純潔の星   作:4kibou

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8/『脅威は過ぎて①』

 

 

 

 

「――はいっと、無事とうちゃくー」

 

 ふわりと地面に降り立つ影。

 落下する悠を抱えて着地した伽蓮は、いつの間にやら刀を鞘に戻していた。

 

 すでに彼女の殺意と戦意は消え失せている。

 撃破された樹木の天使。

 その残骸が空から降ってくるのもかまわず妃和たちへ足を向けた。

 

「とりあえず誰に渡そうかなー……総司令ちゃんはあーしらに色々嫌味言ってくれたし」

「おい」

「そっちの隊長さんは色々雑そうだし」

「ふむ。聖剣使いに喧嘩を売られるのは初めてだなァ。いや、いいぞ。今此処でしても」

「うーん、君に決めた! 大事にねー、優しくしてあげなよ? 死ぬほど疲れてる」

「えっ、あっ、は、はい」

 

 伽蓮から直々に彼の身体を受け取って抱え直す。

 どうして妃和を選んだのかは……まあ、言葉通りの消去法なのだろうが。

 

「――気をつけなよ。あーしらみたいになると、もう取り戻せないからね」

「……? なにを、ですか……?」

「たしかなカタチ? あたりまえの姿? まあ、アレかな。美女と野獣、カエルになった王子様とかベタだよねベタ! うん!」

「??」

「彼がたしかに今居ることを感謝するよーに、ってコトだよ要は」

 

 くすりと微笑んで伽蓮が妃和の頭を撫でる。

 聞いているばかりではどうにもピンと来なかったが、向こうには直感じみた何かがあったということなのだろう。

 

 その忠告は意味こそ曖昧なくせに、どうしてか含まれたものが重い。

 今居ることを感謝する。

 そっと悠の顔を見れば、彼は戦闘後とは思えないほど穏やかに眠っていた。

 

「……それは、はい。生きているだけ、感謝で一杯ですけど」

「あっはっは。じゃあ、君、そこの彼がたとえば怪物になっても愛せる?」

「あ、愛――――いや、その。……流崎が流崎なら、別に、変わりませんし……」

「ふーん。なるほどなるほど。そっかそっかー」

 

 からからと笑う聖剣使い。

 そっと腰の刀に伸ばされた手がなにを意味するのか。

 

 両者の瞳が不意にぶつかる。

 妃和は不思議そうに見上げ、

 伽蓮は悟ったように彼女を見下ろしながら。

 

「……()()()にはならないようにね」

「え?」

「ううん、やっぱなんでもない。後ろの総司令ちゃんの顔が怖いから、ここらであーしたちは帰るね! 喧嘩したくて来たワケじゃないし!」

「えぇ?」

「おい待て貴様ッ、子波伽蓮!!」

 

 たたっと走りだした伽蓮を呼び止める鋭い声。

 見れば葵が未だ鉄潔角装を解かず彼女を睨みつけていた。

 瞳に宿るのは半分ぐらい本気、半分ぐらい冗談の殺意だ。

 

「なに? どうしたの総司令ちゃん。話聞こっか?」

「貴様ッ――ああもういい。今はどうでも。それよりだ」

「うんうん」

「なぜ今回に限って手を貸した。いつもは助力を求めても戦わないのが貴様らだろうが」

「いやそれは違うケド」

「北極遠征で声をかけたのを忘れているのか。それとも覚えていないか、阿呆め」

 

 ――そう、それは数ヶ月前の話。

 神出鬼没、フラリと現れては思い出したように力を振るう聖剣使い。

 そんな彼女らを戦力としてどうにか確保できないか、と動いたことがあった。

 

 結果は先述のとおり。

 

 一本目は丁寧に言葉を重ねて断られ、

 二本目は逆に会話にならず、

 三本目である伽蓮はこの調子でのらりくらりと躱し、

 四本目はまさかの所在地まで分かっておきながら門前払いという始末。

 

 それが人類の命運をかけた討伐作戦であるコトを理解しておきながら、誰一人として頷かなかったのだが。

 

「あはは。そりゃ無理だよあんな提案。総司令ちゃん、あーしら集団行動できないから」

「なめ腐っているのか貴様?」

「冗談じゃなく本気でだよ? というかそもそもあーしらとそれ以外じゃ見てる景色が違うからねー……対立とか衝突とか正直避けられない気がするっていうか? なんかこう、みんな頑張ってるなーっていうカンジで見ちゃうというか? うんうん」

「やはりなめ腐っているな貴様?」

空の向こう見てきてから言ってね。それがあーしらと手を組む最低条件」

 

 兆角醒じゃないヨ? とご丁寧に説明する伽蓮の心境は如何ほどか。

 こめかみに血管を浮かび上がらせた葵には到底分からない。

 分かりたくもない。

 

「その点、奔星ちゃんは合格ラインだね。あの子は凄いよ、多分生まれ持った素質の時点でその領域。自覚しちゃえばひとっ飛びで導かれる的な。まあ成り立ち的に当たり前なんだろうけども」

「……彼のコトか」

「そうそう。いやほんと、大事にしなよー、奔星ちゃん。少なくともあの子が生きている限り人類滅亡とか絶対ないから。最後の希望だねー」

「…………ほう」

 

 その根拠がどこから来るのかは知らないが、真実だとするとなかなかな朗報だ。

 

 彼の力量に関しては葵も十分理解できた。

 たしかに桁外れている。

 男にしてはとかそういうレベルではなく、生き物として明らかに才能の箍が外れているといっていい。

 

 天才ではなく怪物。

 そんな評価が自然と浮かび上がってしまうぐらいには。

 

「じゃ、ホントのホントに今度こそバイバイってコトで! 奔星ちゃんによろしく! あーしらは旅に出ます。二人旅、新婚旅行? たはー! まだ式も挙げてないのに!」

 

 そう言いながらヒラヒラと手を振って、彼女はひとり去っていく。

 

 傍から見ればその言動は正しく狂っている。

 見えない誰かと一緒に歩いているような姿は歪で不自然だ。

 

 格好もおかしければ、存在レベルで世界から浮いている人間性。

 なのに孤独さを抱えないのは、やっぱりそういうことなのだろう。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 〝――どうしてそう喧嘩腰なの、伽蓮ちゃん〟

 

「えー、だってさ。先に喧嘩売ってきたのはあっちだよ? カガリっち」

 

 しばらく歩いて、後ろに葵たちの姿が見えなくなってきた頃だった。

 タイミングを見計らって声をかけてきたのはもちろん彼女の大切な彼である。

 

 〝大人げないってば。もっと、ほら。オブラートに包むとか……〟

 

「時にはビシッと言った方がいいと思うよ? というか変に優しくして甘えられても面倒だしねー。あーしらはハブられてるワケじゃん?」

 

 〝ハブられてるっていうか……特別扱いっていうか……〟

 

「同じ同じ。歳は取れない、大事なことは話せない。おまけに秘密を知ってその上でこの世界を生きろとか、超理不尽でまじ萎えるわ、ってコト」

 

 ないない、と首を振る伽蓮。

 現状に不満しかないというと嘘になるが、多いのは事実だ。

 

 できるなら本気で殴ってやりたい、喧嘩を売りたい相手は別にいる。

 誰かなんてのはわざわざ口に出すまでもない。

 

 制約のひとつ。

 空の向こうで知ってしまったコト。

 その名前を言うのは、事実上禁じられている。

 

「こんな世界、ぜんぶアレのおもちゃ箱なのにね」

 

 〝でも、生きてることに変わりは無いよ。時間に取り残されても、僕らはまだ死んでないんだから〟

 

「カガリっちのそういう前向きなところ好きだけど、うん。好きだね。愛してるー!

 

 〝ごめん恥ずかしいからあんまりそういうコト叫ばないで……ッ〟

 

「しかしこういうのには弱い。どういうことなのか」

 

 〝ほ、方向性の問題だよ……!〟

 

 方向性の問題なのか、と伽蓮がひとりうなずく。

 

 ……言葉は彼女以外に聞こえない。

 彼の声は空気を震わせることなく伝わってくるもの。

 会話になるのも、それを会話と認識できるのも伽蓮だけ。

 

「――けど、麻奈さんもよく見つけたもんだよね。偶然かな」

 

 〝じゃないかな。少なくとも、あの人が初めて発見してくれてよかったと思う〟

 

「そりゃあーしらの中じゃ一番マトモだもん、麻奈さん。緋波(ひなみ)さんは口数少なくて無愛想だし会話下手だし、(そら)ちゃんは自分以外のために聖剣使うとかしないぐらい執着してるヤンデレちゃんだし」

 

 〝あはは。……そんな可愛いものかなあ、彼女……〟

 

「まあちょっと狂気は感じる」

 

 要するに聖剣使いというのは一癖も二癖もあるような人間ばかりなのだ。

 もちろん彼女含めて。

 この時代においてハイテンションでデートだなんだと騒いでいる彼女は狂っているとしか見られない。

 

「……ほんと、五本目は生まれないと良いんだけどねー。四本目の時点でお腹いっぱいだよ、あーしら」

 

 〝能力が能力だし。……もし彼がなるとすると、本気で強いかも〟

 

「それこそ嫌な想像じゃん。あんなハッピーセットみたいな魂どうなることやらー」

 

 歩きながら、ふと思い返す。

 

 強い願い、強い想い。

 心からの祈りが発露したのがその形。

 

 話し相手である彼は伽蓮(だれか)に手を差し伸べるため、ただその脅威を乗り越えるコトに専心した。

 

 だとすれば、あの少年が芯にする部分がなんなのか。

 どう考えても答えは出そうにないので、一先ず伽蓮はその考えを取りやめた。

 

 全くもって。

 

 そんなこと、本当はないほうが良いのだから。

 

 

 

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