途切れそうな意識を限界ギリギリで繋ぎ止める。
気絶なんてできない。
したらそれこそ終わりだ。
なにせ今の悠には生きていくのに必要な部品がない。
ぽっかりと胸の中に空いた穴。
どういう原理か、傷口は塞がっても取られたモノは戻って来なかった。
――彼の心臓と片目は蒼い火の鳥が持っている。
その人物由来のモノを取り込んだからか、はたまた無限に湧き出る力の源がどちらかだったのか。
ごうごうと燃え滾る炎は更に更にと勢いを増していく。
『――――――ッ、く、そがァ……ッ』
兆角醒自体を掠め取られたワケではない。
彼は彼で未だに純エーテルの出力を上昇させ続けていた。
ならばこそ、それは猿真似じみた能力の再現だ。
何事にも抜け穴はある。
が、現実にそんなものがあって堪るか、と言いたくなる超常現象。
……これにて条件は同じ。
違うのは傷の度合いと生物としての根本的な強さのみ。
「て、めえッ……」
痛みを堪えてなんとか眼前を睨む。
人間の身体が如何に優秀かを思い知らされた気分だった。
生きるための繊細な作業を要求されている以上、それ以外に意識を向けるなど到底不可能。
いまの悠にとっては視線を動かすだけでも死の危険がつきまとう。
支えているのは生命活動そのもの。
血液の循環、筋肉の伸縮、電気信号の伝達――とにかく全部を純エーテルを介して補う。
できないコトはないが、にしてもあんまりな行為だ。
コレに注力している間、戦闘なんてできるハズがない……!
「――――ッ、――――……!」
怪物がこちらを振り向く。
気のせいか、その輪郭がハッキリと浮かび上がっていた。
ふたつの命と、ふたつの力。
どんどんと出力を高くしていく蒼い火炎。
彼の心臓が炉心となって、その異能を垂れ流しているのか。
「ヒト、のッ……もん、をォ……!」
――ああ、できるなら。
可能であるのなら今すぐにでもその顔面を殴り抜いてやるというのに。
本能で察してしまう。
未だ残る生の実感が最終ラインを警告している。
下手に動けば死ぬ。
アレの攻撃ではなく、制御を失った矢先に自滅する。
一撃を入れる暇もなく、言葉を発する余裕もなく。
「勝手にッ……使い、やがって……!」
くすくすと笑う声。
幻聴だ。
目の前の怪物は声帯など持っていない。
反面、視力の方は片側だけでもマトモだった。
振り上げられた燃える翼と、その先に握られた一振りの刃が見える。
彼の鉄潔角装と全く同じカタチの剣。
必然、対抗心が沸いた。
「てめえッ――――」
限られた視界、限られた命。
死体同然となった肉の躯を稼働させる。
攻撃の矛先が向いた以上、遅かれ早かれ悠は死ぬ。
なにせこのままだと本当にもう後がない。
勝機は薄く残っているものの、その薄さは手で触れれば破れてしまうようなものだ。
状況は一変した。
もはや流崎悠という戦力はマトモに機能しなくなっている。
だからこその、後先を考えない抵抗だった。
「調子にィ――乗んなよォ……!!」
生きていられる時間はどれぐらいか。
なにが一番向こうにとって致命的か。
理性ではなく本能で算盤を弾く。
たったの一撃。
放てるとすればそれが全て。
必要以上は望まない。
望めない。
――彼は卓越した神秘の扱いで、その手に刃を生み出していく。
「――――――――ッ」
のし掛かる生物としての当たり前な危機感。
気分は地上何百メートルという平均台に居るよりもずっと恐ろしい。
頭痛による意識の断絶、思考回路のブレ、はては外部からの干渉。
ひとつでも純エーテルの扱いを間違えればその時点でお陀仏だ。
そんなコトを極限まで引き延ばさなければならない。
――――そう、引き延ばす。
自分の死を未来へ追いやる。
彼の命が尽きる瞬間は目の前の外敵に一矢報いた瞬間。
それまでは、この仮初めの肉体を動かさなくては話にならない――!
〝それでいいのかよ、
問いかけるのは自分自身に。
心はもう決まっている。
決意は胸の彼方に落ちた。
ならば迷うコトなどない。
とうに死に体。
残った時間の使い道は、最初から。
〝ああ、良いさ。良いだろう。良いぜ、やってやるよ〟
故に、ここが死に時だと男は嗤った。
――最初から、変わってなどいない。
どうせ死ぬなら前のめり。
死んだように生きているなんて、それこそ我慢ならないだろう――
「――――あばよ、手前ッ」
言うが早いか、翼の剣が振り下ろされる。
頭から割るように狙った容赦のない一太刀。
淀みのない斬撃はただ殺すためだけに洗練された動作だ。
技術を研鑽した戦闘部隊のモノとも、荒々しいだけの彼の剣筋とも違う。
――――だが遅い。
死にかけているからか体内時間はさっきから膨張しっぱなしだった。
頭を揺らして肩口で刃を受け止める。
直後の追撃はない。
明確に生じた隙に彼の行動がピタリと当てはまる。
手に握った鉄潔角装から迸る空色の奔流。
気分は天にも昇るほど。
あれほど悪かった体調が嘘みたいになにもない。
それがどういうコトなのかも理解した上で殊更嗤う。
「――――――――」
どくん、と。
「――――――――――――」
どこからか、
心臓の音が聞こえる。
「――――――、」
胸に感覚はない。
ぽっかりと空いた穴は純エーテルで塞がれたまま。
脈動も循環もすべてがつくられたものだ。
――どうでもいい。
振りかぶった鉄潔角装に、いま手繰り寄せられる全エネルギーを集中する。
そうして。
「――――――――ッ!!!!」
胸の蓋を、一気に外した。
〝――――、――――――、――――〟
急速に低下する体温。
散り散りに乱れていく思考。
細胞が死んでいく。
手足が末端から感覚を失う。
それはやる前からすでに予想していたもの。
一分とかからない。
一秒あればもう十分。
だからこそ、その刹那に彼は己の人生を賭した。
「 」
剣閃は脇腹から肩までを裂くように。
揺れる刀身が蒼い火を消し飛ばす。
かき集められた膨大な純エーテル。
それをまとった刃は原形を留めないほどに暴力的なエネルギーに満ちていた。
振り抜くだけで衝撃波が撒き散らされる。
増大した火力が。
勢いを増した怪物の焔が。
まるで風に吹かれたように、鎮められて。
――――これで、振り出し。
「――――――――」
……役目は終わった。
人体は完全に生命活動を停止した。
それでも必死に叫ぶ誰かの声が頭蓋に響いている。
いくら
手のひらからすり抜けていった奇跡を悲しむように嗚咽をこぼしていた。
でも仕方ない。
彼は自分で決めて自分で命を擲った。
ならば、その選択に誰が異論を挟めるというのか。
……いいや、それは。
きっと、誰にも。
「――――――――――――」
倒れる死体。
残った火の影はその正面で痛みに震えている。
自らへその手を届かせた彼へ返礼をしようと力を込めている。
力を削ったとはいえ怪物は怪物だ。
肉片すら残してはくれない。
命を失くした空っぽの入れ物へ照準が向く。
――――炎は、瞬く間に広がった。
その寸前。
響いた声と滑り込んだ篝火が、蒼炎をかき分けた。
それは。
――――嗚呼、その少女は――――