純潔の星   作:4kibou

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5/『樹木の天使 前半』⑤

 

 

 

「方法はひとつだ、流崎少年」

「ああッ!? なんだそいつは一体ッ!!」

「アレが吸収による回復と力の増加を持っている以上、普通に攻撃したところでジリ貧だ。まずはその補給路を断たなくてはならない」

「つまりィ!?」

「あの巨大な木の柱から切り離す必要がある」

 

 いくら傷を入れたところで大地と繋がっていては埒があかない。

 地球(ホシ)そのものからエネルギーを摂取していればガス欠にもならないだろう。

 

 直接叩くとしても――むしろそれ以外方法がないのだが――なんにせよあの枝葉の幹をどうにかしない限り治癒が発動してしまう。

 

 それは羽虫とはまた違った、彼女特有の厄介さだ。

 

「おっけぇ分かったァ!!」

「できるのか、君は」

「何事も挑戦だろッ!! やる前からできないなんて決めつけてんじゃねぇ――!!」

「なるほど」

 

 落下途中に葵から離れて純エーテルを噴かせる。

 

 現在上空百メートルほど。

 

 身体の傷はすでに治りきっていた。

 無理も無茶もできるぐらいに調子はいい。

 

 刃に走らせた神秘の粒子。

 空色の極光を臨界域にまで引き上げる。

 

 

「おぉおおぉおぉおぉおお――――ッ、らぁぁぁああぁぁぁぁああ――――!!」

 

 

 衝撃が大樹を揺らす。

 木片がパラパラと周囲へ砕け散った。

 

 枝葉の集合体、樹木の塔、枯れ木色の巨大な幹。

 

 その硬度はいくらなんでも天使の体ほどではない。

 全力で振り抜いた悠の刃は、三十メートル近い切り込みをそこに刻み込む。

 

「――――さァもう一発だッ! それで――――」

 

 だが。

 

 だがしかし、その言葉の続きを遮るように。

 

 傷付いた枝葉の幹は、一瞬にして元の形を取り戻した。

 

 ……凄まじいスピードで小さな枝と枝を重ね合って欠損部分が修復される。

 

 追撃を入れる暇もない。

 まさしく瞬間。

 

 彼が刃を振り抜いたと認識したとき、ついた傷は間髪入れず塞がりはじめた。

 

「――くそが一発で削り取れってかァ!?」

「やっぱり無理だろう流崎少年!」

「うるせえ一回だけで決めんなァ!! 俺(オレ)ァいま猛烈に頭に来てんだよッ!!」

「なぜだ!」

「知らねえ! 知るかよぉ!! だがな! 良い気分しねえ! それは間違いねえ!! そうだ! そうだろ!? そうなんだよなぁ!! おい枯(・)木(・)ィ!!」

 

 記憶が混濁している。

 自分が何者なのか一秒ごとに分からなくなった。

 

 リュウザキハルカ。

 

 名前は記号だ。

 ただの飾りだ。

 その本質は別のところにある。

 

 思えばどうして、こんなにも心が掻き毟られるのか疑問だった。

 

 でも当然だ、だって彼はその理由を徹頭徹尾持っていた。

 

「歯ァ食い縛れよ!! いまは俺(オレ)の全部、てめえにブチ込んでやらァ!!」

 

 純エーテルが、彼の周囲で光り輝く。

 

「ハ、ハハ! ハハハ! ハハハハハハ! アハハハハハハハ――――!!」

 

 思考回路がブチブチと千切れていく音がする。

 マトモな理性が熱に溶けて消えていく。

 

 苦悶に歪むはずの表情が真逆の笑みに染まった。

 感情から出力されるモノが反転したみたいだ。

 

 哄笑する悠に余裕などありはしない。

 痛みによって頭が漂白される。

 

 余計なコト、要らないモノが頭蓋の外にはじき出された。

 

 それでようやく彼自身。

 

 つまらない飾り付けをすべて取っ払った、真っさらな本当の彼。

 

「はははははははははははははッ!!!!」

 

 目尻に赤い涙が溜まる。

 涎と一緒に鉄臭いものが溢れていく。

 

 鼻からも耳からも赤黒い液体は止まらない。

 

 純エーテルの負荷が否応なしに襲った。

 外の世界に慣れたと言っても過剰なエネルギーの行使はまだまだ自殺行為。

 

 彼はそれを慎重に、冷静に、必死に押さえて研ぎ澄ませる。

 

 

「――――砕けろやァ枯木ィイ!!」

 

 

 刃金に灯る純潔の輝き。

 エネルギーの刀身を伸ばして悠は大きく剣を振りかぶった。

 

 頭痛がやまない。

 

 声なき声がすべてに逆らえと命令してくる。

 どこかの誰か(ユニ)が早く来いと呼んでいる。

 

 

 

 ――――関係ない。

 

 

 

 斬撃は真横に一文字、裂くように。

 

 

「おらぁあぁぁぁぁああああああぁぁぁあああああッ!!!!」

 

 

 どろどろに汚れながら叫ぶ悠。

 

 七孔噴血もかくやといった出血量だった。

 毛穴という毛穴から血がダバダバと流れている。

 

 負荷は凄まじい。

 

 いつもより純エーテルの回りは酷く暴走しながら安定していた。

 出力が跳ね上がっているのに、扱うだけならそれほど苦労もしない。

 

 きっとそれは、彼(オレ)の記録が前面に出たことで歓喜したユニ(ヤツ)がいるから。

 

「ご、ぶぁごぉッ、ぐぶ、げぼぉおげぇえッ――!!」

 

 ――――断ち切った幹の隙間から向こうの景色を垣間見る。

 

 けれどそれも束の間。

 一秒にも満たない出来事だった。

 

 即座に再生をはじめた枝葉が幹の傷を塞いでいく。

 

 刃自体は届いても威力が低かったか。

 加えて振り抜くまで時間もかかりすぎた。

 

 難しく考えるまでもない。

 

 失敗だ。

 

「――――あぁぁあぁクソ! クソッ!! 切れたのによォ!! 一歩足んねえッ!!」

「落ち着け流崎少年! 一旦退くぞ! 体勢を立て直す!」

「仕方がねえッ! ああ分かった! 退くさ! だがどうだ切れたぞ見ろよ! 無理だなんざと言うのは早えよなあ!?」

「すまない! いや君を嘗めていた! なかなかやってくれる! 私的に五十ポイントだ!」

「なんだそりゃあ――――!!」

 

 ワケの分からない会話をくり広げながら、悠は葵と共に地上へ飛び降りる。

 

 決定打にならなかった要因はシンプルに相手の回復力故だ。

 エネリギーは十分と蓄えられたのだろう。

 ただの得物で切り裂いただけでは残っている分で離れた身体を補強できてしまう。

 

 だからこそのあと一歩、もう一手。

 回復を阻害する攻撃が追加で要求されるという事実。

 

「! まずい! 来るぞ! 追撃だ!」

「あぁッ!?」

 

 そしてなにも、天使だってただ殺されるのを待つだけではない。

 半植物だと油断することなかれ。

 樹木の翼は先の通り攻撃力に関して圧倒的だ。

 

 スケール、能力、すなわち格の違い。

 

 あれは正しく羽虫の親玉として申し分ない怪物である。

 それを努々忘れるな、と彼は自分に言い聞かせようとして。

 

 

『――――――――』

 

 

 己に迫る、無数の手(えだ)を見た。

 

「――――うおあぁぁぁああぁぁぁああぁッ!!??」

 

 反射的に剣を振るう。

 ひとつ切り裂けばふたつ懐に入り込んだ。

 

 速い。

 多い。

 なにより読めない。

 

 不気味な軌道で迫る枯れ木色の手。

 それはあっという間に彼を捕まえて、全身を握り潰さんと軋みをあげる。

 

「――――がッ、ご、おぉおおぉ――――ッ!?」

 

 〝ハルカくん、ハルカくん、ハルカくん――〟

 

 遠く空の手前に天使が見えた。

 頭に響く声は震えているようだ。

 

 無表情の白い仮面。

 その下で流れている涙を幻視する。

 

 ずきん、と脳髄を揺らす頭痛に苛まれる。

 

 ――――そう、彼女は、こんなコトができるような人間ではない。

 

「ッ、泣いてんのかァ!! 枯木ィ!!」

 

 〝たすけて、たすけて、たすけて――〟

 

「うるせえ!! ばーか!! なにがたすけてだッ! いいようにされやがってぇ!! いまに見てろてめえッ!! どいつもこいつもよォ!!」

 

 知らない記録が蘇る。

 

 邪魔だ、要らない。

 そんなものは必要ない。

 

 流れてくる感情と映像に頭が痛む。

 

 うるさい、黙れ。

 必要ないったら必要ない。

 

 いま必要なのは感傷に浸るようなセンチな弱さじゃあない。

 

 〝ハルカくん――――!!〟

 

 

 

 

 

「ハルカハルカハルカってェ!! うるせえっつったんだよぉぉおおおおお!!!!」

 

 

 

 

 全身から剣を放出して木手の拘束から外れる。

 いい加減聞き飽きた、と彼は怒りの形相で敵を睨んだ。

 

 彼女の正体は半ば掴めていた。

 それは経験からくるものでも、知識から予測したコトでもない。

 余計な情報がもたらした感覚の一致。

 

 あの怪物が、もとはただの少女だった。

 

 ――そんなのはどうでもいい。

 

 どうなろうと構わない。

 昔がなんだろうと今は今。

 樹木の天使は間違いなく人を殺した異形の怪物ならば。

 

 ――彼にとって、殺戮(きゅうさい)以外の選択肢など存在しない。

 

 

 

 

 〝みんなを、たすけて〟

 

 

 

 

 だって、そう。

 彼女のコトは、どうしてか知っているから。

 

「――――ぐ、ぅ、づあぁあぁあああぁあぁあああああぁぁああッ!!!!」

 

 諸刃の剣が此処に来てついぞ悪い方向に触れた。

 ボロボロになった身体にトドメとばかりの枝葉が突き刺さる。

 

 致死量を上回ってこぼれる血液。

 折れて砕けた骨が内臓をぶすぶすと破る感覚。

 身体をミキサーにかけられたような気持ち悪さが包む。

 

 

 

 

 

 

『私ね、ハルカくんのこと――』

 

 

 

 

 

 

 ……ああ、そういえば。

 

 死ぬ一か月ぐらい前に、彼女に告白されたんだっけ。

 いや、なんとも男運のない。

 

 バカですぐぶっ倒れるような軟弱者を好きになるなんて。

 

 

 

 

 

 

「――――――――――」

 

 

 

 血を流して落ちながら思い返す。

 

 別にどうってことはない。

 両思いというワケでもなかった。

 

 彼(オレ)には好きな人がいて、彼女ではなかった。

 だから別に、特別重い記録(カンジョウ)があるかといえば違う。

 

 ――でも。

 

 ああ、でも。

 

 いまの自分が吼え叫ぶ。

 

 気に入らねえ、気に喰わねえ。

 だからどうした、ふざけてやがる。

 

 知り合いをこんな風にされて。

 知ってるヤツをこんな形に利用されて。

 

 

 

 ――――頭に来ねえなら、てめえの心が廃れてるってモンだろうが――――!!

 

 

 

「そう、だよ、なァ……!!」

 

 再三になる決定。

 変わりなき選択。

 たすけるために、止めるために。

 

 そのために、やっぱりあいつは殺す。

 

 

 




呪い祝福詰め合わせセット的な今作主人公。

長所は痛いのを我慢できることです。えらい!
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