ふっふっふ、と不敵に笑いながら佇む少女。
その姿は初めて見るが、悠はどこか似たような雰囲気を知っていた。
喋り方とか態度とか、そういったところとはまた別の部分。
存在レベルで酷似した人物と、以前出会っていたような――
「て……めぇ、は……」
「うん? えッ、もう話せるの! すごー! ねー見てみてカガリっち凄いよこの子! 人体の神秘ってカンジ! マジヤバい!」
「やばッ……く、ねぇ……!」
「いやいやヤバいヤバい! というかもう祝福の量がヤバい! まじまじマジ卍! 古いか! そっかー! カガリっちはどう思う!?」
「――――――」
うるせえ。
心から洩れたシンプルな感想だった。
語彙がヤバいとかテンションがヤバい以前にやかましい。
悠が万全なら多少の文句は間違いないぐらいである。
「まあでもいーさ! そこで見てなよ奔星ちゃん! こっから先はあーしとカガリっちのターンだから! なにせセーフラインだし! ほら、キミら四人は集団じゃないっぽいし!」
「なに、をっ」
「いくよー! れっつ! ぱーりぃ! たーーーーいむぅ!!」
フゥー! なんて馬鹿げた声をあげながら少女が刀を手に取る。
天使の攻撃は通らない。
枝葉の槍も翼からの弾丸も悉くが撃ち落とされていく。
むき出しの刃に、ではない。
彼女は刀を抜いてすらいなかった。
その手に握られている得物の刀身には、いまだ紅い鞘が残ったまま。
「いぇーーーい! 運動! ダイエットとか必要ない体質だけども! でも体を動かすのはやっぱり楽しいね! だよねカガリっち! ――――えッ!? いやあーし割と真面目だけど!?」
一体どの口がほざくのか。
「しょーがないっ! カガリっちからの言葉だし素直に聞こっか! でもさでもさ! 分かるんだよあーしには! カガリっちだって楽しいんでしょ!?」
刀を振りながらひとりで喋りまくる。
戦闘においても彼女の口は閉じないばかりかそのスピードをあげていた。
余程その、姿も見えない〝カガリっち〟とやらと話すのが楽しいのだろう。
「――そうだよね! うん! だからさ! やっちゃおうよ! ふたりで一緒に! 久々のデートなんだから! このぐらいの贅沢はしちゃわないとね――!」
少女の手が鞘を掴む。
握られた柄にぐっと力が込められた。
カチン、と鳴り響く鯉口。
露わになる銀色の刀身。
解放はそれこそ、逢瀬を重ねた恋人のように。
「 真 理 抜 刀 ぉ !! 」
引き抜かれた紅い鞘が雲霞のごとく空気に溶けていく。
刃金は薄く鋭く、それでいて強靱な輝きを持っていた。
鉄潔角装とは違う。
それは構成物質から何から何まで異なった別の代物だ。
宿っているオーラは到底武器とは思えない。
まるで生き物がそこに現れたような莫大すぎるエネルギーの奔流。
「おはよう! カガリっちぃーーー!!」
驚くべきはその行動すべてに純エーテルが付随していないという事実。
天使の攻撃を防いだのも、他者を圧倒する空気を放出したのもすべて生身の彼女自身。
何事かと目を疑うのは当たり前だ。
言動もなにもめちゃくちゃな少女が、明らかに己より生き物として上と直感する。
悠にとってそれは、正真正銘初めての感覚だった。
「あはははは! あーたのしー! しあわせー! もう死んでもいい! いやでも死ねない! カガリっちを残して死にたくなーい! あはは! やだー!」
振り下ろされる銀閃。
伸びた枝葉が強引に叩き落とされる。
「やっぱカガリっちと一緒だと段違い! うん! もうたまんないね! マジやばぁー!」
四方八方から迫る枯れ木色の槍、弾丸、果ては腕まで。
天使からの追撃は止まることなく放たれる。
息をつく暇もない連撃だった。
圧倒的な物量と速度で行われるそれは普通なら一瞬でカタが付く。
戦闘部隊の隊員であっても二秒耐えればいいところ。
――なら、そのすべてを対処するあの少女は一体なんなのか。
「カガリっち! ああカガリっち! カガリっち! 俳句できた! ――え!? いやカガリっちは季語だから! もうオールシーズン季語!」
枝葉の槍が真っ二つに裂かれる。
翼を広げて放たれた弾丸の悉くが弾かれていく。
伸ばした腕は一本たりとも彼女の皮膚に触れることすら叶わない。
たかだか少女ひとり。
たかだか刀一本。
それで悠たちが散々苦しめられた天使を相手取っている。
――見間違いでは、ない。
「短歌!? 下の句!? ごめんあーし国語2だから! ほら夏休みとかずっとカガリっちに勉強見てもらってたじゃん忘れたの!?」
天使の攻撃が速度を増す。
段階を踏むなんて考えは向こうにないらしい。
最初の三倍近い速さで放たれる脅威は視認すら不可能だ。
人の反射神経、認識の限界を軽く超えている。
防御、回避、ともに見てからでは遅かった。
――ならば。
その速さが人を超えているのなら、対応する影はさらにその先か。
空の果てすら届かない。
高みに羽ばたいたコトすら人の器におさまる些末事。
彼女は正真正銘、上の世界に至った力を見せつける。
故にそれは。
「そうだよっ! だから! あーしにはカガリっちが必要で! ずっとずっと一緒に居てもらえたらそれでいいってコト!」
すべてを越えた、空の向こう。
「ああもう最っっっ高! 愛してるよー! カガリっちぃーーーーー!!」
十や二十は敵にあらず。
百や千などわずかなもの。
万に及んだとしても彼女には一手すら届かない。
現行の人類最強は間違いなく陽向葵だ。
だがそれは常識的な範囲で考えた上での話。
強さ比べ、戦力としての評価をする際、必然的に離れた者が存在する。
曰く、それらは秘密を語ってはならない。
曰く、その得物の成り立ちを明かしてはならない。
曰く、集団に属してはならない。
曰く、その者たち同士で争ってはいけない。
曰く、空の向こうで見たコトを口にしてはいけない。
孤高にして究極。
現代に生きる人類の枠から外れたはぐれ者。
「――――よもや、まさか。あの女」
地上から空を眺めていた葵がぽつりとこぼす。
彼女に限らず、戦闘部隊にとっては目の上の瘤みたいなもの。
役に立たないくせしてその力だけは認めざるを得ない別種の化け物ども。
人のために戦うなんてことをせずフラフラ世界を渡り歩く日々。
時折手を貸したかと思えば絶対に交わらない。
自由気ままな最悪の流浪人。
「聖剣使い……!!」
世界でたった四人しかいない、時間からすら取り残された本当の人外。
「ブーツとコートにボストンバッグ……――――三本目か!
「――うん? おお! やっほー総司令ちゃん! 元気ー!?」
「どういうつもりかと訊いているッ!!」
「どうもなにもあーしはあーしらしく動くだけだからね! お子ちゃまは見てなさい! 大丈夫! あーし総司令ちゃんより強いから!」
ぐっ、と親指をたててウィンクをする伽蓮。
葵のこめかみにビキリと血管が浮き出てのは言うまでもない。
「腹の立つ言い方をする! 支離滅裂な言動はどいつもこいつも同じか! だから貴様らは嫌いなんだ! 心底不愉快だッ!!」
「ひどっ!? ちょっとちょっと! カガリっちあの子凄いぐれちゃってるケド! ……え? あーしもまあまあ悪い? まじかー……どこで育て方ミスっちゃったかなー……」
「誰が貴様に育てられたッ!! ふざけるなよ妄言ばかりの人でなしどもッ!!」
「へぇ! 妄言! 言うに事欠いて妄言かあ! ちょっとダメだよそれは! あーし久々にちょっぴりキレそう! 妄言吐いてんのはどっちだってコトじゃない!?」
「なにを!!」
「カガリっちのコト忘れて生きてんのはあんたらでしょうがァ!!!!」
本気の咆哮だった。
勘違いでないのなら。
気が触れていないのであれば、確実に堪忍袋の緒が切れている。
先ほどまでのからからとした笑みすら一瞬消えていた。
でも、ほんの一瞬。
すぐにいつもの軽さを取り戻した伽蓮は、余裕綽々に天使を相手しながら笑う。
「でもまあいいよ! もう百年近く前のコトだしね! あーしもそこまで心が狭いワケじゃないし! 赦す赦す! カガリっちも気にしてないって言ってるし!」
「そういうところが妄言だと言っているのだが!!」
「カガリっちあの子怖いよ! レッテル貼ってくる! まじかんべん!」
「貴様ァ!!」
けらけら笑いながら彼女は刀で枝葉を捌く。
それは俄には信じがたい天秤の傾き。
聖剣使い。
その三本目の使い手、子波伽蓮。
司る概念は〝凌駕〟。
すなわち――彼女のなかで指標となるものは、因果と摂理を無視して強制的に越えられる。
枝葉の速度も、人体の限界も、離れた距離も。
――その、強さですらも。
平たく言うと概念武装的なアレ。
自分に向かってくるもの、目の前にあるものならなんでも越えていくとかいうアホ能力。AをA+1にされ続ける相手の心境は如何に。