「――――流崎っ!」
落ちる悠を拾ったのは、いつもの如く妃和だった。
なんであれ戦闘部隊。
片腕がなくとも人並み以上に動けるのが彼女たちである。
ので、真っ逆さまに振ってきた彼を受け止めることなど造作もなかったらしい。
「大丈夫か! 大丈夫じゃないなッ!!」
「ヒ、ヨリィ……!」
「! 意識があるのか、凄いな」
「うるせえ……てめえ……! ああ、だが、安心したッ!」
「なぜだ!?」
「おまえが〝流崎〟って呼んでくれたからだよ!」
「そ、そうか!」
どうにも反応に困る言葉をスルーしつつ……少なくとも彼女は見事にスルーできたと思っている……妃和は思考を回す。
遙か空の彼方まで昇っていった樹木の天使。
戦況は若干向こうの流れに寄っているかといったところ。
なにせ葵は無傷ながらも攻勢を止め、悠はこの通りボロ雑巾にされている。
羽虫程度で命をかけていた妃和にとっては手を出すこともできない相手だ。
……いや、まったく、非常に悔しいが。
「――無事か、妃和」
「ッ、総司令!」
「母さんとは呼んでくれないのか」
「いまはプライベートとは違うはずですがッ!」
「だが任務中ではないぞ」
「緊急事態でしょう!?」
「私はそのほうがやる気がでる」
「母さんッ!!」
「うむ」
満面の笑みだった。
なにをこの状況で、と睨みつける妃和を差し置いてひとり幸せになっている。
片手間に迫る枝葉を斬り伏せながら。
「さて、まだ動けるな流崎少年?」
「当たり前だァ! こんな程度で終われねえ!!」
「それはなにより。私としてもこのまま持久戦になるのは避けたい。病み上がりだからな。長引くとリスクが高くなる。そのためにも短期決戦だ」
「じゃあどうするよッ!!」
「私が幹を切る。君は
「おっけぇ乗ったッ!!」
跳ね上がりながらニィッと歯を見せて笑う悠。
先ほどまでの怪我の弱りようが嘘みたいだ。
以前とは目に見えて違う。
……それは妃和が初戦から彼の戦いを知っていたからこその気付き。
彼の回復力も純エーテルの総量も度を超えてあがっている。
「甘根隊長! そちらはどうだ!」
「いやはや厳しい! この傷だと安静にしたいのだがなッ」
「そうは言うが枝葉をはじけているあたりまだ全然と見えるぞ!」
「この程度ならば問題あるまい! アレには勝てんが!」
「そうか! では妃和を頼む!」
「保証はしかねるぞ!!」
「してくれ!!」
仕方がないと言わんばかりにため息をつく真樹。
彼女の怪我も相当だろうに攻撃の対処は難なくこなしている。
言わずもがな、葵に適わずとも彼女だって一部隊の隊長クラス。
北極遠征に参加した実力は伊達じゃない。
……だからこそ、妃和にとってはもどかしい。
この場において一番足手まといは誰か、嫌でも分かってしまう。
「妃和は自分の身を守ることに専念するんだ。これ以上傷を増やされては私は倒れるぞ」
「…………っ、わ、分かって、る」
「賢い子は好きだ。頼んだぞ、妃和。おまえが生きていてくれる限り、私は戦えるから」
ぽん、と頭を撫でられる。
諭すような言葉は真実妃和の心境を慮ってのコト。
実力不足なのは否定のしようがない。
戦闘部隊の端くれで、腕も一本失っている彼女に戦力として期待できないのは今更だ。
ここで駄々をこねたところで、無駄に死ぬ命がひとつ増えるだけ。
「――――さあ流崎少年! 準備はできているな!?」
「ああッ! いつでもいけるぜこんちくしょうッ!!」
ふたりが鉄潔角装を構える。
見上げる先には枯れ木色の敵。
守るべき相手は背中に。
……そう、時間をかけて危なくなるのはなにも自分たちだけではない。
悠にとっても葵にとっても大事な彼女が危険に晒され続けている。
だからこそ、余計に時間は取れないだろう。
「即行で、カタをつけ――」
なのに。
その思惑を、一瞬で叩き潰す光景が目に入った。
ゆらりと彷徨わせた片手を振り下ろす樹木の天使。
悠たちの気持ちを嘲笑うかのように虚空から枝葉が出現する。
それは瞬く間に折り重なり、肥大化し、ひとつの形として集結した。
「――――――な」
空を覆う樹木の塊。
巨岩、でもなければ星の上につくられた隕石か。
直径は目視で測れない。
少なくとも彼らのいる森をすっぽりおさめて余り有る。
辛うじて見える巨塊の果ては遙か先だ。
――それが、頭上にあるという現実。
「ありかよそんなのォ!!」
「……まずいな。あんなものが落とされたらひとたまりもない」
「見てりゃ分からァ!!」
質量の暴力。
大きさの違いでもって存在としての規模を示された気分だ。
村ひとつ、街一つなら容易く潰してしまえる枝葉の塊。
その重さはどの程度のものか。
考えるまでも無く、人体なら粉々にできるだろう。
そうなればきっと死んでいる。
悠の治癒だって意味が無い。
「――――――」
ごお、と空気の揺れる音。
天使が塊を動かした。
地上数百メートル先から巨星が墜ちてくる。
なにもかもを押し潰す、枯れ木色の星が。
「――――いけ、流崎少年」
「あんだとォ!?」
「作戦変更だ。アレは私が叩き切る。君が仕留めろ」
「できんのかよそんなコトッ!!」
「やってみせるとも。
「…………てめえ」
お返しと言わんばかりの物言い。
先ほど幹をぶった切った際にどこかのバカがそんなコトを吐かした。
当然、樹木の塊はそれより何倍もの大きさを誇っている。
その対処を悠ができるかというと博打になる。
「――ああ分かったよッ!! やってやらァ!!」
「すまないな。幸運を祈る」
「そっちもなァ! 後でやっぱりできませんでしたなんて聞かねえぞッ!!」
「ならないさ。……させない、というほうが正しいのか?」
それぞれが得物を手に戦場を駆ける。
悠は純エーテルを噴かして空へ。
葵は静かに鉄潔角装を構えて地に立った。
立ち向かうべき相手はサイズの大小だけで脅威は変わらない。
「――――しかし」
視界を遮る枯れ木色の壁。
叩き切るとは言うが、そんなのは人の領域を軽く超えている。
例えるなら手に持った刀一本で山を割るようなもの。
できるできない以前に、考えるのすら馬鹿らしい所業だ。
「久しく骨が折れそうだ。……今の私でどうなるか未知数だが、まあ、試してみよう」
灼炎を刃に纏わせて葵が笑う。
巨塊はすでに落下をはじめてしまった。
なら結果はふたつにひとつ。
迫り来る塊を粉砕して全員生き残るか、抵抗虚しく全員押し潰れるか。
「――――は」
馬鹿らしい。
後ろに妃和がいるのに悪い予想をした自分を鼻で笑う。
「……ああ、そうとも」
負けるワケにはいかない。
倒れるワケにはいかない。
勝つのは己だ、と強く自分自身に言い聞かせる。
上昇する火炎の熱量。
逆巻く焔が彼女を包んだ。
それは正しく、地上に輝く紅い太陽みたいに。
「できない道理なんて、ないだろう――――!!」
練り上げた灼炎が刃を走って空へ届く。
超高温度の焔の刀身。
燃え上がる太刀の狙いはひとつ。
その壁を、ぶち壊すためだけに。
「おぉおおぉおおおぉおおぉおおおぉおおおお――――ッ!!」
いま、彼女に振り下ろされて。
◇◆◇
「――はははははははは!!」
「いやいや、見事だ。素晴らしい。これだけは褒めてやるぞ枯木」
「あれを見ろ。あの姿を見ろ。あの輝きを目におさめろ」
「ハルカ。ああハルカ。私のハルカ」
「お帰り。待ってたぞ。遅かったじゃないか。よくぞ戻った」
「であれば、そう! 私も介入を辞さない構えだ!」
「だってハルカだ。ハルカだぞ? そうだハルカなんだ。ハルカなんだよ分かるか枯木!」
「土いじりばっかりだったおまえの手で触れるなどと癇に障るコトをしてくれる!」
「だからこそ見せてやろう! いまの時代の神秘は私だ! 純エーテルは私の一部だということだ! そのルールすべてが私から発生した秘匿なのだよ!」
「故に授けよう! 彼に祝福を! 私の後押しをッ!!」
「――おまえたちの魂をその役割に押し込めたのは私なのだから、斃すタイミングを決めるのも私でいいだろう!?」