その日は珍しく、真昼の空に星が輝いていた。
いつからか消えた青空よりも濃い蒼。
黄昏色を背景に彗星の如く尾を引いていく。
なんとも見事に。
きらきらと鮮やかに、
ギラギラと激しく燃えながら近付く蒼い星。
……ふと、誰かが言った。
なんだか、気のせいでなければ。
アレはもしかして、こっちに近付いてはいないだろうか。
そんなざわめきが伝播するよりも速い。
雲を裂いた星が歪に形を歪めていく。
莫大な熱量、運動エネルギー、存在自体が持つ瞬間火力。
ほんの一瞬。
視界に捉えてから数秒と経たない合間の出来事。
南西太平洋、オセアニア、ニュージーランド付近。
半径二千キロに及ぶ爆発は陸地を砕き、地表を抉り、周囲一帯の海を干上がらせた。
……炎があがる。
ゆらゆらと激しく燃え上がる蒼い炎。
火星に閉じこめられていた、あまりにも強大な刺客。
大気を焦がして、それは矢のように空を駆けていく。
目的地は――――たったひとつの熱源を捉えて。
◇◆◇
「よく説得してくれた巴嬢。こればっかりは感謝する。本当に、本気でありがとう」
「いえ、そんな。……むしろ、あのテンションからよくやめてくれたものだと」
「妃和が乗り気じゃねえんだもんなー。いいと思うのになー、二人旅」
「「悠」」
「へいへい。……ったく、オチオチ脱走ジョークも言えねぇ」
それは言わなくていい、と心底思うふたりである。
初対面から険悪な雰囲気漂う仲であったが、ここにきて心を通わせる部分があった。
なんだかんだで彼に振り回されるのはそのとおり。
ここは一旦色々なコトは置いておいて協力するのが吉だろう、とアイコンタクトまでする始末。
「……次に逃げ出したら間違いなく私は下ろされるのだが、この馬鹿はそのあたり分かっているのだろうかな……」
「んだよ、そんな大事か。男たったひとり逃げたぐらいで」
「大事だ。おまえ、バカ。バカだったな。ああバカめ。男ひとりとは言うがな、悠。おまえみたいな男がどれだけ貴重か――――」
「そいつは耳にタコができるほど聞いた。聞き飽きた。つうか、そういう理屈を踏まえてもやっぱりしょうがねえんじゃねえかな」
「なにを根拠に」
「だって聞いてるだけで堪んねえ。大事にされてる。大切にされてる。だからこうして温室育ちってワケだろ。堪んねえよな、そうだ、堪んねえ。――――そういうの、盛大にぶっ壊してやりたくなんだろッ!!」
「アホめ」
呆れ一色の視線だった。
気持ち声に込められた感情が死んでいるように思える。
実際美沙の瞳は半分ぐらい死んだ魚みたいになっていたが、それはそれ。
世界で一番というレベルのバカを前にしてなんだかバカらしくなっただけだ。
「妃和からもなんか言ってやれ。ほら、散々一緒に外で生活したじゃねえの」
「悠……」
「おう」
「おまえのそういうところは、たぶん、直したほうがいいと思うぞ」
「妃和ィ!」
「いや、だって普通に考えてありえないだろう……」
無論、彼女だって分かってはいる。
分かってはいるのだが、だからといって頷くワケにもいかないのが普通の反応だ。
彼の反逆衝動、反骨精神に助けられたコトはたしかに多くあるが、それがそもそもの発端であるのもまた事実。
なにより純エーテルの影響ですぐ治るとはいえ、あまり悠の傷付く姿を見たくないと思う妃和である。
この収容所で暮らしているうちはそういう心配がない。
彼と二人旅というのは非常に心惹かれるものがあるが――やっぱりいけないコトはいけないコトなので。
「……なんだよ。さっきまでメソメソしてた奴が元気になりやがって」
「め、メソメソはしてないだろう?」
「いいやしてたね。泣きそうな顔でどうすればいい、なんて訊ねてきやがって」
「な、泣いてなんかないっ」
「本当かァ?」
「むむむ…………、」
じろり、と見てくる悠をぎらり、と睨み返す妃和。
こればっかりは彼の悪ふざけ。
彼女は一切泣いてなんていない。
胸中の具合はともかく涙は一滴もこぼれていなかった。
頬は濡れていないし、目も鼻も赤くないし。
「ま、ちっとは良くなったならいいけどよ。妃和のコトなんだから妃和自身がどうにかしねえとな? 俺ができるのは適当に話聞いて口挟むぐらいだぜ」
「……そういうところはマトモ寄りだというのに。なぜ致命的な部分でズレているんだ、おまえは……」
「言っただろ、そういう人間だ。生まれた時からきっとそうだぜ。そういう星の下って奴だな。……自分で言ってなんだが、あんがいしっくり来るな」
植え付けられた反逆衝動。
それが本当に星から来ているものだとは彼も予想だにしなかったろう。
いまの意識に記憶として刻まれてはいないが、たしかにその言は的を射ていた。
刃向かうための因子、現状を変える劇薬、なにかに逆らうという概念。
現代における流崎悠の本質はそこにある。
「諦めろ、巴嬢。そいつのソレは筋金入りだ」
「……ああ、なるほど。昔から苦労を……」
「階段から飛び降りたり、食料庫で隠れん坊したり、勝手に部屋から出て司令室に居座ってたり……数えればキリがない。普段は真面目なくせに、突然奇行に走るんだ、こいつは」
「ご愁傷さまです……」
「なんだ。仲良いのな、おまえら」
「「おまえのせいだぞ」」
「??」
そこは分かれ、と怒鳴りたくなるふたりだった。
「……ったく、なんだってこうも賑やかに――」
――――ずきん。
「……悠?」
「どうした、大丈夫か。頭、痛むのか……?」
「いや――――」
ずきん。
『あ、あは、あはははははッ』
頭蓋を響く音に痛みが走る。
ずっしりとした重みのある誰かの声が聞こえた。
誰だろう、分からない。
聞き覚えのない波長と、思い出そうとする頭。
……頭、そう。
頭が、痛い。
『久々の空気だ! いいね! 変わり果てても故郷だ! 流石にテンションもあがる! でもってなんだよ、オマエ! そこに居るのか! 居るんだなァ!』
妙に鮮明だ。
前にもこんなコトがあったような気がする。
いや、たしかにあったハズ。
だとすると、違うのは声に含まれた人間性か。
「ッ、く、ぉ――――」
「おい、悠。しっかりしろ。巴嬢、頼めるか。私は職員に連絡をしてくる」
「は、はい。……落ち着け、大丈夫だ。ゆっくり息をしよう、悠」
「ち、がッ――――ま、て……――ッ」
ずきん。
――ずきん。
――――ずきん。
『変な役割もらっちまったがな! 死んじまったんだ、そりゃあ仕方ねえ! それぐらいの覚悟はしてたさ! でもな! アタシにだって未練とかあんだよ!!』
耳たぶが熱い。
脳みそが沸騰したみたいに茹だっている。
意識は朦朧として汗が止まらなかった。
響いてくる声のせいだ。
音が燃えている。
聞こえる音と言葉の全部が、揺らめく火のように。
『久しぶりだな
分――か――■……な、い。
いや、違う。
分からない、ワケがない。
彼は知っている。
記憶には残っていなくても、知識としてそれを知っている。
『いまのアタシは人でなしだ。せいぜいどうにかしてくれよ? でもってついでに満足させてほしいなぁ。――――喧嘩、してみたかったからなァ!!』
大気を切り裂く震動。
聞こえるはずのない音と景色を垣間見る。
時間はない。
なにもかもが気付いた時にはすでに手遅れ。
もはやどうしようもない刹那に、悠は渾身の力で叫んだ。
「――――やべえのがッ、来るぞォ!!」
直後。
収容所は、蒼い炎に包まれた。