収容所、並びに本部襲撃から十時間。
時刻はすでに夜の九時を回っていた。
冬の季節は日が落ちるのも早い。
寒さの増してきた昨今なら気温だって氷点下を優に超える。
辺りはすでに真っ暗――――な、ハズだった。
「…………、」
闇を照らす薄明かり。
向かって西の空に蒼い日射しが見え隠れしている。
おかげで視界は十分なぐらい確保できていた。
夜は来ない。
出力を増した蒼い火の鳥が、太陽代わりとなって光を灯している。
すなわち、それは。
すでにそんな領域にまで手をかけているという事実。
「――――――」
くるり、と妃和は振り返るよう外から視線を映した。
急拵えの小さなテントのなか。
簡素なベッドに横たわる悠の顔には色がない。
当然だ、心臓が無くなっているのを無理やり彼女の兆角醒で生かしている。
意識は戻らなかった。
あれから一度も、目を覚ますコトも反応を返すことも。
「無駄よ」
「ッ」
傍に控えていた緋波が立ち上がる。
彼女の表情はまったく読めない。
平坦な声はその温度すら感じないほどだ。
そのあたりがこの女性のわかりにくさに繋がっているのだろうが――いまはそれよりも、言い返したくなる気持ちに駆られた。
「なにが、ですか」
「生命力を送るだけで解決しないわ。どうやっても、心臓がない人間は死んでいるのと同じでしょう……?」
「なら、取り返してしまえばッ」
「取り返して、どうするつもり?」
「――――――ッ」
「……まあ、どうとでもなるでしょうけど」
「…………………………、え?」
どういう意味だろう。
そう思って顔を上げた瞬間、緋波がするりと横を抜けていった。
「あ、あのッ!?」
「? なにかしら」
「どうとでもなる、とは……」
「だから、取り返すのでしょう?」
「…………それで、悠が……本当に……?」
「…………気付いていなかったの?」
「気付くもなにもないと思いますが!!」
「そう……」
ふむ、と考えこむ緋波。
眉間にシワを寄せている姿はその雰囲気も相まって重苦しい。
おそらくはなにかの算段をつけているのだろう。
きっと難しいコトだ。
妃和としても頭を悩ませるのは当然だと同意しかけて、
「……意思疎通って、難しいわ……」
「……………………………………、」
言いたいことをグッと堪える。
妙に真剣味のある表情だから勘違いをしていた。
というか、難しさをつくる要因の半分以上は彼女の側にあるのでは、と思う妃和である。
いや、口下手だったり話し方が上手くなかったりするのは個人差で仕方ないところかもしれないが。
それはそれとしてやっぱりどこか致命的なズレがあるような。
「……彼の心臓が治らないのはまだ
「……アレが、取っていったからですか」
「ええ。だから別に、焦るもなにもないとは思うけど……」
「そう、なんですか?」
「……だって、倒せば元に戻るじゃない?」
「た、倒せば……ですか……」
「…………、別に、心臓を潰すだけでもいいけれど……」
「そ、そうですか!」
「ええ……」
少しビックリする緋波をよそに、妃和はパンと頬を叩く。
なんにせよもらった情報は僥倖だ。
取り返す奪い取るというのは初めから考えていたコトではあるが、潰すだけというのはなんともシンプルでいい。
余計なコトを考えず、ただそれだけに専心できる。
「そうと決まれば行きましょう! 早くしないといずれ――」
「そうね。……ええ、頑張って」
「はい! ありが――――え? いや、行かないんですか……?」
「……? 行かないけれど……」
「な、なぜ」
「だって、聖剣使いだもの。私」
「………………、」
「………………?」
なるほど。
たしかに、意思疎通がとても難しい。
◇◆◇
火の鳥の襲撃から生き残った彼女らが避難場所として選んだのは、本部から十キロ先の山間部である。
木々の少ないはげ山だが、傾斜の少ない平地もそこそこ。
非常用のテントだけは本部周りの居住地からどうにか持ってくるコトができたのが幸いした。
街から逃げ延びてきた者も含め人数はちょっとした軍隊クラスだが、今のところコレといった大問題は起きていない。
怪我人の容態も妃和の兆角醒でなんとかなっている。
……そもそも目の前の問題が大きすぎて多少のことなら些事になっているというのが現状だが。
「――――話は分かった」
その外周に展開されている戦闘部隊の緊急司令部。
葵を中心に戦える者が数名。
腕は立たずとも動ける者がさらに数名という有様だが、それでもないよりかは断然マシな戦力だ。
とくに葵が軽傷で済んでいるというのが一番大きい。
「とりあえず、妃和。そこの
「夕食なら要らないわ。さっき食べたもの」
「ちッ」
「……いえ、あの。ずっと私と一緒にいたんですが、食べてませんよ……?」
「十時ぐらいに、食べたわ」
「……………………、」
もしかしなくてもこの人普通に死ぬんじゃないだろうか、と不安になる妃和だった。
「……十藤緋波。貴様、妃和には手を貸したのだろう」
「ええ、そうね」
「ならばなぜ同行しない。理由はなんだ」
「私が聖剣使いだから、という以外に理由がある……?」
「それが、理由、か」
「ええ」
「――――――――」
「………………??」
〝どうしよう母さんが凄いキレそうだ〟
これ以上はないほどの我慢である。
こめかみにピクピクと浮かび上がる血管を妃和は見逃さなかった。
たしかに彼女としても先ほどは「なぜ」と思ったものだが、緋波だってその通り聖剣使い。
麻奈は個として在り続けなくてはならない、と。
伽蓮は集団行動ができないだなんてキッパリ言ってのけた。
「……私
「! ……そう。貴女ひとり抗うのと、誰もがこぞって戦うのでは違うの」
「ですが、この前の――木の怪物と戦った時は、協力できたと」
「……伽蓮さんのコト? なら彼女、途中から乱入して、好き勝手暴れて帰ったでしょう。あれぐらいならまだ、ギリギリセーフだと思うから」
「…………もしかして、私たちから声をかけた時点でもうダメなんですか……?」
「……そうね。そうなるわね」
はあ、と重いため息をついたのは妃和ではなく葵だった。
浮き出た血管は収まらないものの、その表情からは少し怒りが薄れている。
「……どうして貴様らはそれをもっと早く分かりやすい形で言わんのだ」
「麻奈さんなら言ってくれるわ。あの人は、真面目だから」
「どこがだッ、無理だと丁寧に言われただけで理由は曖昧なままだったぞッ」
「……そう。あの人でもそうするのね……、……難しいわ」
「…………とにかくッ」
これ以上は我慢ならない、と葵が立ち上がる。
なんにせよ緋波の協力は望めない。
もとより聖剣使いが役に立たないというのは想定していたコトであった。
悠の兆角醒がある限り勝機はないも同然。
それを絶てば出力の増加は収まるのなら。
――初めから、手段は限られているようなものだ。
「流崎少年の心臓を取り除く、というコトは分かった。だがそこの女が手を貸さないというのなら、単純に戦力が」
「大丈夫でしょう」
「……どうしてそこで貴様が言い切る、十藤緋波」
「だって、彼女が居るじゃない」
「……妃和が?」
葵とバッチリ目が合う。
彼女がいまどういう心境か、深く考えなくても察してしまえる妃和なのだった。