「――戦える者以外は全員下がれッ! 即刻避難だ!!」
「一体何人残っている!? 無事か!?」
「総司令ッ! 総司令!! 収容所とも連絡が取れませんッ!!」
「裏口は崩れてる!! 窓から外に出ろ!!」
「ここ二階なんですけど!?」
「いいから早くッ! 骨が折れるのは死ぬよりマシだろ!?」
「待って! 待って! あたし足潰れッ、押さないでー!?」
ごうごうと燃え盛る蒼い炎。
真昼の空に浮かぶ二つ目の日輪。
極東地域対異形災害本部。
多くの人員と戦力が集まった施設は、相応の広さと堅牢さを誇っている。
なにより戦闘部隊の面々が滞在しているのは大きい。
大抵の怪物なら――それこそ今は無き羽虫程度なんて侵入も許さないほどだ。
それが今日、たった数分で半壊した。
「――報告します! 総司令! 戦闘行為が可能と思われるのは全員で十三名! うち三人が部隊長です!」
「それは私を入れての数か?」
「はいッ!」
「…………なるほど、そうか」
突如として本部を襲撃した蒼火の雌鳥。
燃える翼と女性らしきヒトガタのシルエットを揺らしながら、それは空を舞っている。
降り注ぐ火炎の弾丸はさながら飛行機の爆弾みたいだ。
純エーテルを燃やす神秘の異能に限界はない。
――――そう、どこかの少年と同じように。
エネルギーの底も、出力の天井も知らずに暴れ回っている。
「防衛戦だ。傷付いた者が逃げきるまでここを死守する」
「た、倒さないんですか……!?」
「莫迦を言うな。アレはおそらく私の力をすでに超えている」
「――――――――」
言葉も思考も、声音も平坦そのものだった。
端的に告げられた事実に誰しもの背筋が凍る。
いくら怪我を負って弱くなったとはいえ、葵の強さは未だトップクラスだ。
戦闘部隊の中でも頭ひとつ飛び抜けていると言っていい。
ならば、それを越えているというのがどういう意味か。
「無理をするな。だが最大限抵抗しろ。全員にそう伝えておけ。悪いが力を貸してもらわなくてはどうにもならん。私ひとりでは限界がある」
「は、はいッ」
指示を出しながら、葵はギッと空を見上げる。
最悪なときに最悪なコトを思い出した。
今朝、愛娘は一体どこに行くと言っていたか。
先日どこに向かう道を記したメモ書きを渡したのか。
極東第一収容所とは連絡が取れない。
真昼に誰もいないというワケも、眠っているワケもない。
つまり、
「……よもや、抜けてきたのか。彼を」
だとするのなら、もうすでに――
◇◆◇
結果から言うと、向こうから先手を打たれた時点で討伐は無理難題となっていた。
極東第一収容所。
併せて、対異形災害本部。
現代に於いて大きな役割を持つその施設は、一日にして壊滅した。
死者百十五人。
負傷者七十八人。
建物はふたつとも跡形もなく瓦礫の山。
人の住んでいた残り香はなく、ただ惨劇の跡が広がるのみ。
下手人は同じだ。
火星から飛来した新たな怪物。
蒼い火の雌鳥。
神秘を喰らい燃やし尽くす――いまは無限の力を手に入れた――最悪の外敵。
◇◆◇
暗い闇の彼方。
深い海の底。
もしくは、遠い先の閉じた宇宙。
淀んだ意識のなかで悠は色を見た。
『――――――――』
身体はない。
指先の感覚も、生きている実感もまるでない。
ふわふわと魂だけが浮いていて、妙な気分。
感じ取れるのは気持ち悪いぐらい激しい脈動と、
片方の瞳が映し出す光だけ。
――それは、どちらも彼女に抜き取られたモノ。
『――――ひ、より――――』
気勢を上げて戦うのは見知った少女だった。
彼女は皮膚を焼き焦がしながら刃を振るっている。
生命の輝きに溢れた姿。
つい先ほどまで悩んで落ち込んでいた女の子と同一人物とは思えない。
その生き方はガラリと変わって酷く鮮烈すぎた。
思わず、目を見張ってしまうぐらいに。
『――――――…………』
心臓がドクドクと高鳴る。
拍動のリズムは人体の限界を軽く超えていた。
小さなエンジンを無理やり速く動かしているようだ。
そうでもしなければならない理由があるらしい。
きっと外の何かが原因。
彼の肉体に固着した性質は、使いこなすのも彼でなくてはならないということか。
通常の十倍ほどにぶん回して、やっとその異能が発揮されている。
『――――は。……へたくそ、だな』
くつくつと笑ってやる。
声は一切でないけれど、それでも刃向かう意思が止まらなかった。
だって、そうだ。
目の前の少女が、こんなにも必死に戦ってくれている。
『ひよりが、強すぎて、手も足もでねえ、か』
瞳を見ればどことなく分かった。
彼女も彼も予測は同じだったらしい。
きっと勝てない。
いつかは崩れ去る均衡を、必死で繋ぎ止めている。
それが実を結んで長い間の打ち合いを成立させた。
とんでもない。
上出来だ。
誰がどう見たって彼女の奮闘は讃えられるもの。
痛ましすぎる光景ではあったが、それ以上に胸を打つ踏ん張りよう。
『……すげえよ、ひより』
歯を食い縛って少女は耐える。
己の身を削ってでも剣を構える。
音も匂いもないが、実感するように見るコトができた。
ああ、でも、いいんだぜ。
どうせそんなに褒めたって、俺はなにもできやしねえよ、と。
『ほんと、よくやってくれてらあ』
もしも。
もしもこの身体が残っていたなら。
この命がまだ繋がっているのなら。
この手と足がすぐにでも動くなら。
きっと彼女を抱き締めている。
凄いものだと、流石はおまえだと、ぐしゃぐしゃになるぐらい頭を撫でている。
それができないのは、少し――――
いや、とても、彼にとって残念なコトだ。
『――――――――』
ぼう、と瞳だけを意識する。
世界に没入する。
悠に残された知覚はそれだけだった。
お陰さまで余計なコトがなにひとつできない。
心臓の稼働も、視線の操作もすべて奪い取られている。
身体は動かそうにも感覚が途切れていて繋がらない。
だから、本気で妙な気分。
『――――――――――――』
割って入った聖剣使い。
それから逃げて強い神秘の反応を追う。
辿り着いた先でまた蒼炎が爆発した。
――ずっと。
見知った顔が何人かいる。
一番手前で鉄潔角装を構えたのは戦闘部隊総司令――――葵だ。
相も変わらず馬鹿げた威力の兆角醒。
それを蒼炎とぶつかり合わせながら、時間を稼ぐつもりのようだった。
――ずっと、見ている。
惨劇の始めから終わりまで。
目を離すことはできない。
してくれない。
瞼を閉じるコトだって許してはくれなかった。
そも、あったとしても背けるコトなんてしないのが彼なのだし。
そこは変わらない。
だから結局、これはただの確認にすぎない。
――
――
好き勝手殺戮をくり返す生き物が存在する。
久しぶりに本気で頭にきた。
血が上っていくのを自覚する。
そんな感覚すら残っていないハズなのに。
どうにも抑えが効かないぐらい、己の胸中は暴れているようだった。
『――――――てめえ』
覚えていろ、と吐き捨てる。
いまはまだ何も出来ない。
口出しも手出しも不可能だ。
だが。
だがしかし。
もし、いつか、その時が来たのなら。
過去も記録も関係なく。
――――オマエは跡形もなく、殺すと決めた。