――油断や慢心があったか?
それはない。
彼は怪物の恐ろしさをその身で体感している。
二度の接敵で嫌と言うほど強さを思い知った。
――どこかで相手を見くびっていたか?
それもない。
なにせ奇襲で施設全体を壊したのだ。
考えずとも〝まずい〟敵だと理解できる。
ならばこそ、あるとすればそれは単なる誤解。
決定的な思い違いがあった。
初めての時はそうでも無かったのに。
総司令や部隊の隊長を含めた戦闘経験が認識を歪めたらしい。
当然のこと。
例え誰かひとりが比肩する力量を持っていようと、
例え誰かひとりが抵抗する術を持っていたとしても、
その場にいる他の誰かを守るコトなんて、到底無理な話だ。
「――――――!!」
蒼い火が降り注ぐ。
落ちる火球のスピードは尋常ではない。
球体は尾を引いてさながら光の槍みたいに。
無数の蒼光が地上へと放たれる。
『ま、ず――――』
即座に反転して、悠は純エーテルを噴かしながら加速した。
狙いは施設の崩壊跡にのみ絞られているらしい。
数え切れない火の玉は雑に投げられているものの、命を一掃するのに十分すぎる。
アレはどうにかしなくては全員が死ぬ。
必死にあたりを駆け回って救助している美沙と妃和の姿が見えた。
まだまだ探せば生存者は出てくるだろう。
それごと殺して余り有る。
……ああ、本当にそうだ。
怪物というのはそのスケールを以てして、大勢の人を殺すのだと――
「――くそがよォ!! やれるだけやってやるがなァ!!」
上昇した出力をそのまま身体の外へ放つ。
襲い来る激痛。
純エーテルの影響による絶不調からの吐き気。
耐えきれない莫大なエネルギー量に器が悲鳴をあげた。
……蒼い火が肉に走る。
治癒の速度で補えるのは一定まで。
純エーテルを燃やし尽くす火が、その性質を根こそぎ奪っていく。
「――――そいつがァ、どうしたァ!!」
構わない。
全身焼き焦がれてでも前進する。
一度決めたのなら最後まで。
歩き出した時点で、そもそも彼の最期は決まっているのだから。
「お、おぉおおぉおぉおぉおおお――――ッ!!!!」
空中を埋め尽くす空色の粒子。
絨毯のように彼の高密度な純エーテルが広がっていく。
展開された光の防護壁。
それは蒼い光を呑みこんで、
「 」
なんでもないかのように、突き破られた。
翼が解ける。
手足が千切れる。
降り注ぐ炎の弾丸が呆気なく少年の身体を蹂躙する。
傷は治らない。
ダメージを受けた部分から炎が燃え上がって治癒を阻害しているせいだ。
息苦しさ、痛みの辛さだけが長々と続いていく感覚。
『な――――ぁ――――ぉ――――……』
戦闘行為というにはあまりにも圧倒的だった。
話にならない相性の差。
純エーテルを食い物にする怪物。
彼がその恩恵に頼っている時点で勝敗は決していた。
鉄潔角装も兆角醒もアレにとっては脅威たり得ない。
なら、どうすればいいのだろう。
人類にある抵抗の手段は、それしか残っていないのに――?
『――――――――』
墜落する途中で地上の景色を見た。
光の華が咲いている。
瓦礫の隙間に埋もれた、
足を引き摺って逃げようとしていた、
肩を貸して手を取り合っていた、
襲撃から辛うじて生き残っていた生命が。
――ああ、あんなにも、呆気なく――
「――――、――――」
知り合いの顔は多い。
つい昨日まで話していた相手が炎に巻かれて死んでいる。
血液に塗れた死体はもう見飽きたぐらいだ。
それが増えていく。
脚を吹き飛ばされて飛んでいくのは美沙だった。
その近くで火に炙られながら悶える妃和の姿も見える。
ダメだ、まずい、これ以上はいけない。
彼女たち、彼らは悠よりもまともな適正値の人間だ。
治癒の度合いもなにも人並み程度。
その事実がなにを意味するか、直感的に悟ってしまった。
『――――ふざ、けろ――――』
身体が動かない。
火球の直撃をもらった肉体は弾けて消えた。
右手は半ばから骨が見えている。
左手なんて肩から先がないままだ。
脚はぷらぷらと繋がっているのかいないのか分からない状態。
辛うじて動いている心臓だけが生きているコトを実感させる。
『ふざ、けろよ――――てめえ――――』
動け、と力を込める。
だが駄目だ。
まったく、これっぽっちも肉体は反応しない。
そうしている間にも意識が薄れていった。
怪我をすれば死に瀕する。
死にかければマトモではいられなくなる。
常識だ。
彼がどんなに恵まれた人間であろうと、その絶対的なルールからは逃げられない。
――――意識が。
思考を回す脳髄が、限界だとその活動を緩やかに停止させて――
◇◆◇
ふと。
声を聞いた。
透き通るような高い声。
耳に馴染む音は真実彼の知る音を孕んでいる。
けれども分からない。
それは一体、どこの誰だろう――?
「目を覚ませ。
……ふざけた言葉を聞いた気がする。
仕方なく悠は瞼を開けることにした。
このまま眠っていると余計に面倒くさい事態に陥る気がしたのだ。
そうしてゆっくりと、彼は目の前の光景を視認して。
「――――――」
そこに、
まったく知らない/どこか見知った、
誰かの姿を見た。
「ふふふ、焦って起きたか? 冗談だ。疑いなどしないよ。おまえはいつだってどんなになったって私の夫だ。それは変わらない。決定事項だとも。なあハルカ?」
見た目は彼と同年代。
十七かそこらのまだ色を知らない少女。
容姿は見惚れるほどに綺麗だ。
外見に頓着しない悠ですら目を奪われるほどに鮮やかで可憐だった。
「しかし、なんだ? こうして向い合ってみると、なんだかな。ふふっ……とても、いい気分だ。懐かしい。しかし新鮮だ。おまえを心底愛していると認識して初めてかな、会うのは。――――ようやく叶った。まだ逢瀬でしかないが、私は相見えたのだ」
嬉しそうに笑う少女。
頬を赤く染めた姿は誰が見ても恋をしていると分かる。
当然だ、なにせ愛している相手が目の前にいる。
悠ですら自覚した。
到底考えづらいコトなのに。
思考はその方向に回る筈がないのに。
強制的に理解させられる。
この少女は、間違いなく、自分に執着していた。
「だが、これは私の望むところではない。このままではおまえは消えてしまう。まだ此処に辿り着く資格を持っていないだろう? そんなのは御免だ。私はおまえと永遠を共に過ごしたいのだ。一瞬の快楽のために全てを擲つなど馬鹿げているよ。刹那的な破滅主義者だ。まったく美しくない」
それは言われるまでもなく、悠自身がどこかで感じていたコトだ。
在るだけで押し潰されるような圧迫感。
この場所では人間程度の魂など跡形もなく消えてしまう。
普通に生きていけるだけで十分すぎる強者だろう。
……つまりは。
この少女が、見た目だけが人間のもので。
「故に、私も手を出そう。アレの出現はイレギュラーだ。あのバカは加減が効かないからな。別の星に埋めてやったものを、枯木がいなくなったのを感じて目を覚ましたようだ。本来、地球に来させるものではなかったのだが」
規格からして違う、埒外の存在だという証拠。
「純エーテルとはすなわち私の一部、私の細胞と言ってもいい。私がこの世界の神秘を統治する立場になって流れ出したものだからな。それに適合するという事は私と相性がいいというコトだ。おまえのそれが弱くないワケがない。――リミッターを外そう。入り口も出口も。普通なら器ごと壊れてしまうが――」
くすり、と慈愛を込めて彼女は笑った。
「おまえのことだ。耐え抜くだろう。そう信じている。なにせ、私の最愛の人だからな」
そんなことを、やはり言うのだった。