「自滅を孕んだ兆角醒だと……?」
「ええ。だから倒すことはできないでしょうけど、心臓を奪うぐらいなら可能だわ」
「………………妃和?」
「――――――、」
ふいっ、とそっぽを向く少女。
震える葵の表情は少しだけ青くなっていた。
心当たりなんてモノは――ちょっと、ありすぎる。
というか記憶に新しい出来事だ。
〝妃和。おまえの兆角醒で怪我を治せるというのは本当か〟
〝いえ、怪我が治るというか、生命力を渡せるというか……〟
〝……単刀直入に訊く。ここの負傷者たちを癒すことはできるのか〟
〝――それは、できます〟
〝そうか。……おまえの兆角醒は、なんとも優しいものだな〟
〝――――――ソウデスネ〟
なんてやり取りをしたのが一時間ほど前。
そのデメリット――彼女自身の炎がどんな性質かなんて詳しい説明はしていない。
「おまえ、あれだけいた怪我人を、治したな?」
「……まあ、はい」
「兆角醒を、使っていたな?」
「…………はい」
「………………自分に、影響は?」
「いえ、別に、ちょっと火傷するぐらいなのでそこまで深刻では――」
「服を脱げ妃和ィィイイイイ!!!!」
「!?」
マジか、と言いたくなるような言葉と行動だった。
ガバッと跳ね上がった葵の身体が真っ直ぐ妃和に向かってくる。
「今すぐ肌を出せェ!! 私は知らないぞ!! 聞いていないぞそんなコトをォ!!」
「ちょッ、ま、待ってください総司令! 陽向総司令!? ――――母さんッ!?」
「自分の身を削るだと!? 火傷だと!? どういうことだッ!! おまえの力はッ」
「せ、説明にも時間が要りますので!! その、いま話すべきではないことかと! それに純エーテルのお陰で傷も長引きませんし!!」
「そこまで適性が高いワケではなかったろう妃和はッ!! 見せてみろォ!!」
「きゃーーーーーーーーー!!!???」
ガバッと上着を剥ぎ取られる妃和。
ついでと言わんばかりに服へ伸びてくる手をなんとか掴む。
この場には同性しかいないが、それはそれ。
なんにせよ外で他人に肌を見られるというのは普通に恥ずかしい。
「母さん! 落ち着いて、やめてください!! こう、変態的です!!」
「なら私以外誰も見ていなければ大丈夫なんだな!?」
「い、いえ。いまそういう時間を取るのは、どうかと。ほら、戦闘準備のほうが――」
「図星かァ! 見せられない理由があるなァ!! 妃和ィ!!」
「――――ああもうッ! こうなるから言わなかったんだ母さんには!!」
「妃和ィ!!!!」
「…………やかましいわね」
三者三様の感想。
なるべく肌の露出しない格好をしているお陰でバレずに済んでいたが、実のところ能力を使うたびに妃和の身体は焼け爛れていっている。
初戦ですでに火傷跡がない部分のほうが少なかったくらいだ。
全員に生命力を配っている頃には顔にまでつく始末。
髪を切らないで伸ばしていたのが功を奏した――と思っていたのだが、こうなっては意味がない。
「…………どれほどの、ものなんだ」
「どれほど、とは」
「一体どの程度、反動を受ける」
「……正直、いまは動くだけで全身に激痛が」
「――――――ッ、そう、か」
ゆっくりと、気持ちを落ち着かせるように葵が椅子に座り直す。
ただ誰かを癒すだけの力、なんて思っていた彼女からすればショックなのだろう。
けれども仕方がない。
妃和の会得したものは妃和自身が強く願って心に宿した望みそのもの。
兆角醒とはそのようなものだ。
今更変えることも、なにかと取り替えることもできない。
正真正銘、彼女自身に許された神秘の秘奥こそが自滅と救済の炎なのだから。
「……妃和」
「は、はい」
「詳しく、教えてくれ。おまえの力がどんなものなのか。……そこの女が言うとおり、本当に怪物を相手にできるものなのかどうか。……そこを、知りたい」
「……ひとつだけ、良いでしょうか」
「……なんだ」
「私はもう、戦闘部隊じゃありません。……母さんがどう判断しても、私はアレと戦いますから」
「………………、莫迦娘」
◇◆◇
話し合いは五分もかからずに終わった。
結果は言うまでもない。
昔からこうと決めたコトは簡単に譲らなかったのを思い出す。
現状と、これからの算段と、彼女が起こす可能性。
それら全てを冷静に考えていけば、自然と答えは出ていた。
陽向葵としてはなんとも認めがたい、
戦闘部隊総司令としては当たり前の選択肢だ。
…………ほう、と息を吐く。
戦力をかき集めるよう指示は出した。
あとは数分もしないうちに最低限の人員が揃うだろう。
「――――悩み事か、総司令殿」
と、そんな風に物思いに耽っていれば、不意に声をかけられた。
見ればテントの入り口から覗くような視線が投げられている。
「……美沙か」
「なんだ。随分と暗い顔をしている。いまから戦場なのだろう? 気勢を上げるのがおまえだと思っていたんだが」
「……もうそんな歳じゃない。落ち着いたものだ。時間も経験も積んだからな」
「そうか。それはそれで、まあ、良いことだな、うん」
頷きつつ中に入ってくる極東第一収容施設所長。
その格好はいつもと違って荒れ果てている。
ところどころ破れてほつれた制服。
黒く煤けた肌、こびりついた血の痕。
火の鳥の襲撃がどれほどのものだったのかは、それだけで想像に難くない。
なにより彼女たちも本部で同じ被害を受けたばかりだ。
「そういう美沙も顔色は悪いように思うが。流崎少年にはついていなくていいのか」
「さっき見てきたよ。いまはまだなにもできない。巴嬢に生かしてもらっているだけだからな。……ああ、彼女の力があって、本当に良かったよ」
「――――そうか。それは、なによりだ」
「………………地雷だったかぁ」
「…………………………、」
「…………………………、」
しん、と静まり返る簡易司令部テント内。
外から聞こえてくる喧噪はおそらく人を呼ぶ声だ。
葵が把握しているだけでも部隊長クラスの人間が数人は居る。
怪物相手にここまで被害を抑えて撤退できたのは彼女たちの尽力によるところも大きい。
「美沙なら分からないか」
「? 分かるって、なにが」
「流崎少年の素質は己の身を削っているだろう。……妃和の力も似たようなものだ。それを使わせてしまうコトが、どうにも」
「ああ、それでそうも気落ちしているんだな、総司令殿。なんだ、かわいいじゃないか。はっはっは」
「……………………、」
「――仕方がない。考え方の問題だよ。私たちの見込んだ相手は、自分の命を懸けて何かを成すことができる逸材というワケだ。それはとても、素晴らしいことじゃないか」
心配なのは変わりないが! と美沙はからから笑ってみせる。
無理な笑みというのは見なくても分かった。
声の震えはきっとその末路を見たからだろう。
行き過ぎた力の行使、命を投げ捨てたが故の今。
それでもなお、彼女は上手く割り切ろうとしている。
「……仕方がないのさ。そうでもなければ、あいつではない。私の知るあいつは、少なくとも命欲しさに前に進むのを止めるような奴ではない。だから気に入ったんだ。恋をしたともいうな。だから、そうとも。あいつだから、仕方ない」
「…………そういう、ものか」
「そういうものだ。あまり見くびってやるな。私たちが思う以上に、あの子らは強く立派になっているよ。きっと」
どこぞの聖剣使いが語ったコトを思い出す。
相性でいえば完全に他の追随を許さない。
出力としても一時的だが現状の葵を越えるほどの兆角醒だった。
それが本当なら、妃和は戦力として申し分ないどころか必要不可欠な人材になる。
片腕の欠損というハンデがあったとしても。
その力に多大なデメリットがあったとしても。
「…………ままならん」
ほう、といま一度ため息をつく。
夜の空には蒼い星。
未だ動かない光の中心に待つ敵は、選択の時間すらマトモに与えてくれそうになかった。