純潔の星   作:4kibou

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9/『急接近⑥』

 

 喉が焼かれる。

 手足が爛れる。

 

 ただただ息苦しいだけの蒼い世界。

 

 這いずるように伸ばした腕が、ずるりと力無く落ちた。

 

「――――――」

 

 死にかけながらも意識を保っているのは妃和だ。

 彼女の肉体は蒼い炎に燃えている。

 

 純エーテルの恩恵を受けて当然の性別。

 女性であるならば体内にそのエネルギーが〝ない〟なんてことはない。

 

 燃え盛る勢いは悠より弱いが、それでも心を殺すのに十二分な苦痛だった。

 

「――――、――――」

 

 ガリガリと瓦礫をかく指。

 血反吐交じりの吐息。

 

 片腕の少女はすでにその傷を広げている。

 

 顔が、胸が、腹が、脚が。

 全身が蒼色の熱にうなされる悪夢のような現実。

 

「――――――――、――――――――」

 

 普通なら耐えられない。

 とっくに悲鳴をあげている。

 

 いくら戦闘部隊とはいえ、妃和だってひとりの少女だ。

 我慢できないコト、堪えられないモノはあって然るべき。

 

 ただ今回は、そのどちらをも越える強い感情が塗り潰した。

 

「ま、だ」

 

 爪が割れる。

 傷が増える。

 

 痛みは絶えない。

 意識は落ちる寸前で不確かに揺れていた。

 

 明滅する視界、途切れる思考、記憶の欠落。

 

 瀕死の重傷は確実に彼女の命を蝕んでいく。

 このままいけば死んでしまえる。

 

「まだ、私、は」

 

 ボロボロの肢体を引き摺って手を伸ばす。

 目の前の光景は霞の如くぼやけてしまった。

 

 鮮明な景色なんてもう瞳には映らない。

 だけども必死に息をする。

 

 なにもかも、彼女にとっては覚えのあるコト。

 

 肺を焦がす熱の痛みも、

 皮膚を燃やす炎の鬱陶しさも、

 誰かが周りで死んでいくのも、

 

 己の無力を自覚して嘆くのも。

 

 すべてがすべて、あの日に経験したコトの繰り返しだ。

 

「なにも――」

 

 命を手放さなかったのは奇跡だろう。

 

 本来、妃和に怪物の攻撃を耐えられるスペックはない。

 蒼い火に巻かれた時点で彼女の運命は終わっていた。

 

 それを繋ぎ止めたのは単なる幸運か。

 それとも、深く強く願い続けた怨念やら執念の類いか。

 

「できて――ない――……ッ」

 

 やり直したいワケではない。

 過ぎた時間は戻らない。

 きっともう二度と、選んだコトも進んだ道も変えられない。

 

 けれど後悔があった。

 心残りがあった。

 引かれる思いがあった。

 

 目を逸らしてはならない罪過。

 あの日、逃げ延びた彼女が見捨てた命を、彼女だけが知っている。

 

 だから。

 今度こそは。

 

 もう誰も、なにも、諦めるコトなんてできない。

 見捨てるコトなんて、できない。

 

 〝――助け、ないと〟

 

 どうして?

 

 〝助け、ないと〟

 

 誰のために?

 

 〝助けないと〟

 

 なんのために?

 

 〝助けないと――〟

 

 決まっている。

 

 この命を正しく使い潰すために。

 

『いやはや愉快だ、そうやって辿り着く道もあるのか。歪んでいるが、真っ直ぐでいて余分がない。良いぞ、ハルカが世話になっている礼だ。応えてやろう、小娘』

 

 そんな思いが引き金だった。

 

 発露した神秘の欠片が辺りに広がる。

 蒼い火を呑みこむように浮かびはじめる赤い炎。

 

 土も木も瓦礫もアスファルトも関係ない。

 それは神秘の塊である蒼炎さえ食い散らかして。

 万物一切焼け消えろ、と原初の災害を巻き起こす。

 

 彼女には分からない。

 自覚もしていない。

 

 ただ、傍から見ている分には明確な変化があった。

 ゆらりと片腕をぶら下げて、二足で立つ少女。

 

 彼女はただ命を救うため。

 自分以外の誰かを助けるため、足を動かしていく。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 異様に波打つ心臓の音で、不意に悠は目を覚ました。

 

 同時、全身から激痛が返ってくる。

 

 ……傷の度合いは酷い。

 今までの治癒を含めた尺度とは違う。

 

 本気でどうして生きているのか、と疑問になるほどの大怪我だ。

 

「ッ――――――……く、そ……ッ」

 

 頭が痛い。

 まともな思考ができるまであと二秒はかかる。

 

 漠然とした意識のなかで見上げる空。

 ヒトガタの燃える鳥はいまだ飛び続けていた。

 

 大きく動き回ることはないものの、アレはただそこに在るだけで絶望的だ。

 

「とんでも、ねえ……ッ、力を、出しやがる……!」

 

 まともにやり合ってはおそらく勝ち目がない。

 実体があるかどうかすら分からない以上、現時点での討伐はほぼ不可能。

 

 となると逃走以外に取れる選択肢はないのだが――それも許してくれないだろう。

 

 怪物が人類の天敵たる所以は、その力を以てして明確に人を狙う点だ。

 

「だが――ああ、ちくしょうッ……なんだか、なァ。悪い夢でも見たようでッ……」

 

 見えない感覚を研ぎ澄ます。

 掴むのは空色の粒子、神秘の奔流だ。

 慣れ親しんだ純エーテルの操作。

 

「蛇口が、バグってらァ……!」

 

 ガチン、と撃鉄の落ちる音。

 それが自分の中の大切なナニカだと分かった瞬間、

 

 

 

「     」

 

 

 

 自我が、千切れるかと思った。

 

「――――お、ご、ぁああぁあがあぁぁああああああ」

 

 意思を無視して悲鳴が口からこぼれる。

 痛みを凌駕した刺激が身体中を包んだ。

 

 どんな拷問もどんな陵辱もコレには勝てない。

 気分は限界を超えて空気を入れられた風船だ。

 

 全身から溢れる純エーテル。

 それを補う周囲からの供給。

 

 どちらも馬鹿げたレベルにまで引き上げられている。

 

 桁違いだ、ありえない。

 

 今までストローで吸って吐いていたのを、急に水道管に変えたぐらいなもの。

 

「――ッ、あぁあ、う、ぁあッ、ぐぅ、ぃいぃいいあああぁぁあぁ」

 

 べちゃべちゃと地面に垂れる吐瀉物。

 

 気分の悪さは過去最低レベル。

 つまりは純エーテルの回りの良さも過去最高レベル。

 

 適正値の高さがここに来てようやく、正しい形で発揮されたらしい。

 

 蠢く肉片と、波打つ傷口。

 燃えている部位を吹き飛ばすコトによって強引に蒼い火を消す。

 

 傷はその直後、一秒と経たずに治っていった。

 

「ぁあぁあははははッ……ふざけて、やがるなァ」

 

 頭上を睨みつける悠。

 その視線の先にいる相手はひとつしかない。

 

 炎上する無形の怪物。

 蒼い火の雌鳥。

 

 ――――戦意が。

 ――――殺意が。

 

 両者の意識が、交錯した。

 

 

 

「なぁオイッ!!」

 

『――――――――』

 

 

 

 爆発する純エーテルの羽搏き。

 神秘の噴射は軽く音を越え空を翔る。

 

 ――――ならば。

 

 迎え撃つその閃光はどれほどのものか。

 

 姿形はかき消えていた。

 残ったのはただの線。

 

 光の通った後だけが遅れて流星みたいに輝いた。

 

『ッ!! コイツ――――!!』

 

 咄嗟に鉄潔角装を生み出して振るう。

 炎は瞬く間に純エーテルを溶かしていく。

 

 だが遅い。

 胴体に触れた。

 

 接触したならあとは簡単。

 エネルギーの暴力だ。

 

 そのまま、この馬鹿げた神秘でぶん殴れば――

 

「ッ!!」

 

 空に線が走る。

 目で追えない。

 音を拾えない。

 

 この宇宙の物理法則を無視した軌道。

 速さは光を優に超えていた。

 

 認識できるワケがない。

 残った線を目でなぞれば、そこに。

 

「がッ――――!!」

 

 己の胸を貫く、蒼い影が。

 

「――――あぁあッ、てめえ! くそがッ、てめえええええ!!」

 

 ――嗚呼、最早どうとでもなればいい。

 

 傷など気にしてはいては駄目だ。

 

 拳を握る。

 痛みを堪えて力を溜める。

 

 鉄潔角装は放り投げた。

 邪魔だ、要らない。

 

 とにかくこの場合に於いて後のコト全てはどうでもいい。

 

 専心するのはただひとつ。

 

 

「ふざけんなァ――――――ッ!!!!」

 

 

 その顔面を、ぶち抜く。

 

『――――――』

「まだだァッ!! もう一発! 二発ッ! 三発ゥ!! 終わんねえぞクソ鳥ィ!!」

『――――、――――』

「どいつこいつも怪物どもがァッ、調子くれてんじゃねえっつってんだろうがァ――!!」

 

 渾身の拳撃が突き刺さる。

 めしゃりと凹んだ炎がそのまま揺らぐ。

 

 形あるのなら問題ない。

 皮膚が焼けようが肉が融けようが彼にとっては構うものか。

 

 

 

「死ねェ――――――――ッ!!」

 

 

 

 再三に渡って殴打は続いた。

 ぐるりと燃える翼が彼の腕を掴み取る。

 

「邪魔だァッ!!」

 

 

 しかしそんな拘束も無駄なこと。

 純エーテルの爆発で難なく逃れる。

 

 力を使うたびに蒼い火が回ってくるが――それも気にしていては仕方がない。

 

 それになんだかいい加減、飛び続けるのにも飽きてきた。

 

「ぶっ飛べッ、落ちろボケェ――――!!」

 

 

 振り抜いた拳は影の頬を貫いて真っ逆さまに。

 勢いもそのまま、今度は怪物が地上へ墜落した。

 

 

 

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