それはすべてが終わったあと。
功労者である彼はいまだ眠りの中。
――かすかに残った記憶の残滓。
少年は、覚めない夢を見ている。
◇◆◇
放課後、中庭の花壇に行くと先客がひとりいた。
似合わない金髪と、学校指定の制服を思いっきり着崩した不良っぽい少年。
それが知らない誰かではなく、見知った彼であるコトを確認して声をかける。
「遙くん」
「ん? おっす、枯木」
「お、おっす」
ひょい、と手を上げて笑う男子。
軽薄な挨拶に慣れないまま返すと、その笑みが余計深くなった。
「な、なに」
「いや、似合わないなって。枯木、そういうタイプじゃないし」
「……馬鹿にしてるでしょ。私だって、女子高生だし」
「知ってるよ。でもって馬鹿にもしてない」
……本当だろうか。
疑いの視線を向けてみれば、彼は「悪い悪い」と言わんばかりに顔の前で手刀を切る。
まったくもって油断ならない。
ちょっと怒りながら傍に座り込む。
「……で、なにしてるの」
「草むしり」
「似合わないね。遙くん、そういうタイプに見えないし」
「意趣返しか。なかなか枯木もやるようになってきたじゃん」
「そっちが先に言ったんだし」
「そりゃまあそうだな、うん」
言いながら、彼は軍手越しにざっくざっくと花壇の雑草を引き抜いていく。
見た目は正しくチャラチャラした学生そのものだが、性根はわりと真面目だ。
というよりその見た目こそブラフと言っても良い。
彼の格好はなんちゃってチョイ悪モード。
もしくは好きな人の気を引きたい小学生心理の表れ。
試しにと髪を染めてみたとき、幼馴染みから散々嫌味を言われたらしい。
それならやめてしまえばと思うのだが、どうにも彼はそこまで話しかけてくれた……もとい気にしてくれたことが嬉しかったとのこと。
馬鹿じゃないかな、と失礼ながら思った。
「……? どうしたよ、そんなじっくり人の顔見て」
「いや、いつ染め直すのかなーって」
「直さないから。結仁が気にしなくなるまでは」
「え、まだ言われてるの?」
「だって顔を合わせるたびに話しかけてきてくれるんだぞ? めちゃくちゃ得じゃないか。いままで完全スルーだったのに!」
「…………馬鹿」
「馬鹿で結構。幼馴染み馬鹿なんだよなあ、オレ」
嬉しそうに語る彼は本気でその人が大好きなのだろう。
紺埜結仁。
彼と同い年の、隣家に住んでいる女の子。
容姿端麗、成績優秀、授業態度も真面目そのもの。
女子なら誰でも基本的に優しく接するが、男子には気持ちキツめ。
なかでも蛇蝎の如く嫌っているのが何の因果か目の前の少年である。
正直、脈とか一切ないぐらいの好感度だ。
「……そんな幼馴染み馬鹿の遙くんが、こんなところ居ていいの」
「どういう意味だよ」
「結仁ちゃんなら音楽室だと思うよ。部活中だから」
「……いや、枯木。そんなオレを結仁のことしか考えてねえように言うんじゃないよ」
「違うの?」
「違う違う。というか、結仁のケツばっかり追いかけてもしょうがないし」
「男子サイテー」
「比喩表現だよ」
はあ、とため息をつく男子。
評価に不満があるらしいが、今更何をというのが正直な感想だ。
学校中はともかく、クラス内だと全員理解しているぐらい露骨なのに。
「こっちは趣味だぞ、趣味。土弄りっていうか、花の世話っていうか」
「それは知ってる。一年間もずっと一緒だったし、美化委員で」
「だよな。今更だった。そういうワケで、オレもずっと結仁のコトばっかりじゃないの」
「ふーん」
「……なにその反応。なにそのジト目」
「別に」
「枯木ぃ……」
オレは悲しいよ、なんて微塵も思っていないことを口にする彼を無視して立ち上がる。
とりあえずただ喋っていても――まあ、ちょっと楽しくはあるけれど――わざわざここに足を運んだ意味がない。
少し離れた用具置き場からジョウロとバケツ、軍手を持って花壇に戻る。
決して彼と会話をしにきたのではなく、美化委員の仕事をしにきたのだし当然だ。
「あ、そっちはもう一通り片付けたから」
「そっちってどっち」
「オレから右側。水やりオッケーだ」
「ん、分かった」
「バケツは置いててもいいけど」
「じゃ、あげる」
「あいよ」
……なんだか、いまのって。
「熟練のパートナーみたいだな、オレら」
「は、はあ?」
「ツーカーとまでは言わなくてもああ言えばこう言うみたいな」
「……それ、全然通じ合ってるって意味じゃないよ……」
「たしかに」
はあ、と今度はこっちがため息をつく番。
……まったく。
本当、彼には幼馴染みのコトしか頭にないらしい。
「……ああ。そういえば枯木」
「なに」
少し離れた端の花壇から水やりをはじめる。
彼の言う通りたしかに雑草は綺麗に抜かれていた。
やっぱり真面目だ、なんて。
「オレ、今日誕生日なんだよな」
「へー、そうなんだ」
そう思いながらジョウロを傾けて、
「――――えッ、誕生日!?」
「うるさっ!?」
あまりにも大きな声が出た。
ちょっと恥ずかしい。
――いや、というよりも。
「な、えっ、なっ、なんで!」
「え、うん……?」
「私聞いてないんだけど……!」
「そりゃあ、いま言ったから。うん。いまだな、いま」
「――――――」
……信じられない。
一年間も同じ委員会に所属して。
一年間も一緒に花壇の世話をしてきて。
いや、誕生日を知らなかった私にも非はあるけれど、まさかこんな形で突然カミングアウトされるとかちょっと嫌すぎる。
「なんでもっと早く言ってくれないの……!」
「なんでって、そうそう言う機会もないだろ、自分の誕生日」
「教えてくれたらプレゼントぐらい用意したのに!」
「マジか。惜しいことしたなぁ……いや、別になくても良いが。気持ちだけで」
「私の気持ちは片付かないよ……!」
「それはごめん」
ごめんで済んだら警察はいらない……!
第一、なんでいまシレッとなんでもないコトのように言うのか。
どういう反応を期待してその話題を振ったのか。
オレ誕生日なんだよね、そうなんだおめでとう、みたいな感じだろうか?
ありえないよ一年間も過ごしてきた相手なんだけど?
「もうっ……今度なにか、持ってくるから」
「いや、いいよ。そんな。どうせそろそろだし」
「そろそろって」
「まあ、なんていうか。お出迎えっていうか、リミット的な。だからいいんだぞ、枯木」
「………………っ」
……そうだった、と思い出す。
本人が一切顔に出していないので瞬間的に忘れてしまっていた。
本来ならありえない奇跡を目にしていること。
完全に人間の想定を超えた現象が起きていることを。
「でも、そうだな。せっかくだからなんか花でも見繕ってほしい」
「……花?」
「おう。この花壇の奴がいいな。部屋に飾る用で」
「部屋っていうのは」
「察してくれるとありがたい」
「……そう」
余計に申し訳ない気分になるが、彼がそういうのだから仕方ない。
なにより頼まれたことだ。
なにもしないより全然マシなのはたしかである。
分かった、と頷いて私はぐるりと花壇を見回して、
「――――――ぁ」
ふと目に止まったそれに、とてつもない自己嫌悪の感覚が湧いた。
……いや、違う。
あれは違う。
たしかにいまの彼に似合う意味合いはひとつあるが、それもちょっと皮肉めいてしまう。
残りに関してはモロすぎるしアレすぎるし。
うん、ダメだ。
あれはダメだ、却下、次、またお越しください。
「枯木ー? あれだとちょっと、なんだろうな。ストレートだぞ、めちゃくちゃ」
「は、はあ? な、なにがっ」
「いや、だってさ。帰らない人間待つとか、どうなんだよ。淋しいぞ?」
「――――――っ」
「……ありがたい話だけど、運がないな。枯木。もっと男を見る目鍛えなきゃ」
「う、うるさい……っ」
ほんとうに黙ってほしい。
私のなかではとっくに取りやめになっている候補だから。
視界の隅で忘れるように咲いていた紫色の花。
よく見なければ雑草と見間違いそうなそれが残っていたのは、世話をしていた彼が知っていたからだろう。
キランソウ。
別名、ジゴクノカマノフタとか、イシャイラズとか、イシャゴロシとか。
……まあ、つまり、いまの彼にはそういう意味合いのほうが強いだろうと思って。
「ごめんな。でも、仕方ないぞ。こんなすぐ居なくなるような男選んだって」
「だ、だからっ、うるさいっ」
「オレが悪い男の子だったらアレだからな。枯木なんてもうすぐめちゃくちゃだぞ」
「セクハラぁ!!」
「すんません」
思っていたのに、どうやらその真意を透かされたらしい。
「……なんで」
「オレが結仁と一緒にいるときと同じ顔してるもんな、いまの枯木」
「っ……」
「そりゃ気付く。でもって参ったなって。勘違いなら良かったんだけどなあ。まさかな、オレの身体のコト知ってる上でそうなるとは思わないわ」
「っ…………!」
「だからごめん。ありがとう。そしてさっさとこんなヤツのこと忘れろ、枯木。悪いこと言わないから。悲しいだけだぞ、オレみたいなのを引き摺ったって」
「それは……私の、勝手、でしょ……っ」
「……そうなんだけどなあ」
ムカつく。
なにをペラペラと。
大体仲良くなった人間を簡単に忘れられるはずがない。
ましてや彼はその、なんていうか、初めてのヒトだというのに。
こんな甘酸っぱさよりしょっぱさが過ぎる気持ちとか、知りたくなかった、私。
「……枯木泣かせたって知ったら、結仁に殺されるかもな。てかむしろそのほうがいい」
「ばか言わないでよっ」
「ああ、うん。いまのはバカだった。たしかに。……いやでも、男の夢だろ。好きな人の胸で死にたいってのは」
「私じゃだめなの……!」
「だめかなあ」
「なんでッ」
「オレが恋してるのは結仁なので。すまん。許してくれ」
「許さない……っ」
「ヤンデレか」
ああもう。
ほんと、最悪だ。
「……遙、くん」
「ん、どした。枯木」
「私……っ、私、は――――」
ずっとずっと、前から。
あなたが振り向いてくれるのを、待っていたから。
次回よりちょっと長めの箸休め。最後のリラックスタイムともいう。
女子高生。享年十七歳。ハルカくんの元ヒロインその一。花好きな女の子。二年のときに彼と一緒のクラスになりずっと美化委員で一緒だった。とある切欠でハルカの身体のコトを知る。
結仁の居ない世界だとワンちゃんある子。その場合五人の子供に恵まれてハルカくんも健康なままふたりとも元気に過ごします。老後は庭の花壇を世話するのが毎日の楽しみというカンジ。