予想外だったのだろう。

 目を見開いた麻奈の表情は分かりやすいほど驚いている。

 

 同時に、どこか思考を巡らせているようにも見えた。

 思い当たる部分があったのかどうか。

 彼女は数秒顎に手を当てて考えながら、

 

「――ねえ、はーくん」

「……その呼び方はどうにかなんねえかな……ぞぞっとくる」

「はーくん」

「…………なんだよ…………」

「君は空の向こう――上の世界を見たコトがあるかな?」

「……空の、向こう……?」

 

 反射的に視線を夜空へ投げた。

 彼女の言いたいことの本質はさっぱり読み取れない。

 

 もとより空というのは曖昧だ。

 雲を越えて大気圏を抜ければそこから先は広大な宇宙空間である。

 

 ……まさかとは思うが、麻奈はそのことをさしているのか。

 

「俺は地球生まれの地球育ちだが」

「ないんだね」

「……あんた、なにが言いたい? いや、なにを確かめたいんだ?」

「ごめんね、詳しくは言えない。でも、分かったよ。……うん。なら君はまだ大丈夫」

「…………、」

 

 一体、なにが大丈夫なのだろう?

 悠にはそのあたりが依然さっぱり分からない。

 

「安心したよ。とりあえず、今のところは」

「……胡散臭え。何者だあんた。会話になってねえぞ」

「うーん。強いて言うなら、おもちゃ箱の人形……とかかな」

「はぁ?」

「物の例え。わたしは結局、なにもできなかった人のひとりなんだよ」

 

 刀を抱えて麻奈は自嘲気味に笑った。

 

 ……おかしいことに。

 その絶妙な表情だけで、悠の視界はパッと晴れたようだった。

 

 言葉の重み、纏う雰囲気、細かいところの手足の動き。

 それら全てが上手く噛み合わさっているとしか思えない態度。

 見た目は一切変わらない少女のままなのに、そこにはたしかな歳月がある。

 

「……あの、紺埜……さん」

「ん? どうしたの。ひーちゃん」

「い、いえ。その……驚かないんですね。流崎……男の人を、見ても」

「そりゃあ、長いこと生きてたらね。はーくんみたいな子は何人かいたし」

「そ、そうなんですか……?」

「うん。いたよ。外でも生きられた貴重な男の子たち。かくいうわたしの夫もそうでね」

 

 どこか遠いところを眺めながら、麻奈はきゅっと刀を握りしめる。

 

 もう二度と会えない誰かの影。

 そんな幻影を夜闇にでも見たのだろうか。

 

 悠と妃和には、当然その真意は分からない。

 

「激しい人だった。喧嘩が好きで、ヒリつく感覚が好きで、どこまでも真っ直ぐなプライドと信念を抱えて生きたひと。正面を塞ぐ壁も苦難も全部切り裂いて、旅立っちゃったバカなひと。……雰囲気は、はーくんに似てたかな」

「俺?」

「うん。純エーテルなんてくそくらえー、なんて言ってね。怪物たち相手に刀一本で立ち向かって、血まみれになりながら生きてたり」

「それは……流崎そっくりだな」

「ヒヨリ。なんか俺のこと勘違いしてねえか」

「そうは思えないが。……いやだって血まみれで剣一本で立ち向かったじゃないか」

「俺、喧嘩はそこまで好きじゃねえよ。生きてる実感があるのは愉しいが」

「戦ってるときの流崎、とっても愉しそうだった」

「ありゃ喧嘩じゃねえ。殺し合いだ」

「同じじゃないか!」

「ぜんぜん違え!」

 

 意地が足りねえだろ意地が! という悠と、

 なにが意地だ!? と声を上げて反論する妃和。

 

 対する麻奈はやいのやいのと騒ぐふたりを見て頬を緩める程度。

 微笑ましい若者の痴話喧嘩を見守るおばあちゃんだった。

 

「アオハルだね」

「「誰がッ!?」」

 

 息もぴったりである。

 

「ふふふっ……でも、そうだね。ふたりを見てると、昔のこと、思い出しちゃった」

「…………、」

「はーくん。気をつけなよ。純エーテルの使いすぎはとくに。君たち男の子にとっては猛毒なんだって、しっかり理解しておくんだよ」

「分かってるよ。そんなコトは、随分と前から」

「年寄りのお節介だから。でも、取り返しのつかないコトになってからだと遅いの。途中で足を止めないと、君はいつか必ず後悔する」

「それこそごめんだね。一度決めたら最後までだ。止める足なんざ持ってねえよ」

「……無理はしないでね。ひーちゃんだっているんだし」

「? ヒヨリ? そりゃあいるが。……ヒヨリー? なんか言われてるケドよ」

「き、気にするなっ。……気にしないで、いい。おまえは。流崎っ」

 

 そうか、と応えて悠は妃和から視線を逸らす。

 妃和としてはもうワケが分からないのでそういう話はやめてほしい。

 ちょっと頭がバグりそうだ。

 

「……本当に、気をつけなよ。こんな世界、まともに生きるのも正解じゃないんだから」

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 

 

 

 

 遠い遠い昔の夢。

 おぼろげになった誰かの記憶。

 

 

 

 

 全身の気怠さと、過去最高潮になる節々の痛み。

 

 胸には杭を打たれたような悲しみがある。

 なぜか涙が止まらない。

 

 

 べちゃり、べちゃり。

 

 

 誰かを殴っている。

 誰だろう、顔が腫れていて分からない。

 息はしている、殺してはいないようだ。

 

 

 ぐしゃり、ぐしゃり。

 

 

 誰かを殴っている。

 誰かは分からないのに、胸からこみあげる恨みがあった。

 

 殺せはしない、殺すほどの拳を放てない。

 せいぜい自分にできるのはコレを病院送りにするまで叩きのめすコトだ。

 病に侵された身でありながら、こんな無理を押し通してまで。

 

 

『あぁッ、オマエがッ、オマエをッ、彼女はッ、彼女がッ、彼女を――――』

 

 

 

 ぐちゃり、ぐちゃり。

 

 

 誰かを殴っている。

 顔の分からない誰かを。

 この世で最も憎い誰かを。

 

 殺したいのに殺せなくて、仕方ないから全力を振り絞って。

 最早かすかな命の灯火まで使い果たして、殴ろうとしている。

 

 

『オマエがッ、彼女を――――――!!』

 

 

 ……結局。

 それで胸は、一切晴れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 ふと、目が覚めた。

 

 飛び起きるように身体を持ち上げて、荒い呼吸をくり返す。

 どうにも悪い夢を見たらしい。

 

 夢の内容は覚えていないけれど、胸中には嫌な感情が残っていた。

 

「――――っ」

 

 ……頭痛がする。

 

 いつもの体調不良とは違う、おかしな頭の鈍痛。

 何度経験しても慣れないそれを、悠は堪えるように噛み殺した。

 

「――――…………、」

 

 頭痛はしばらくしておさまった。

 もとより痛み、刺激の類いにはある程度慣れている彼である。

 起きてから十分も経てば動いても支障はない。

 

 そっと立ち上がってマフラーをきつくしめる。

 まだ眠る気にはなれないので、少し離れて夜空を見ることにした。

 

『……奔星、か』

 

 ついでと言うべきか。

 眠る前、麻奈に言われたコトを思い出す。

 

 それがどういう意味なのかを、悠は直感的に知っている気がした。

 願いを背負う夜這星。

 誰がなにを思ってそう呼んだのか、彼にとってはなにも分からない一言だ。

 

「なんだかね、それも」

 

 夜の森は一寸先も見えない闇が降りている。

 寒さは手足を凍えさせるに十分なほど。

 

 月の光も遠く薄れた微かなものだ。

 はあ、と白い息を吐きながら森を歩く。

 

 ……と、

 

「あん?」

「うん? ああ、はーくん」

「だからその呼び方は……まあいい。なにしてんだ、あんた」

「ちょっとお散歩。きみは?」

「眠れねえから気分転換だ」

 

 わずかに木々の隙間が広くなったあたり。

 亜麻色の髪の少女、……というべきかは未だ分からない……麻奈は、背中を大木に預けて座り込んでいた。

 

「座る? 隣」

「いや、いい。悪いがまだそこまでじゃねえ」

「そっか」

 

 言いながら、悠はひとつ空けた木の傍に腰を下ろす。

 

 ふたりの距離はおよそ三メートル。

 それはそのまま互いの心の距離でもあるように。

 

 どこか思うところがあるのを押しこんで、枝葉の隙間から星を眺めた。

 

「…………ねえ」

「なんだよ」

「君から見て、この世界をどう思う?」

「終わってんな」

「あはは、すごいストレートだ」

 

 苦笑交じりの複雑な表情は、けれどどこか同意の色が強いように思えた。

 反射的に口に出した答えがとんでもなかったような、そんな錯覚すら感じる。

 

「純エーテルと怪物の発生については知ってるかな」

「嫌というほど施設で聞いたよ。耳にタコができるぐらいな」

「じゃあ、ここ十七年で怪物たちの活動が急激に低下したのも?」

「……それは初耳だ」

「ちょうど人口が一万を下回ったぐらいからだったかな。それまで大量に殺戮と破壊をくり返してきた怪物たちが大人しくなったの。もちろん脅威の度合いは変わってないんだけどね」

 

 それは奇しくも彼が生まれた時期と一致する。

 流崎悠、御年十七歳。

 純エーテルに適性のない男性からしれみれば、平均寿命の折り返しにさしかかった歳でもあった。

 

「……大人しくって、俺がやり合った羽虫とかもか?」

「あれこそ分かりやすいよ。本当の怪物はたかだか鉄潔角装でどうにかできるような存在じゃないからね」

「まるでそいつと戦ったコトがあるような言い方だな」

「お恥ずかしながら。人類初の怪物撃破はわたしだったりするんだよ、これでも」

「…………それが本当ならとんでもねえ婆さんだな、あんた」

 

 不機嫌な表情を隠そうともしない悠。

 数人の命と引き換えに討ち倒した相手を「取るに足らない」とはっきり言われたのがどうも納得いかないらしい。

 

「ともかく、怪物たちはその猛攻を緩めたの。まだ人類が滅んでいないのがなによりの証拠。興味を失ったのか、生かされてるのか、それとも別の問題なのか」

「そんなのは頭使うヤツらが考える話だろ」

「そうだね。でも、ちょっとは考えてみてもいいと思う」

「なにをだよ」

「純エーテルって、一体なんなんだろうね」

 

 ぴくり、と悠の眉が動く。

 

「……エネルギーじゃねえのか」

「純潔の女性を好み、それ意外に有害性を撒き散らす神秘の粒子。そうは言うけど、いくらなんでも都(・)合(・)が(・)良(・)す(・)ぎ(・)る(・)とは思わない?」

「都合……?」

「効果が限定的すぎるってこと。深淵を見ればなんとやら、とも言うんだし。くれぐれも過信は禁物だよ、はーくん。こんなもの、本当は無い方がいいんだから」

 

 それで言いたいコトもなくなったのか、麻奈が「よいしょ」と声を出して立ち上がる。

 

 ……過信をするな、とは言うけれど。

 悠にとってはそれがどの程度のものなのか、いまは皆目見当もつかない。

 

「いずれ分かる日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。わたしは後者を願っておこうかな」

「おいおい、意地が悪ぃな」

「分からない方が良いこともあるんだよ」

「……それはそうかもしれねえな」

 

 ぱんぱんと服を叩いて麻奈は踵を返した。

 暗闇でまったく気付かなかったが、彼女はずっと刀を抱えていたらしい。

 そのまま得物を握り絞めて悠の来た道を帰ろうとする。

 

 ――その、近くに。

 

 

 

〝え?〟

 

 

 

 音も無く、

 気配も無く、

 暗がりから鋭く飛び出た、鋭利な枯れ木色(羽虫)の影を見て――

 

 

「ッ、オイ! 危ね――――」

「ん?」

 

 

 くるり、と笑顔で振り返る無防備な帯刀少女。

 そこには血の色はおろか、凄惨な匂いすら感じさせない。

 

「――――いや、悪い。……気のせいだ。驚かせた」

「ふふっ、いいよ。ぜんぜん。わたしの方こそごめんね」

「……なんであんたが謝るんだよ」

「なんとなく。……じゃあね、今度こそおやすみ。はーくん」

「……ああ」

 

 力無く手を振って、木々の合間を縫うように歩く彼女を見送る。

 

 勘違い、もっと言うなら酷い見間違いだ。

 こんな夜中の森で、暗がりから羽虫に襲われるなどと。

 

 どうりで、悪夢を見るのも頷けた。

 

「……俺も帰るか」

 

 立ち上がって来た道を戻る。

 

 靴の裏には土と草と木の根っこみたいな感触。

 ザリザリとした足音をならして森を歩いていく。

 

 闇は深くても、恐れるべき相手の気配はない。

 

 途中、パキパキと音がした。

 寒さで折れた枝でも踏んだのだろう。

 

 いまぐらいの時期なら、なにもおかしくはない話だ。

 

 

 




夜に電灯もないと真っ暗だからね。
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