対異形災害用戦闘部隊。
純エーテルを戦闘で扱えるレベルの女性のみで構成されたその部隊は、いわゆる人類に唯一残された反撃の牙だ。
所属人員は各地域を合計してもおよそ三千人程度。
うち、極東地域におけるのは一割以下……三百人にも満たない少数精鋭である。
彼女たちの使命は至ってシンプル。
地上の人間を悉く蹂躙した怪物たち相手に、一矢報いて可能であれば撃破するコト。
命を散らして勝利を掴め、人類に栄光あれ、我らに明日をもたらしたまえ――。
つまりは残された人間の役目として未来を切り開きながら戦って死ね、というのが彼女たちに課せられた最大にして最悪の責務。
無論、簡単にできる話でもない。
ましてや相手は七十億といたニンゲンをあっという間に消した埒外の化け物ども。
死んでいくのは当たり前で、苦しい思いをするのは当然で、絶望に打ちひしがれるなんてまあ日常茶飯事だったり。
立たされた状況は別け隔てなく等しく地獄だった。
たった数人、十数人で化け物相手にどうしろと? なんてのはもっぱら彼女たちの愚痴であるのだが、そこはまあ追々と。
――ともかく、戦う力を持った少女たちは怪物へ立ち向かう役目を背負った。
それは変えようのない真実だ。
どんなに嘆こうと、どう泣き叫ぼうと現実はかくも非常で変わらない。
ならばそこに重苦しい雰囲気が漂うのもきっと間違いだろう。
なにはともあれ、明日は明日の風が吹く、ともいうのだし。
明日をも知れない命なら、せめて毎日気楽に、真剣に、らしく生きてやろうと。
そんな風に決意した強かな少女たちが、この時代には溢れているのである。
◇◆◇
「なあー
「? なんだ」
「なんか面白い話してくれー。タイクツだぁ」
「ええ……」
……そして。
そのうちのひとつである極東管轄本部所属、第三部隊。
わりと真面目かどうかでいうと
「なんかあるだろぉ。こう、昔話的なのでもいいし」
「いや、そう急に言われてもな……」
「なんでもいいからよ。出現地点までまだまだ距離あんだろ? 暇なんだよー話題提供をしてくれよー」
「……そうだな。じゃあ、これは私の暮らしてた町が壊滅したときの話なんだけど」
「いや重いわッ!! あたしは〝面白い〟話をしろって言ったのであってヒトコトも〝重い〟話をしろとは言ってないわッ!!」
「待て待て。ちゃんと面白いんだぞ。雲の隙間に天使が見えたんだ」
「それのどこが面白いんだてめえ!?」
うがー! と唸りながら立ち上がる短髪の少女。
悪路のためにガタガタ揺れる車内がいっそう激しく震える勢いだ。
「――おやめなさい
「うるっせぇエセお嬢様! そのパツキンロールはなんだドリルかァ!?」
「ぶっ殺しますわよ?」
「上等だやってみろやァ!!」
「落ち着け竜乎。それに、
「わたくしのはドリルではなくスクリュードライバーでしょうどう見ても?」
「気にするのはそこでいいのか?」
自信満々で「ふふん!」と髪の毛をふわふわ漂わせる
妙なところに拘る彼女は、なぜか座席で優雅に紅茶を飲んでいる。
震動でゆっくり味わえたものでもないだろうに、としばしジト目を向けた妃和だったが、どうにもそのあたりは全くもって
ピシッと着こなされた戦闘部隊特有の黒い制服にはシミひとつなかった。
たぶん特殊な訓練かなにかでも受けたのだろう、知らんけど。
「静かにしてくださいよ……運転してる隊長の邪魔でしょう」
「いやいや、良いんだよー私のコトは気にしなくて、
「それ邪魔になってんですよいい加減にしてください。なんでそううちの人らはちゃらんぽらんなんですかウチの心労マッハなんすけどああもうお腹痛いぃ……」
「大丈夫か柚葉。水飲むか?」
「ウチの心配するより先にあの人らの喧嘩止めてくださいよ妃和先輩」
「む、……それもそうだな」
「おい妃和ぃ! てめえこのエセですわの肩持つ気かァ!?」
「ですわとは何事ですわッ!! ――――ワケわかんないセリフになったじゃありませんのォ!!」
「知るかバーカ! そんなんだからエセなんだよエセ!!」
「ぬ、ぬぐぐぐぐぅ――――――!!」
と、その惨状を見た妃和がくるりと柚葉のほうを向く。
「無理じゃないか?」
「諦めないでくださいウチだってそう思いますケド」
「じゃあ無理じゃないか」
「だから諦めないでくださいって妃和先輩こういうのに首突っ込むの得意でしょう」
「そんなつもりは一切ないぞ……」
キリキリキリ、と痛む胃をおさえながら睨む
丸眼鏡の奥から覗く瞳がこれでもかと「なんとかしろ」と物語っている。
圧が凄い。
「あ、待って待って無線太いのキタ。妃和ー? ごめん私からもその子ら黙らせてお願いだから。チューニング、チューニングっと……ここだァ! アレ違う!?」
「隊長まで」
「ヴッ」
柚葉の姿勢が一段と下方に下がる。
もはやお腹をおさえるのではなく蹲っているレベルだった。
それでもなお妃和を見つめるあたり意志の強さは評価するべきだろう。
なんというか、やっぱり圧が凄い。
「……喧嘩はダメだぞ、ふたりとも」
「これだから紅茶飲んでるヤツはダメなんだよ! コーヒーにしとけコーヒー!」
「あんな泥水を啜るとか正気ですのォ!? 品位がしれてますわね!!」
「言ったなァ!? てめえ言ったなァア!? うちの総大将がコーヒー好きなの忘れたかよオイコラァ!?」
「しーりませんわよそんなコトぉ!! だいたい総大将って総司令のコトを言っておられますゥ!? ――――あッいやちょっとお待ちになって今の撤回、前言撤回致しますわ」
「いや急に冷静になるなよ……」
スンッ、と熱が冷めたように縮こまる有理紗嬢。
勢いのままに口走った内容が不味かったことを自覚した様子である。
覆水盆に返らず、吐いた唾は飲み込めない。
もはや手遅れであるのだが、それはそれ、やべえと思ったらやべえと止まってしまうのが人間の危機察知能力だ。
「ふたりとも、静かに。いま隊長が」
「だってよぉ妃和このエセドライバーが」
「だッッッ、だれがエセドライバーですのッ!? 貴方わたくしに喧嘩売ってますの!?」
「売ってんだろうが実際よォ!!」
「チンピラ紛いがよくぞ言えたものですわね!? ぶっ飛ばしますわよ!?」
「――隊長。これ無理です」
「えっまじぃ?」
車内に搭載された化石レベルの無線を弄りながら、運転席の女性がくるりと後ろを向く。
人員、物資運搬用の車両は後部スペースに数人が乗り込んでもそこそこ広い。
わーきゃーと騒ぐ馬鹿ふたり、それに手を焼くひとり、それらに「ぽんぽんぺいん」とうずくまる最年少がひとり。
合計自分を入れて五人のフルメンバーを拝みながら、彼女はニコリと微笑んだ。
「――うん。ここから徒歩でいこっか!」
「よォし今日はこのあたりにしてやらあ気が変わったァ!!」
「奇遇ですわねわたくしもそう思ってところでしてよ賛成ですわッ!!」
『仲が良いなこのふたり……』
ふんッ! と互いにそっぽを向きながらドカリと席に腰掛ける両者。
喧嘩するほどなんとやら、という意味がちょっと分かる気がする。
《――本部から第三部隊へ。本部から第三部隊へ。聞こえますか?》
「はーい、こちら第三部隊隊長
《そこから南西二十キロ地点〝羽虫〟の反応を確認してます。現在人の住んでいない廃村を徘徊中とのコト。他に必要な情報はありますか?》
「あー、応援の数とか知りたいナー。私たちだけじゃないでしょ流石に」
《第七部隊と第五部隊が合流予定です。あとは第十一部隊も、欠員が埋まっていませんがなんとか出撃は可能との回答をもらっています》
「そっかー。てことは実質三部隊プラスアルファ? 四部隊未満? 〝羽虫〟相手に? うーん参ったなあコレ大丈夫? 不安いっぱい胸おっぱいなんだけど」
《は?》
「あ、ゴメンじょーだんタダノジョークよジョーク。ま、応援待って交戦開始といきますから、両部隊に早めに到着求ムと伝えといてー」
《
ブツン、と無線通信が打ち切られる。
要点だけを簡潔にまとめたオペレーターは鉄もかくやという態度の冷たさ。
あまりの暖簾に腕押し感にさしもの彼女も堪えたらしい。
「あっはっは遠回しに死ねって言ってない? ねえ? あれちょっとー? おーい。……え、おっぱいでマジギレ? まじすかイマのめちゃくちゃフランクなギャグでは……?」
「なにやってるんですか隊長ぉ……、……ヴッ」
「柚葉。どうどう。ほら、水」
「妃和先輩ッ……! ウチもうこの部隊抜けたいんですけどぉ……!」
悲痛な後輩の叫びをフイッと視線をそらしながら受け流す。
きっと重くて、どろりとしていて、とても受け流せるものではないとしても必死にスルーを決め込んでおく。
言わずもがな、彼女だって歴としたこのメンバーの一員だ。
正直なところ居てもらわなくては瞬で空中分解する、とどこかで妃和は確信していた。
「――てなワケでみんな聞こえたー? 一番乗りは私たちだけど戦うのはみんなと足並み揃えてからね。ま、言わなくても分かるか! たった五人で〝羽虫〟とやり合うなんてフツーに無謀だしね! 絶望的にも程があるっていうの? あはは、うけるー」
「一切うけませんよ隊長……ッ」
「竜乎と有理紗は大丈夫か? ちゃんと聞いてたか?」
「おうとも。ばっちしだぜ」
「誰にモノを言っているのかしら妃和サン。このわたくしは――」
「エセドライバーな」
「死にますの?」
「やんのかァ?」
「だからやめろってふたりとも……」
またもやいがみ合うふたりを宥めつつ、妃和はほうと息をひとつ。
車内には弛緩しながらもどこか引き締まった空気が漂い始めている。
言わずもがな、軽い態度とは裏腹に誰しもが頭で理解っているコト。
そう、きっと、これから先は――――
「――――は?」
ふと、運転席から間の抜けたような声が聞こえてきた。
緊急事態、というほどの重みはない。
代わりに「とんでもなく信じられないモノを見た」とでも言いたげな音の震えがある。
「隊長? なにを」
「まッ――――やっばこれ人じゃなーい!?」
〝えッ〟
フロントガラスの向こうに見える赤土の荒野。
ほんのわずかな刹那の瞬間に、妃和はその光景を垣間見た。
――――誰か。
生命の在処が失われた不毛の大地に、
人の気配が消えた終わりの地平に、
似合わない
――――誰かが、いる――――
「――――――――ッ!!」
継ぎ接ぎだらけの鉄を軋ませる衝撃音。
慣性の法則に従って少女たちの身体が吹っ飛びかける。
それをどうにか抑えこんだのは偏に個々の力量だ。
……けれど、ああいや、たしかに
こんな大樹も岩壁もないような荒野のど真ん中で、なにかにぶつかるなどと――
「ちょおッ……なにしてんだ隊長ォ!?」
「あっぶないですわァ……! お紅茶が溢れるところでしたわよ!」
「た、隊長。いまのは、いや――人、を……!」
「最悪ですねなんですかコレウチもう帰りたいんですけどぉー!」
「いやいや私だってちょっと意味がよくわか――」
「オイオイなんだよコイツはァ」
ぎしり、と。
車体の前面から響いてくる低い声に、全員の動きが固まる。
過去における法定速度なんてカワイイもの。
メーターが経年劣化で壊れていなければ、彼女たちを乗せていた車は三桁は間違いないレベルのスピードを出していた。
当然、そんな高速で走る質量の塊がぶつかれば人体など呆気ない。
声を出すコトはおろか、原形すら留めないほどぐちゃぐちゃになっているのが自然の道理なのだが。
「ま、まさかよぉ……〝羽虫〟ってコトはねえよなぁ……?」
「ありえませんわ。ヤツらは人の言葉なんて喋りませんわよ」
「じゃあ……なんなんですか、アレ」
「怪我を……して、いないのか……?」
「……うん。確かに人みたい。見るの怖いケド……いや、本当に人カナーあれは……」
ガラス越しに映る人影を視認する。
身長はおよそ百七十前後。
シルエットはコレといっておかしくもない普通のヒト。
格好はボロボロで、首には赤色の襤褸切れを巻いていた。
いまのところ、武器と言えるようなモノを構えている様子もない。
「待て。アレ、あたしらの
「
「めちゃめちゃ人騒がせなのもいたもんですね……ヴッ」
「……いや、けれど……」
「――――とりあえず。先ずは会話からカナっと私は思うわけよ」
無線機を外部スピーカーのチャンネルに切り替えて、彼女はそっとマイクを握り絞める。
「……あー、もしもし? ごめんなさい思いっきりぶつかっちゃって。平気? 怪我とかはない? 大丈夫? あとコレが一番聞きたいんだけど、どこの所属かなー……?」
「――――んなもんねえ。さっき逃げてきたばっかだ」
戦闘部隊の制服――黒を基調としたコートのような――を羽織った人影が答える。
依然変わらず声は低い。
それはトーンとか、話し方とかではなく、もっと
ちくり、と違和感のようなトゲが思考を刺激した。
「……逃げた? 部隊をってコト? それはまた……いや、思いきったねぇ……」
「みたいだ。
「ほぉほぉ。……そーれで? どうしてこんなところに?」
「行き当たりばったりだがよ……いや、まあ、渡りに船ってヤツだ。いいな、コレ。そうだろ。いいもん見つけたぜ、なぁオイ」
びゅおう、と風が吹く。
荒れた大地に敷き詰められた、粗い砂埃が空気を舞う。
ひらりと流れていく深紅の首巻き。
見ようによっては不出来なマフラーにも見えるそれが、隠していた顔を曝け出した。
「――――――え?」
それは、見間違いでなければ。
いや――見間違いでないとオカシイような。
そんな、いまでは普通に見られなくなった顔のつくりで。
「な、なんだよッ。どうした隊長!」
「誰でしたの? なんでしたの!?」
「しっかりしてください。相手の目的はなんですか」
「隊長!」
「い、いや、待って! ちょっと待って! だって――まさか、アレって――!?」
「申し訳ねえけどなァ!!」
――ギギギ、と。
異様な音が空から降ってくる。
いつの間にか前方に立っていた人影は消えていた。
残っているのは派手に飛び散って乱れた砂の痕。
跳躍の痕跡だ。
――――天井から、光が漏れる。
「こっちも生き死にかかってんだ。だからよォ!!」
歪む、歪む、歪む。
旧時代の弾丸を受けても凹まないほどの装甲が。
たかだか生き物の力程度ではどうにもならない鉄の皮膚が。
バリバリ、バキバキと冗談のように裂けていく。
「はァ!? 嘘だろコイツ!!」
「なんのおふざけですのこれはッ!!」
「このご時世に内乱とか時代遅れだとウチ思いますケド!」
「い、いや、流石に馬鹿力すぎるな……!?」
「そういう問題じゃないそういう問題じゃない! だって、その子は……ッ!」
指の先に宿る空色の光をバーナーのようにして、それは血反吐をまき散らしながら車の屋根をこじ開けた。
「こういうの、昔はなんて言ったかな。……ああ、そうだ。タクシーだったか? まあいい、ちょっとで構わねえから乗せていってくれよ――――
太陽を背にして笑う闖入者。
その姿に誰もが度肝を抜かれて、肝心要の部分に気付くのが遅れた。
骨張った手と、骨格からして異分子となった身体の違い。
歯を見せて覆い被さる姿は絵面もあって〝悪漢〟という字がこれ以上なく似合っている。
……ともかく、これが彼らの初対面。
お世辞にも良いとは言えないような、ハプニングじみたエンカウントだった。
ダイナミック乗車。