「――なんなのだ藪から棒にィッ!! 挨拶もなしに男女の逢瀬を邪魔するとはッ!! よもや化け物は空気も読めない醜き命か!!」
「こいつらがそんなモン読めるかよッ!! てめえ!! マキっつったなァ!?」
「ッ!! 貴様、名をッ」
「手ェ貸せボコるぞォ!! てめえとのタイマンはその後だッ!!」
「――ハハハハハ!! いいだろう流崎悠ァ!!」
結託は迅速に交わされた。
拳を握り直す真樹を尻目に悠は直ぐさま駆け出していく。
向かう先はただひとつ。
この状況で唯一狙われてはならない、彼のアキレス腱そのもので――
「ヒヨリ掴まれェ!!」
「流崎!? いやっ、ちょっ、ダメ、あッばッまたぁーーーーー!?」
「ああ
「そ、
「どっちだァ!?」
「
腕の中で顔を真っ赤にしながらきゃーきゃー騒ぐ妃和。
なにをそんなにといった顔の彼はその心情に気付かない。
多分絶対気付かない。
無論、そんなことはこの数日間で嫌と言うほど思い知っている彼女でもある。
「――――ヒヨリ!!
「わ、私だって戦闘部隊だ! 利き腕がないぐらい、どうとでもなる! 普段の生活だってもう慣れてきた頃合いだぞ!?」
「誤魔化すなッ! 冷静に考えてモノを言え!!」
「そんなに怒らなくてもいいだろうッ!?」
「怒るに決まってんだろうが!! そんぐらい死んで欲しくねえんだよ察しろヒヨリ!! おまえのことわりと気に入ってんだぞ!?」
「――――――ッ」
……ほんと、質が悪すぎる。
そんなストレートな物言いを咄嗟に出してくる時点で反則だ。
くり返すが、彼はきっと気付かない。
多分絶対気付かない。
そんなこと、腐るほど思い知っていたハズなのに。
「――抵抗は、できる。でも、羽虫相手だとたぶん、生き残れない」
「おっけぇ、素直にサンキュー。良い子だぜ。コレ終わったら頭撫でてやらあ」
「い、いるかバカっ。そんなことより下ろせ! このままだとお前も――」
「いいやこのままでいいッ!!」
「はッ!?」
言いながら、彼はブレーキをかけるように海面を踏み込んで反転する。
枯れ木色の脅威はおよそ二十メートルは離れた地点で立ち上がっていた。
攻撃は通ったが流石の高硬度外皮、致命傷にはなっていない。
「このままってどういうコトだ!? 一体なにを考えてる流崎!?」
「このままはこのままだッ!
「バカか!? いやバカだったな!! 勝てるワケないだろう片手だぞ!? 片手だから無理するなとかそういう感じの気遣いしてるのはどこのどいつだ!?」
「嘗めんなヒヨリィ!! 俺ぁ別にハンデ背負ってやりたいワケじゃねえ!!」
「じゃあなんのためにッ!?」
「てめえを守るため以外になにがあんだよ馬鹿野郎ッ!!」
――ああ、ダメだ。
もうイヤだ、誰か私を殺してくれ。
妃和は切にそう願った。
真っ赤になった顔を隠したくて俯く。
ちょっとマジでダメだ、ホントダメこれ
めちゃくちゃ幸せでめちゃくちゃ生きてるのが申し訳なくてめちゃくちゃ死にたい。
「殺せぇ……! 誰か私を殺してくれぇ……!」
「誰にも殺させるかよォ!! ヒヨリをよォ!!」
「あぁぁああぁぁああぁぁああッ!!!! ――――死にたいっ……!」
「いくぜェ!! 舌噛むなよぉ! ちゃんと捕まってろよヒヨリィ!! 初手から十二枚だァツ!!」
彼女の慟哭もそのままに悠は腰を低く落とす。
腕の中にある温もりは真実ハンデなんかではない。
無茶を押し通すより何倍も負ける気がしなかった。
なにせ守るべき対象がこんなにも間近に感じられる。
初めての感覚だ。
けれど、不思議と悪い気はしない。
――なら、足手まといだなんて微塵も思えない。
例えどんな理論理屈がそれを否定しようとも、そのすべてを覆してしまいたくなる。
「さぁぶちかますぜ虫野郎ッ!!」
「ひやぁああああああああッ!?」
ごうっ、と加速していく景色。
空の色も海の色もあっという間に追い越していく。
悠にとってはすでに手慣れた、
妃和にとっては未知の感覚だ。
彼の背中から噴き出す純エーテルは束にして十二。
生身の人間ならその速度に耐えきれない。
のを、
「――――……あ、れ……?」
「はははははははは!! やってみるもんだなッ!!」
「え、なん……風が、来ない……?」
「
「そ、それはありがたい、が……そんなことを、してまでッ」
「でもってヒヨリィ!! さっき俺はなんて言ったァ!?」
「えッ!? わ、私を気に入ってる!?」
「その後ォ!!」
違った、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「
「バカか!? バカだな! やっぱり流崎ひとりのほうが良くないか、それ!!」
「行き当たりばったり!! どうなるかはお楽しみだろう!? さァ進むぜェッ!!」
「きゃあああああああああああ!!?? 流崎のばかーーーーー!!??」
左腕で妃和を抱えながら悠が飛翔する。
空いた右手には鉄潔角装である剣。
本領発揮とは言えない状態でも、少年の態度は微塵も変わらない。
……妃和の無くした右手は戻らない。
彼に全部預けてフリーになった左手は辛うじて人並みに動かせる程度だ。
彼女自身の鉄潔角装も形作ることはできる。
「このッ――ああもう……! どうなっても知らないからな……私……ッ」
「ああッ!! 任せとけェ!! ヒヨリィ!!」
「なんだッ!!」
「絶対死なせねえからなァ!! 覚悟しとけよッ!!」
「――――――頼んだ、流崎っ!!」
羽虫がふたりの方を向く。
ギチギチ、ギチギチと。
木製の関節を軋ませて、片腕があげられた。
〝――――伸びる腕!〟
一度見ていれば反応も遅れない。
音速のスピードで放たれたそれを悠は飛びながら身を捻って躱す。
接近は一瞬、外敵は目の前。
「おぉおおぉおおぉおおおおおッ!!」
推進力を乗せた刃の一振り。
今更のコトだ、と少年は笑う。
苦労はしたし完璧にとはいかなかった。
けれど交戦経験の有無は対策を立てるのに十分すぎる意味を持つ。
この距離、この速度、この威力なら。
いまの
「――――らあァッ!!」
火花が散る。
鉄潔角装が固い音をたてて阻まれた。
刃が、進まない。
〝あァ!?〟
キリキリと蠢く虫の口。
もう片手の鋭い鎌がピタリと剣に合わせられている。
――――ありえない。
最初に遭遇したアレは六つで事足りた。
十二も使えば普通お釣りが来る。
なのになんだ。
これは――よもや――まさか――
「――――りゅう、ざきぃいいいッ!!」
「!!」
その鎌が懐からの剣に弾かれる。
双剣の片割れだけを呼び出して、不安定な状態で渾身の力を振り絞ったのだろう。
腕に抱いた少女の動きに引っ張られて、悠の身体がぐらりと傾く。
羽虫と彼の距離は吐息すらかかりそうなほど近い。
「縺ゅ≠縲√ワ繝ォ繧ォ縺上s――」
キチキチと顎が震える。
腕は伸びて鎌は跳ね上げられた。
防ぐものはない。
それを好機と判断して、彼は倒れる上半身を無理やり持ち上げる。
頭は振り子のように。
逸らした背中をバネのようにしならせて――
「おらァッ!!」
――頭蓋を、叩きつける。
「だはははははッ!! あァ痛ぇッ!! おでこが痛ぇなコレぇ!!」
「言ってる場合か! めっちゃ血が出てるぞ流崎!? というか退け今のうちに!」
「おっけぇ! 後ろ飛ぶぞ構えろッ!!」
「よしッ!!」
「ははははははははッ!! 一時退散だッ!! あのヤロウ蹲ってやんのぉ! 羽虫のくせに生意気だなァ!?」
「生意気か!? いやたしかに虫のクセにといった感じだが!!」
すかさず距離をとって、悠は剣を握ったまま額を擦った。
滲んだ血の量は予想以上に多い。
咄嗟の判断で純エーテルを回したのは間違いなく良い機転の利かせ方だった。
そうでもしなければ今頃頭突きをした反動で骨が砕けている。
石頭、というにはちょっと固すぎるぐらいだ。
「というかッ、油断するな流崎! なんだ今の! 完全に防がれてたじゃないか!」
「知るかよ俺の想定ならアレでカタが付いたんだッ!! なのによぉ!!」
「個体差だろう!? 前とは違って反射神経がいいみたいだ! ヤツらにそんな機能があるかは知らないが!!」
「ああそういうコトかッ!! 厄介だな!! また長期戦とか、もう懲り懲りだぜ!!」
「同感だッ!! こいつはさっさと――」
バサリ、と純白の翼が広げられる。
蹲っていた羽虫はいつの間にかこちらを睨んで構えていた。
頭部、胴体、両腕両足すべて損傷なし。
思えば悠の優位性も向こうが武器を失ったコトで起きたものだ。
最初から万全の状態で戦うとなればこの前みたいに圧倒とはいかない。
「――――くるぞッ!! 流崎!!」
「分かってる!! ヒヨリも構えろよォ!! ああそうだ!! 言いそびれた!! さっきはサンキュー助かったぜぇ!!」
「いい!! 私のほうが助けられてるぐらいだ!! まだ返したりない!!」
「はははッ!! そうかよォ!!」
武器を握る。
眼前を見つめる。
一瞬だって余所見はできない。
経験に基づいた確かな予感がそれを確信に変えていく。
下手に動けば、死ぬのはこっちだ。
一度倒したからなんて慢心はなんの役にも立たない。
――天使の羽が、空を掻こうと空気を掴んで、
「まあ、待て」
突然。
その躯が、水の鎖に拘束された。
「オマエしかり彼しかり、なかなかどうして人の庭で暴れてくれるではないか」
私の世界だぞ、なんて厳かさの欠片もなく語る真樹。
その両手には手袋の上から薄く水の膜が張られている。
兆角醒を起こす前から握っていたナイフは見当たらない。
「他者を害するというコトはオマエ自身も害されるという可能性を孕んでいる。自分自身にだけ上手く回るようこの世は出来ていない。故にだ」
冷たい声は悠と戦っていた時と大違いだった。
低く落とされた感情が透けて見える。
楽しさなんて微塵もない。
彼女にとって熱量を持たない相手はただの案山子と変わらない。
なにせそこに、意思のぶつかり合いだなんて起こるべくもないのだから。
「急に現れ、私たちの闘争に割って入り、あまつさえ襲いかかるなどと――オマエ、殺されても文句は言えん
ぐっと、水を纏った拳が丁寧に握られていく。
純エーテルとはまた違った力のカタチは悠も経験したものだ。
たかだか水などと馬鹿にできるものか。
「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけという。殴っていいのは殴られる覚悟のある奴だけという。ならばァ!!」
声を張り上げて、真樹はその胴体を鋭く殴りつけた。
瞬間、
「その覚悟を持ってッ、先ずオマエを殴り殺そう!!」
羽虫の躯を貫いて水飛沫が吹き荒れる。
拳は食い込まずとも威力だけが突き抜けたみたいだ。
純白の羽ごと木っ端微塵に散っていく様はその強度すら錯覚させた。
それぐらい容易く。
彼女は武器に頼るコトなく、人間の天敵を一方的に殴殺したのだ。
「……マジかッ! なんだよあの女!?」
「ああ、そうだった……甘根隊長は本気で別格なんだ……」
「にしてもホドがあるだろ!? なんだよ神様! バグってんじゃねえのかアレぇ!!」
「そちらは随分と楽しそうだな流崎悠。なんだ、浮気か? 浮気なのか? 私との関係は所詮遊びだと? 随分なコトをしてくれるじゃないか!」
「誰が浮気だッ!! 勝手言うなよバケモノ女ッ!!」
「酷いな! これはもう夫婦喧嘩をするしかないッ!! さあ得物を持て我が伴侶!!」
「いつテメエと結婚したァ!! 出会いから距離の詰め方が異次元なんだよテレポートでもしてんのか!?」
「そう言いながらも戦いには俄然ノッてくれそうな貴様が好きだぞ流崎悠ッ!!」
ストレートな好意はぶつけられて嬉しくないワケがない。
そんなコトを当たり前のように思っていた悠である。
なにせ根が単純で純粋な彼の思考は余計なノイズが入らない限り極めてピュアだ。
……まあそのノイズが最近多いのだけれど、それはそれ。
彼本来の性分として受け止める他ないのも事実である。
だからこそ、目の前の女性を前にして思うコトはひとつだった。
――いや、なんというか、食べ過ぎ飲み過ぎが良くないのはその通りというか。
何事にも限度というものがあるということで。
「ヒヨリッ! 下ろすぜ! 退いてろ!」
「えッ!?」
「あん!?」
「あッ、いや、すまん! なんでもない! ちょっと急でビックリした! いやほんと、もう終わりかとかそれぐらいくつろいでた自分にびっくりだ! ほんと!」
「ワケが分かんねえけども!!」
「なにをまたイチャついているゥ!?」
「「イチャついてないッ!!」」
抱えた妃和を海面に下ろしつつ、彼も右手の剣を構え直す。
人間相手、さらに言えば無手との戦闘なんて生まれて初めてだ。
感覚も対処もすべて突貫工事、やり合いながら培っていくしかない。
それは
「いいぜちょうどだ! ちょうどいいッ!! ここらでハッキリ分からせてやるッ!!」
「フハハハハハハ!! やはり
そして。
ふたりは駆けて、敵意をぶつけながら。
「――――――――!!」
その武器が混じり合う寸前。
今度は怪物らしく爆音を伴って。
青色の空が、粉々に砕けて落ちた。
――羽虫の数は、残り三十匹。