「悠ッ!」
「寄んな美沙ァ!! さっさと行けよォ!!」
「だから言っただろう! 無茶にもほどがあるぞ!」
「うるせえッ!! 無茶だろうがなんだろうがやるんだよそう決めたァ! だったらそう簡単に退いてられっかよォ!!」
身を焦がしながら悠が叫ぶ。
蒼い炎は依然として消えていなかった。
その性質は尖っているというより偏執的だ。
普通の火が酸素を送られて燃え上がるように。
それらは純エーテルを燃焼の材料としながら、熱と光を発している。
「妃和を頼んだぜぇ! 怪我させたら承知しねえッ!!」
「ばッ、おい! 悠!!」
ダン、と飛び跳ねて蒼い火炎と対峙する少年。
意志と覚悟は一瞬のうちに。
命の使い所すら躊躇せず、真正面から外敵を睨みつける。
視線は鋭い。
それこそ、未だなお痛みを耐えている怪我人とは到底思えない強さ。
「――――ッ、ええい、あいつは本当に……ッ」
立ち上がって体勢を整える美沙。
突然の出来事で万全なコトなどなにひとつないが、焦っても仕方ない。
状況把握は冷静に。
現在、収容所は壊滅している。
建物は跡形もなく崩れて壁も水槽もない。
あの蒼い火炎に吹き飛ばされた結果だろう。
本来なら全滅していてもおかしくない被害だが、余程運が良かったのか、それとも造りの堅牢さが幸いしたのか。
生き残っている人員の数はそこそこ多い。
彼女の見立てでもおよそ半数はいる。
大小様々な怪我をしつつも死なずに済んだのなら儲けものだ。
女性職員はもちろん、男性でもある程度適性が高ければ傷の回復は純エーテルの恩恵がある。
「――巴嬢。……? おい、巴嬢、しっかりしろ!」
「――――え、あ……っ」
「大丈夫か! とにかくここに居てはまずい! 君はまだ走れるな! 逃げろ、今すぐに!」
「に、逃げる……って……」
引き摺られるような錯覚。
いつかの幻聴、幻覚が妃和の五感を塗り潰していく。
逃げる。
また、逃げる。
目の前の惨状から、身近に降り注いだ惨劇から。
なにも守れることはなく、なにもできるコトはなく。
ただ、逃げる。
「私は生存者をひとりでも多く避難させる! その間は――とても嫌だが、悠に頼って任せるしかない……!」
「――――わ、私も手伝います! 傷は全然ありませんからッ」
「はッ!? 待て、その腕では――――ああどいつもこいつもッ!! どうしておまえらは人の話も聞かずに突っ込んでいくんだッ!!」
咄嗟の判断は悩むよりも前に浮かんだものだ。
選び取った行動とは違う。
当たり前じみたものとしてその選択肢は胸にあった。
胸中の思いなんて最早分からない。
苦しみたいとか、幸せが辛いとか、そんなコトはどうでもよかった。
――なんだか、とても。
とてもスッキリとした感覚で。
大事なものが、一瞬だけ分かった気がする。
そう、結局。
結局、
『……ああ、そうか』
歪んだ思考。
壊れたココロ。
過去が生んだ消えない傷。
人として形を保っておきながら在り方は酷く不自然だ。
――それでも、命が残っている。
なら、それは自分自身のためにではなく。
遺ってしまったものとして、使い潰すべきだと。
『私はきっと、自分のために生きたくなかったんだ』
そんな答えに、やっと気付いた。
◇◆◇
蒼色に燃える世界。
大気に満ちた神秘の粒子が炎を激しくさせる。
どうにも引火した純エーテルはその性質をなくしているらしい。
鉄潔角装の材料にするコトもできなければ、治癒もまったく働かなかった。
「なろォ、なめやがってぇ……!!」
火に巻かれながら神経を研ぎ澄ます。
生半可なレベルの行使では先ほどのように引火する。
せっかくかき集めたエネルギーも燃えてしまえば意味がない。
加えて、人体を介して操作する以上、一歩間違えれば自傷を伴う危険行為だ。
火がついてしまえば今の悠と同じ状況の完成。
適性の高い彼でさえ治癒速度が絶望的にまで落ちているのだから、他の人間だとどうなるかなんて想像に難くない。
「――だったらこっちも張り合ってやらァ!!」
彼の導き出した解答は単純にして強引。
無理やり突破口を開けたに等しい力業。
すなわち、
「 兆 角 醒 ッ !! 」
燃やされてダメになるのなら、それを上回るスピードで純エーテルを流せばいい。
「おぉおおぉおぉおぉおおおぉおぉお――――!!」
超高速で分裂と増殖をくり返す体内の神秘。
空色の閃光が燃えずに粒子となって溢れていく。
それで治癒の性質がようやく炎を越えた。
塞がらなかった傷口が、いつも通りほどではないとはいえ、そこそこの速さで治っていく。
「はははッ! やってみるもんだなァ、やっぱりよォ!!」
創り出した鉄潔角装を手に握る。
火を消すコトはできないが、少なくとも最低限戦うための力は整った。
怪我の痛みも純エーテルの副作用もガンガンと効いてくるが、それはそれ。
立って武器が構えられているのならそれ以上なんてない。
……眼前の蒼い火炎を睨みつける。
ゆらゆらと蠢く脅威は依然として動かないままだ。
鳥のような燃える翼は下ろされている。
炎だって周囲に撒き散らされたものだけが猛威を振るっていた。
「――――来ねえなら、こっちから行くぜッ!!」
瓦礫の上を翔る閃光。
背中から噴出する純エーテルをバーナー代わりに悠が飛ぶ。
接敵までそう時間はかからない。
瞬きひとつの間に彼の鉄潔角装、その射程距離圏内に入る。
「――――――」
その直前。
くすり、と見えない顔が笑ったような気がした。
「ッ!?」
逆巻く焔が天へ昇る。
周囲一帯へ蒼い火を撒き散らしながら、それは竜巻のように空へ飛翔した。
その火炎自体には然程威力がのっていない。
せいぜい彼の純エーテルを一番外側だけ燃やしたぐらいだ。
自身から無限に生成される悠相手にはまったく意味を成さないが。
「――――あ?」
本命は、違う。
「なん――――」
バサリ、と。
緩慢な動作で翼が開かれる。
手と一体化したような燃える両翼。
そこから羽根が散るように、無数の火の玉が溢れ出た。
まさしく見た者の顔色と同じような。
真っ青な、火球。
「――――――!!」
放たれる蒼い弾丸。
降り注ぐ火球は槍のように地上へ迫る。
速度、威力、ともに最大級。
人体が受ければひとたまりもない一撃。
それがざっと見ただけでも三百超。
容赦なく、振り下ろされる。