蒼炎を振り払う劫火。
ふたりは対照的な色を放ちながら正面を切ってぶつかり合う。
立場は対等ではない。
方や星の外から飛来した不定形の怪物。
方や今し方奇跡的な力を得たばかりの人間。
勝敗は目を見るよりも明らか。
――そんなコトは、妃和自身ですら分かっている。
「――――ふッ」
故に彼女は初めから全身全霊を尽くして己を使い潰すと決めた。
覚悟なんてする暇もない。
もとよりその精神性は何かに捧げるコトへ特化している。
自己保存の楔。
生物なら誰しも持っているであろう自壊に対する防衛本能。
その鎖と枷を解き放てばどうなるか。
マトモでは成し得ない。
彼女だからこそできる芸当が、たしかにここに存在する。
「――――ッ、――――!!」
灼熱は未だ蒼火に劣らない。
いずれ崩れ去る均衡だとしても、その脅威を一ミリですら近寄らせないでいる。
願うまでもなく焼べられる代償。
焦げる人肉の匂い。
焔に巻かれていく自分自身の肢体。
それらすべてを至極当然のコトと捉えて剣を振るう。
「――――はははッ」
思わず笑った。
想像以上、期待以上。
たかだか
胸の奥底から湧き上がる力はとめどなかった。
身体は間違いなく死へ進んでいるのに、生きていく実感が溢れかえっている。
これを笑わずしてなんとするのか。
無論、彼女は知らない。
空の向こうから降り注がれた渾身の恩恵など感じ取る余地もない。
誰かを救った結果など見ないままひた走る。
その感謝を最大の形で返された事も気付かずに。
余計な祝福の対象に入れられた事実を悟ることすらなく。
「――――はァッ!!」
怪物目掛けて刃を振り下ろす。
赤炎を纏った剣。
それを受け止めたのは――――
「そこも真似事か、悠のッ」
彼の鉄潔角装を真似て創られた、揺らめく蒼い刃。
――頭痛のような苛立ちが走る。
衝動的に彼女は追撃を選択した。
鉄潔角装を構え直しながら前へと踏み込む。
「――――――ッ」
『――――――』
飛び散る火花。
赤く燃える鋼の大地。
蒼く焼かれていく大気の神秘。
――――信じられないことに。
実力は拮抗している。
空からの後押しが如実に表れた。
怪物の速度に生身の人間が追いつけていける事実。
いいや、それは、人間の知性と理性を完全な武器へと変貌させた――
「――――見えて、いるぞッ」
『!!』
常人ならざる精神性で
「言っただろうッ、覚悟をしろと」
苛立ちが募る。
そこに彼の面影が重なるたびに腹が立つ。
彼の心音が耳朶を震わせるたびに込み上げる
失ってから気付くものがある、と先人は語った。
居なくなってからでしか分からない大切さがあると。
本当にその通りだ。
共に過ごしていた彼と別れて以来、ずっと、死ぬほど痛感した。
――――彼は
実のところ、好きすぎているのは私の方じゃないかと。
「言っただろうッ、死に物狂いだとッ!」
その瞳は消えない炎を宿している。
悠と関わり、己と向き合い、気付きを得て獲得した心構え。
歩みを遮る苦痛も、歩みを止める惨劇も彼女には意味がない。
捨て身の人間になにをしようが止まるハズがない。
奇しくも選んだ道は同じ。
一度決めたのなら最後まで。
そうでしかあれないと割り切ったのなら、そうするしかないのが彼女の愚かさだ。
――――それが、この場に於いては外敵を凌駕する。
「そのぐらいッ、私は貴様が嫌いだ――!!」
斬撃が蒼炎の刃を打ち砕く。
決して脆くはない武器だった。
怪物の異能は並のヒトにどうにかできるレベルではない。
だからそれは単純に、いまの彼女が並を越えているという事実に直結する。
――――火の鳥が上昇した出力を一気に解き放つ。
天を衝く蒼火の渦。
周りの神秘を食い破って荒れ狂う熱量が、妃和へと狙いを定めた。
「いいだろうッ、来てみろ! それが、貴様の選ぶ手だと言うのならッ!」
中空で弾ける閃光。
真昼の空を照らす蒼い星。
今度の欠片は乱雑に墜ちるワケじゃない。
すべてが怪物の意思によって操作された追尾弾。
総勢、五千発。
直径三十センチにも及ぶ蒼炎の弾丸が、雨霰のように降ってくる。
「――――私はッ」
数に頼れば勝てると考えたのか。
実際、その判断は間違っていない。
人間の腕などせいぜい二本。
彼女に至っては片腕をなくしたせいで一本しかない。
ほぼほぼ同時に降り注ぐ弾幕の嵐を数秒間。
耐えられるワケがない。
防ぎきれるハズがない。
常識的にモノを考えれば誰でも分かるコトだ。
「――――――」
練り上げられる純エーテル。
エネルギーには困らない。
祝福はまだ続いている。
焔は唸りを上げながら火力を増した。
自滅と救済の炎。
その本質は彼女を除いた
決して相手を殺すためのものではない。
――――けれどもそれは、相対する敵が人間であった場合の話。
「私はッ、私の総てを懸けて貴様を否定するッ!」
そこに含まれない万物への焼却能力。
それはあまりにも不自然な力の形態だ。
炎というだけなら、まだ純エーテルを餌とする蒼い火のほうがらしい。
妃和自身ではない誰か。
彼女以外の生命でないのなら。
必然的に火が点く。
鉄であろうと、土だろうと、水だろうと、
――――純エーテルを燃料とする、蒼い炎の攻撃だろうと。
一切の物理法則を無視して、
「――――――」
地上から射出される深紅の劫火。
迎え撃つのは降り注ぐ蒼い弾丸。
衝突は一瞬のうちに。
色の混ざった衝撃を撒き散らしながら、すべてが泡のように消えていく。
撃ち漏らしはない。
抜けていった弾丸の数はゼロ。
怪物の攻撃は大地を荒らすコトすらなかった。
――――それがもっと理性的な思考を保っていれば、あるいは気付いただろう。
流崎悠との戦闘において最も重要だったのは何なのか。
神秘で燃える自身の蒼火。
対する神秘を増幅させる彼の兆角醒。
正面を切っての戦いなら到底負けるハズのない彼を追い詰められたのはどうしてか。
無限の出力を以てしても、目の前の人間に押されているのは何故なのか。
その答えは。
「――――しかし遅いな。悠なら一秒もあればいまの火力に辿り着くぞ。使いこなせていないのか? ……所詮はヒトのものという事かなッ!」
単純な力量差を覆す、絶対的な相性。
純エーテルという燃料そのものが肝心で、能力の方向性もその操作に寄っている。
そんな悠にとって蒼い火の鳥は天敵だ。
彼を殺すためだけに生まれたといっても過言ではない相性の悪さがある。
……だが、その炎が効かなければ脅威度は低い。
妃和の兆角醒がそれだ。
なにかを食い物にする特異性があるのなら、それを食い物にする〝他〟がないとどうして言い切れるのか――
「このまま粘らせてもらうぞッ! 貴様が彼方へ飛び去るまでッ!!」
複雑怪奇な願いの結晶。
彼女にだけ備わった異能が、鮮烈に輝く。