純潔の星   作:4kibou

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8/『脅威は過ぎて④』

 

 

 

「――まあ、戦闘部隊の総司令様がふざけた要求をしてきていたりするのだがな」

「……ふざけた要求?」

 

 もぐもぐとプレートに盛り付けられた食事を口に運びながら、悠は首をかしげた。

 

 その肌にはわずかに口紅の痕がある。

 結局強引に襲われてキス魔の餌食になった結果だ。

 

 せめてもの救いはそれで満足したのか美沙の気が落ち着いたことだろう。

 彼女はすでに服を着ていつもの真面目モード。

 食事を摂る悠の様子を静かに眺めながら話を続ける。

 

「オブラートに包まず言うと、おまえを戦力として寄越せとのコトだ。きちんと返してやったんだぞ、なんて要らん理由までつけおって」

「へえ。てことはマジで俺が倒したのか、あの天使」

「おまえが覚えていないでどうする。異形の怪物の親玉、その一匹だぞ。しかも男が決定打となったなら快挙だ。歴史が変わった瞬間といってもいい」

「そんなにか」

「そんなにだ」

 

 イマイチその凄さとやらを分かっていない彼をじろりと睨む。

 もとから名誉にこだわるタイプではないと思っていたが、こうもストレートだとなんとも清々しい。

 取って食えない名誉名声よりいま目の前のご飯が大事とでも言いたげな態度。

 

「……悠はどうしたい? やはり戦うのがいいか、おまえのことだから」

「バカ言うなよ。縛られて戦うなんて御免だね。俺らしくもねえ。そうらしくも生きられねえ。美沙が機嫌悪くする以前の問題だ。こっちからお断りだよ」

「……そうか。それは少し安心できるな」

「かといってここに居るのが良いってワケじゃねえぜ? いつかまた出ていくからよ」

「そのためにコレがあるんだぞ?」

 

 がしゃり、と満面の笑みで悠の手足についた鎖を引っ張る美沙。

 ベッドの脚と彼の身体を結ぶ鉄の糸は人力で千切るのも難しい固さ。

 ましてや基本的に力の弱い男子はどう足掻いても抜け出せないだろう。

 

「はッ――そんなもんで俺を止められるかよ?」

「そうだな。だがそれだけではないよ」

「なにィ?」

「そのために私がいる」

「………………そうかァ」

 

 はあ、と肩を落としながら大きなため息を吐く。

 つまり彼女は監視役も兼ねてここに居座っているというコトだ。

 

 たしかにそれはなかなか辛い部分がある。

 脱走するためには鎖を解いたあとに美沙を越えなくてはならない。

 

 怪物を倒した実績があろうと彼は彼。

 流崎悠は神塚美沙に育てられた子供なのだ。

 

 そのハードルは羽虫や天使とは別方向で果てしなく高かった。

 

「懲りてないんだな、外で苦労したろうに」

「懲りるかよ。むしろまだ足りねえ。まだまだだ。もっとだな」

「バカめ。男のくせになにを言う」

「その男がバケモン倒すんだ。世の中分かんねえよなぁ?」

「……まったくおまえは」

 

 やれやれと頭を振る美沙にこれといった表情の深刻さはない。

 おそらくは彼との問答を最初から予想していたのだろう。

 

 どのような思考回路でどんな選択肢を取るのか。

 長年付き合ってきたが故の経験則だろう。

 

 なんだかんだいって現状悠の一番の理解者なだけはある。

 

 ……先ほどの奇行については一先ず置いておくとして。

 

「完全に自由にするワケにはいかんが、ずっと監禁……軟禁していては身体にも悪い。私同伴なら所内は自由に回れる。運動がてら、他のヤツに挨拶でもしておくか?」

「そんなことするガラに見えるか、俺が?」

「見えないが、おまえはそういう気配りができる人間だろう」

「別れの挨拶もしてねえのがなにを話しに行くんだってコトだ」

「全員おまえが脱走したのは知っているよ。他の男性諸氏も心配している部分があるんだ。あまりストレスをかけてやるな。おまえと違って彼らは弱い」

「弱くねえだろあいつら」

「無茶言うな。おまえ、彼らに怪物が殺せるとでも?」

 

 まあ無理だろうな、という感想は胸の内にとどめておいた。

 たぶん、言わなくても共通認識であることに変わりはないのだから。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 悠を基準とすると盛大に混乱するが、基本的に現代の男子は大人しい。

 というよりも徹底的に元気がない。

 

 いくら地下の世界とはいえ純エーテルはどこにでも存在する。

 濃度の違いはあれどそこは変えようのない部分だ。

 そんな中で生きているのだから、普通の男性は有害性で心も体もボロボロになる。

 

 止まない頭痛、関節痛、吐き気を伴う気持ち悪さ。

 体調不良など当たり前、酷ければ立って起き上がれるだけマシというぐらいなもの。

 

 収容所ですらそうなのだから、彼らが悠のように外へ出ればどうなるか察しもつく。

 

「おー……流崎、戻ってたのか……」

「大丈夫か、流崎。怪我とか、してないか」

「早い帰りだったね。でもよかった。ちょっとだけ淋しかったんだよ」

「そうそう。流崎がいないと、どうにも元気が足んなくてさ」

「元気のあるやつが足んない、ってほうが正しいだろ」

「んだよてめえら。揃って死にそうな顔しやがって」

「「「「「いつも通りのこと」」」」」

「ソウダッタナ……」

 

 なんとも言えず遠くへ視線を投げる悠。

 いや、彼らは悪くないのだけれど、事実なのが本当になんとも言えない。

 

「……ったく。ヒトの心配してんなよ。メシ食ってるか。野宿してた俺より栄養足りてねえとかよっぽどだぞ」

「それはおまえがよっぽどだ」

「野宿したんだ……流崎……」

「大丈夫か、蚊に刺されたりしなかったか」

「流崎のタフネスとおれ達の体力比べられちゃあなー……どうしようもない」

「元気を分けてくれ」

「分けられるんなら全員に分け与えてやるよ今すぐにでも」

 

 低く平坦な声音に囲まれて、悠はいつも通りの調子で言葉を返す。

 

 それぞれ程度や形は違えど気にしてくれていたのだろう。

 同じ男として思うところはあるものの、彼は彼でここの最年少。

 おまけに元気がある子なのだからちょっとした弟感もあった。

 

 結果として男子同士の仲は然程悪くない。

 むしろ良いぐらいだ。

 

「ともかくおかえりだな。もう無茶すんなよ」

「流崎は本当すぐバカやるからなー……昔っから」

「自重は大事だぞ。うん。罰が当たってからじゃ遅いし」

「言っても無駄だ、無駄無駄。だって流崎、もう目が脱走してるもん」

「なんだよ目が脱走って」

「たしかに今すぐにでも逃げ出してえが生憎とこれでよ」

「「「「「……ああー……」」」」」

 

 手枷足枷を見て納得する面々。

 それもそのはず、彼らだってここ最近の所長サマを見ているのである。

 主に悠が居なくなってからの彼女を。

 そして現在進行系で五歩ぐらい後ろの柱の陰に隠れている彼女を。

 

「ご愁傷さま。神塚所長と幸せにな……」

「骨は拾って……じゃない、おめでたの時には呼んでくれよな。体調が良かったら顔出すから」

「指輪も手作りするの、流崎?」

「一生ペットとか奴隷とか言わないだけマシかも。まあそんなコトになったら大問題待ったなしかもしれんが」

「でもお似合いだから心配すんなよ。うん。おーるぐりーん」

「勝手言うなよまだなにもしてねえしなにも決まってねえしついでに予定もねえ」

 

 ペット云々奴隷云々に関してはそんなコトを宣った瞬間に暴れるであろう悠である。

 

 現状でも反逆衝動が疼いているのだ。

 それを我慢せずに発揮して良い状況なんて、なった瞬間にすべて崩れ去る。

 

 つまるところ歯止めが利かなくなるのが目に見えていた。

 

「……そういや、佑麻(ゆうま)のヤツはどうした? あいつはまだ立って歩けるぐらい元気だろ。ここには見えねえが」

文月(ふみつき)なら部屋。たぶん絵ぇ描いてるな」

「まだやってんのかぁ……」

「おまえが脱走したときも無心で描いてたらしいから。珍しいっつうか、筋金入ってるよな文月も。おれ達にはもうすでにそんな気力ないというのに」

「頑張れよてめえらも。同じ男子だろうが」

「一緒にしないでほしい」

「悪く言ってるわけじゃないぞ。自覚してくれという意味で」

「流崎、おれ達は辛いよ……」

「なんか、すまん」

 

 ぺこりと頭を下げると乱雑にわしゃわしゃと撫でられた。

 

 体調の悪さというのが如何ほどのものなのか悠には想像がつかない。

 けれど自分の何倍も生きづらいであろうコトは確実だ。

 

 それでもこうして話せるあたり、精神性の強靱さはとてつもないと見るべきか。

 少なくとも弱くはないな、とやっぱり思う悠だった。

 

 

 

 

 

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