純潔の星   作:4kibou

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4/『素晴らしき闘争』④

 ――世界は崩れ、幻想は融け堕ちた。

 青色の空と海が真樹の中へ戻るように消えていく。

 

 代わりに、見えてきたのは枯れ木色に塗り潰された景色だった。

 

「……なんの冗談だ、コイツら」

「し、知らない。だって、流崎、まさか……こん、なの」

「ふむ。どうにも私の兆角醒が食い破られたか。いやはやこんなのでも異形の怪物だな」

 

 楽しそうに笑う真樹。

 が、彼女にとっては心躍る展開でも悠たちにとってはそうでもない。

 

 なにせ一体でもあれだけ苦労した羽虫を三十体。

 それを連続ではなく同時と来たものだ。

 出来るかどうかなんて答えはすでに決まっているようなモノ。

 

 ……耳障りな羽音が彼らを取り囲んで嘲笑うように響く。

 もはやこの場において逃げ道はない。

 

「おいマキ。もう一回さっきの出来ねえのかよ」

「フハハ。兆角醒か? 遠征前ならともかく、今の私に連発は不可能だぞ? せいぜいが一日に一回程度のものだな」

「あ? 遠征前?」

「氷の十字架とやり合った代償だ。実のところ死にかけている。純エーテルを回して無理やり動くのが精一杯というコトだ! だからなんだという話だが!」

「とんでもねえ話じゃねえかッ!! それで他人と殴り合うとかアンタ阿呆か!? 俺よりバカだろ!! もっと自分の身体を大切にしやがれ!!」

「優しいなッ! もっと惚れる!!」

「あぁッ!?」

「流崎ッ、楽しくお喋りしてる場合じゃない! 来るぞッ!!」

 

 どこが楽しいのかまったく疑問だが、そこは置いておいて。

 

「ッ……! 野郎どもォ……!」

 

 黄昏色の空を背景に羽虫の大群が飛んでくる。

 狙いは残酷なほどに分かりやすい。

 人の気配を感じさせない森のただ中、標的は彼ら以外に誰がいるのか。

 

「――――――――ッ」

 

 〝――――ずきん〟

 

 どうする、と悠は刹那の間に必死で思考を回す。

 接敵までは多く見積もっても一秒未満。

 相手をするには戦力が圧倒的に足りない。

 

 第三部隊のメンバープラス悠で無理やり勝てたのが基本的な羽虫の強さだ。

 先ほどの真樹の一撃で認識がバグりそうになるが、アレはおそらく彼女の兆角醒による影響が大きく乗った状態と見ていいだろう。

 

 〝――――ずきん〟

 

 だとするならそれを使えない現状、真樹が羽虫を全部倒せるかは未知数。

 妃和はそもそも戦う人数に入れられず、悠だって仕留められなかったのが事実だった。

 

 〝――――ずきん、ずきん〟

 

 三十体。

 一体でもなかなか倒しきれない化け物を三十体。

 一体でも戦闘部隊数人を容易く殺してしまえる怪物を三十体。

 

「……んだよ、それ……」

「流崎……?」

 

 〝ずきん、ずきん、ずきん――――〟

 

 ああ、そんなの。

 そんなのは。

 全くもって――――

 

 

「――――ふざけてんじゃ、ねえぞ――――!!」

 

 

 背中の純エーテルを噴かせて空を飛ぶ。

 こちらに真っ直ぐ降り注ぐ羽虫は彼よりも遅い速度。

 身体への影響を考えずに起こした速さは自滅まがいの彼の特権だ。

 

 今度は油断も慢心もない。

 彼の心を支配したのは理不尽に対する怒りのみ。

 例えそれが台風や地震に対するような一方的すぎるものだとしても。

 

 たしかな原動力があるのなら、動かない道理はない。

 

「おぉぉおおおぉおぉおぉおおお!!!」

 

 ――頭痛がした。

 

 刃に光を纏わせる。

 純エーテルでコーティングした斬撃。

 咄嗟の思い付きを持ち前の器用さで形にしながら、悠は盛大に剣を振り抜いた。

 

『まず一体ッ!!』

 

 当たりどころが良かったのか、真っ二つになって墜ちていく枯れ木色の死骸。

 ……と、

 

「あァッ!?」

 

 死骸(そこ)から伸びた枝葉の鞭に、四肢を絡め取られる。

 忘れていたワケではない。

 けれど、真樹が倒した時に無かったせいで思考がブレた。

 

 撃破した羽虫が、開花する。

 

「どけぇ邪魔だぁッ!!!!」

 

 枝葉を断ち切って全身へ力を込める。

 周囲に漂う純エーテルが淡く光った。

 

 それは青い星みたいに。

 羽虫たちの暗い色を照らして、空に燦然と輝いた。

 

 ――臨界状態の純エーテルが、撒き散らされていく。

 

「あぁああぁぁぁああぁあああああぁあぁぁああッ!!!!」

 

 開花直前の状態で爆散していく枯れ木色の紫華。

 

 ……頭痛が酷い。

 思考がまとまらない。

 なにか大事なコトが抜け落ちている気がする。

 

『ハルカ。ハルカ。嗚呼、ハルカ』

 

 ああ、でも、それより眼前には大量の羽虫が迫っている。

 だから剣を。

 この手に剣を。

 

『私の恋人。私の愛。私だけの素敵な幼馴染み』

 

 勝ち目がないから。

 勝機が薄いから。

 誰もが無理だと目を瞑る光景だから。

 

『かわいそうに。その意志は星からの命令だろう。憐れな反逆者だ。まったく下らない。腹が立つ。だから早く、私のもとへ。私と一緒に、自由に、幸せになろう。それがいい』

 

 彼は/俺は、アレを/あいつを、倒さ/救わ、ないと――――

 理不尽ないまに、刃向かわないと。

 

『そうだろう? ハルカ』

 

 そうだろう、オ(・)レ(・)。

 

 

 

「――――流崎ぃいぃいいいぃいいいッ!!!!」

 

 

 

 バチン、と。

 頭の中に流れていたノイズがはじけた。

 

 頭痛はやまない。

 

 関係ない、今はそれより声の主を確認するのが先だ。

 直ぐさま視線を真下に向ける。

 

「ばか! 前だ!! 前!! 腕の――――ごぶぅーーーーー!?」

 

 言いかけて妃和が真樹に殴り飛ばされる。

 その、羽虫から攻撃を庇うようなカンジで。

 

 ……衝撃的すぎて思考がマトモに戻った。

 冷えすぎて気分が悪い。

 というか単純に真樹が妃和を殴ったのが嫌すぎて最悪だ。

 

「てめえッ!! クソ女なにしてやがばぁーーーーーーッ!?」

「なんだ貴様ッ墜ちてくるのか!! 戦闘中に余所見とは阿呆だな!!」

 

 〝アンタのせいだろくそったれェ――――!!〟

 

 伸びる腕槍の強襲を受けて墜落する悠。

 傷は負ったが深手ではない。

 せいぜいが内臓を二つ三つ潰された程度だ。

 これぐらいなら数秒もせず完治する。

 

「――――――――あぁあァッ!!!!」

 

 純エーテルを再噴射して地面との衝突を最小限のダメージでおさえる。

 落ち着いて回した思考はなにより先に彼女(ヒヨリ)のコトを考えた。

 

 真樹には任せていられない。

 彼女は一応死なないように配慮してくれるだろうが、その度に殴られては妃和のかわいい顔に消えない傷が付くのは確実だ。

 

「クソッ!! ヒヨリ!! ヒヨリィッ!! 生きてるかァ! 生きてるよなァ!!」

 

 空から降ってくる腕の槍を無視して走る。

 手足が千切れようがなんだろうが構わない。

 

 痛みだけなら耐えれば済む話だ。

 致命傷さえ避けている限り、即座に純エーテルが治してくれる。

 

「りゅう……ざ、き……」

「ッ!! おいヒヨリ! しっかりしろ!! どこが痛い!!」

「顔が……というか、私の心配は、いいから……ッ」

「いいワケねえだろ!! ああクソ!! さっきまで頭回んなかった!! 悪ぃ!! あんな大口叩いといてよォ!! てめえが恥ずかしいなオイ!!」

「いいからッ……あの大群を、なんとかッ……しないとッ……!」

「なんとかだァ!?」

 

 ぐるんと妃和を抱えて振り向きながら、伸びてくる枝葉の槍を斬り落とす。

 悠の初撃と真樹がすでに何体か倒したお陰で数は少しばかり減ったか。

 それでも二十体以上はざっと見て確認できた。

 

「だああああちくしょうッ!! こんなの――ッ!?」

「りゅ、流崎!?」

 

 ――頭が割れるように痛い。

 

 ついこめかみに指を当てて、悠は砕けんばかりに歯を食い縛った。

 耐えるように搾り滓じみた理性を保つ。

 

 一体自分はいまなにを言おうとしたのか。

 それを胸中で再確認して、身を焦がすような衝動に呑まれそうになる。

 

 ……こんなのは、無理だと。

 数を見て、戦況を見て、こちらの状態を正しく認識して。

 それでも勝てるワケがないと冷静な部分で判断しそうになった瞬間、頭蓋の内側、脳みその奥から針を刺されたような気分だった。

 

「――ぅうあぁぁああッ、ヒヨリぃ……!」

「な、なんだッ!?」

「殴れ……! 俺を殴ってくれ! 今すぐ! はやく!!」

「わ、わかったッ!?」

 

 ぽかっ。

 

 肩にちょっとボールが当たったかなぐらいの衝撃だった。

 

「ちゃんとやれぇええええ!!!!」

「そんなに怒るコトないだろーーーー!?」

「いいからッ! 頼む今すぐ!! ヒヨリ!!」

「ああッもう!! ほんと、知らないからな!! 私ッ!! てぇえええぇえッ!!」

「がばッ」

 

 いいストレートだった。

 左手にしてはなかなか鋭い。

 思わず彼が白目を剥きそうになるぐらいには。

 

「――――サンキュー……! スッキリしたァ!!」

「ええ……」

「ともかくなんとかだ!! なんとかだなッ!! ああな(・)ん(・)と(・)か(・)してやるよッ!!」

「で、できるのか!?」

「それは今から試してみるってヤツだなァ!!」

「ばか! ばかだ! ばかだった! もうばかーーーー!!」

 

 妃和の叫びを心地良く耳に聞きながら、悠はもう一度飛翔する。

 ぐちゃぐちゃになりそうな頭の中身を整理できたのは偏に彼の心からくるものだ。

 

 頭痛もなにも無視して人(・)ら(・)し(・)い(・)部分を総動員する。

 自分ひとりだけ、己の命ひとつだけ。

 そう考えられていたのは彼と外の繋がりがあまりにも少なかったからだ。

 

 いまは違う。

 だから、優先順位もなにもかも違ってくる。

 

「この程度でッ」

 

 刀身に空色の粒子を走らせる。

 やり方は単純だ、なにより一回試していた。

 巨大花の撃破時に……あの時は夢中で忘れていたが……彼自身が選んだ手段。

 

「無理だなんざ言ってられっかァ――――!!」

 

 宣言はただの強がり以上の意味を持たず。

 突き刺した剣の切っ先から溢れんばかりの純エーテルを流しこむ。

 

「散れェッ!!」

 

 ばぁん、と風船のようにはじける羽虫。

 枯れ木色の四肢はバラバラと砕けて爆ぜた。

 

 花は咲かない。

 真樹がしたように木っ端微塵に砕けば流石の向こうも次の手はない。

 

「はははッ――そういう、コトだなァ!!」

「どういうことだッ!?」

「光明が見えたァ!! やっぱり雑魚だな!! たかだかあと二十何匹程度だッ!! 全部蹴散らしてくれるぜ!!」

「待て待て待て!? 油断するなよ流崎!! 冷静に!! 落ち着いてッ!!」

「落ち着いてるよ俺は全然ッ!!」

「そうは見えないが!?」

 

 言いながら、悠は二体目の羽虫を爆散させる。

 地上ではすでに真樹が小さな死体の山を積み上げていた。

 あちらが無限に沸いてくるワケではない以上、いずれ底を尽きる軍勢だ。

 

 ならば――――

 

 

 

 

 

「…………あ?」

「――――、りゅ、流崎……?」

「なんだ、コレ。待て。いや……なんッ」

 

 ふと。

 急に、純エーテルの噴射方向がおかしくなった。

 彼から見て右斜め後ろ側。

 そこに向かって、なにやら吸われているような。

 

「――ッ、引き寄せられてんのかァ!!」

「えッ、な、なににだ!?」

「分かんねえッ!! だがこの感覚は間違いねえッ!!」

「あああもうッ!! なんなんだ!! これ以上はもう私もキャパがッ」

「ちくしょうてめえッ!! どこのどいつだ水差してんのはァ!!」

 

 

 

「流崎悠、ここまでらしい」

 

 

 

 

 下から聞こえてきた声にどういう意味だと顔を向ける。

 先ほどまで短刀を握って交戦していた真樹は、すでに戦闘態勢を解いていた。

 まるでもう必要ない、とでも言いたげなぐらいに。

 

「どうにも私と行き先が被ったようだ。ご到着だよ。彼(・)女(・)の」

「あァ!? 誰だそいつはァ!!」

「流崎! 流崎!! そこッ!! 森の中に、誰かいるッ!!」

「なにィ!?」

 

 妃和の指差したほうを見れば、たしかに木の陰に紛れるヒトガタが見えた。

 

 辛うじて確認できるのは日に当たって輝く橙色の髪。

 腰に提げられた数本の刀は鉄潔角装だろうか。

 彼の目からすると以前見た麻奈のモノとは見(・)た(・)感(・)じ(・)で違うと分かる。

 

「――――ッ、まさか、あの女が引っ張ってんのか!!」

「まさか! そんな、流崎!! だとしたらアレは!!」

「アレは、なんだ!? なんだっていうんだよッ!!」

 

 純エーテルの噴射方向を変えて、悠たちはなんとか上空に留まる。

 が、その出力は彼らだけに許されたものだ。

 

 空気を掻いて飛んでいた羽虫たちは足掻くこともできず引き込まれていく。

 森の中、ひとり佇む女性のもとに。

 

「ああ、本当に惜しい。もう少し愉しみたかったのだが。……彼女が居ると、なあ……」

 

 ぽつり、と独りごちる真樹。

 残っていた羽虫の猛攻は止んだ。

 固まって引っ張られるソレらに抵抗する術はない。

 

 

 

 ――それはほんの一瞬で。

 

 爆発的な熱量の火炎と共に、その全てを悉く滅ぼした。

 

「――――燃え、やがった……?」

「……ぁ、あぁあッ……」

「? ヒヨリ? なんだよ、どうした。オイ、ヒヨリ!」

「あぁッ……流崎、流崎ッ……あれはッ……あの、人は……ッ」

 

 爆炎の中から、無傷の人間が歩いてくる。

 森の半分以上を焦土に変えた灼炎。

 間違いなく人智を超えた能力は彼女が兆覚醒の域に手をかけている証拠だ。

 

 

 

「――――陽向、総司令……ッ!!」

 

 

 震える声で妃和が告げる。

 それは拭っても消えない過去の傷。

 

 ――ああ。

 あの日の太陽が、また窮地を燃やしにやってくる。

 

 

 

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