それは割れた雲の隙間から、こぼれるように現れた。
金色の髪と紺碧の瞳。
肌は温度を感じさせないほどの白さで、纏う衣服もそれ以上の白。
人間らしい部分で見れば悠たちとなんら変わらない。
羽虫のようはモノとは違う、真っ当なヒトの姿形だ。
……その背中に、歪な翼がなければ。
「――――――」
縦横無尽に張り巡らされる樹木の羽。
複雑に絡み合う枝葉で出来たソレは羽搏くための器官として成立していない。
ただあるだけの飾りでありながら、浮遊できる性質を持つ矛盾。
……皮肉なコトに。
彼女自身に似合うであろう純白の翼は化け物が持っていて、化け物にあるべき異形の翼を彼女が持っていた。
「……人間……じゃねえよな、どう見ても」
「あ、あぁ……、普通、ヒトは飛べないからな」
「俺は飛べるが?」
「いやこんなときに何と張り合ってる流崎」
その基準でいくと悠も人外扱いされそうだったので一応言っておく。
まあそれはともかく。
「……嫌な感じだぜ。羽虫どもとは明らかに様子が違う」
「そう、だな……どうにも、不気味だ」
知らず、彼は鉄潔角装を握りしめた。
妃和を近くにしてすぐにでも彼女の手を取れるよう構える。
上空のソレに動きはない。
虚ろな瞳はいまだ虚空を見つめたまま。
ただゆっくりと、樹木の羽を使って空に漂っているだけだ。
「………………、」
「くくくッ、コレはなんとも」
一方、葵と真樹は睨むように空へ視線を向けた。
どちらもすでに臨戦態勢。
それぞれ得物を手にした状態で意識を研ぎ澄ましている。
長年怪物どもと渡り合ってきた直感が働いた結果だろう。
動きがなくともその雰囲気でふたりは察した。
間違いない。
アレは、今なおその名を轟かせる怪物どもと
『――――――』
……そっと。
静かに瞳が動かされる。
ハイライトのない昏い眼光。
その焦点はピタリとひとりの人物に合わせられた。
言わずもがな、この場に於いて接触があったのはたったひとり。
――流崎悠、その人だけ。
『――――――……、』
天使の右手が持ち上げられる。
樹木の羽根がメキメキと音をたてて開いた。
大きさは遠目に見ても分かるぐらい
せいぜいが百六十程度の身体に生える全長十メートル以上の巨大翼。
そうして彼女は、薄く口をあけて、
『 』
クスリ、と。
艶やかに笑った。
〝おはよう、ハルカくん〟
「――――――――ッ!!」
頭が痛い。
なんだかよく分からない。
けれど、その顔を彼は知っている気がする。
これまで生きてきて一度も出会ったコトのない人物なのに、そんな確信があった。
一体、どこの誰だったろう。
そのことを気にかけようとして――
『な――――』
空から降ってくる無数の
「――――ヒヨリィ!!」
「えッ!? うわっ!!」
咄嗟に彼女を後ろにやりながら純エーテルを操作する。
切り落とすのは不可能に近い。
上空から放たれた枝葉は文字通りの弾幕だ。
避けるにしても逃げるにしてもその数の多さから無意味だと分かる。
取れる手段はただひとつ、防ぐしかない。
「このォ――――野郎ッ!!」
鉄潔角装の応用で足元から連なるよう剣を生やす。
神秘の鋼鉄、刃金の盾は急拵えながら良い出来だった。
そんじょそこらの攻撃では傷ひとつ付かない硬さ。
――それが、易々と削られる。
「オイオイ嘘だろッ!!」
「――――ッ、流崎……!? なにが、起こっている……!?」
「とんでもねえッ!! コイツまじかよ!! ケタが違ぇッ!!」
あの羽虫にも剣を折られたコトはあった。
先ほどの戦闘でも悠の鉄潔角装は葵に砕かれている。
だが、それらはあくまで理由あってのものだ。
前者は初めての創造故に脆く、後者はそうなるよう仕向けた結果。
だからこそ目の前の現実は非常に重い。
幾層にも連なった剣刃の盾が、薄っぺらい木の板でも割るようにガリガリと砕かれる。
「あぁあぁあああぁぁあああぁぁあぁぁああッ!!!!」
――防ぎきれない。
脳内の冷静な部分で悠自身がそう囁く。
鉄潔角装を再展開するにも時間が要る。
クオリティアップは当然ながら望めない。
必要なのはなにか、捨てても良いものは。
切ってもいい手札はなんなのか。
それを考え抜いた上で、彼は迅速に決断を下した。
「クソがよォ!! もってけこんちくしょう――――ッ!!」
大事なものは決まっている。
なら方法に拘ってはいられない。
痛みで気が狂うのを覚悟しながら、
もしかしたら戻れないと念頭に置きながら、
妃和を庇うように立った彼は、全身から剣を生やすことで自身の身体を盾とした。
「――――――――ッ!!」
血が噴き出る。
意識が途切れる。
それでも崩れることはできない。
落ちていくモノを歯を食い縛って必死に堪えた。
――痛みに耐えるのは、慣れている。
〝ど、どうしてそんな体で学校来てるの……!?〟
『――――ああ、てめえ――』
わからない。
痛みで意識が朦朧としている。
普通ならなにもできないハズだった。
こんな激痛の連鎖、こんな苦しみの積み重ねに体が動くワケがない。
なのに、常識と反していやに己はマトモだ。
「――――――、――――――」
枝葉の弾丸が途切れる。
掃射は時間にして十秒程度で終わった。
血まみれになった身体は無事ではない。
けれど、なんとか生きている。
「ッ、ご、ぼォッ……! げぼッ、おえッ、ごえぇッ……!!」
「! 流崎! 流崎!? お、おまえっ、なにを! いや、こんなッ」
「ッ、ヒヨ、リィ……! 距離、取れェ……ッ、逃げ、ろ……!」
「に、逃げろって、そんなコト!」
「良いからッ! 早く!! じゃねえとッ……死んじまうだろ……!!」
「――――っ」
全身を襲うのは外部からの痛みと内部からの痛み両方だ。
純エーテルを回した悠の身体はその反動を、
攻撃を受けた箇所は外傷による痛みを訴えている。
べしゃり、と受け身も取れず倒れたのは当然だった。
こんなのは、息が出来ているコトすら奇跡にすぎる。
「――――私がッ、おまえを放って逃げられるか、ばか……!」
「あ、ぁッ……!?」
「一緒に退くぞ! 利き手じゃなくても力はある! 流崎ひとりを抱えるのは――」
無理でもやるべきだ、と彼女が決断をした瞬間だった。
その思考を読んだかのように、頭上の天使が腕を下げる。
「でき、るん……だ……――――」
……せいぜい。
羽虫を相手にするとき、気をつけるのはその攻撃だけだった。
アレらは人を殺すだけの生き物で、知恵を使うことは滅多にない。
最低限の学習機能は持っていても人並みの知能は持たないとされている。
だが、これはどうだろう。
遠く、妃和たちから百メートルは離れた森の彼方へ向けて枝葉が伸びていく。
展開したのは言わずもがな空の天使だ。
なにを目的としたのか深く考えなくてもいい。
まるで――――檻のようだ。
「……まずいぞ。これは、もしかしなくても――」
「閉じこめられたなッ、巴隊員、流崎悠!」
「甘根隊ちょ……ッ!?」
と、妃和はその声がしたほうを振り向いて絶句した。
「私も落ちたものだよ。いや、なに。流石に力を使いすぎてしまってなァ」
「だ、大丈夫ですか!? 血まみれですけど!?」
「案ずるな。まだ死なんよ。鉄潔角装はもう無理に振れんが」
「ん、だよてめえ……! ダメじゃねえか……ッ」
「貴様もな流崎悠。得意の治癒はどうした?」
「まだあと二分はかからァ……!」
「そうか」
治るならそれでいい、とばかりにふいっと視線を逸らす真樹。
戦力の把握は簡潔に終わった。
まともに抵抗できるのは治癒を見込んで悠と、あとは――
「総司令殿はいけそうだ。首の皮一枚私たちも繋がったようだぞ」
「あの弾丸の雨を掻い潜ったのかよ……」
「見ろ。盛大に燃えているぞ」
ぴっ、と彼女が指差したほうへ視線を向ける。
……なるほど、たしかに分かりやすい。
森のただ中で火炎が渦巻く光景は〝いける〟か〝いけない〟かだと間違いなくいける。
「流石は総司令殿。此度の手柄も決まったようなものかもしれんな」
「……そんなに凄えのかよ、あいつ……妃和の親御サマ」
「……まあ、うちの母さんは、実力だけは本物だから……」
「〝嵐の巨人〟と〝空の海月〟を倒したのは総司令殿だぞ? どちらもほぼ単独でだ」
「ああ、そうかい。聞いたコトのある化け物どもを……」
もはや状況は人を連れ帰るか否かではなくなった。
なによりもまず戦って生き残らなくてはならない窮地。
悠はともかく、妃和や真樹はその戦闘行為ですら少し難しい。
その上退路まで防がれている。
絶望的だ。
だからこそ、輝くような光がある。
「 ――――
太陽が、地上に咲く。
【嵐の巨人】
百メートル超のヒトガタのハリケーン。アメリカ全土縦断して悉く破壊したやべー奴。核となる本体は女性の石像。討伐隊を組むも総司令以外全滅。彼女にハリケーンをぶった切られて大人しくなり、現在活動停止してカリブ海の底に沈んでる。
【空の海月】
空飛ぶクラゲ。青白いシル○ーブルーメ的な(おい 空から触手伸ばして人から血を吸う。体液が空気より軽いため自分の体内で割合を弄くって浮かんだり沈んだり風に流れたりする。空が汚れてるのは多分こいつのせい。日本に立ち寄ったところを総司令にぶち殺され済み。