純潔の星   作:4kibou

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6/『樹木の天使 後半』①

 

 ――他人の生き死にを、あまり意識したコトがなかった。

 

 それは葵が戦闘部隊の総司令になるよりずっと前の話。

 

 毎日のように駆り出された戦場で、いくつもの死体を見ていた。

 誰も彼もが生き残れる強さを持っているわけではない。

 

 だからそれはある意味当然で、当たり前の光景だ。

 

 見知った顔、見慣れた顔。

 昨日話をした彼女、今朝朝食を共にした彼女。

 

 そんな仲間たちが、勝利のあとに無惨な姿で見つかる。

 

 不思議と犠牲に涙は出なかった。

 悲しいという感情すら浮かばない。

 

 だって、そう。

 

 戦って死ぬのは当たり前なのだから。

 

『おまえはつくづくこの仕事が似合っているよ、葵。イカレているところも含めて』

 

 男性の収容施設に行った同期(みさ)からそう言われたこともある。

 

 彼女には分からなかった。

 

 倒すべき相手に立ち向かうなんて簡単だ。

 理由もなにも全部用意されている。

 人類のため、未来のために命を懸けるのは当然のこと。

 

 そう決めたのならただそうするだけでいい。

 そんなシンプルなことを、どうして難しくしようとするのだろう。

 

『怖くないんですか? 戦うことが。……死んでしまうことが』

 

 分からない。

 

 例え怖かったとしてなんだというのだろう。

 そんなのは足を止める理由にならない。

 

 戦って死ぬのは当たり前だ。

 この道を選んだ以上、それは可能性のひとつとして常にあるもの。

 

 覚悟を決めれば後は進むだけ。

 

『やだッ、いやですよぉ! 死にたくなんてないッ! わたしはッ、わたしは……!』

 

 分からない、分からない。

 

 誰かが死んで涙を流す時間に、一体どれだけ敵を倒せるだろう。

 誰かを亡くして悲しむ間に、一体どれだけ他人が犠牲になるだろう。

 

 考えれば分かるコト。

 彼女の中にはもとよりひとつしかない。

 仲間が死のうが、手足が千切れようが、戦って殺すのが自分たちの使命だと。

 

『ズレているよ、おまえは』

 

 そんなことをくり返していればいつの間にか今の立場にまで成った。

 

 幸運なことに彼女の力は人並み外れていて、

 その精神性も人の常識からは外れていたらしい。

 

 人類の敵だというから立ち向かって、戦う力があるからただ倒す。

 

 ……やっぱり分からなかった。

 そうも難しいことだろうか、と。

 

『きっと総司令は、一人でお強いんです。だから、それは貴女の凄さだと思いますよ』

 

 ずっとずっと、彼女はそうやってきた。

 ずっとずっと、そんな景色ばかり見てきた。

 

 気付けば生きていたのは彼女だけ。

 

 周りの誰もが力尽きて志半ばで死んでいく。

 苦しみ悶えて悲嘆に暮れながら消えていく。

 

 それが、当たり前だった。

 

『美沙。どうにも私は死神らしい』

『そりゃまた、なんでだ?』

『任務で同じくしたメンバーの死亡率がトップクラスだ。脅威の八割を誇る』

『はははッ、おまえそれ、本気で死神じゃないかッ』

『……笑うことではないだろう』

 

 敵を倒すために必要な犠牲だった。

 

 そう思う。

 それ以外になにを思える。

 

 分からない。

 

 何度も何度もくり返して。

 何度も何度も同じことをして。

 

 ――――そんな、ある日のことだった。

 

『あああ! たすけて! たすけてたすけてたすけて――――!!』

『ごめんなさい、ごめんなさい……! ごめんなさいごめんなさいィ!!』

『逃げて、逃げ――あぁ、あぁぁああああッ、あああああああ――』

『誰か、誰かッ――頼む、おねがい、誰でも、いいからぁ……』

 

 ひとつの村が壊滅する瞬間に立ち合った。

 太平洋から飛来してきた異形の怪物。

 

 空の海月。

 

 宙に浮かんで人の血液を吸い殺す化け物は、たったの数分で小さな村の住人を平らげた。

 

『――――――』

 

 別に、それが初めてだったワケじゃない。

 強いて言うならタイミングが悪かった。

 色々と重なった結果、最悪の形で頭に響いただけ。

 

 葵は個として最強だった。

 彼女は単体で完成されている。

 

 その強さに偽りはない。

 本気を出せば星さえ壊してしまう力は、慎重に扱う必要があれど強大だ。

 

 でも、それだけ。

 

 たったひとりで守れるものなんてたかが知れている。

 いくら彼女が強くても、彼女だけではなにも守れない。

 

 敵を殺しても戻ってくる命はない。

 当たり前だ。

 今更なにをと、そんな馬鹿げた感傷を蹴飛ばして。

 

『…………ぁ』

 

 すべてが終わったとき。

 彼女は視界の隅でわずかに動く、小さな小さな命を見つけた。

 

『――――――…………』

 

 あたり一帯は兆角醒の影響で火の海になっている。

 生きているのも辛いだろう現実に、けれど少女は呆然としながらも立っていた。

 あんな地獄の中にいながら、命の灯火をどうにか繋げて。

 

『…………そう、か』

 

 だからだろう。

 そのときはじめて、彼女は思い知ったような気がした。

 

 死んでいく仲間たち。

 誰一人生き残らない戦場。

 

 自分が守れるものなんて不確かな未来だけ。

 その手にあるものはひとつもない。

 

 ――そんな自分が、はじめてなにかを残せたみたいで。

 

『ちゃんと、あるんだな――』

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「おぉおぉおぉおおぉおおおおお――――!!!!」

 

 

 爆ぜる炎刃が枯れ木色の星を捉える。

 一千万度を超える神秘の熱量が表面を溶かしていく。

 

 いつもなら抑えている出力のリミッターをひとつ取っ払った。

 威力のほどは申し分ない。

 身体にかかる負荷もせいぜいが内側から焼かれるような痛みだけだ。

 

 両手に力を込めて、振り下ろす刃に勢いを乗せる。

 

「こんなッ、程度でッ、私をどうにかするつもりかァ――――!!」

 

 巨塊を切り裂く灼熱の刀剣。

 大気を焦がして枝葉が粉砕される。

 

 だが。

 だがしかし。

 

 ――(そら)が見えない。

 

 振ってくるのが文字通り分厚い壁だ。

 いくら外側を削ったところで薄皮を裂いたようなもの。

 

「――――――――ッ」

 

 純エーテルを回す。

 神秘の力を最大限まで開放する。

 体内で加工された熱量が刃を通して空へ走った。

 

 悲鳴のようにあがる激痛。

 明滅する視界のなかで飛んでいく空色の影。

 

 彼は行ったらしい。

 

「――――ならばッ、私も! 意地を見せなくてはなぁ――!!」

 

 枝葉は砕ける。

 

 火炎を受けても燃えはしない。

 彼女の能力を吸収した恩恵だろう。

 あれには耐熱性がすでについている。

 

 おまけに形成された神秘の密度が桁違いだ。

 物理法則を無視した一撃に思わず視線を鋭くした。

 

「小癪な、真似をォ――――!!」

 

 どうする、と葵は自問する。

 

 搦め手、奇策の類いは使えない。

 そも、そういったコトは入念に準備してするものだ。

 土壇場で試行錯誤しようと結局は決定打にならない。

 

 ならば解答は至ってシンプルに。

 真正面からしか撃てないのならそうする他ないだろう。

 

 つまるところ力押し。

 効かないのなら効くまでぶつける。

 

 燃えないのなら――もっと高温の火で焼けばいい!

 

「あぁああぁぁぁぁあああああぁぁあああ――――!!!!」

 

 鉄潔角装に罅が入る。

 限界を超えた出力にまず得物が耐えきれなくなった。

 

 つられて全身を引き千切られるような痛みが襲う。

 

 枝葉の巨塊はまだ割れない。

 周囲への被害を考えると出力をあげすぎるのもダメだ。

 

 なにせそう遠くない位置に妃和がいる。

 必死に交戦している真樹がいる。

 

 それらを自分の能力で殺すワケにはいかない。

 

「――――ハハハハハッ!! 我ながら甘い! だがちょうどいいなこのぐらいがッ!! 私としてはこれがたまらなくいいというワケだ!!」

 

 大事なものを見誤ってはいけない。

 やるべきことを見失ってもいけない。

 

 降り注ぐ脅威を砕く。

 それは彼女が責任を持ったこと。

 

 今し方飛び去って空の天使へ向かっていった男子のためにも、そこは失敗できない。

 

「だから――――ッ!!」

 

 爆発的に上昇する架空の熱量。

 刃は炎を伴って枯れ木を裂いていく。

 

 断面がわずかに燃えた。

 その隙間から黄昏色の空が見える。

 

 ――――成果は十二分。

 

 ニッと笑う。

 渾身の力を柄に込めた。

 

 これで鉄潔角装が折れるのを想定して。

 この次の手までわずかに時間がかかると分かった上で。

 

 ――――形振り構わず、全力で振り抜いていく。

 

 

「あぁあぁあぁあああぁぁああぁあああああぁああ――――ッ!!!!」

 

 

 燃える星。

 

 割られる巨塊。

 

 火の粉と枝葉を撒き散らして天を覆う壁が砕けた。

 

 見事に真っ二つ。

 手元に残った鉄潔角装は刃から先のぜんぶがなくなっている。

 左手は負荷をかけすぎたのか血がいっぱいで。

 

「ふははははッ、どうだ、見たか。やってやったぞ」

 

 けれども、これで果たした。

 

 あとは彼次第。

 

 条件は満たされている。

 気付いたのならもはや引き摺り出すだけだ。

 

 神秘の秘奥、ひとつの純エーテルの到達点。

 

 すなわち彼の――――

 

 

 

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