「おー、やってるやってるっ」
ひゅー、と口笛を吹きながら遠くを眺める。
十数キロ先からでも視認できる枝葉の塔。
灼炎と共に崩れる巨塊は今し方砕かれたものだ。
話に聞いていたよりも大事だな、なんて彼女は冷静に思った。
「しっかし派手だねえ。なんかもう大怪獣バトルー、って感じじゃん。映画みたい。てかなんか飛んでるんですケド。あれが〝奔星〟ちゃん?」
目を凝らせばその姿が捉えられる。
背中から羽のように純エーテルを噴出させた少年。
首にかけた双眼鏡を使って見れば大体の特徴も一致していた。
おそらく間違いない。
となれば、本気であそこは大怪獣バトルもかくやといった戦場だろう。
「あははっ、凄い凄い。流石は神様のお気に入りだよ。いやー、麻奈さんは見ててあげてとか言ったけど、それどころじゃなくなくなくない?」
あれいま〝なく〟何回言ったっけ、なんてぼんやり考える頭ゆるふわ系女子。
彼の戦う姿に触発されたのか、そもそもじっとしていられない性格なのか、うずうずと二の腕を擦っている。
「ね! ね! どう思う
誰かに話しかけるような口調は、けれど彼女の独り言だ。
周囲に人影は見当たらない。
荒れ地のなかでぽつんと座り込む姿は実に目立っている。
「あ、セーフ? ほんと? じゃあ行こっか! 久々のデートだデート! ふっふーん! カガリっちとのデート! よーし
がばっと立ち上がって彼女は満面の笑みをつくった。
ウェーブのかかった暗緑色の髪が日射しに照らされる。
手には大きな革のボストンバッグ。
白いシャツとホットパンツの上からカーキの色をコート を羽織った姿。
すらっと伸びた足には太股まで覆う黒いブーツを履いている。
現代ではなんとも珍しいコーデには、たったひとつだけ不釣り合い。
「ごーごーれっつごー! いざお出かけだー! テンションあげてこ! カガリっちー!」
腰に提げた紅い鞘の日本刀に語りかけながら、彼女はタンと地面を蹴るのだった。
◇◆◇
――砕けた巨塊を背に空を翔る。
爆音と共に焼かれた枝葉はすでに炭化してこぼれていた。
あれなら地上に落ちても大きな損害にはならない。
風が吹けば飛ぶようなものは葵でも真樹でも吹き飛ばしてしまえるだろう。
だからこそ、悠のやる事は決まってひとつだ。
初めからそれしか見えていないとも言えるくり返した決意。
樹木の天使、その討伐。
「――――――」
今回の敵に手こずっているのはどうしてか。
考えられる理由はいくつかあれど、突き詰めれば三つになる。
傷を引き摺らない高度な治癒。
こちらを圧倒する数の暴力。
なにより質量、規模で押されては人間である以上辛いのは明白だ。
どんなに並外れた力量を持っていようがその器はせいぜい二メートル足らずの生き物。
人である限りその器は越えられない。
「本当に、厄介だなァ……!」
ぼやきながら剣を振りかぶる。
散り散りに乱れていく思考を自我だけで繋ぎ止めた。
考えていたってどうしようもない。
もとより彼は頭を回すのが苦手だ。
馬鹿で単純で無鉄砲。
無理無茶無謀は当たり前の愚か者。
なればこそ、わざわざどうするかなんて言うまでもない。
「だがよッ!! ぶった切る!! なんだろうとォ!!」
急速に奔りだす空色の光。
作戦は至ってシンプルだ。
一瞬でカタをつける。
そのために幹を切って、ついでに天使も切る。
無駄がないスマートなやり方はこれ以上ないほどだろう。
「おぉおおおぉぉおおぉおおおぉおぉおおお――――!!」
純エーテルの刃を真正面から振り抜く。
枝葉の幹に切っ先が沈む。
――――瞬間。
「ッ!?」
血のように噴き出した爆炎が、無防備な彼を襲った。
「が――あ、あぁ!? あぁあぁあああぁあぁあああ――――!!」
皮膚が燃える。
血肉が焦げる。
熱い。
とても熱い。
鉄潔角装が握れない。
全身が痙攣していた。
いや――内臓がヒリつくように痙攣していて、脳の電気信号がまともに通わない……!
「な、んッ――あぁッ、あぢい!? あぢぃいぃぃああぁああぁぁあぁ!!??」
遠のく意識をなんとか保てたのは偏に痛みへの我慢強さだった。
じわじわと嬲るような熱さではない。
触れた瞬間から人体が爆ぜていくような灼熱の火炎。
そんな攻撃は先ほどまで微塵も様子を見せなかった。
それをいきなり、なんの前触れもなく、なぜここで起こしたのか。
心当たりはひとつ。
目の前の天使はたしか、葵の炎を吸収していたような――
「――――ッ、な、ろォ……!!」
即座に純エーテルを回して傷を塞ぐ。
以前までなら数秒とかかった怪我もいまは一秒足らずで完治する。
彼が強くなったのではない。
その恩恵、身体に染み付いた何らかの匂いが濃くなっていた。
強いて言うなら素質が進化したとでも言うべきか。
なにはともあれ、いまだけはメリットでしかない代物を遠慮なく使い倒す。
「嘗めんじゃねェ――――――!!」
『ああそうだ! ハルカを嘗めてもらっては困るな!』
頭痛がする。
うるさいばかりの誰かの声が響く。
知らない、関係ない、興味もない。
いまリソースを割くのは目の前のコトだけだ。
そんな誰とも分からない言葉なんて、気にするだけ無駄になる。
「こんなんで退いてられっかよォ!! 枯木ィ!! てめえふざけんなァ!!」
『ああふざけている! ふざけているとも! そこの喪女は私がいなければお前をかっ攫うような塵芥だぞ!? 馬鹿にしているな! お前ごときがハルカに釣り合うものか!』
「ここで殺すさ!! 殺してやるッ!! だから待ってろてめえ!!」
『ああ殺せ! 殺してくれ! 私たちの幸せにそこの怪物は不要だ! いいぞ! 首領である私が許可する!!』
〝ハルカくん――――〟
まったく馬鹿げている。
一体全体なにをどうすればこうなるのか。
出来るなら落ち着いて話を聞きたいコトだ。
……が、いまはそんな風にも言ってられない。
神秘の粒子で刀身を象る。
振りかぶった空色の刃に力を込める。
まずは――――幹から。
「どらぁぁああぁぁぁああああああぁあああああッ!!!!」
バキバキと砕けていく枯れ木色の大木。
音を立てて裂けるたびに灼熱が渦を巻いた。
当然無事ではいられない。
鉄潔角装を握っていた腕がボロボロに爆ぜていく。
皮膚は爛れて肉は抉れ、ところどころ中の骨まで見える始末。
関係ない。
傷の痛みなんて後回しだ。
「いい加減にィ! しろってんだよォ――――!!」
真横に一閃、いま一度幹を切り離す。
同時にひときわ強い爆炎が全身を包んだ。
内臓がいくつか破裂する感覚。
左手がイカれた、一秒は使い物にならない。
それだけの時間があれば彼は天辺まで昇ることができる。
さらには頂上の天使を切り付けるコトすら可能だ。
――決断は一瞬のうちに。
悠は後戻りすることなく真っ直ぐ上を目指す。
「――――――――ッ」
バランスが悪い。
どうしてかふらつくと思えば脚も片一方が千切れていた。
踏ん張れないが、どうせ空中戦になる。
何合か打ち合っているうちに身体は治りきるだろう。
なら、痛みに引き摺られて傷を気にするなんて馬鹿らしい。
「――――ぉおぉおおぉおおおぉお!!!!」
枝葉の塔を登り詰めた最上階に辿り着く。
天使はくすりと唇を歪めて待っていた。
再度ぶつかり合う両者の瞳。
隙らしい隙といえばその程度だった。
なのに、
「あ?」
がっしりと、身体を拘束される。
ぎりぎりと軋む骨肉。
彼を掴んだのは左右の翼から二本飛び出た枝葉の腕だった。
だが今更そんな真似をしたところで――
「ごォッ!?」
ぎりぎり、ぎりぎりと。
骨肉がさらに軋む。
身体が腰を境目にしてぎゅううっと絞られていく。
まるで雑巾を絞るみたいに。
彼の肉体は臓物を撒き散らして、ふたつに別れながら空中でねじ切れた。
「――――、――――」
ぼやけた視界、ぐらつく脳髄。
あまりにも気持ちが悪くて吐き気がする。
でも肝心の中身がない。
自分の目で自分の腸が見えた。
他にも色々と垂れている。
じゃあつまり、アレは神経とか、血管とか、そういった人体の色々なのだろうか。
「ぁ――――、ぉ――――…………」
声がうまく出ない。
思考がまったく働かない。
今度は頭を掴まれる。
螺子を回すようにキリキリと枝葉の手が動く。
首が。
胴体から、ミチミチと音をたてて。
「やっほぉう! ノックしてもしもぉーし!?」
千切れる瞬間、何者かにその拘束を解かれた。
「うぇーい!? なんてグロッキー!? これテレビに乗せらんないよ! あ、中継とかない感じ? 電波終わってる? そっかー。そっかぁー……」
「な…………、ぁ…………ぉ…………」
「あ、いーよいーよ、大丈夫皆まで言わない。ちょっとお姉さんテンション高めでマジバイブステンアゲって感じで今夜は焼き肉っしょ! ってカンジだからホント気にしないで。久々のデートで乙女心が燃え燃えなワケです。ついでに闘志も燃えてるー!」
――――なんだこいつ。
そんな感想をすぐにでも洩らしたかった悠だが、悲しいかなやっぱり声が出ない。
「君が奔星ちゃんだね? おっはおっは! 聞いてたとおり男の子してる! でもフェイスに甘さが足りないかな! カガリっちはねー、あのねー! ……えへへ、かわいいんだよ、ほんとーにっ」
「て…………ごッ、ぅ…………ぁ……あ……」
「おおう凄いじゃん、もう身体が繋がりはじめてる。どう思うカガリっち? 確定? ああそうだね確定だね。うん! じゃあ早速いこうかっ!」
とてつもないマシンガントーク。
気配すら悟らせなかった割り込み。
そして、好き勝手に話しながらも天使の攻撃をすべて防ぐ実力の高さ。
そのすべてに呆気に取られる。
「いざお手合わせね枯木サン! あーしこれでも結構強いよ? でもってあーしとカガリっちならもう百億万人力だから勝ち目はないね!」
刀を構えて少女が笑う。
闖入者は声を上げながら、ばちこーんと元気よくウィンクなんてしてみるのだった。