純潔の星   作:4kibou

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10/『炎が上がる、空を覆う①』

 

 ぐしゃり、と足を潰しながら悠は着地した。

 

 衝撃を和らげる余裕、余力は一切ない。

 動けない程度の怪我を強引に治癒する。

 

 ……落下した蒼い火の鳥。

 

 地面で蠢く影は緩慢ながらもまだ止まっていない様子。

 荒い呼吸をくり返しながら、彼はいま一度拳を握り締めた。

 

「――――、――――ッ」

 

 そう、荒い呼吸。

 

 悠は肩で息をしている。

 つまるところ息が上がっている。

 

 なにせ彼の進化は出力の規格を無理やり変えたようなもの。

 

 身体にかかる負担はいや増していた。

 血反吐が溢れないのはそれ以上に治癒も回っているからだろう。

 

 自傷と回復を同時に行うのは慣れているが、それを何倍も増幅した状態。

 

「――――――」

 

 蒼い火を相手に立ち回るコトを可能とした代償。

 

 彼の継戦能力は大幅に落ちている。

 溢れる神秘をそのままダダ漏れにしていては効率が悪すぎる。

 

 けれども仕方ない。

 

 それは彼自身によるものではなく、外部から操作された強制的な変化だ。

 エネルギーが尽きて枯れないだけ喜ぶべきコトだろう。

 

「――おい、どうしたよ。こんなもんじゃねえだろぉが」

 

 全身から空色の粒子を撒き散らして悠が歩く。

 神秘の光はすでに輪郭さえ覆って実体を溶かしはじめていた。

 

 肉体と純エーテルが交ざり合った不確かな在り方。

 複雑怪奇な現象は狙って引き起こされた奇跡だ。

 

 そのために、彼は自らの拳で蒼い火を殴れるようになっている。

 

「立てよバケモノ。かかってこい。てめえ、散々ッ――ああ散々ッ!! 人ん()をボロボロにしてくれやがってよォ!!」

 

 再度爆発する純エーテル。

 恩恵を受けた肉体が神秘に弾ける。

 

 火の鳥はゆらりと揺らめいて立ち上がった。

 

 ――――迸る殺意は刹那のうちに。

 

 光を越えて駆け抜けた蒼い炎が、彼の胸を貫いていく。

 

「はッ」

 

 鼻で笑う声。

 彼はニタリと、人の悪意をないまぜにしたような笑顔を浮かべながら。

 

「効かねえんだよッ、ボケェ――――!!」

 

 殴る、殴る、殴る。

 

 握りしめた拳を蒼い炎に叩きつける。

 

 手応えはたしかにあった。

 揺らぐ炎は悠の一撃一撃に全身を震わせている。

 

「お、らァアア――――――――!!!!」

 

 ドズン! と沈みこむ渾身の殴打。

 炎に埋もれた拳が真っ直ぐに影を突き破った。

 

「………………あ?」

 

 だが。

 だがしかし。

 

 それで決着がつくのなら、人類はここまで追い詰められてはいない。

 

 新種とはいえ怪物は怪物。

 人を殺すために生きる霊長の天敵。

 

 故に、そのチカラはいつだって侮れない。

 

「――――こ、いつ――――」

 

 周囲に広がっていた神秘の流れが変化した。

 空色の粒子はいきなり自我でも持ったかのように彼の腕を通っていく。

 

 蒼い炎へ突き刺した、未だ抜いていない右腕を。

 

「――――()()かァッ!!」

 

 吸い取られていく純エーテル。

 

 悠自身のエネルギーは無尽蔵だ。

 それで戦えなくなる、というワケではない。

 

 けれども、だからといって放っておいては敵に塩を送り続けるだけのコト。

 今こうしている間にも、蒼い火の鳥はどんどんと熱量を増し――――

 

「小癪な真似をッ! してんじゃあねえ――――!!」

 

 蹴り抜かれる蒼炎の肢体。

 だがそれすらも怪物は自らの糧としようとする。

 

 ゆらゆらと燃える翼が彼の足へうねり巻き付こうと。

 

 

 

 ――――した瞬間、相手は完璧に目標を失った。

 

 

 

「――――――」

 

 爆散する右の脚。

 膝から下が骨ごと千切れている。

 

 掴もうとしたモノもなければ掴めない。

 

 ほんの一瞬。

 時間にして針も動かない合間。

 

 しかしそんなコトですらいまは決定的な隙だ。

 

 即座に脚を治癒する。

 トリックなんて大したものでもない。

 すべて彼の意思によるもの。

 

 悠は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、勢いのままに再構成する。

 

「間抜けがァ――――――!!!!」

 

 二度目の脚劇は完全に蒼い火を捉えた。

 

 地面を跳ねて直線に吹き飛んでいく焔の影。

 そのまま追撃を――と、踏み込んだ時だった。

 

「ッ!!」

 

 ガクン、と膝から崩れ落ちる。

 

 力が上手く入らない。

 スタミナ切れだ。

 厳密に言うならば、治癒で補える範囲を外れた。

 

 力の行使、怪我の度合い、なにもかもに負担を強いて戦うコト。

 それは自身を焼却する行為となんら変わらない。

 

 彼が削っているのは命そのもの。

 いくら器が固いとはいえ、その固さにも限度がある。

 

「あァッ……!? んだコラァ、てめえッ、こんな時にィ!!」

 

 無論、そんな理屈を考えて止まれるような悠ではない。

 

 際限なく膨れ上がる純エーテル。

 神秘は身体を覆うように包み込み、瞬く間に治癒の特性を発揮する。

 

 震える両足が立つコトができるまでに。

 ぼやけた視界が鮮明に変わったコトを認識して、いま一度彼は大地を踏み抜いた。

 

「つまんねえ終わり方ァ、させんじゃねえよォ……!!」

 

 大地を奔る空色の光。

 彼女(だれか)の後押しを受けた希望の象徴。

 

 それは命を燃やして流れる人の星。

 なにかに常逆らうコトを約束された星の奴隷。

 

「サービス、もってけェ!!」

 

 血を滲ませながら拳を振りかぶる。

 

 反撃、損傷、相手の状態。

 なにもかもが頭蓋の外へ。

 

 目の前に殴りたいナニカが居るなら、それを殴らなくてなにをする――!

 

 

「おおぉおぉおおぉおおおぉおお――――――――!!!!」

 

 

 

 揺れ動く蒼炎のヒトガタ。

 突き刺さる拳は鳩尾を貫くように。

 

 不定形の身体が〝く〟の字に折れ曲がった。

 同時に、噴水じみた出血があたりを濡らしていく。

 

 ……もちろん、それは。

 

「――――ハ」

 

 それは、怪物のものではなく。

 真っ赤に染まった液体は、間違いなく人間のもの。

 

 一体誰がなんていうまでもない。

 

 あまりの無茶、あまりの酷使についぞ肉体が悲鳴をあげた。

 全身の血管が一気に破裂する。

 

 目から、口から、鼻から。

 身体中の穴という穴から撒き散らされる赤黒い血。

 

「――――――」

 

 常人なら即死。

 そうでなくても先ず死なないワケがない。

 

 止まった心臓、動かない肺、電源を落とされたような脳みそ。

 

 粉々に砕けた動脈静脈は正常な生命活動など不可能だ。

 誰が見ても一目で手遅れと分かる有様。

 

 如何な天才医師でもその傷は治せない。

 治せるワケがない。

 

 間違いなく彼の命は消えたも同然。

 

 ――――その、身に余る恩恵さえなければ。

 

「ッ、はァッ――――はぁ――――!!」

 

 悠は死なない。

 

 どう足掻いても死ねない。

 死なせてなんてもらえない。

 

 いくら願ったって、その望みだけは絶対に叶わない。

 

 なにせ彼女にとってすればようやく掴み取った逢瀬のチャンスだ。

 百年、千年、下手すれば万年に一回あるかないかという機会。

 

 それをみすみす失うぐらいなら、宇宙のルールなどどうなっても構わないと。

 

「はははッ――――さァ、まだだァ。もっとォ。もっとだァ。なァ、オイ!」

 

 少年の魂を、完全に縫い止めたのだから。

 

 

 

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