現状において必要な資格はいくつかある。
ひとつは戦闘部隊に所属しているか、それと同等の技能を持っていること。
ひとつは怪我の度合いが重くなく、戦いにおいて足手まといにならないこと。
ひとつはあの怪物相手にただ蹂躙されるだけでなく、抵抗が可能な戦力であること。
その全てを合格した人員は生き残りのなかでも少数だった。
部隊に配属されているとはいえ、妃和の力でも手遅れだった怪我や傷を負っている者は参加できない。
結果、集められたのは総勢二十三人。
うち部隊長レベルと見ていい人材が妃和を含め五人。
羽虫や普通の怪物程度なら一網打尽にできる戦力だが――――相手の力量を察するに物足りないと言っていい数である。
「先決は奴の力を削ぐコトだ。そのために心臓の破壊は必須項目になる。鍵は妃和だ。とにかく彼女を通せ。至近距離で優勢に立たせればその時点で事は成せる――――だな?」
「はい」
「よし。そのために私たちが道を開く必要があるワケだが――まあ、なんだ。オブラートに包んでも仕方ない。我ら全員、露払いを全力で。死体で橋をつくれると良いな、貴様ら」
「よっし、総司令からいつもの死刑宣告きたぞ」
「あの、お腹痛いんで帰っていいでしょうか」
「というか本気で勝てるのかアレ……もうトラウマレベルの強さ見せつけられたけど」
「妃和ちゃん、怖いならやめて良いんだよ。自分の命、大事だよ。多分」
「いえ……あの、私は俄然やる気ですし……」
「うーん、似たもの同士ぃ……育てた環境かァ……」
言いながら、妃和が隊員たちにもみくちゃにされている。
なんだかんだで総司令の引き取った子供というのは一部で有名だ。
大っぴらにはされていないものの、古株の隊員たちには小さい頃から見守られていた。
そのおかげか入隊時にはちょくちょく誘われたりしたのだが、それも昔の話。
いまは年月を経て落ち着いてきたか――――と完全に油断しきっていた矢先だった。
そりゃあ先ほどの悲惨な現場から生き延びたベテランたちである。
自然、年季の入ったメンバーが固まるのは当たり前。
「その心臓? 潰すのって、総司令だけじゃ無理なんですか?」
「無理だ。いまの力ではせいぜいかすり傷を入れるのも苦労するな」
「うへえ、じゃああたしら力になれませんよー……てか妃和ちゃんならもっとだよー」
「それがこの子、兆角醒に目覚めたんですって。めちゃ強いらしい。凄いね!」
「いえ、それほど、でも」
「あはは。顔カタいよー。緊張してるのカナー。ほら、ほっぺたぷにって」
「――――やめんか貴様らァ! 大事な話をしてる時にヒトの娘をぐしゃぐしゃにしおってからにィ!! 時間がないんだぞ分かっているのかァ!!」
「か、母さんっ」
「私も混ぜろォ!!」
「母さん…………!!」
騒ぐベテラン、もとい緊張感皆無の隊員ども。
妃和のほっぺを引っ張り頭を撫でたりと好き勝手している彼女たちだが、戦闘準備は全員もれなく済んでいる。
そのあたりの切り替えというか、最低限やるトコロはキッチリというあたりがなんともまあ。
「というか、アレよ。悲壮感たっぷりで突っ込んでもそりゃ勝てる戦も勝てないのよ。心に余裕がないと何事も上手くいかないからね?」
「しかし、早くしないとアレはッ……それに、移動する可能性も」
「今んところ動いてないッスよ、蒼い鳥。本部上空で停滞してるッス。たぶん、総司令が足止めしたときにぶちまけた兆角醒の残り滓でも食べてるんじゃないですか? ほら、純エーテル取り込むっぽいですし?」
「そも、すでに私の火力を越えている時点で対抗策はおまえ以外にないようだからな。妃和。……美沙にも聞いた。おまえの火は、アレを打ち消せるのだろう?」
「それは……まあ、はい」
「ならば良い。確実に切り札は妃和自身だ。出力の増加は厄介だが……そっちに関してはあの女から良いコトを聞いた。ひとつ、試してみれば分かるだろう」
「?? 良いコト……?」
「誰も彼もが必死に命を懸けているのに、私だけ無茶をしないのも不公平というコトだ」
くすりと葵が笑う。
むき出しにされた犬歯と鋭く細められた視線。
妃和が久しく見ていなかった表情だった。
獲物を狙う肉食獣じみた凄惨さ。
たぶん、彼女に救われた直後ぐらいはよく見た顔だ。
まだなにも、陽向葵という存在を縛るモノがなかった頃のモノ。
「少々暴れさせてもらう。妃和も流崎少年も己が身を削っているのだ。私だって存分にやってやろうじゃないか。まあ、せいぜい怪我をする前に一瞬戻れるかどうかだが」
「母さん。それは、相当な無茶になるんじゃ……?」
「おまえに比べれば造作もない。多少血管が破裂するぐらいだ。多分」
「それは多少ではないと思う……」
「――――なんだなんだッ、総司令殿がようやく重い腰をあげるのかッ」
と、妃和としても聞き覚えのある声が響いた。
特徴的な少し掠れた音。
豪放磊落と笑うカオはだがしかし凶悪的。
彼女の記憶でも、ニィッと悪人じみた笑顔が似合うのはたった一人だけだ。
「あ、甘根隊長……」
「む? ああ、巴隊員。いや、今はもう隊員ではなかったか。まあどちらでも構わん。話に訊くところひとりで怪物を相手にしていたそうだな。……そうだ。総司令殿とは別で、そちらにも少し、興味が湧いているのだが」
「……はあ……それは、どうも……?」
「――――少々、手合わせ願おぉぉおおぉおおおおッ!!??」
ごきごきごき、と人体からいやな音鳴り響く。
一瞬だった。
妃和の傍から真樹の背後に移動した葵が、容赦なく彼女へとアームロックを仕掛けている。
「そこまでにしておけ、
「く、ふ、ふはははははははッ!! ああなんだ! 痛いな総司令! 新手のスキンシップか!? 正直こちらとしては流崎悠が潰れている時点でフラストレーションが溜まっているのだが!!」
「それを発散する機会がこれからだろう。あの火の鳥相手で我慢しろ」
「つまらんなァ!!」
対人戦でしか得られない栄養とかそういうのがあるのだろうか。
妃和にはまったく分からないコトだが、どうにも真樹は乗り気でない様子。
怪物相手だとおそらく何かが足りないのだ。
それがなんなのかは当然さっぱり、皆目見当もつかない。
「――――が、事が成せれば彼が目を覚ますのだろう? 実に良いじゃないかッ。素晴らしい! そういう作戦は大賛成だな、私としてもッ」
「まーた第九部隊のアタマが爆発してるよ」
「ていうかあそこは魔境だから。バカとサイコとやべー奴しかいないから」
「その中でも氷の十字架相手に我先にと突貫して生き残った猛者は違うわ」
「いやほんと甘根隊長はなんで五体満足でいられたんだ、アレ」
「……総司令として、貴重な戦力故にいまはなにも言わんが。ああ、言わないんだが……」
「母さん……」
「こいつ、隊員を失ってから余計に歯止めが効かなくなっている気がするな……」
なんとも重苦しい言葉の吐露だった。
おそらく悲しみを誤魔化すためだとか、仲間の死から逃げているとかではない。
そんな風にセンチであればもっと顔色に他の色彩が見えている。
あれは多分、単純に今まで立場から堪えていたストッパーがぶっ壊れただけなのだ。
「――――ともかく、すぐに決行だ。各人準備はできているな、行くぞ。
――――これより奪還戦、すべて取り返していく」