純潔の星   作:4kibou

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6/『樹木の天使 後半』⑥

 

 

 

 

 勝敗は激突する前から決していた。

 

 天使に次の手はない。

 彼の刃は一撃必殺。

 

 大地からの供給、無限にも近いタンクを潰されたあちら側と、

 兆角醒に到り、無限にも近い出力を得たこちら側。

 

「それじゃあな、枯木」

 

 別れの挨拶はいつも通りの気楽さで。

 本当にあの頃に戻ったようなまま、遙は剣を振り上げた。

 

「似合わないコトしないで、今度はちゃんと生きてくれよ」

 

 幕引きの斬撃は呆気なく。

 

 抵抗もなくずるりと沈んでいく刃金の色。

 枯れ木色の身体がバツバツと千切れていった。

 

 ――――天使は笑っている。

 

 涙を流して笑っている。

 

 そっと、その手が彼の頬に添えられた。

 

 

 〝――――――〟

 

 

 その時間は到底幸せとはいえない。

 事実、彼女は自壊を求めるほどに苦しんでいた。

 

 怪物だなんて馬鹿げている。

 本当はそんなコトができる精神性なんて持ち得ていないというのに。

 

 勝手に彼女を祭り上げた誰かには本気で腹が立つ所存だ。

 

 

 〝…………うん〟

 

 

 

 色褪せた思い出はそれでも彼女のなかで鮮明だったのだろう。

 なにひとつ変わっていない少年の顔が懐かしい。

 

 もうずっと昔の話。

 ちょっとだけ乱暴で、けれども命の儚さを知っている、そんな誰かに想いを寄せていた。

 

 ――それが、例えこの末路の引き金になっていたとしても。

 

 

 〝ばいばい、遙くん――〟

 

 

 手放すように意識は解けていく。

 

 すでに命を失った枝葉は木片となって崩れ落ちた。

 異形の怪物、天災の如き生命体。

 

 樹木の天使。

 

 その脅威は、もう二度と振るわれない。

 彼女の餌食になる人間は一人として現れない。

 

「――――は」

 

 木々で組まれた足場の上で、彼はひとつ笑い声をあげた。

 真っ直ぐ頭上を睨みつける。

 

 黄昏色の空と赤銅の雲の向こう。

 感じるのはそのずっと先からだ。

 

 物理的な距離ではない。

 これよりもっと高い次元、異なる世界。

 

「……たしかに、ずっとオレだったよ。おまえのほうに行くのはずっとずっとオレの役目だった。それは間違いないのにな」

 

 幼い頃から変わらない。

 

 彼女にただ認めて欲しくて、

 彼女にただ笑っていて欲しくて、

 彼女のことが好きで好きでたまらなかった。

 

 本当に死ぬまでの間、変わらぬ想いを抱き続けたのだ。

 

 

 

 

 でも、それももう終わり。

 

 

 

「残念だ。見損なったよ。おまえは最低だ、結仁。どうしてそうなった。なんでそういう道を選んだ。おまえはそこまで弱くなかったはずだ」

 

 少なくとも、男一人死んだ程度で変わるような馬鹿ではなかった。

 

「分からないな。さっぱりだ。無くしたものは戻らない。死んだ人間を取り戻そうっていうのは間違いだ。そこが分からない奴じゃないだろう。結仁。オレは生きたよ。生きて命を使い尽くしたんだ。そこに後悔があったとしても、引き摺るようなものじゃない」

 

 振り返ればそれはもう酷い人生だったろう。

 やり直したいこと、無かったことにしたい記憶なんていっぱいだ。

 胸を張って満足な一生だったと言えはしない。

 

 それでも、悪くない最期だった。

 

 だからそれで十分なのに。

 

「もしそれがオレのせいなら、そうだな。ひとつ、決着をつけなくちゃならない」

 

 誰も彼もを巻き込んだ罰だ。

 

 彼女が縋った最期の希望。

 残されていたわずかな願いの欠片。

 

 それがいま叶ってしまっているとはいえ、本当に成就してしまってはいけない。

 

「散々振り回したんだ。オレが始末をつけてもおまえは喜ぶだろうな。だから、おまえに届かせるのはオレじゃない。本当のオレは、もういらない」

 

 因果応報。

 

 それまで好き勝手にやってきたのだから、

 彼女を最期に打倒するのは正真正銘いまの時代の命だ。

 

「泣くなら泣けよ、笑ってやる。どうしてオレがおまえを好きだったと思ってるんだ。どうしてオレがおまえに惚れたと思ってるんだ。――いまのおまえは、醜いよ

 

 憎悪に塗れた言葉を、過去の最愛の人に贈る。

 

 本当に馬鹿らしい。

 なにをどう考えたのか知らないが、最早言い訳のしようもなく手遅れだ。

 

 たったひとりの人間を掴むのに何人犠牲にしたのか。

 どれほどの命を無為に散らせたのか。

 それほどまでの価値が己にあると本気で思っていたのか。

 

 まったくもって阿呆の極みだ。

 世界と故人を天秤にかけて世界を捨てるなどと。

 

 そりゃあもちろん、百年の恋だって冷めるだろう。

 

「じゃあな、バカ。もう二度と会うこともないだろうよ。せいぜいオレの残り香でも影でも追ってろ。そうして盛大に破滅するがいいさ。見えないものを見ようとするやつってのはどいつもこいつもそうだろう? おまえもそのひとりになって死んでしまえ」

 

 全身から力を抜いていく。

 意識はパラパラと完成したパズルをひっくり返すように沈みだした。

 

 それはきっともう二度とは戻らない感覚。

 脆いピースは落ちた瞬間に砕けて粉々に。

 

 ――急速な落下。

 

 どうにも足場の枝葉が完全に崩れたらしい。

 けれどもまあ、地上には沢山彼の知り合いがいるだろうし。

 

 やっぱりオレは、この時代に要らないだろうと。

 

 

 

 

「――おまえとなんか、出会わなければ良かったんだ」

 

 

 

 

 記憶が記録に劣化する。

 

 肉体から浮き出るように剥がれ出るナニカ。

 それが自分自身の感覚だと知ったとき、彼は一切の抵抗を捨てた。

 

 今度こそ、さようなら。

 

 ちょっとばかり騒がしすぎる未来というのは嫌いじゃないけれど。

 それ以上に、最悪だと思う部分が多すぎるからやっぱりダメだ。

 

 泡沫の夢、ひとときの幻想。

 

 

 

 

 

 意識を無くした悠の身体は、真っ直ぐ地上に落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――は』

 

 

 

『は、はははッ、ははははははッ』

 

 

『あははははははははははは――――――――!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――――素晴らしいぃ……っ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何年ぶり、何十年ぶりの快感だ……!』

 

 

『おまえにこれほどの感情、これほどの言葉をかけられたのはいつ以来だろうか』

 

 

『心が躍る。ぞくぞくする。ああ好きだ。やっぱり好きだ』

 

 

『勝手に死ぬなど許せんよ。消えることなど認めない』

 

 

『――ああそうだ、私はあんな別れを、あんな世界を認めない』

 

 

『どうして私だけなんだ? 他の雌どもは全員おまえと結ばれて家庭まで築いて呑気に幸せそうに暮らしておいて、なぜ私にだけその未来が用意されていない?』

 

 

『何百、何万、何億、どの可能性にもそれがない?』

 

 

『ふざけている。おかしいだろう。それが運命なのか? おまえと私が出会えばおまえが先に死ぬのが、そんなくだらない結末が運命だと?』

 

 

『いいや認めない。認めてなどなるものか。おまえは私のモノだよ、ハルカ。私の夫だ。私の恋人だ。唯一無二の私の幼馴染みだ。私だけの奔星なのだよ』

 

 

『それを他の誰かにやるなどと認めない』

 

 

『私がおまえと幸せになれないなどと認めない』

 

 

『そのための祝福だ。そのための贈り物だ』

 

 

『死なせはしない。消させはしない』

 

 

『大丈夫だ、気にするな。私がおまえを守るよ、ハルカ』

 

 

『今度はそう、私の番なのだ』

 

 

『おまえが私を守ったように、おまえが私を愛したように』

 

 

『おまえになんと言われようと、おまえにどれほど嫌われようと』

 

 

『ずっとずっと、私はおまえを愛し尽くそう……!』

 

 

『壊れるほどに、狂うほどに』

 

 

 

 

 

 

 

『それだけが私の、待ち望んだ願いなのだから』

 

 

 

 

 

 

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