〝――――これは……なん――だ…………?〟
全身を揺さぶる衝撃。
明滅する視界。
三半規管を使い物にならなくする感覚に、一瞬、妃和は意識が飛びかけた。
……あまりの音に耳がやられている。
視力だって回復するまであと数秒はかかるだろう。
悠長に待つ時間はない。
先ずは無理にでもなんでも、状況把握に努めるのが先決で――
「――――――」
その、目を向けた現状の光景が。
容赦なく、心に罅を入れた。
〝なん、だ。これは?〟
押し殺していた胸の痛みが再発する。
崩れ去った一秒前までの光景。
積み上がった瓦礫の山。
その隙間に見える誰かの影。
建物のカタチなんて跡形もない。
収容所には取り囲むように巨大な水槽があった。
ぶちまけられた水の量はそれこそ膨大だ。
なのに、それをものともしない勢いで燃え上がる蒼い炎。
「――――――――」
脳裏に描いた記憶が重なる。
燃える町、死んでいく人々。
数多の叫び声、呻き声。
助けを求める誰かの声。
耳に染み付いて離れないあの日の音。
――――
ああ、また。
私は二度も三度も、恥知らずに生き残って――
「ん、だァ……こいつ……ッ」
「!!」
現実から逸れようとした意識を呼び戻したのは、近くから聞こえた彼の声だった。
そうだ、と直前の記憶が蘇って頭の中がリセットされる。
異変に感付いていた悠はその身を守るコトができたのだろう。
彼女は思わずなにかに縋るよう、声の方を振り向いて。
「――――は、るか?」
「んだよォ、ははッ……無事かァ、無事、だなァ。妃和ィ」
「お、まえ――な、んで。いや、そん――ッ、あああッ、――――悠っ!」
「寄るなッ、動くんじゃねえ! まずい、なんだかッ……知らねえがよォ」
ボタボタと血をこぼしながら悠が叫ぶ。
それはいい。
いや、個人的に妃和の精神上よくはないが、彼が血だらけなのはいつものことだ。
純エーテルを用いて戦う以上、負荷は受けて然るべきもの。
同時にその恩恵も受けるのが男でありながら適正値の高い彼の特徴である。
――――なら、目の前の光景はどういうコトだろう。
「ッ、ええい……! 一体、何事だ……これは……!!」
「起きたかよ美沙……! イチバン遅えなぁ、てめえッ」
「はぁ? おまえなに――いや待て。なッ、バカおまえッ! その怪我!」
「いいッ、気にすんなァ! 怪我なんかより、大事な、もんがッ」
「悠ッ!!」
ごぼっ、と吐血する悠。
ほぼ無傷であるふたりと違って、彼は全身至る所がボロボロだった。
咄嗟の判断で彼女たちを守ろうとしたのだろう。
周囲に散らばる鉄潔角装の残骸がどれほど力を行使したのか悟らせる。
加えて、傷の度合いは決してぜんぶ守り切れたとは言えない有様。
「バカが……! おまえがこの場で一番大事だろうが! 自分だけなら完全に守れただろう!」
「てめえら見捨てろって……? するワケねえだろ、したくもねえなァ……!」
「ッ……ああくそっ、そうだな! おまえはそういう奴だよッ」
「はははッ、流石は美沙。分かってらァ……!」
くつくつと笑う悠だが、その顔は未だに険しい。
なんとか立って居るものの、いまはそれが限界だろう。
抉れた肉、折れて飛び出た骨。
両腕は原形を留めないほどにぐしゃぐしゃだ。
顔だって半分ほど面影がない。
足はまともに付いているように見えて、実際のところ千切れる寸前。
その上、まとわりつくように蒼い炎が身を焦がしている。
「だが、まずいぜ、これ! ぜんぜん、ダメだッ」
「なに?」
「
「水は!」
「見りゃ分かんだろォ! びしょびしょだよ! 俺自身、いまッ! けどなァ!」
火は消えない。
水をかけても弱まりさえしない。
むしろその勢いをどんどんと増していく。
息をするたび、身体を動かすたび。
開いて閉じない傷口を広げながら。
「――――ちくしょう、てめえッ! ナニモンだァ!!」
ギッと眼前を睨む。
悠の正面に映ったのは揺らめく蒼色だった。
ひとつの熱、脆く朧気なヒトガタ。
そのシルエットには女性らしさがある。
人間が燃えているというより、火がそのまま人の形を象ったような姿。
線は細い。
頭からは髪のように長い焔が尾を引いている。
そしてなにより、両手には鳥を思わせる燃える翼。
「新種か……! 報告にあった怪物どものどれとも違うぞ、あれはッ」
「んなこたァ見りゃ分かるッ! むしろこんだけど派手に暴れて話題にならないほうがおかしいだろうが!」
「しかしここにピンポイントで来るとは最悪だ! とにかく逃げろ、悠!」
「逃げられると思うかよ!」
「逃げなきゃどうにもならないだろうが、あんなものは!」
美沙の言葉に悠の動きが固まる。
どうにもならない。
……どうだろうか。
多分、彼女の言はまったく正しい。
こんなところで自身のくだらない衝動に身を任せるのは間違っている。
そのあたりきちんと頭を回した彼だ。
だから、逃げるという選択肢があるのであればそれを取るのもやぶさかではない。
甘んじて選べるというのなら選んでみせよう。
――――だが。
「………………、」
だが、引き下がるのはどうにも。
「どうした、悠ッ」
「四十人だ」
「はッ?」
「四十人、見ただけでも生き残ってんぜ。探せばまだいるだろうよ。職員も、野郎も」
「他人の心配をしてる場合じゃないだろう! そういうのは私たちの仕事だ!」
「誰が怪物を倒したかってコトだろぉが。覚えてねえから、自信はイマイチだがッ」
歯を食い縛って痛みを耐える。
少しずつだが回復速度があがってきた。
傷はまだまだ塞がらない。
けれども治癒は着々と進んでいる。
……別に、痛みで戦えなくなったワケでもなし。
彼にとってこの程度のモノは、まだ生きて動ける範疇だ。
「殿、引き受けてやらァ」
「バカがッ! おまえ、いくらなんでも無茶だろうが!」
「いいぜそれでッ! 過保護も大概にしろや美沙ァ! ここで使わなくていつ命を使うってんだよォ!」
「ああもうッ――――今世紀最大の大馬鹿者めが……ッ」
中空に手をかざす。
周囲に満ちた純エーテルは崩壊の影響で外と変わらない。
空色の粒子を手繰り寄せるよう掴み取る。
……以前、葵と戦っていたのが功を奏した。
足りない部分を鉄潔角装で強引に補う。
そんな無茶ができるものだと
そのまま彼は、己の武器をつくろうとして――
「!?」
炎が、走った。
「なッ――――ぅ、あぁあッ――んだッ、こん、あぁあぁ……ッ!?」
怪物は微動だにしていない。
手も足も頭も。
その身体の一切を動かしてはいなかった。
攻撃とは違う。
明確な害意の込められた罠ではない自然的な反応。
つまり、これは。
『――――や、べえ』
この炎は、おそらく。
『――純エーテルで、燃えやがんのか……ッ!!』
彼らを殺すための、洗練された特異能力だ。