「なんだよなんだよオイ……! こんなの聞いてねえぞッ!!」
「私もだ、流崎! というか聞いてるも聞いてないもないと思う!」
「流石に親玉ということか。我らが総司令殿が手こずっているなァ」
遙か上空に伸びた樹木の塔を仰ぐ。
直径でいえばおよそ五十メートルほど。
枯れ木色の枝葉で編まれた木の幹はそのまま天使の足に繋がっていた。
『――――――』
……紺碧の瞳が眼下を睥睨する。
天使は玉座の上で待ち構えるよう佇んでいる。
ふと、空を見た悠とその視線がぶつかった。
知らないのに知っているような顔。
どこかは分からないけれど、やっぱり彼はそれに見覚えがある気がして。
「――――あァッ!?」
「流崎!?」
突如、地面から生えてきた枝葉に手足を絡め取られた。
「なッ――んだ、てめえ――!?」
高く持ち上げられていく悠の身体。
不意打ちじみた拘束は天使の支配圏によるものだ。
森から草原に変わった時点で周囲一帯はすでに彼女の根が張られているも同然。
足りないエネルギーを補給することだってできるし、このように枝葉を出すコトだって自由自在。
「うおおおお――――ばッ――――んだこの――――!?」
上昇は止まらない。
高く高く彼の身体は持ち上げられる。
地上から葵が攻撃するも吸収されて届かない。
両腕、両足、首に胴体。
すべてに巻き付いた枝葉を砕くのは流石の彼も簡単にとはいかなかった。
負荷に耐えながら純エーテルを回す。
少しずつ少しずつ、その密度と濃さをあげていって、
「――――――」
不意に、動きが止まった。
驚いて目を見開く。
悠の正面に見えたのはあまりにも色のないヒトの顔。
生きているのか死んでいるのかも分からない表情をした天使。
その瞳が、じぃっと彼を覗き込む。
〝…………ハルカくん?〟
「――なんだてめえ喧嘩売ってんのか」
〝ハルカくんだ〟
「うるせえ」
〝ハルカくん、ハルカくん、ハルカくん――――!!〟
「やかましいッ!! 大体イントネーションがおかしいだろうがッ!!
〝ハルカくん!〟
「やっぱ喧嘩売ってんだなァ!?」
「おい巴隊員。彼、何事か喋っているぞ。あの化け物と」
「え、いや、それより連れて行かれた流崎の身体の心配とかは!?」
「あの程度で死ぬワケがないだろうそう簡単に」
「そ、そうですか!」
彼の頭蓋に直接響く声。
本来なら聞こえないモノを受け取ったのは流崎悠という人間の真実故だろう。
天使の言葉は彼以外に届かない。
もとより、届いても会話にならないのが普通だ。
〝お願い、止めて。私を止めて。
「誰だそいつらッ!! 知らねえぞ俺はッ!!」
〝早く殺して。みんなを殺して〟
「名前も知らねえヤツが俺に指図するんじゃねえッ!! てめえいい加減に!!」
〝これ以上、誰も死なせてしまわないために〟
「だからいい加減にしろやァてめえ!!」
〝お願い――――――たすけて、ハルカくん〟
ずきん、と頭蓋に鈍痛が走る。
分からなかった、一体なにが助けてほしいというのだろう。
彼には化け物の感性なんて理解できない。
まったくこれぽっちもその意図が読めないでいる。
「大体ッ!! 助けを乞うにも態度ってモンがあるだろうが――――!!」
我慢できない、と悠が身体中の純エーテルを爆発させた。
臨界状態の神秘の奔流ですべて吹き飛ばす。
そうすれば邪魔な枝葉も木っ端微塵だ。
この程度の拘束は一度力を引き出してしまえば彼程度でも簡単に突破できる。
――それが本当に、発動できたなら。
「!!」
ガコン、と炉心を急に停止されたような錯覚。
純エーテルが回らない。
いや、たしかに体内には巡っているのに、まったく操作が効かなくなっている。
見れば彼の皮膚からは淡い燐光が洩れていた。
空色の粒子は引き寄せられるように樹木の拘束具を伝っていく。
そう、神秘ですら例外なく。
「――ッ、この野郎ォ! てめえ!! 横取りかよ意地汚え!!」
〝ごめん。ごめんね。ごめんなさい〟
「謝んなァ!! ぶっ飛ばすッ!!」
〝ごめんなさい。ハルカくん――〟
「ご――――ッ!?」
全身を貫く枝葉の槍。
羽虫のものとは比べものにならない速度だった。
一瞬にして悠の胴体が穴ぼこだらけになる。
防御も回避もできない状態。
さらに加えてまずいのが、体内の純エーテルを吸われているという事態だ。
つまり、このままだと治癒が一向に進まない。
「――――あ、――ご、おぇ――…………!」
瞼の裏で火花が散る。
前頭葉が焼け爛れている気がした。
頭痛は酷い。
全身が痛みに塗れていて暑苦しいからだろう。
思考が/断線して/まともに/頭が/働かなく。
「――――――」
――ああ、でも。
でも彼は、その痛みに覚えがあった。
いつだったか遠い昔の話。
まだ彼が
――そう、
「……
わからない。
知りもしない誰かの思い出。
そんなものが走馬灯のように悠の脳内を駆け巡る。
わからない。
若くして全身の至る所に悪性腫瘍が見つかった。
普通なら病院のベッドの上。
それでも誰かは、どうせ死ぬならとその命を使い潰した。
ただ、小さい頃からの幼馴染みと少しでも一緒に居たいからと。
――わからない。
今から百年ほど前の時代にあった、語り継がれるコトもない昔話。
それをどうして、今の
『ハルカッ、ハルカぁ……っ』
嫌だ、悲しい、辛い苦しい。
涙を流さないでほしい。
この先ずっと、その顔には笑って欲しかったのに。
『いやだっ、なんで、どうして……! 死ぬな、頼む死なないでくれ……っ、分かったんだやっと! やっとおまえの気持ちが! 私の大切なものが理解できたんだ! ごめん、ごめん悪かった私が悪い私のせいだっ……! だから、頼む……っ』
大好きだった。
愛おしかった。
彼女が笑うと
彼女が泣くと
いまの立場に不満はなかったから、傍にいるだけで
ああきっと幸せだ。
なにせ一番大好きな彼女の、たったひとつしかない
そこに座れただけでもう十二分。
彼女から答えを返されるようなコトも、ましてやそういう関係になるコトも考えてはいなかったのに。
『私をひとりにしないでくれ……っ、ずっとずっと、一緒に居てくれよぉ……!』
最後はそんな風に、とびきり酷い思いをさせてしまった。
それが心残り。
それだけが
身体は容易く風化しても中身はとびきり頑強だったらしい。
なにせボロボロの四肢を引き摺って学校まで通っていたバカだ。
おまけに、
「――――ハ」
意識が切り替わる。
この程度の激痛は可愛いものだ。
身体中の細胞が死滅していく感覚に比べればなんてコトもない。
黒い瞳が真っ直ぐ天使を射貫く。
にへらと、悠の顔に脱力した笑みが浮かんだ。
「あいつじゃねえのは、ちょっと残念だな」
それは旧知の間柄に冗談でも言うようなトーンで。
「けど、そっか。――お前なのか、枯木」
天使は、わずかに頷いた。
「ハハハッ――ああ、なんだ。ちくしょう……――――」
思考が断線する。
意識がまたブレた。
曖昧な記憶を頼りに継ぎ接ぎだらけの自我をつくる。
知っていること、知らないこと、知らなくていいこと、知らない方がよかったこと。
ぜんぶがぜんぶ、彼の持っているもの。
「――――ちくしょう、がよォ……!!」
『――――――』
まだイマイチわからないことだらけだ。
でも今はそれで良い。
今はまだ、それで。
「なにが〝たすけて〟だァ!! 枯木ィ!! そんなのはなァ――――!!」
それで、十分だから。
「ちゃんと言葉にしてみろやァ――――!!」
「――良い吼えっぷりだ、流崎少年」
突如、下から切り上げられる枝葉の触手。
灼炎を噴射して飛び上がった葵が彼を抱きかかえる。
炎は吸収されても物理攻撃は効くらしい。
一瞬にして彼の拘束すべてを断ち切りながら、彼女は直ぐさま地上へと反転した。
「! あんたッ」
「だが分からんな。怪物と知り合いなのか? ああも楽しそうに会話するとは」
「どうにもそのあたり
「ほほう。それは一体?」
「あいつはここで止めなきゃなんねえッ!! 殺してでもだッ!!」
「なるほど。シンプルで分かりやすい。ならば手を貸してもらうぞ」
「望むところだ総司令サマ! もとより
拘束から逃れて回りだした純エーテルが急速に傷を治していく。
この恩恵も思えば分かりやすいものだ。
女神様はどうにも彼に死んで欲しくない様子。
そのための祝福と贈り物。
要はこの肉体はカミサマに直接弄られたと言って良いオーダーメード。
「こんなふざけた喧嘩
【悲報】百年経ったら知り合いが化け物になってた件wwwwww【怖い】
生命の流転、ヨシ!(指さし呼称)
どうして百年前の人の記憶があるんですか?(現場猫並感)