純潔の星   作:4kibou

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10/『炎が上がる、空を覆う⑥』

 

 

 

 

「――――ふッ!!」

 

 炎を弾く。

 蒼火を殺す。

 

 散り散りに乱れていく異形の光。

 

 戦闘がはじまってすでに十分が経過している。

 

 悠の能力を取り込んだ敵の出力は増え続けていた。

 いまは攻撃を防ぐのも片手間とはいかない。

 全身全霊で迎撃しなければ、意識を張っていなければ簡単に均衡が崩れる。

 

 そんな確信さえ抱かせるほどの超火力。

 

「随分とッ、そこまで時間がかかったようだが!!」

 

 爆発的に上昇しないだけまだ優しい、と妃和は己に言い聞かせる。

 比較対象が誰かなんて言うまでもない。

 

 十分だ。

 

 一秒、十秒と膨れ上がる純エーテルの光景は脳裏に焼き付いている。

 同じ時間があれば、悠ならすでに手がつけられないだろう。

 怪物も人類の最高戦力も追い越して、ただその神秘の質量のみで頂に手が届くのだ。

 

 ならば本当に、目の前の怪物のなんと優しいコトか。

 

「身の丈に合わない力だったようだなッ!!」

 

 荒れ狂う焔を撃墜しながら彼女は笑う。

 

 ざまあない、とらしくもなく嫌味を込めた。

 

 心臓を奪ってまで使おうとするから。

 適性もないのに稼働させたから。

 

 その力を一欠片として使いこ(・)な(・)せ(・)ない。

 

 ああそうだ。

 それは彼のものだ。

 彼だけのものだ。

 彼の精神性によって生み出された、彼が一番よく似合う、彼が持つべき異能だ。

 

 

「貴様なんぞが手にして良いものではない――――ッ!!」

 

 

 振り払われる蒼炎。

 

 天秤はまだ覆らない。

 均衡は保たれている。

 

 ……ともすれば。

 妃和がこの現状に絶望感でも抱いていれば、変わったかも知れない。

 

 心の強さは力の源。

 意思は生きる原動力に直結する。

 

 ――故にこそ、彼女は負けない。

 退かない。

 もう二度と、後ろを振り向かない。

 

 ただ前進する。

 足を踏み出す。

 

 一歩でも、半歩でも、倒れるように前のめりに。

 

 身体に受ける傷もなにも恐れることなく突き進む。

 

 それが、この無茶をただの無謀に終わらせなかった。

 

「――――――ッ」

 

 くり返すが、戦闘がはじまって十分。

 もうそれほど、と捉えるのか。

 まだそのぐらい、と捉えるのかは当人次第。

 

 ――――十分。

 

 相手は無限に火力を増幅させる化け物。

 対する彼女は体力に限りのある人間。

 いくら天からの祝福を受けても生身では敵わないラインがある。

 

 だが、それ以上に厄介なのが妃和自身の兆角醒だった。

 

「――――ぅッ」

 

 肌が燃える。

 肉が焦げる。

 

 誰かを助けたいという純粋な欲求。

 それに混じって願われた、彼女のエゴが詰まった望み。

 

 なんとも憐れな自殺願望。

 

 あの日の炎に焼かれて死にたい。

 誰も彼もがいなくなった世界で、焔に抱かれて息絶えたい。

 

 故に、彼女の赤炎は彼女自身を焼却の対象とした。

 燃焼自体は他と比べて格段に遅いものの、確実に身体を殺していく。

 

 そんな状態で十分間。

 もう耐えに耐えきった。

 

 これ以上は彼女の命だって危ない。

 下手をすれば自身の兆角醒で自滅する領域。

 

 そこに踏み込んだ感覚がある。

 本能が警鐘を鳴らす。

 

 もう後がない。

 いや、先がない。

 

 このままでは、自分を自分自身の手で殺すコトになると――

 

 

 

 

 

「――――それがァ、どうした――ッ!!」

 

 

 

 

 

 雑念を振り切るように吼え叫ぶ。

 

 彼女の直感は間違っていない。

 たしかに身体は限界の一歩手前。

 命は死の危険に揺れている。

 

 先ほどから感じる痛みは着実に生きる力を削ぐものだ。

 下手な外傷なんかよりよっぽど恐ろしい。

 

 ――だが、それが、どうしたのかと。

 

「――――――ッ」

 

 荒い吐息。

 それは疲れてのコトでなく、興奮してのコト。

 

 体力の低下による体調の変化など無視できる程度だ。

 この身を侵している苦痛も、当たり前のようにある生存本能も関係ない。

 

 だって彼女は知っている。

 

 己の力に傷付きながら戦っていた少年(ヒト)を知っている。

 その痛みと苦しみから一度も逃げなかった少年(だれか)を覚えている。

 

 自身を焼く痛みがどうした。

 

/悠はきっともっと痛かった。

 

 限界を迎えた事実がどうした。

 

/悠はそれを乗り越えてですら刃を握った。

 

 なのにどうして、それよりも楽な自分が足を止められる――!

 

「こんなものはッ、あいつの痛みに到底及ばないッ!!」

 

 存在を否定される刺激。

 生きているだけで辛い世界。

 

 そんな地球(ほし)の環境でずっと育ってきた。

 

 戦闘だけではない。

 彼が今まで受けてきたモノは相当多かっただろう。

 

 細かな体調不良から、戦闘中に度々見せた吐血まで。

 数えればキリがないぐらいの純エーテルによる悪影響。

 

 ……だから、そのすべてを恩恵でしか受け取っていない彼女はま(・)だ(・)マ(・)シ(・)だ。

 

 こんなのは諦める理由にも、止まる理由にも、死ぬ理由にすらなりはしない。

 

 こんなものはただの壁。

 乗り越えるだけの、打ち砕くだけの障害。

 

 

「ああそうだッ、だから越えてやるッ!!」

 

 

 鉄潔角装を振りかぶる。

 赤炎は渦を巻いて辺り一帯が焦土と化した。

 

 放出される熱量だけでも申し分ない。

 その火力は全盛期には及ばずとも、いまの総司令(アオイ)に届かんとしている。

 

 

「――――ぶっ飛べぇッ!! ク(・)ソ(・)鳥(・)ィイイ――――!!」

 

 

 顕現する火炎の斬撃。

 衝撃は灼熱をまとってたしかな攻撃と成った。

 剣閃に焔を乗せて放ったと言ってもいい一発。

 

 ――それが、真正面から火の鳥を捉える。

 

『――――――! ――――――――!!』

 

 炎上する不定形の躯。

 蒼翼がゆらゆらと不確かに揺れた。

 

 空へ昇った怪物はギロリと少女を睨みつける。

 無い筈の瞳は、けれど肩代わりするものが今はある。

 

 すなわち、戦闘中にもずっと顔の位置に見せていた、

 

 悠から奪った片目が。

 

 

「――――どうした、こんなものかッ」

 

 

 視線が鋭くなる。

 

 嘗められてばかりでは済まないとでも思ったのか。

 ゆっくりと、燃える翼が頭上に持ち上げられる。

 

 ……上がった火力を行使しての追尾弾。

 

 今度はそう簡単に防げない。

 威力も速度も一回目の五倍強はカタいだろう。

 

 ――光を放つ空の蒼星。

 

 怪物の凶器がいま、無慈悲に地上へ向かって振り下ろされ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――酷く、目障りね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、突如として割り込んできた声だった。

 

 反応する間はない。

 影が走る。

 

 銀閃が閃く。

 

 ふわり、と空中に佇む影はふたつ。

 駆け抜けたヒトガタが、微かに鯉口を鳴らして音を立てた。

 

 

 

 

 ――――蒼い火炎が、爆散する。

 

 追尾弾として完成するハズだった光は、真っ二つに割れて粉々に砕けていく。

 

「私、とても、不機嫌なのだけれど」

「――――――、あれは」

『――――、――――』

 

 腰に提げた一本の刀。

 戦闘部隊の制服とはまた違った様相の黒衣。

 

 人形のように整った容姿と、冷淡すぎる低い声。

 膝裏まで伸びた長すぎる黒髪と、その奥に隠された同色の瞳。

 

 そこに、純エーテルを使っているらしく形跡はない。

 つまり、

 

「大人しく、してくれないかしら」

 

 三人目の、聖剣使い。

 

 

 

 

 

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